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今ここに、戦いの幕開けを宣言するッ!!
しおりを挟む「……私は彼、妙本箱根のガールフレンドよッ!!貴女達に、ダーリンは絶対に渡さないわッ!!!」
人の少ない空き教室に、私の声は目一杯響いた。
……私、芳山理子は恥ずかしげもなく……いや、実際は物凄く恥ずかしいのだけれど、耳が真っ赤になり顔に熱が帯びていくのをしっかりと感じながら、そう声高に宣言した。
「……何だ、お前は……」
突如現れた脳内ピンクの馬鹿女を、教室内の人間はドン引いた目で見つめる。……例外無く、文夏ちゃんも困惑の表情を浮かべながら私を見つめていた。……うぅ、視線が痛い。
穴があったら入りたいほど、忸怩たる思いだった。が、しかし、ここで怯んでいてはダメだ。私は文夏ちゃんを助けるために、この場に降臨したのだから。
怯えるな!!自らを奮い立たせ、立ち向かうのだ!!芳山理子!!怯むな!文夏ちゃんを守るための的、盾になれ!!
「……先程、聞き捨てならない台詞を聞いたわ。“私の方が彼の事を好き”?“彼の事を愛してる”?……笑わせるんじゃ無いわよ!!貴女がはーちゃんの何を知ってるのよ!!」
「……は、はーちゃんって……」
……後退る彼女。私は先制攻撃に成功し、優位的立場に立てた事にほっと胸を撫で下ろしながら、言葉を続ける。
「そもそも貴女とはーちゃんは高校で知り合った中でしょう?間違いなく私達のほうが付き合いは長いわ。それにはーちゃんは高校ではぼっちだって聞いたし、貴女達二人に接点があるのかも疑問だわ。何?恋する乙女でも気取っているの?愛しのあの人を遠くで眺めてるだけ。それだけで満足。笑えるわね。一生結ばれないわよ、貴女達は」
「……そ、そんな事はないッ!!私と、彼……箱根君は、小学生の頃からずっと友達だったッ!!」
……尻込みしていた金髪のいじめっ子だったが、私の言葉に窮鼠が猫を噛むように対抗し、悲痛の籠った大きな声をあげた。
「……私がこの高校に入るずっとずっと前から、彼とは友達だった!!昔の彼は今みたいな勉強馬鹿じゃなくて、ただただ馬鹿で、二人で一緒に子供じみたおふざけをして笑ってたんだ!!付き合いが浅いとか、そんな事は断じてないッ!!ふざけた事抜かしてんじゃねぇ!!」
うら悲しげな絶叫が、部屋中に強く強く響いた。
「お前だって、……お前だって何なんだよ!!ぽっと出の転校生が意味ありげに彼と仲良く話したけど、結局は赤の他人だろうが!!思いの深さは私達に絶対敵わないッ!!部外者が口を出すんじゃねぇよ!!」
「……部外者、ねぇ」
金髪いじめっ子は、敵対心をむき出しに私に対して牙を剥く。
「……逆に貴女は部外者じゃないとでも?」
「少なくともお前よりは深い関係だ!!転校生のお前よりはな!!」
……彼女は声を大にして彼との関係の深さを叫んだ。刻んだ思い出はとても深いものなのだろう、“彼女にとっては”。やけに自信に満ちた眼差しで彼女は私を見据えた。
……そんな彼女の敵愾心に燃えた目を見て、私は彼女の事を思い出した。
「……ああ、思い出したわ。貴女、小学生の頃はーちゃんとつるんでた悪ガキグループの一人でしょう。よくふざけては近所の姉ちゃんにどやされてたわよね。……そのノリを、高校生活まで引っ張ってきちゃったかー。イタいわね、貴女」
「……何だ、お前。何なんだよ、何者なんだよ。ふざけやがってッ……!!」
口喧嘩では劣性ぎみの彼女は、だいぶ頭に血が上っている様だった。……強行策に出るのは時間の問題か。以降はあまり彼女を刺激しないようにしなければ……
「……おい、一つ聞かせろ」
「……何かしら?」
「……お前って実際、箱根の何なんだ?」
「…………」
……突然、投げ掛けられた質問。それは在り来たりなものに見えて実は大打撃だった。
……嵌められたッ!!いや、彼女にそのような気は無いのかもしれないが、“妙本箱根のガールフレンドだ”と宣言した私が今さら“ただのお友達です”なんて言ったら彼女は激昂するだろうし、“はーちゃんは私の彼ピッピです♪”等と言えばそれはもう戦争だ。彼女は臨戦態勢に入るだろう。
となれば四面楚歌、背水の陣、逃げ道など無い。
……ならば本当の事を言うのが吉か?……いや駄目だ。まだ私の正体はバラしてはいけない。
やはり私は嵌められたのか?……こうなってしまってはもうそんな事はこの際どうでもいい。……ただ私は宣戦布告と受け取った!!
今ここに、戦いの幕開けを宣言するッ!!
「……私は、はーちゃん、……妙本箱根と、再開を約束した運命の相手であり、今は良きライバル。かつては一つ屋根の下夢を語り合った同胞、とでも言っておくわ。少なくとも、貴女以上に親密な関係を築いているのは間違いない。……好きならば、奪ってみなさい、私から」
「……ああ、いいよ。元より奪うつもりだったさ、……どんな手を使ってでもッ!!」
刹那、啖呵を切った彼女は素早い身のこなしで私に襲いかかる。周りの部下には手を加えさせず、あくまで自身でケリを着けようとする魂胆らしい。少し見直した。
だが私もただサンドバックになるわけにもいかない。向こうが先に手を上げれば、私は正当防衛だ。
……彼女は勢いよくパンチを繰り出す。その拳は私の顔面に一直線に向かって……って、顔は無しでしょ!!待って待って!止めて!聞いてない!!あっ、駄目だこれ、もう避けられないッ……
回避は間に合わず、防衛本能で目をつむるのが精一杯。拳がぶつかる鈍い音が教室に反響した。
目一杯体重を乗せた鋭いパンチ。……しかし、何故か痛みは無かった。
「……痛、くない?え、どうして?」
「……何とか間に合ったけども、……痛てーなぁ、オイ。顔面に食らったら多分死んでたぜ。このゴリラ女」
「……は、はーちゃん?」
私が目を開けると、そこには口論の渦中の人物、妙本箱根がいた。噂をすればなんとやら、彼はこの場に立ち現れた。
「……悪いな、先生は居なかったわ。よく考えたら授業中だし、サボりだな、俺ら。ここにいるヤツ漏れ無く不良だ」
いじめっ子の拳を受け止めた彼は、辺りの面々を一望し、肩を竦めた。
「……は、箱根?どうしてここに……」
「……どうもこうも、そこにいる幸薄そうで影薄い女を助けに来たんだよ」
彼は数人の男子生徒に囲まれた文夏ちゃんを指差す。文夏ちゃんはずっと私達のやり取りを不安そうに見ていたが、彼の言葉で、涙ぐみながらもようやく笑顔を見せた。
「という訳で、俺の要求は言問の解放、そして金輪際お前らは言問に近づかないと誓うこと。この二つだ。無理だというなら俺にかかってこい。そうすれば俺の反撃は自衛となって誰にも咎められない。“うっかり”自衛の度を過ぎてしまうかもしれないがその時はしょうがない。お前らが雑魚過ぎるせいだ、俺は悪くない。笑って許してくれ」
「何だと!貧弱ガリ勉野郎がッ!!調子こいてるとぶちのめすぞ!!」
いじめっ子の手下達が多分はじめて喋る。ああ、自我があったんだね、この子達。
「……止めろ!手を出すな!!」
数人の手下がじりじりと箱根の方へ向かっていく中、それを制止するいじめっ子の声が響く。“手を出すな”と、まあそうだろう。先程の彼女の話を聞いていれば理由を聞かずとも彼女の心中はお察しだ。手下達は渋々と引き下がる。
「……分かった、要求を飲もう。今後、文夏ちゃんには関わらない。ここはお互い手を引こう」
「……ああ、そうしよう」
「…………妙本箱根」
「どうした?」
「……いや、何でもない」
「……?」
最後の言葉を濁した彼女はそのまま教室を後にしていった。
……こうして、色々な問題を残しながらも、文夏ちゃん救出作戦は無事終了した。
ただ文夏ちゃんを助けられた事、あの場から無事帰れた事で今は心が一杯で、晴れ晴れとした気分だった。
意気揚々と、教室に戻った私達だったが、クラスは絶賛授業中。私は転校初日にして長ったらしい説教を受け、放課後居残りとなることが決まった。
正直面倒くさいけど、ありふれてありふれすぎた学園生活より数千倍マシだ。
……せっかくこの時代に足を踏み入れたのだから。
「……今日は本当疲れたよ。全く、転校一日目からあんな目に遭うなんて……」
「……明日はもっと、楽しい一日になるといいなぁ」
……そう、切に願う。
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