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10話 魔王四天王誘惑のサビスル
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「ダークエルフ軍とサビスルの魔族軍が対峙している間に、急ぎましょう!」
私達はエアルの風魔法によって飛行しながら、グランデルがいると思われる本陣へと向かっていた。
「――あとどれくらいで着きそうだ?」
「あと少しで着くと思うけど……」
ルランドの質問にエアルが答えた。
「グランデルを救出したら、速攻で逃げるからね。絶対にサビスルと戦おうなんて思ったらダメだよ」
「わかってる」
ルランドが雪辱を果たすことに走らないように、エアルは事前に打ち合わせした作戦を共有して念押しした。
「ホントかなぁ……、デミストに負けたことを、ずいぶん気に病んでたみたいだったけど――」
「前から気になっていたが……、俺への扱いが酷くないか?」
「当たり前でしょ。僕の大切なラティの心を奪ったんだから――」
「……そうか、それは悪いことをした」
「あのー、本人がいる前で私の話をするのやめてもらえませんか?」
顔が真っ赤になるような恥ずかしい話を二人でし続けている。
「すまない、つい熱くなってしまったようだ」
「僕もゴメン」
まあ、二人とも私のことを大切に想ってくれているのはわかるから、悪い気はしないんだけど――
「あそこにグランデル様がいるのですね!」
本陣が見えたので、エスカーネが声を上げた。
グランデルを早く救いたいという強い気持ちが伝わってくる……
私達は本陣から少し距離を開けた場所に降り立った――
「おかしいわね……、魔族の数が少ない気がする」
私達はなるべく大きな音を立てないように魔族を倒しながら、グランデルが捕えられている荷馬車へと向かっていた。
「グ、グランデル様!」
グランデルを見つけると、エスカーネは悲鳴に近い声を出した。
グランデルは両手をしばられた状態で腕を吊るし上げられていた――
全身に無数の傷も負っている。
「人質と言っておきながら、こんな仕打ちをするなんて……」
サビスルの残虐性が垣間見える。
「待っててね、今助けるから――」
私はグランデルをしばっているロープをナイフで切り始めた。
「に……ろ……」
私に気がついたグランデルがうめき声を上げた――
「気がついたのね。酷い傷を負っているわ……。後で回復魔法で治すから、逃げる間は少し我慢してもらうわよ」
「ダメだ……、ここから離れ……」
「え?」
「あーあ、種明かしをされるのは困るわね、グランデル皇太子――」
私が戸惑っていると、グランデルの影からサビスルが現れた。
「フフフ、こんな簡単な罠にかかるなんてね……。黒魔術闇障壁!!」
サビスルが不敵な笑みを浮かべながら魔法を唱えると、周辺が黒い障壁で覆われた。
「――これはまずいよ、ラティ。サビスルを倒さないとこの壁からは出られない」
精霊であるエアルですら焦っている様子から、危機的な状況だということが十分過ぎるほど伝わってきた……
「意志が強くて私の魔法でも操れなかったけど、人質としては役に立ったみたいね。グランデル皇太子の性格の良さから、この皇太子を見捨てない誰かが助けに来ることは簡単に予想できたわ。――だから、その想いを利用して罠を張らせてもらったの」
「くっ!」
どうやら、私達はまんまとサビスルの罠にかかってしまったようだ。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
ルランドがサビスルを力で切り飛ばし、無理やり私達との距離を開けさせた。
「グランデル様!! 光魔法治癒!」
エスカーネが駆けつけて、魔法でグランデルの治療を始めた――
「水魔法癒水!」
治癒スピードを少しでも早めるため、私も水系の回復魔法を唱えた。
グランデルが早く回復すれば、もしかすると戦いにも加勢できるかもしれない。
私達が戦闘に加わるよりも、その方が二人の戦力になると判断した。
「俺だけでは勝てないのはわかっている……。お前と力を合わせても難しいか?」
「正直、厳しいね。――でも、この状況だと、やるしかないよね」
ルランドの問いに対して、エアルはそう答えた。
「ああ、ラティリスのために」
「ラティのために」
「火魔法火炎付与!」
ルランドが魔剣に火炎を付与した。
「風精霊魔法無限風刃!」
「フ、こざかしい。黒魔術闇盾!」
エアルが魔法で無数の風刃を作り出してサビスルに放ち続けるが、サビスルは魔術で黒い結界のようなものを作り出して全ての風刃を防いでいる。
「連撃!!」
エアルの風刃はおとりだったようだ。
ルランドが火炎付与された魔剣による連撃をサビスルに繰り出した。
「フフ、魔剣を少しは使いこなせてるみたいね。私が並の魔族だったら結果は違ったかもしれないけど――、残念ね……、その程度の力では私には通用しないわ」
サビスルは、右手から放っている魔術でエアルの魔法を防ぎ、左手から放っている魔術でルランドの攻撃を防いでいる。
「同時に二つの魔術を使えるなんて――」
私は思わず絶句した。
早く、早く!
私は焦る気持ちを必死に抑えながら、グランデルの治癒に全力を注いだ。
「そ、そんな……」
私達は完全に実力差を見誤った。
グランデルの意識すら戻らない短い時間で、ルランドとエアルはサビスルによって致命傷を与えられてしまっていた。
「フフ、風の精霊がいたことは誤算だったけど――、それも含めて十分に楽しませてもらったわ。特に人間の坊やはまだまだ成長過程だったみたいだから、ここで殺してしまうにはもったいない気もするのよね……。でも、まあ、仕方がないわ。だって、私ってそんなに気が長くないし、美味しい物は今食べたい性格だもの」
「――そうはさせないわ!!」
私は叫びながら、ルランドとサビスルの間に立った。
「ラティリス、ダメだ……。お前だけでも逃げてくれ……」
瀕死の状態にも関わらず、ルランドは必死に立ち上がろうとしていた――
「ルランド、気持ちは嬉しいけど、私にはそんなことできないわ」
「いいわよ、いいわよ、もっともっと盛り上げて!! これこそ、死に瀕した際に見られる最高の演出じゃない!! ああ、退屈だった私の心が、み・た・さ・れ・て・い・く。キャハハ!!」
「狂ってる……」
サビスルの言動を見て、その言葉が最初に出てきた。
「どうして、そんなに非道になれるの? あなたは人の死を何とも思わないの?」
「思わないわ。だって、満たされない心があったら、何かで満たしたいと思うのは自然なことでしょ? 私にとっては、それがたまたま、誰かを殺すということだっただけ。そのために費やした私の準備と努力を、あなたは無にしろとでも言うの?」
「――理解できないわ」
前半の内容はまだわかることもあったが、後半の内容に至っては共感できるものは何一つなかった……
「それは残念。価値観の相違ね」
どうして理解できないの?
そう言いたげなサビスルの表情に、私は心底ゾッとするのを感じていた――
……何かないの?
この危機的状況から脱する方法。
サビスルと会話をしながらも、私は何か打開策がないかと頭をフル回転させていた。
ん、危機的状況?
確かデミストからハーリを受け取った時に、そんな話をしていたような気もしたが――
どうして、今、それを思い出したの?
そう自問しながら、肩に乗っているハーリの様子を見ると、何故かいつもより元気がない様に見えた。
闇障壁によって、デミストの魔力が防がれているからかしら……
そう考えた瞬間――
私の中で、ある仮説が脳裏をよぎった。
既に危機的状況にあるにも関わらず、ハーリには何の動きもない。
それは、おそらく、この闇障壁がデミストの魔力を遮断しているから――
「だったら!!」
「フフ、最後の悪あがきでもするつもり?」
サビスルは私との実力差がわかっているのだろう。
勝利を確信し、余裕の笑みを浮かべている。
「水魔法結界崩壊!!」
私が放った魔法によって、一瞬、小さな穴が闇障壁にできた。
「フフフ、何その弱い魔法? そんな小さな穴じゃ、あなた一人ですら闇障壁の外には逃げられないわよ」
確かに私の魔力では、こんなことくらいしかできない。
でも、仮説が正しければ、この穴で十分なはず……
私は心の中で、私の仮説が間違っていないことを祈っていると、真上から黒い稲妻がハーリに落ちた。
轟音と共に土煙が舞い上がる。
「デ、デミスト?」
土煙の中から出て来たのはデミストだった。
「よく気がついたな」
いや、ハーリを通して危機を脱する何かが起こるとは思っていたが、まさかデミスト本人が来るとは思っていなかった。
「なっ、デミスト!? どうしてあなたがここに!!」
「もちろん、サビスル、お前を倒しに来た」
「どうして同じ魔族である私を……。倒すなら亜人や人間でしょ?」
「同族であったとしても、野放しにしておけない存在もいるということだ」
「ふーん、それが私ってわけね。……それなら、降参するわ。どうせ、今の私では勝ち目はないもの」
「フ、どうやら先の戦いで、魔力を随分と使ったようだな。なら、魔術で拘束するが、もし抵抗すれば分かっているな」
私の力量では分からなかったが、ルランドとエアルとの戦いで魔力を相当消耗していたようだ。
「私はそんなにバカではないわ」
サビスルはそう言って、デミストの魔術でおとなしく拘束された。
「あーあ、残念、私はけっこうデミストのこと気にいっていたのに」
「それはどうも」
デミストは素っ気なく返答した。
「あと、あなた」
「え、私?」
話しかけられるとは思わなかった。
「あなたを見ていると、昔の私を見ているようで、とてもイライラしたわ。世界に絶望して、わたしのようにはならないよう、せいぜい頑張ってね」
「ご忠告どうも」
そんな風に思われていたなんて思いもよらなかった。
一体どんな絶望を味わったらあんな風になってしまうのか……
私は思わず身震いした。
「ラティリス、お前のお陰で心配事の一つを解決することができた。感謝する」
「あ、いえ、こちらこそ、助けてくれて、ありがとうございます」
正直、デミストがいなかったら、私達は全滅していた。
ただ、それはそれとして……
「ハーリを通して、全部見ていたんですか?」
「そういえば、魔獣に名前をつけていたな。ああ、ラティリスの予想通り、そのハーリと俺は魔力で繋がっている」
「ということは、温泉で私の裸も見たってことですよね!!」
私はデミストに問い詰めた。
「……見るには見たが、裸を見られたくらいで、何故そんなに怒っているのだ?」
これも魔族との価値観の違いなの?!
私は恥ずかしくて仕方がないのに。
「今後は絶対にハーリとは一緒にお風呂に入りません!!」
「そうか、そんなに気になるのであれば、その時は見ないようにしよう」
「もう!」
何も分かっていない様子のデミストに、私は溜息をついた。
まあ、でも、こんなことで怒りをあらわにできるのも命あってのこと。
私は改めて、デミストが助けに来てくれたことに感謝した。
「風の精霊エアルよ。少しは回復したようだな。俺はそろそろこの場を去らせてもらうが、後のことは頼んだぞ」
「言われなくても、そうするよ」
エアルは飛べるようになるまで、いつの間にか自己回復していた。
こうして、魔王三天王の一人サビスルとの戦いは、終わってみれば呆気ない幕切れとなった。
ルランド、エアル、グランデルを治癒した後、私達はダークエルフの王国に戻り、グランデルは王との再会を無事に果たした。
これで、しばらくは平穏が訪れる。
少なくとも、今日まではそう思っていた。
次の日、部屋から出てこないルランドの部屋を訪れると、そこには婚約指輪と一緒に手紙が置かれていた――
私達はエアルの風魔法によって飛行しながら、グランデルがいると思われる本陣へと向かっていた。
「――あとどれくらいで着きそうだ?」
「あと少しで着くと思うけど……」
ルランドの質問にエアルが答えた。
「グランデルを救出したら、速攻で逃げるからね。絶対にサビスルと戦おうなんて思ったらダメだよ」
「わかってる」
ルランドが雪辱を果たすことに走らないように、エアルは事前に打ち合わせした作戦を共有して念押しした。
「ホントかなぁ……、デミストに負けたことを、ずいぶん気に病んでたみたいだったけど――」
「前から気になっていたが……、俺への扱いが酷くないか?」
「当たり前でしょ。僕の大切なラティの心を奪ったんだから――」
「……そうか、それは悪いことをした」
「あのー、本人がいる前で私の話をするのやめてもらえませんか?」
顔が真っ赤になるような恥ずかしい話を二人でし続けている。
「すまない、つい熱くなってしまったようだ」
「僕もゴメン」
まあ、二人とも私のことを大切に想ってくれているのはわかるから、悪い気はしないんだけど――
「あそこにグランデル様がいるのですね!」
本陣が見えたので、エスカーネが声を上げた。
グランデルを早く救いたいという強い気持ちが伝わってくる……
私達は本陣から少し距離を開けた場所に降り立った――
「おかしいわね……、魔族の数が少ない気がする」
私達はなるべく大きな音を立てないように魔族を倒しながら、グランデルが捕えられている荷馬車へと向かっていた。
「グ、グランデル様!」
グランデルを見つけると、エスカーネは悲鳴に近い声を出した。
グランデルは両手をしばられた状態で腕を吊るし上げられていた――
全身に無数の傷も負っている。
「人質と言っておきながら、こんな仕打ちをするなんて……」
サビスルの残虐性が垣間見える。
「待っててね、今助けるから――」
私はグランデルをしばっているロープをナイフで切り始めた。
「に……ろ……」
私に気がついたグランデルがうめき声を上げた――
「気がついたのね。酷い傷を負っているわ……。後で回復魔法で治すから、逃げる間は少し我慢してもらうわよ」
「ダメだ……、ここから離れ……」
「え?」
「あーあ、種明かしをされるのは困るわね、グランデル皇太子――」
私が戸惑っていると、グランデルの影からサビスルが現れた。
「フフフ、こんな簡単な罠にかかるなんてね……。黒魔術闇障壁!!」
サビスルが不敵な笑みを浮かべながら魔法を唱えると、周辺が黒い障壁で覆われた。
「――これはまずいよ、ラティ。サビスルを倒さないとこの壁からは出られない」
精霊であるエアルですら焦っている様子から、危機的な状況だということが十分過ぎるほど伝わってきた……
「意志が強くて私の魔法でも操れなかったけど、人質としては役に立ったみたいね。グランデル皇太子の性格の良さから、この皇太子を見捨てない誰かが助けに来ることは簡単に予想できたわ。――だから、その想いを利用して罠を張らせてもらったの」
「くっ!」
どうやら、私達はまんまとサビスルの罠にかかってしまったようだ。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
ルランドがサビスルを力で切り飛ばし、無理やり私達との距離を開けさせた。
「グランデル様!! 光魔法治癒!」
エスカーネが駆けつけて、魔法でグランデルの治療を始めた――
「水魔法癒水!」
治癒スピードを少しでも早めるため、私も水系の回復魔法を唱えた。
グランデルが早く回復すれば、もしかすると戦いにも加勢できるかもしれない。
私達が戦闘に加わるよりも、その方が二人の戦力になると判断した。
「俺だけでは勝てないのはわかっている……。お前と力を合わせても難しいか?」
「正直、厳しいね。――でも、この状況だと、やるしかないよね」
ルランドの問いに対して、エアルはそう答えた。
「ああ、ラティリスのために」
「ラティのために」
「火魔法火炎付与!」
ルランドが魔剣に火炎を付与した。
「風精霊魔法無限風刃!」
「フ、こざかしい。黒魔術闇盾!」
エアルが魔法で無数の風刃を作り出してサビスルに放ち続けるが、サビスルは魔術で黒い結界のようなものを作り出して全ての風刃を防いでいる。
「連撃!!」
エアルの風刃はおとりだったようだ。
ルランドが火炎付与された魔剣による連撃をサビスルに繰り出した。
「フフ、魔剣を少しは使いこなせてるみたいね。私が並の魔族だったら結果は違ったかもしれないけど――、残念ね……、その程度の力では私には通用しないわ」
サビスルは、右手から放っている魔術でエアルの魔法を防ぎ、左手から放っている魔術でルランドの攻撃を防いでいる。
「同時に二つの魔術を使えるなんて――」
私は思わず絶句した。
早く、早く!
私は焦る気持ちを必死に抑えながら、グランデルの治癒に全力を注いだ。
「そ、そんな……」
私達は完全に実力差を見誤った。
グランデルの意識すら戻らない短い時間で、ルランドとエアルはサビスルによって致命傷を与えられてしまっていた。
「フフ、風の精霊がいたことは誤算だったけど――、それも含めて十分に楽しませてもらったわ。特に人間の坊やはまだまだ成長過程だったみたいだから、ここで殺してしまうにはもったいない気もするのよね……。でも、まあ、仕方がないわ。だって、私ってそんなに気が長くないし、美味しい物は今食べたい性格だもの」
「――そうはさせないわ!!」
私は叫びながら、ルランドとサビスルの間に立った。
「ラティリス、ダメだ……。お前だけでも逃げてくれ……」
瀕死の状態にも関わらず、ルランドは必死に立ち上がろうとしていた――
「ルランド、気持ちは嬉しいけど、私にはそんなことできないわ」
「いいわよ、いいわよ、もっともっと盛り上げて!! これこそ、死に瀕した際に見られる最高の演出じゃない!! ああ、退屈だった私の心が、み・た・さ・れ・て・い・く。キャハハ!!」
「狂ってる……」
サビスルの言動を見て、その言葉が最初に出てきた。
「どうして、そんなに非道になれるの? あなたは人の死を何とも思わないの?」
「思わないわ。だって、満たされない心があったら、何かで満たしたいと思うのは自然なことでしょ? 私にとっては、それがたまたま、誰かを殺すということだっただけ。そのために費やした私の準備と努力を、あなたは無にしろとでも言うの?」
「――理解できないわ」
前半の内容はまだわかることもあったが、後半の内容に至っては共感できるものは何一つなかった……
「それは残念。価値観の相違ね」
どうして理解できないの?
そう言いたげなサビスルの表情に、私は心底ゾッとするのを感じていた――
……何かないの?
この危機的状況から脱する方法。
サビスルと会話をしながらも、私は何か打開策がないかと頭をフル回転させていた。
ん、危機的状況?
確かデミストからハーリを受け取った時に、そんな話をしていたような気もしたが――
どうして、今、それを思い出したの?
そう自問しながら、肩に乗っているハーリの様子を見ると、何故かいつもより元気がない様に見えた。
闇障壁によって、デミストの魔力が防がれているからかしら……
そう考えた瞬間――
私の中で、ある仮説が脳裏をよぎった。
既に危機的状況にあるにも関わらず、ハーリには何の動きもない。
それは、おそらく、この闇障壁がデミストの魔力を遮断しているから――
「だったら!!」
「フフ、最後の悪あがきでもするつもり?」
サビスルは私との実力差がわかっているのだろう。
勝利を確信し、余裕の笑みを浮かべている。
「水魔法結界崩壊!!」
私が放った魔法によって、一瞬、小さな穴が闇障壁にできた。
「フフフ、何その弱い魔法? そんな小さな穴じゃ、あなた一人ですら闇障壁の外には逃げられないわよ」
確かに私の魔力では、こんなことくらいしかできない。
でも、仮説が正しければ、この穴で十分なはず……
私は心の中で、私の仮説が間違っていないことを祈っていると、真上から黒い稲妻がハーリに落ちた。
轟音と共に土煙が舞い上がる。
「デ、デミスト?」
土煙の中から出て来たのはデミストだった。
「よく気がついたな」
いや、ハーリを通して危機を脱する何かが起こるとは思っていたが、まさかデミスト本人が来るとは思っていなかった。
「なっ、デミスト!? どうしてあなたがここに!!」
「もちろん、サビスル、お前を倒しに来た」
「どうして同じ魔族である私を……。倒すなら亜人や人間でしょ?」
「同族であったとしても、野放しにしておけない存在もいるということだ」
「ふーん、それが私ってわけね。……それなら、降参するわ。どうせ、今の私では勝ち目はないもの」
「フ、どうやら先の戦いで、魔力を随分と使ったようだな。なら、魔術で拘束するが、もし抵抗すれば分かっているな」
私の力量では分からなかったが、ルランドとエアルとの戦いで魔力を相当消耗していたようだ。
「私はそんなにバカではないわ」
サビスルはそう言って、デミストの魔術でおとなしく拘束された。
「あーあ、残念、私はけっこうデミストのこと気にいっていたのに」
「それはどうも」
デミストは素っ気なく返答した。
「あと、あなた」
「え、私?」
話しかけられるとは思わなかった。
「あなたを見ていると、昔の私を見ているようで、とてもイライラしたわ。世界に絶望して、わたしのようにはならないよう、せいぜい頑張ってね」
「ご忠告どうも」
そんな風に思われていたなんて思いもよらなかった。
一体どんな絶望を味わったらあんな風になってしまうのか……
私は思わず身震いした。
「ラティリス、お前のお陰で心配事の一つを解決することができた。感謝する」
「あ、いえ、こちらこそ、助けてくれて、ありがとうございます」
正直、デミストがいなかったら、私達は全滅していた。
ただ、それはそれとして……
「ハーリを通して、全部見ていたんですか?」
「そういえば、魔獣に名前をつけていたな。ああ、ラティリスの予想通り、そのハーリと俺は魔力で繋がっている」
「ということは、温泉で私の裸も見たってことですよね!!」
私はデミストに問い詰めた。
「……見るには見たが、裸を見られたくらいで、何故そんなに怒っているのだ?」
これも魔族との価値観の違いなの?!
私は恥ずかしくて仕方がないのに。
「今後は絶対にハーリとは一緒にお風呂に入りません!!」
「そうか、そんなに気になるのであれば、その時は見ないようにしよう」
「もう!」
何も分かっていない様子のデミストに、私は溜息をついた。
まあ、でも、こんなことで怒りをあらわにできるのも命あってのこと。
私は改めて、デミストが助けに来てくれたことに感謝した。
「風の精霊エアルよ。少しは回復したようだな。俺はそろそろこの場を去らせてもらうが、後のことは頼んだぞ」
「言われなくても、そうするよ」
エアルは飛べるようになるまで、いつの間にか自己回復していた。
こうして、魔王三天王の一人サビスルとの戦いは、終わってみれば呆気ない幕切れとなった。
ルランド、エアル、グランデルを治癒した後、私達はダークエルフの王国に戻り、グランデルは王との再会を無事に果たした。
これで、しばらくは平穏が訪れる。
少なくとも、今日まではそう思っていた。
次の日、部屋から出てこないルランドの部屋を訪れると、そこには婚約指輪と一緒に手紙が置かれていた――
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