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2話 イヴェエルの悩み

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「今日はイヴェエル一人で来られたのですね」

 馬に二人乗りをしながら、イヴェエルと私は草原を駆けていた――

「ああ、フーリュがいた方が話は盛り上がるが、今日はエスタレアと二人で話がしたかったからな」

「そうなんですね……」

 改まって、何の話だろう?

 わざわざ二人きりで話したいと言っているのだから、特別な話に違いない。

「ここら辺だな――」

 イヴェエルがそう言って馬の足を止めたので、私達は馬から降りた。
 
「少し歩くぞ」

 イヴェエルに案内されるまま私達は歩き出した。
 
 しばらく歩いてたどり着いた丘の上で――

「わぁ!! きれーーい!!」

 私は思わず歓喜の声を上げた。

 急に視界が開けて見えた壮大な景色。
 
 丘からは山脈に囲まれた美しい湖が一望できた。

 また、様々な種類の鳥達が湖に集まっては飛んで行く姿が、この地の自然の豊かさを物語っているように見えた。
 
「俺が気に入っている場所なんだが……、エスタレアも自然が好きだと言っていたからな、もしかしたら喜んでもらえるんじゃないかと思ったんだ――」

「はい、とっても気に入りました。偉大な風景を見ていると、なんだか私の心まで豊かになったような気になれるから好きなんですよね――」

 近くにこんな素敵な場所があるなんて、イヴェエルに連れて来てもらわなかったら知らなかった。

「そうか……、喜んでもらえたならよかった――」

「素敵な場所を教えていただき、ありがとうございます」

 私がお礼を言うと、イヴェエルは少し照れた様子で微笑した。
 
「初めて逢った時に、戦場でできた傷をいきなり治癒魔法ヒールで治してもらったからな……。いつかお礼がしたいと思っていたんだ」

 初めてイヴェエルに会った日、古傷が身体中にあったので治癒魔法ヒールで治させてもらったのだが、どうやらその時のお礼で今日は私をここに連れて来てくれたようだ。

「あの時は、初めて逢った俺にこんなに優しくしてくれる令嬢がいるのかと驚かされた……」

 イヴェエルの古傷を見た時、何故か自然と治してあげたいという気持ちが湧いてきた。

 私には彼が何かを背負っているようにも見えたから――

 初対面で、そんな申し出をするのはどうかとも思ったが、話をすると治せるのであれば治してほしいという話になったので、治癒魔法ヒールで治させてもらった。

「私、ドジで自身の切り傷や怪我が多いので、治癒魔法ヒールだけは得意なんです」

 私が苦笑しながら、そう言うと――

「フ、そんなエスタレアも、嫌いではないがな」

 と、イヴェエルは微笑みながら言った。

「え、え、何を仰って――」

 ダメなところも含めて、イヴェエルは私のことを認めてくれている。

 ふと、そんな風に私は感じた……

 その後も、素敵な景色を眺めながら、私達は心を開いて会話を楽しんだ――

   ◇

「それで、伝えたいと思っていた話なんだが――」

 意を決して、俺はエスタレアに伝えておくべき話を始めた。

「はい」

「エスタレアは俺のことを立ててくれているようだが、俺はダルキス伯爵の実の子ではないんだ」

「……それは、どういう意味でしょうか?」

 様子を見る限り、やはり、エスタレアは知らなかったようだ。

「ダルキス伯爵家には子どもがなかなか産まれなかったらしくてな。俺はフーリュが生まれる前に孤児院から引き取られた養子なんだ……。万が一、実の子が産まれなかった場合に備えて、俺を次期伯爵にと考えてのことだったらしいんだが――。その後、フーリュは無事に産まれた。だから、次に伯爵になるのはフーリュであって、俺ではないんだ」

「そうだったんですね……」

「――だから、他の領民と同じように、エスタレアもフーリュを次期伯爵だと思って俺に接してくれればいい。今日はそれを伝えたかったんだ」

「わかりました」

 よかった。

 どうやら、わかってくれたようだ……

「そうか、これで安心したよ。フーリュと一緒にエスタレアの家を訪問をすると、エスタレアだけが、いつも俺の名前を先に呼んでいたから気になっていたんだ――」

 他の領民は次期伯爵であるフーリュの名前を、俺よりも先に呼んでいる。

 ――にもかかわらず、エスタレアはいつも俺の名前を先に呼んでいたことが気にかかっていた。

「え? それを変えるつもりはありませんよ……」

「ん、さっきわかったと言っていただろ?」

 どういうことだ?

 上手く伝わっていなかったのか?

「はい、フーリュが次期伯爵だということはわかりました。――ですが、イヴェエルがお兄さんなんですよね?」

「ああ、義理の兄ではあるが……」

「私にとっては、どちらが次期伯爵なのかということは関係ありません。イヴェエルとフーリュの関係は、兄弟としてしか見ていませんから――」

 つまり……

 エスタレアが俺の名前を先に呼んでくれていたのは、次期伯爵がフーリュだということを知らなかったからとかではなく、俺がフーリュの兄だから先に呼んでくれていたということなのか――

「フフ、そうか。エスタレアは俺のことを、そう見てくれているんだな……」

 俺は思わず嬉しい気持ちになった。

 そして――

 ギュッ!

 俺は衝動を抑えられずに、気がつくとエスタレアを抱きしめていた。

「イ、イヴェエル?!」

 俺に抱きしめられて、エスタレアが驚いている。 
 
 それはそうだ。

 伯爵の実の子ではない、本当はどこの誰なのかもわからない。

 そんな男に抱きしめられて、嬉しいはずがない。

 フーリュの方がエスタレアにふさわしいことはわかっている。

 わかっているはずなのに……

「すまない、少しだけこうさせてほしい――」

「はい……」

 ありがとう、エスタレア。
 
 俺は心の中で、彼女の優しさに感謝した。

 エスタレアと一緒にいると、何故か心に安らぎが宿る……

 たとえ、その関係が永遠に続くものではなかったとしても――
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