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新人魔導師、研究発表会の準備をする

8月26日、装飾品作成

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 いよいよ発表会の準備も終わりに近づいてきた。天音は大量の金属片の入った箱を魔導で浮かせ、トレーニングルームに運ぶ。ラボは葵が使っているので、別の場所に移動したのだ。

「結構な量だな」
「作り直すことも考えて多めにしました」

 透もガラス片が入った箱を運んでいる。彼は衣装担当であって、装飾品までは作れない。そこで、デザインだけを決めて夏希に加工してもらおうと考えた2人は、彼女の夏季休暇が終わったその日に頼み込んだ。夏希は笑ってそれに応え、こうしてトレーニングルームまで来てくれた。

「本当は水晶を使いたかったんですけどね……」
「高いわ、今いくらすると思ってんだ。予算で収まんねぇよ」
「そこは副所長のポケットマネーでなんとか」
「お前たちだけにやったら不公平だろ」
「あ、出すのは別にいいんだ……」

 水晶の市場価値が10倍以上になった今、それを買うのは以前と比べて非常に難しくなっている。第1研究所なら可能だろうが、ここは予算の限られた第5研究所。今回の発表で必要な分の水晶を買ったら即予算オーバーになる。そんな高価なものを買うことに抵抗がない辺り、流石魔導復元師。天音は思わず声に出してしまった。

「そんで? どういうの作るんだ?」
「まずはスタンダードな星形のものですね、続いて三日月、後はこの資料にあるキャラクターに合わせて作っていただけると」
「……多いな」

 夏希がぼそりと呟いた。そう、透と天音が妥協せずに選んだ結果、かなり多くの装飾品を作ることになってしまったのだ。その数、衣装5着に対し20以上。指輪や髪飾りなど、細々したものを含めての数だが、夏希の想定以上になってしまった。

「僕は布専門なので」
「あたしも職人じゃねぇよ」

 などと言いつつ、夏希の手は既に動き出し、透のデザイン画どおりに加工を始めていた。

「おい待て、この懐中時計と刀ってどういうことだ、本気で言ってんのか」
「形だけで大丈夫です、すみません……」

 適性値99の魔導師と言えど、知識のないものは作れない。夏希は時計職人でも鍛冶職人でもないのだ。

 だが、天音にも衣装を完全に再現したいという欲求があった。そこで、夏希に頼んだのだ。葵は自分の発表用の発明で忙しい。零は細かいコントロールが苦手。よって、コントロールが上手くオールマイティな夏希に白羽の矢が立った。

 一応、自分たちでも試してみたのだが、実物よりも小さく作った衣装に合わせた小さな装飾品たちは、透や天音には作成できなかったのだ。

「ほい」

 まず1つ目が作られた。透が手に取って確認する。天音にも手渡し、色や形を見るように言った。

「綺麗です!」
「じゃあそれで行くぞ」

 夏希はそう言って、次々に装飾品を作っていった。だが―

「すみません、ここもう少し鋭くできますか?」
「この赤はもう少し暗めで」
「時計のチェーンは長めでお願いします!」
「何度も使ってくすんでいる感じにできます?」
「あーもう! わかったよ!」

 拘りに拘った衣装。それに合わせる装飾品。天音も透も、熱が入ってあれこれと頼んでしまった。作り直すたびに夏希はよりよいものを生み出してくれるせいか、要求はどんどんと難易度の高いものになっていった。

「これでどうだ!」

 必殺技を出すが如く、夏希は全ての装飾品を作り終えると叫んだ。ここまで、彼女は自棄になったように叫んではいたが、1度も文句を言わなかった。天音だったら発狂していたと思う。

「か……完璧です!」
「凄いです、流石副所長!」
「褒めてもなんにも出ねぇぞ……」

 疲れ果てた夏希が、床に座り込んでいた。

「ホントは作るよりぶっ壊す方が得意なんだよ……」
「その、なんというか、すみません……」
「いい、気にすんな……協力するって言ったのはあたしだからよ……」

 けどもう帰る。
 夏希は立ち上がって歩き出した。腕が疲れたからか、術で移動するのが面倒になったようだ。

「お疲れさん……」

 そう言い残して、彼女は去っていった。
 多分、というか確実に、1番疲れたのは夏希である。

「ついに完成しましたね!」

 透が興奮した声で叫んだ。嫌な予感がする。

「見てくださいよここの刺繍! ここ特に拘ったところなんですけどね、副所長が作ってくれたブレスレットと指輪を合わせて……ほら! より本物に近づきましたよね! 術を使って形にしてもよかったんですけど、どうしてもリアルにしたくて刺繍したんですよ! 近くで見てください是非!」

 案の定、透は息継ぎしているかわからないほど早口で長文を喋り出した。今、彼を止められる者は誰もいない。天音は覚悟を決めて話を聞く。

「これ、全部刺繍したんですか? 凄いです」

 複雑な模様を、透は術で布に描くのではなく、1針ずつ刺繍したと言う。一体、どれだけの時間がかかったのだろうか。天音はそっと手で刺繍部分に触れた。

「……ありがとうございます。私1人じゃできなかったです」

 天音は穏やかに笑みを浮かべた。

「増田さん。本当に、ありがとうございます」
「……お礼を言うのは僕の方です。この2ヶ月間、楽しかった。研究発表会には出れないと思っていたのに、こうしてかかわれるのは天音さんのおかげです」
「そんな……」
「そうなんですよ。僕も、1人じゃできなかった」

 落ち着いた透が、衣装を見つめたまま言った。作成期間を思い出して笑う。大変だったけれど、楽しかった思い出。

「絶対、1位をとってうちの予算を増やしましょうね!」
「はい!」

 論文について質問したあの日のように、2人は手を握った。

 研究発表会まで、あと少し。
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