上 下
111 / 140
新人魔導師、研究発表会の準備をする

7月15日、研究発表会の参加者リスト入手

しおりを挟む
 研究発表会に参加することが決まってから、天音は非常に忙しかった。まず、原稿の作成。それに伴って、資料集めや論文の復習なども行った。透がその度にサポートしてくれるが、彼も彼で、衣装作成に忙しかった。中世の一般市民の服装よりも、アニメや漫画のキャラクターの服装の方が凝っているからだ。

「原稿が半分終わったら装飾品の作成に移ろうかと思ってます」
「あ、はい! その、まだかかりそうなんですけど……」
「本番は9月ですよ。今はまだ7月なんですから。そう焦らないでください。というか、僕もまだできていないんで」

 あまりにも多忙な天音を見て、由紀奈は何か手伝えることはないかと思ったらしい。今回の和馬の発表でもある魔力回復のメニュー(発掘調査で得た資料から再現した)を作るのを手伝っては天音に差し入れてくれた。

「ちゃんと食べてね!」
「うん、ありがとう」
「それで、ちゃんと寝るんだよ!」

 まるで信頼がなかった。毎晩由紀奈は寝る前に天音の部屋を訪れ、眠るように言ってくる。場合によっては固有魔導を使うこともあった。翌日、ぐったりした天音を見て、休みの前日以外は使わないようになったが。

 3回目の発掘調査で得た資料は、全員にとってよいものとなった。発表者として参加しない零と夏希が全て読み解き、修復してくれた。おかげで新たな資料が増え、発表内容がよりよいものとなっていく。難しいが、やりがいがあった。

 そのころの天音は、恐らく人生で1番勉強していたと思う。透が裁縫をしている横で、必死に論文を読み解き、資料を要約し、原稿を作っていった。基本的に魔導師の発表会にパソコンは必要ないので、ひたすら手書きだ。必要な場合は、事前に伝えておけば魔導考古学省の職員が幻像魔導で資料を映してくれるらしい。だが、天音たちの場合は、実物と天音の声での発表なので、自分が読めるようにしておけばよかった。

「よぉ」

 書斎に籠っていた2人のもとに、夏希が現れた。手には何か紙を持っている。

「発表会の参加者リストができたから持ってきたぞ」

 ひらひらと振っているそれがリストだった。針を持ったままの透に代わり、天音が受け取る。

「……第1研究所、多くありません?」

 リストに載っているのは全部で40人。内、第1研究所が16名、第2研究所が9名、第3、第4、第5研究所は基準ギリギリの5名だ。

「毎年そんなモンだ。ただの自慢の場だからな。若手が多く出てるが、バックにはオッサンどもがついてる。んで、若いのにこれだけわかっててすげぇだろってアピールしてんだよ。新人も可哀そうだよな。やりたくねぇのに上司にあれこれ言われて満足に自分の研究もできやしねぇんだから」
「それ聞いてしまうと……うーん」
「悪ぃ、変な先入観持たせちまったな。でもま、勉強にはなるぜ。好きなヤツだけ聞いていいからよ」
「はい……あ」
「ん?」
「どうしました?」

 キリがよかったのか、糸を切った透もリストを覗き込んだ。急に声を上げた天音が気になったらしい。

「あ、いえ。知ってる名前を見つけて」
「お、どれだ?」

 夏希の問いに、天音はリストの1番上、第1研究所の欄を指し示した。「神崎雛乃」とある。

「同じ養成学校の子なんです」
「あぁ、1位の」
「第1研究所所属……何だかちょっと怖いですね」

 確かに、第1研究所にはよいイメージがない。けれど、天音は、雛乃に悪い印象を抱いたことはなかった。

「いつも楽しそうに魔導を使ってた子ですよ」

 ペーパーテストでは天音の下の順位だったが、実技では圧倒的に差をつけられた。1位で卒業し、どこに配属されたかは知らなかったが、まさか第1研究所にいたとは。

「魔導が大好き! っていつも言っていた子でした。どんな発表するんだろ……」

 リストの名前の横を見る。そこには1人ひとり発表内容が書かれているのだ。雛乃は卒業時には、航空魔導に興味を持っていて、高度何メートルまで飛行可能だったのか調べたいと言っていた。現代においては酸素濃度などが明らかになっているが、そうでない時代、魔法使いたちはどのように対策していたのかを知りたいと、熱く語っていた。

「え?」

 だが、リストに書かれていたのは、まるで違う内容だった。

「『魔導師の人口分布』……?」

 養成学校時代とテーマが変わることはよくあることだ。天音だって変更している。けれど、これは異常だ。

「当たり障りのない、今人気のテーマってカンジだな」
「第1研究所らしいですね」
「え、ど、どういうことですか?」

 不思議そうに質問する天音に、透はやや言いにくそうに答えた。

「割とよくあることなんですよ。やりたいことじゃなくて、今その研究所でしたい研究をさせられることは。うちみたいに何でも自由にやれるところなんて、そうありません。この神崎さんも、きっとそうなんでしょう……」

透は目を伏せて、悲しそうに言った。才ある魔導師が、環境によって潰されてしまう。やりたいこともできないまま、夢を追うことを忘れていってしまう。それが、現代、魔導先進国とされるこの国でよくあることだった。

「私、神崎さんの発表、見に行きます」

 もしかしたら、ただ気になることが変わっただけかもしれない。
 どうか、そうであって欲しい。天音はそう願った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

兄のお嫁さんに嫌がらせをされるので、全てを暴露しようと思います

きんもくせい
恋愛
リルベール侯爵家に嫁いできた子爵令嬢、ナタリーは、最初は純朴そうな少女だった。積極的に雑事をこなし、兄と仲睦まじく話す彼女は、徐々に家族に受け入れられ、気に入られていく。しかし、主人公のソフィアに対しては冷たく、嫌がらせばかりをしてくる。初めは些細なものだったが、それらのいじめは日々悪化していき、痺れを切らしたソフィアは、両家の食事会で……

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

義妹と一緒になり邪魔者扱いしてきた婚約者は…私の家出により、罰を受ける事になりました。

coco
恋愛
可愛い義妹と一緒になり、私を邪魔者扱いする婚約者。 耐えきれなくなった私は、ついに家出を決意するが…?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...