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新人魔導師、配属される

同日、9時21分

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 誰もいない廊下で、天音は途方に暮れていた。
 上司に手をあげ、挙句の果てに言いたい放題。正直今すぐにでもクビにされてもおかしくない。けれど、夏希は天音の望むとおりにすると、そのために考えろと言ったのだ。

 ふと、雅の言葉を思い出す。

〈想像せよ、思考を途切れさせるな。〉

 何故夏希はああ言ったのか。どうしてこのタイミングで、あの荒々しい口調で天音に伝えたのか。
 何故彼女は天才ではないのか。魔導師になりたくてなったわけではないとはどういうことか。

 天音は夏希のことを何も知らない。夏希はしっかり天音のことを養成学校まで行って聞き、毎日会話して天音のことを知り、歩み寄ってくれていたのに。

「副所長のこと、聞きに行こう……」

 習ったことだけ完璧な真面目ちゃんはもう卒業だ。
 自分の力で、考えて行動してみせる。
 それが、今一番必要なことだと思うから。








 真っ先に聞きに行ったのは技術班だった。ノックをしても返答はなく、代わりに爆発音と透の叫び声が聞こえた。

「し、失礼します……あ、いや、失礼しました」

 扉の向こうでは、透が葵にヘッドロックをかけている真っ最中だった。思わず引き返す。

「あ、すみません、どうぞ!」

 天音に気付いた透がパッと手を離す。葵はそのまま床に落ちていった。
 焦げ臭い空気を換気するため、透が魔導文字を紙に書きつけ、宙に投げる。淡い黄色の魔力が広がって、爽やかな空気が流れ出した。

「どうかしましたか? 今日はここの研修じゃないですよね?」
「自習って聞いてたんスけど、変更ッスか?」
「いえ、その……副所長のことを、教えていただきたいんです!」

 突然の質問に、2人は首を傾げたものの、深く聞くことはしなかった。

「え、どういうのッスか。スリーサイズなら透が知ってるッスけど」
「人を変態みたいに言わないでください。魔導衣作るのに必要だったんですよ」
「いえ、そういうのではなくて……生い立ちとか、経歴とか、性格とか、そういったものが聞きたいんです。私、副所長のこと、何にも知らないって気がついて……」
「あー、なるほど。夏希とケンカしたんスね。とりあえず一発殴っときゃいいんスよ。アイツ一応上司だから、部下相手にやり返せないし」
「班長じゃないんだからそんなこと誰もしませんよ」

 すでに一発叩いてしまったとは言えそうもない。
 というか、何故喧嘩したと断定したのだろうか。

「自分も初めて会った日の次の日くらいにケンカして一発ぶん殴ったんでわかるッス」
「何してんだアンタ」
「いやー、いろいろあって。まあそれは置いといて」
「置いとけないです、何やってんだこの女」

 透の発言を全て無視して、葵は何かを置くような仕草をした。文字どおり、置いておくらしい。

「口悪いし、態度悪いし、足癖も悪いクソガキッスけど、いいヤツッスよ。ちゃんと人を見てるし、見捨てない。悪役ぶって嫌われがちッスけどね」
「アンタの方が年下でしょ」
「お黙りカラシ。精神年齢的な話ッス」

 悪役ぶって、嫌われがち。何だか、その言葉は納得できた。天音が傷つくように、苛立ちを全て自分に向けるように。そうなるように夏希はああ言ったのかもしれない。

「あの人と同じ意見なのはものすごく不快ですけど、僕もそう思いますよ。あと付け足すなら、そうだな……人から、自由を奪わない。自分が自由人だからってのもあると思いますけどね。でも、決して奪わない。ここの研究員皆、自由に、好き勝手に色んなことやりまくってますけど、あの人は止めないです。まあ、班長みたいに度が過ぎるとちょっとお説教入りますけどね」

 確かに、そのとおりだった。夏希は一言も「今すぐ辞めろ」とは言わなかった。考える時間も与えてくれた。自由に、天音の望むとおりになるように、何一つ強制はしなかった。

「……少し、わかった気がします。ありがとうございました」
「はい、よかったです」
「多分夏希が8割悪いんで謝んなくてもいいと思うッスよ。先輩からのアドバイスってヤツッス」
「今回ばかりは班長に同意します。言い方キツイんですよ、あの人」
 笑う2人に見送られ、天音はラボを出た。
 次に向かうのは、地上の「家」である。
 今の時間ならば、和馬は確実に食堂にいるはずだ。








「これで転属ッスかねぇ」
「退職でしょう。僕が新人だったら副所長に睨まれただけで泣いて逃げますよ」

 今まで、夏希に「辞めたきゃ辞めろ」と言われて残った者は誰もいない。別の研究所へ転属、研究員を辞めて調査師になる、その他魔導師になる前の生活に戻る者もいた。そもそも、辞めたいと思っている人間にしか夏希はその発言をしないので。

「人を見る目は確かなんスよ、夏希」
「……スカウトされた人間がそれ言うと、むかつきますね」
「カラシも夏希にスカウトされたかったんスか?」
「そうですね……もし、前の研究所に配属される前に副所長に会えていたら、そう思う程度には悔しいですよ。僕だって、あの人に必要とされたいです」

 思い出を懐かしむように、透は瞳を閉じた。
 そんな彼の背中を、葵が躊躇なく叩く。

「ちゃーんと、アイツはお前のことも必要としてるッスよ! あ、自分もッスけど!」

 にっと笑う葵。
 そんな彼女の顔を見て、透は心底嫌そうな表情を浮かべた。

「別に、アンタに必要とされなくてもいいんですけど!?」

 そう叫ぶ透だが、その耳はほんのりと赤く色づいていた。
 葵はそのことに気づいてはいたが、触れずに気づかないフリをしてけらけらと笑っていた。
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