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新人魔導師、配属される

同日、14時12分

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 あれは、そう。今から4年半前。
 まだこの研究所が完成していなかったころのことだ。

 その日はやけに騒がしかった。
 いつも偉そうな顔で歩き回っている上司たちが、何かを恐れるような表情で誰かを囲んでいた。

「こ、これは夏希様……なぜこちらに?」
「ご連絡いただければお迎えに上がりましたのに」
「本日は一体、どのようなご用件で……?」
「仕事。キミたちは気にせず普段どおりにしてていーよ」

 囲まれていたのは子どもだった。それも、せいぜい12、3の。葵自身、女にしては背が高い方だと自負しているが、その葵の胸元に届かないくらい小さな子どもだ。

 だが、上のオッサンどもは、そんな少女を恐れるように敬い、もてなしていた。そんなことを気にも留めず、むしろ目障りだと言うように振り払って、少女は歩き出した。

「お」

 みっけ。
 そんな可愛らしい声と共に、びしりと葵に指を突き付ける。

「な、なんスか!?」

 驚く葵に、彼女はにっこり笑って言った。

「ねぇキミ、こんなトコ抜け出してさ、あたしたちのトコに来ない? 絶対楽しいよ」







「っていうのが初対面ッスね」
「そんな退屈なパーティー抜け出すみたいに誘われてたんですかアンタ」

 どうやら透も初めて聞いたらしい。凄まじい勢いでツッコミが入った。

「え、その話にのったんですか?」

 天音は信じられないものを見るような表情で言った。
 自分だったらそんな怪しい話、相手にしない。

「まさか。流石に知らない子どもの話なんて聞かないッスよ」
「では、いつここの配属が決まったんですか?」
「それから3日後」
「それはもうすぐ話にのったって言うんですよ!」

 透が天音の心の叫びを代弁してくれる。よかった、ツッコミ役がいる。

「まあ、なんて言うか……口説かれたんスよ、夏希に。事実、アイツが言ったとおりに自分は好きなものを好きなだけ作れるようになったんで……まあいっか、って」
「雑!」

 その紆余曲折も気になるが、それを聞いていたら長くなりそうだ。
 天音は手を挙げて質問した。

「この資料だと、北山班長は『現代社会における科学技術と魔導の融合』について研究されているということですが、具体的にはどういったものを作ってみたいと考えられているのですか?」
「簡単に言うと、家電の魔導版ッスね。次の資料に移るッスよー」

 紙を捲ると、いくつかの写真が載っている資料が現れた。その写真のどれもが、見覚えのあるものばかり―電子レンジや冷蔵庫、炊飯器などだった。

「ホントはこーゆーの、作りたかったんスよ。もしくはアニメとかマンガに出てきそうな武器とか」
「極端過ぎませんか? 真逆のものでは?」

 生活家電と武器。まったく似ていない2つのものを挙げる葵に、天音は質問を続けた。
 すると、その質問の意図がわからない、というように葵は首を傾げた。

「やりたいこととか夢って、1つじゃなきゃダメなんスか?」
「え……」
「一応、どっちもテーマからは外れてないッスよ。自分の作りたいもの聞いた後、夏希がテーマをふわっとさせておけば両方イケるんじゃない? って言ってたッス」

 やりたいこと、夢。
 天音が今まで、見ないふりをしてきたもの。
 それを追うことなんて考えたこともないし、ましてや複数持つことなんて想像すらしたことがなかった。

 だって。
 1度手にしてしまえば、やりたいことも夢も欲しいものも、輝きを失ってかすんでいくから。

「……おーい、大丈夫ッスかー?」
「……あ、はい……失礼しました」

 思わず遠くを見つめ、ボーっとしてしまった天音の顔を、葵が覗きこんできた。

「具合悪いんなら無理せず休んだ方がいいッスよ」
「いえ、大丈夫です」
「ホントッスか? カラシー、体温計ってあったっけー?」
「ないですよ、『家』じゃあるまいし」
「よし、じゃあ次は魔導式体温計作ることにするッス」

 熱を測ることは諦めたのか、「無理はしないよーに!」とだけ言った葵は、再びホワイトボードの前に立った。

「えー、ざっくり自分のことまとめるッスね。自分は夏希にスカウトされてここに配属になった人間で、現代社会に必要な電化製品の魔導版とか、場合によっては武器とか作ってるッス。でもまあ基本、思いついたらなんでもやっちゃうんで、なんか欲しいモンあったら教えて欲しいッス。ちなみに今グッチーに頼まれて魔導ミキサー作ってるッス」
「山口和馬さんのことです、グッチー。この人すぐ渾名つけてくるんで気を付けてください。不快だったら言ってくださいね。躾けます」
「お前マジ怖い……」

 葵はわざとらしく震え、「恐怖」を表現した。とはいえ慣れているのかあまり気にした様子はない。

「ま、渾名つけるより先にこの子転属するんじゃないッスか? 今までのヤツらみたいに」

 天音に聞こえないよう、ひっそりと透の耳元で囁く。
 それもそうか。透は頷いて、構えていた拳を下ろすのだった。
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