16 / 140
新人魔導師、配属される
同日、14時12分
しおりを挟む
あれは、そう。今から4年半前。
まだこの研究所が完成していなかったころのことだ。
その日はやけに騒がしかった。
いつも偉そうな顔で歩き回っている上司たちが、何かを恐れるような表情で誰かを囲んでいた。
「こ、これは夏希様……なぜこちらに?」
「ご連絡いただければお迎えに上がりましたのに」
「本日は一体、どのようなご用件で……?」
「仕事。キミたちは気にせず普段どおりにしてていーよ」
囲まれていたのは子どもだった。それも、せいぜい12、3の。葵自身、女にしては背が高い方だと自負しているが、その葵の胸元に届かないくらい小さな子どもだ。
だが、上のオッサンどもは、そんな少女を恐れるように敬い、もてなしていた。そんなことを気にも留めず、むしろ目障りだと言うように振り払って、少女は歩き出した。
「お」
みっけ。
そんな可愛らしい声と共に、びしりと葵に指を突き付ける。
「な、なんスか!?」
驚く葵に、彼女はにっこり笑って言った。
「ねぇキミ、こんなトコ抜け出してさ、あたしたちのトコに来ない? 絶対楽しいよ」
「っていうのが初対面ッスね」
「そんな退屈なパーティー抜け出すみたいに誘われてたんですかアンタ」
どうやら透も初めて聞いたらしい。凄まじい勢いでツッコミが入った。
「え、その話にのったんですか?」
天音は信じられないものを見るような表情で言った。
自分だったらそんな怪しい話、相手にしない。
「まさか。流石に知らない子どもの話なんて聞かないッスよ」
「では、いつここの配属が決まったんですか?」
「それから3日後」
「それはもうすぐ話にのったって言うんですよ!」
透が天音の心の叫びを代弁してくれる。よかった、ツッコミ役がいる。
「まあ、なんて言うか……口説かれたんスよ、夏希に。事実、アイツが言ったとおりに自分は好きなものを好きなだけ作れるようになったんで……まあいっか、って」
「雑!」
その紆余曲折も気になるが、それを聞いていたら長くなりそうだ。
天音は手を挙げて質問した。
「この資料だと、北山班長は『現代社会における科学技術と魔導の融合』について研究されているということですが、具体的にはどういったものを作ってみたいと考えられているのですか?」
「簡単に言うと、家電の魔導版ッスね。次の資料に移るッスよー」
紙を捲ると、いくつかの写真が載っている資料が現れた。その写真のどれもが、見覚えのあるものばかり―電子レンジや冷蔵庫、炊飯器などだった。
「ホントはこーゆーの、作りたかったんスよ。もしくはアニメとかマンガに出てきそうな武器とか」
「極端過ぎませんか? 真逆のものでは?」
生活家電と武器。まったく似ていない2つのものを挙げる葵に、天音は質問を続けた。
すると、その質問の意図がわからない、というように葵は首を傾げた。
「やりたいこととか夢って、1つじゃなきゃダメなんスか?」
「え……」
「一応、どっちもテーマからは外れてないッスよ。自分の作りたいもの聞いた後、夏希がテーマをふわっとさせておけば両方イケるんじゃない? って言ってたッス」
やりたいこと、夢。
天音が今まで、見ないふりをしてきたもの。
それを追うことなんて考えたこともないし、ましてや複数持つことなんて想像すらしたことがなかった。
だって。
1度手にしてしまえば、やりたいことも夢も欲しいものも、輝きを失ってかすんでいくから。
「……おーい、大丈夫ッスかー?」
「……あ、はい……失礼しました」
思わず遠くを見つめ、ボーっとしてしまった天音の顔を、葵が覗きこんできた。
「具合悪いんなら無理せず休んだ方がいいッスよ」
「いえ、大丈夫です」
「ホントッスか? カラシー、体温計ってあったっけー?」
「ないですよ、『家』じゃあるまいし」
「よし、じゃあ次は魔導式体温計作ることにするッス」
熱を測ることは諦めたのか、「無理はしないよーに!」とだけ言った葵は、再びホワイトボードの前に立った。
「えー、ざっくり自分のことまとめるッスね。自分は夏希にスカウトされてここに配属になった人間で、現代社会に必要な電化製品の魔導版とか、場合によっては武器とか作ってるッス。でもまあ基本、思いついたらなんでもやっちゃうんで、なんか欲しいモンあったら教えて欲しいッス。ちなみに今グッチーに頼まれて魔導ミキサー作ってるッス」
「山口和馬さんのことです、グッチー。この人すぐ渾名つけてくるんで気を付けてください。不快だったら言ってくださいね。躾けます」
「お前マジ怖い……」
葵はわざとらしく震え、「恐怖」を表現した。とはいえ慣れているのかあまり気にした様子はない。
「ま、渾名つけるより先にこの子転属するんじゃないッスか? 今までのヤツらみたいに」
天音に聞こえないよう、ひっそりと透の耳元で囁く。
それもそうか。透は頷いて、構えていた拳を下ろすのだった。
まだこの研究所が完成していなかったころのことだ。
その日はやけに騒がしかった。
いつも偉そうな顔で歩き回っている上司たちが、何かを恐れるような表情で誰かを囲んでいた。
「こ、これは夏希様……なぜこちらに?」
「ご連絡いただければお迎えに上がりましたのに」
「本日は一体、どのようなご用件で……?」
「仕事。キミたちは気にせず普段どおりにしてていーよ」
囲まれていたのは子どもだった。それも、せいぜい12、3の。葵自身、女にしては背が高い方だと自負しているが、その葵の胸元に届かないくらい小さな子どもだ。
だが、上のオッサンどもは、そんな少女を恐れるように敬い、もてなしていた。そんなことを気にも留めず、むしろ目障りだと言うように振り払って、少女は歩き出した。
「お」
みっけ。
そんな可愛らしい声と共に、びしりと葵に指を突き付ける。
「な、なんスか!?」
驚く葵に、彼女はにっこり笑って言った。
「ねぇキミ、こんなトコ抜け出してさ、あたしたちのトコに来ない? 絶対楽しいよ」
「っていうのが初対面ッスね」
「そんな退屈なパーティー抜け出すみたいに誘われてたんですかアンタ」
どうやら透も初めて聞いたらしい。凄まじい勢いでツッコミが入った。
「え、その話にのったんですか?」
天音は信じられないものを見るような表情で言った。
自分だったらそんな怪しい話、相手にしない。
「まさか。流石に知らない子どもの話なんて聞かないッスよ」
「では、いつここの配属が決まったんですか?」
「それから3日後」
「それはもうすぐ話にのったって言うんですよ!」
透が天音の心の叫びを代弁してくれる。よかった、ツッコミ役がいる。
「まあ、なんて言うか……口説かれたんスよ、夏希に。事実、アイツが言ったとおりに自分は好きなものを好きなだけ作れるようになったんで……まあいっか、って」
「雑!」
その紆余曲折も気になるが、それを聞いていたら長くなりそうだ。
天音は手を挙げて質問した。
「この資料だと、北山班長は『現代社会における科学技術と魔導の融合』について研究されているということですが、具体的にはどういったものを作ってみたいと考えられているのですか?」
「簡単に言うと、家電の魔導版ッスね。次の資料に移るッスよー」
紙を捲ると、いくつかの写真が載っている資料が現れた。その写真のどれもが、見覚えのあるものばかり―電子レンジや冷蔵庫、炊飯器などだった。
「ホントはこーゆーの、作りたかったんスよ。もしくはアニメとかマンガに出てきそうな武器とか」
「極端過ぎませんか? 真逆のものでは?」
生活家電と武器。まったく似ていない2つのものを挙げる葵に、天音は質問を続けた。
すると、その質問の意図がわからない、というように葵は首を傾げた。
「やりたいこととか夢って、1つじゃなきゃダメなんスか?」
「え……」
「一応、どっちもテーマからは外れてないッスよ。自分の作りたいもの聞いた後、夏希がテーマをふわっとさせておけば両方イケるんじゃない? って言ってたッス」
やりたいこと、夢。
天音が今まで、見ないふりをしてきたもの。
それを追うことなんて考えたこともないし、ましてや複数持つことなんて想像すらしたことがなかった。
だって。
1度手にしてしまえば、やりたいことも夢も欲しいものも、輝きを失ってかすんでいくから。
「……おーい、大丈夫ッスかー?」
「……あ、はい……失礼しました」
思わず遠くを見つめ、ボーっとしてしまった天音の顔を、葵が覗きこんできた。
「具合悪いんなら無理せず休んだ方がいいッスよ」
「いえ、大丈夫です」
「ホントッスか? カラシー、体温計ってあったっけー?」
「ないですよ、『家』じゃあるまいし」
「よし、じゃあ次は魔導式体温計作ることにするッス」
熱を測ることは諦めたのか、「無理はしないよーに!」とだけ言った葵は、再びホワイトボードの前に立った。
「えー、ざっくり自分のことまとめるッスね。自分は夏希にスカウトされてここに配属になった人間で、現代社会に必要な電化製品の魔導版とか、場合によっては武器とか作ってるッス。でもまあ基本、思いついたらなんでもやっちゃうんで、なんか欲しいモンあったら教えて欲しいッス。ちなみに今グッチーに頼まれて魔導ミキサー作ってるッス」
「山口和馬さんのことです、グッチー。この人すぐ渾名つけてくるんで気を付けてください。不快だったら言ってくださいね。躾けます」
「お前マジ怖い……」
葵はわざとらしく震え、「恐怖」を表現した。とはいえ慣れているのかあまり気にした様子はない。
「ま、渾名つけるより先にこの子転属するんじゃないッスか? 今までのヤツらみたいに」
天音に聞こえないよう、ひっそりと透の耳元で囁く。
それもそうか。透は頷いて、構えていた拳を下ろすのだった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる