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新人魔法師の覚悟
同日、医務室前
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いくら璃香が戦闘に長けていようと、相手が多ければ対処しきれない。何人かが攻撃から逃れ、支部内に突入した。それを横目で見つつ、璃香は大鎌を振るう。相手を下に見ているわけではない。敵がどうなるか、璃香は知っているからあえて進ませたのだ。
「行くぞ!」
真っ先に入って来た男の足元に、なにやら紐があった。それに気づかず、転んでしまう。そのまま、何人も続けて倒れ込む。
「うわ、凄い。早速かかりましたね」
「ああ……前線で食い止めて欲しかったな……」
「流石に難しいですよ」
「わかってる、わかってるけどね……」
灰色の作業着。何故か手にした工具。一目で開発班だとわかる姿に、敵は油断したらしい。明らかに舐め切った表情をしている。
「伊藤朱音の居場所を言うなら許してやる」
「え、ボク怒られるようなことしましたか?」
何を言っているのかわからない。そんな顔をした薫が質問した。煽っているわけではない。ただ、本当に心の底からわかっていないのだ。
「アンタねえ、今あの人が転んだでしょうが」
「不法侵入のほうが悪いですよね?」
「うん、まあ正論」
だが、相手は正論が通じる相手ではない。薫の発言を挑発と受け取り、攻撃魔法を仕掛けてきた。2人は難なく避ける。「家」の壁が破壊され、破片が落ちてきた。
「器物破損もつきますかー。大変だな。朝比奈さん、お願いしまーす」
「煽るだけ煽っといて他力本願? 泣きそう……」
泣きそう、などと言いつつ、恵美は前に立った。手には、今まで自作した武器や愛用の工具が大量に抱えられている。そのまま、それらを宙に向かって放り投げた。
「何を……」
「ぎゃあああああ!」
投げられた武器や工具が当たった者が、その場で蹲り大声で叫んでいる。異常な光景だ。恵美は軽く宙に投げただけ。相手はそれが掠っただけ。だと言うのに、動けなくなるほどの怪我を負っている。
「あ、意外と役に立つな、これ」
恵美の固有魔法は、簡単に言えば盗難防止だ。自身の所有物に許可なく触れた相手にダメージを与える。普段、誰かのために作っている物はそのままその相手に渡すことで固有魔法の対象から外れるが、まだ試作品の武器は恵美の所有物として扱われ、魔法が発動する。今まで自分の固有魔法は家でしか役に立たないと思っていたが、どうやら戦闘にも活かせるらしい。恵美はまだある試作品を投げ始めた。
「運よく逃げられた方には、ボクからこちらをプレゼントです!」
まだ状況を理解できていない敵に、薫は容赦なく自身の固有魔法を放った。恵美から貰った爆薬を撒き、魔法で火を着ける。
「は……? うわあああああ!?」
あちこちから爆発音がする。小規模ではあるが、確実にこちらの装備を狙って爆破されているので被害は大きい。
「百発百中、狙ったものにだけ効果をお届けするボクの固有魔法です! まだまだ爆薬はあるんでどうぞ! 遠慮せずにこちらへお進みください!」
非戦闘員と侮るなかれ。彼女たちは、十分に強かった。次々に攻撃を仕掛けていく。そんな彼女たちと戦うのは危険だと判断したのか、敵はそのまま背を向けて反対方向に走り出した。
「あ、逃げるんですか? そっちはおすすめしないと言うか……ボクたちより怖い魔法師がいるんですけど……」
「ほっときなさいよ。私たちはここでできるだけ相手にダメージ与えて、武器を使えなくすることが第一」
「そうですね」
侵入者たちが向かったのは医務室方面。朱音が眠る、最も守らなければならない場所。だが、そこに無事で入れるわけがないことを、薫たちは知っている。
「ここでやめておけばよかったって、絶対後悔するから」
恵美が、哀れなものを見る目をして言った。
「ごほっ……」
侵入者たちを迎えたのは、纏う白衣よりも顔色が悪い奏介だ。咳き込みながら、医務室の入口に寄りかかるようにして何とか立っている。
「勝てるな」
どう見ても戦えそうにないその姿に、敵は勝利を確信した。だが――
「……どうだろうね」
奏介が掠れた声で言う。相手に聞き取れないほどの声だった。そのせいか、侵入者たちは反応が遅れ、奏介の固有魔法の餌食になった。
「うっ……」
「げほっ……」
「ぐっ……」
バタバタと倒れていく相手を見つめながら、奏介は種明かしをしようと口を開く。げほ、とまた咳き込みながら、相手を見下ろした。
「僕と同じ症状を味わうってどんな気分?」
奏介の持病は、挙げていったら限りがない。貧血、眩暈、発熱、喘息は当たり前。さらに季節ごとに様々な流行病にかかるものだから、1年のうち、363日は具合が悪いと言える。そんな彼の固有魔法は、「相手を自分と同じ症状にする」というものだった。
「何も言えないか……そうだよね」
病に慣れきった奏介の体とは違う。相手は指1本すら動かせないようだ。呻き声だけが廊下に響いている。
「……とりあえず、しばらくは大丈夫かな……」
目の前の敵が全員気絶したのを確認すると、奏介は薬を飲み込んだ。
「病弱でも戦えるんだよ」
カッコつけたせいでまた咳き込むことになったのを、医務室で構えていた直だけが知っていた。
「行くぞ!」
真っ先に入って来た男の足元に、なにやら紐があった。それに気づかず、転んでしまう。そのまま、何人も続けて倒れ込む。
「うわ、凄い。早速かかりましたね」
「ああ……前線で食い止めて欲しかったな……」
「流石に難しいですよ」
「わかってる、わかってるけどね……」
灰色の作業着。何故か手にした工具。一目で開発班だとわかる姿に、敵は油断したらしい。明らかに舐め切った表情をしている。
「伊藤朱音の居場所を言うなら許してやる」
「え、ボク怒られるようなことしましたか?」
何を言っているのかわからない。そんな顔をした薫が質問した。煽っているわけではない。ただ、本当に心の底からわかっていないのだ。
「アンタねえ、今あの人が転んだでしょうが」
「不法侵入のほうが悪いですよね?」
「うん、まあ正論」
だが、相手は正論が通じる相手ではない。薫の発言を挑発と受け取り、攻撃魔法を仕掛けてきた。2人は難なく避ける。「家」の壁が破壊され、破片が落ちてきた。
「器物破損もつきますかー。大変だな。朝比奈さん、お願いしまーす」
「煽るだけ煽っといて他力本願? 泣きそう……」
泣きそう、などと言いつつ、恵美は前に立った。手には、今まで自作した武器や愛用の工具が大量に抱えられている。そのまま、それらを宙に向かって放り投げた。
「何を……」
「ぎゃあああああ!」
投げられた武器や工具が当たった者が、その場で蹲り大声で叫んでいる。異常な光景だ。恵美は軽く宙に投げただけ。相手はそれが掠っただけ。だと言うのに、動けなくなるほどの怪我を負っている。
「あ、意外と役に立つな、これ」
恵美の固有魔法は、簡単に言えば盗難防止だ。自身の所有物に許可なく触れた相手にダメージを与える。普段、誰かのために作っている物はそのままその相手に渡すことで固有魔法の対象から外れるが、まだ試作品の武器は恵美の所有物として扱われ、魔法が発動する。今まで自分の固有魔法は家でしか役に立たないと思っていたが、どうやら戦闘にも活かせるらしい。恵美はまだある試作品を投げ始めた。
「運よく逃げられた方には、ボクからこちらをプレゼントです!」
まだ状況を理解できていない敵に、薫は容赦なく自身の固有魔法を放った。恵美から貰った爆薬を撒き、魔法で火を着ける。
「は……? うわあああああ!?」
あちこちから爆発音がする。小規模ではあるが、確実にこちらの装備を狙って爆破されているので被害は大きい。
「百発百中、狙ったものにだけ効果をお届けするボクの固有魔法です! まだまだ爆薬はあるんでどうぞ! 遠慮せずにこちらへお進みください!」
非戦闘員と侮るなかれ。彼女たちは、十分に強かった。次々に攻撃を仕掛けていく。そんな彼女たちと戦うのは危険だと判断したのか、敵はそのまま背を向けて反対方向に走り出した。
「あ、逃げるんですか? そっちはおすすめしないと言うか……ボクたちより怖い魔法師がいるんですけど……」
「ほっときなさいよ。私たちはここでできるだけ相手にダメージ与えて、武器を使えなくすることが第一」
「そうですね」
侵入者たちが向かったのは医務室方面。朱音が眠る、最も守らなければならない場所。だが、そこに無事で入れるわけがないことを、薫たちは知っている。
「ここでやめておけばよかったって、絶対後悔するから」
恵美が、哀れなものを見る目をして言った。
「ごほっ……」
侵入者たちを迎えたのは、纏う白衣よりも顔色が悪い奏介だ。咳き込みながら、医務室の入口に寄りかかるようにして何とか立っている。
「勝てるな」
どう見ても戦えそうにないその姿に、敵は勝利を確信した。だが――
「……どうだろうね」
奏介が掠れた声で言う。相手に聞き取れないほどの声だった。そのせいか、侵入者たちは反応が遅れ、奏介の固有魔法の餌食になった。
「うっ……」
「げほっ……」
「ぐっ……」
バタバタと倒れていく相手を見つめながら、奏介は種明かしをしようと口を開く。げほ、とまた咳き込みながら、相手を見下ろした。
「僕と同じ症状を味わうってどんな気分?」
奏介の持病は、挙げていったら限りがない。貧血、眩暈、発熱、喘息は当たり前。さらに季節ごとに様々な流行病にかかるものだから、1年のうち、363日は具合が悪いと言える。そんな彼の固有魔法は、「相手を自分と同じ症状にする」というものだった。
「何も言えないか……そうだよね」
病に慣れきった奏介の体とは違う。相手は指1本すら動かせないようだ。呻き声だけが廊下に響いている。
「……とりあえず、しばらくは大丈夫かな……」
目の前の敵が全員気絶したのを確認すると、奏介は薬を飲み込んだ。
「病弱でも戦えるんだよ」
カッコつけたせいでまた咳き込むことになったのを、医務室で構えていた直だけが知っていた。
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