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83.五日目夜
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時計塔の地下にある祓い場で魔を吸引するようになって、五日が経ちました。
魔王を封印している箱に亀裂が入ったと聞いた時は驚きましたが、今以上には、特に大きな問題も発生せず、平和な日々が続いています。
これならば、新たな箱が出来さえすれば、何事もなく行事を終えられるでしょう。
今夜もレリック様と手を繋いで、幸せな気持ちで眠りにつきました。
恐らく、深夜零時を過ぎていたでしょう。
「……。バルト副団です。至急セシル嬢の応援を要請します。場所はカロン伯爵邸。どうぞ。」
突然の大音量にビクッと目が覚めました。
腕輪からだわ!
返事をしなければ。
確か、腕輪は枕元に置いてある筈。
寝起きで体が怠いので、仰向けに寝転がったまま、頭の上に手を伸ばして、腕輪を探しました。
あれ?無い?
近くにあるはずなのに、全然腕輪が手に触れません。
「バルト副団、レリックだ。準備出来次第、直ぐに向かう。以上。」
既に体を起こしているレリック様が、腕輪で通信しています。
あれ?私に来た通信ではなかった?
それにしても、レリック様、通信が来てからの対応が早すぎませんか?
夢だから?にしては現実っぽいような……。
枕元にある筈の腕輪を、手だけ動かして探しながら、レリック様を見詰めていました。
「セシル残念ながら任務だ。その手の動きは何だ?」
「腕輪を探しています。」
「そこには何も無いぞ。セシルの腕輪はクローゼットの中ではないか?」
「あ!」
私室にいる私への連絡は、レリック様か、扉に待機している護衛騎士にすると決まったので、任務に出動する時以外、腕輪はクローゼットにしまっておいたのでした。
万歳状態で停止している私を見たレリック様が、クスクスと笑っています。
「やっと頭が回り始めたか?」
「夢、じゃない?」
「ああ、現実だ。セシルに至急だそうだ。」
つまり、緊急事態。
「直ぐに準備します!」
体を起こしてベッドから出ると、自室のクローゼットから青騎士団の騎士服を手に取って、着替えました。
レリック様とお揃いで刺繍した転送陣のハンカチと祓いの鈴は、お守りとして上着の両側にあるサイドポケットに、各々入れました。
陣が入っているポーチもベルトに付けます。
あと、通信の腕輪。
これも忘れないように左手首に着けます。
髪の毛も結ばなければ邪魔ね。
侍女がしてくれるようなポニーテールは無理ですが、横に流して結ぶ位なら私にも出来ます。
鏡を見ながら、レリック様の瞳と同じ青色のリボンで、何とか髪を結びました。
顔も濡れタオルでさっと拭きます。
よし、これで大丈夫でしょう。
自室から大部屋を通り抜けて、レリック様の部屋へ向かいました。
「では、行こうか。」
「はい。」
レリック様の部屋から騎士棟へ、騎士棟からカロン伯爵邸へと転移しました。
転移直後は光に目が眩んで、目が慣れるのに時間がかかります。
大きな建物から少し離れたこの屋外は、鬱蒼とした緑に囲まれて、日中でも薄暗く、人通りが無さそうな場所です。
見張り任務は内密ですから、転移には都合が良い場所なのでしょう。
足音が聞こえて、そちらを向くと、ランプの光が目に入りました。
「レリック団長、セシル嬢、お疲れ様です。ここはカロン伯爵邸内で、最も人が寄り付かない邸の裏手です。早速会場へご案内します。」
バルト副団が迎えに来てくださいました。
お陰で迷わずに済みそうです。
「既に夜会会場を封鎖し終えています。会場内にいた全ての者を眠らせ、その中で、魔に囚われていないと判明した参加者には、小火を理由に馬車で帰宅させました。侍従は通常業務に戻らせ、会場には近付かないよう指示してあります。セシル嬢には、今から行く会場で魔を吸引して頂きます。」
「分かりました。」
夜会会場は、カロン伯爵邸の一階にある大ホールです。
場内の床全面には、一つの巨大な陣が描かれていました。
「足止めの陣です。腕輪を携帯している者は動けますから、ご安心下さい。さあ、こちらへ。」
バルト副団に促されて、陣内へと歩を進めます。
視線の先には、参加者と思われる華やかな衣装を身に纏った男女や、給仕をしていたと思われる侍従、総勢五十名ほどが椅子に座らされて、眠っています。
きっと、皆さんの背中には『睡眠の陣』と『魔を感知する陣』が、貼られているのでしょう。
全員項垂れているので、後頭部が見えます。
やはり錠前がありました。
「「「お疲れ様です。」」」
赤、青、黒の見張り当番の騎士が整列して、私達に敬礼しました。
黒騎士団は皆、夜会用の正装です。
参加者に紛れて見張り任務をしていたのでしょう。
「彼らの働きにより、準備は整っていますので、セシル嬢、早速、お願い致します。」
「お任せください、バルト副団。」
レリック様から魔を吸引する箱を受け取ると、箱を解錠して上蓋を開けました。
箱で魔を吸引するには、一メートル以内に近付く必要があります。
眠らされている人々に近付くと、今まで見えなかったどす黒いモヤが、一斉に発生して、箱に吸い寄せられます。
人数が多いので、モヤの量も、吸い込まれる勢いも凄いです。
箱の重さは変わりませんが、微妙に振動しますので、落とさないように、しっかり持っていなければなりません。
後ろからレリック様に、そっと箱を持つ手を支えられて、そのまま暫く魔を吸引し続けました。
今まで大量の魔を吸引する場面を見ていたのは、魔溜まりの任務をしていた数名と、時計塔の任務で一緒になった青騎士団の数名だけでした。
だから、この場で整列している騎士の殆どが、初見になります。
黒いモヤがまるで意思を持った生き物のように、箱に吸引される様子に、驚いているのでしょう。
騎士達は、瞬きも忘れたように、目を丸くして箱を見詰めています。
五分程吸引すると、箱は自然に閉じて、パチンと鍵の掛かる音がしました。
後頭部に見えていた錠前も消えています。
「吸引は終わりました。魔を感知する陣はいかがですか?」
整列していた騎士達がハッとして、陣を確認しようと動き出した時、既に、眠らされている人達の背後に立っていた騎士がいました。
「全員の陣が点灯していますね。もう、魔の反応はありません。お疲れ様です、セシル嬢。」
「有り難う、シアーノ。無事終わって良かったわ。」
何故か騎士達が、シアーノに悔しそうな顔を向けています。
「セシル、やるべき事は終わったから、我々は戻るとしよう。」
「はい。」
レリック様に、魔を吸引する箱を渡しました。
箱は重要なアイテムなので、王族のレリック様が管理する決まりです。
「では、陣までご案内します。」
「案内は大丈夫だ。陣の場所は覚えた。バルト副団は任務を優先してくれ。ところで、クリス副団の姿が見えないが?」
レリック様が会場を見回しています。
クリス副団も任務の当番だったようです。
「クリス副団は参加者が魔に囚われていた時、庭園にいたそうで、今は魔に囚われていない侍従の対応をしています。その後は、出来る事も無いので、騎士棟へ戻ると言っていました。」
「この状況では、そうするしかないか。」
レリック様は呟くと、騎士達に視線を向けました。
「皆、後は頼んだ。終わったら、各部署の団長に報告するように。」
「「「ハッ!」」」
威厳のある声に、騎士達が一斉に敬礼しました。
レリック様は全員に頷くと、私の手を取って転移陣までエスコートして下さいます。
深夜には珍しく、暑くも寒くもない心地好い風と、レリック様と手を繋いでいる安心感からか、気が抜けてしまったようです。
思わず欠伸が出てしまいました。
「ご免なさい、何だか急に眠気が。」
「いや、突然深夜に叩き起こされれば、眠いのも仕方がない。抱き上げて運んでやろう。」
冗談かと思いましたが、レリック様が繋いでいる手を放して、私の背中に腕を回し始めました。
これは、本当に抱上げる気では?
眠いのは確かですが、私室まで、全然歩けます。
「レリック様、あの、大丈夫……」
あれ?それから後の記憶がありません。
どうやら私、眠ってしまったようです。
魔王を封印している箱に亀裂が入ったと聞いた時は驚きましたが、今以上には、特に大きな問題も発生せず、平和な日々が続いています。
これならば、新たな箱が出来さえすれば、何事もなく行事を終えられるでしょう。
今夜もレリック様と手を繋いで、幸せな気持ちで眠りにつきました。
恐らく、深夜零時を過ぎていたでしょう。
「……。バルト副団です。至急セシル嬢の応援を要請します。場所はカロン伯爵邸。どうぞ。」
突然の大音量にビクッと目が覚めました。
腕輪からだわ!
返事をしなければ。
確か、腕輪は枕元に置いてある筈。
寝起きで体が怠いので、仰向けに寝転がったまま、頭の上に手を伸ばして、腕輪を探しました。
あれ?無い?
近くにあるはずなのに、全然腕輪が手に触れません。
「バルト副団、レリックだ。準備出来次第、直ぐに向かう。以上。」
既に体を起こしているレリック様が、腕輪で通信しています。
あれ?私に来た通信ではなかった?
それにしても、レリック様、通信が来てからの対応が早すぎませんか?
夢だから?にしては現実っぽいような……。
枕元にある筈の腕輪を、手だけ動かして探しながら、レリック様を見詰めていました。
「セシル残念ながら任務だ。その手の動きは何だ?」
「腕輪を探しています。」
「そこには何も無いぞ。セシルの腕輪はクローゼットの中ではないか?」
「あ!」
私室にいる私への連絡は、レリック様か、扉に待機している護衛騎士にすると決まったので、任務に出動する時以外、腕輪はクローゼットにしまっておいたのでした。
万歳状態で停止している私を見たレリック様が、クスクスと笑っています。
「やっと頭が回り始めたか?」
「夢、じゃない?」
「ああ、現実だ。セシルに至急だそうだ。」
つまり、緊急事態。
「直ぐに準備します!」
体を起こしてベッドから出ると、自室のクローゼットから青騎士団の騎士服を手に取って、着替えました。
レリック様とお揃いで刺繍した転送陣のハンカチと祓いの鈴は、お守りとして上着の両側にあるサイドポケットに、各々入れました。
陣が入っているポーチもベルトに付けます。
あと、通信の腕輪。
これも忘れないように左手首に着けます。
髪の毛も結ばなければ邪魔ね。
侍女がしてくれるようなポニーテールは無理ですが、横に流して結ぶ位なら私にも出来ます。
鏡を見ながら、レリック様の瞳と同じ青色のリボンで、何とか髪を結びました。
顔も濡れタオルでさっと拭きます。
よし、これで大丈夫でしょう。
自室から大部屋を通り抜けて、レリック様の部屋へ向かいました。
「では、行こうか。」
「はい。」
レリック様の部屋から騎士棟へ、騎士棟からカロン伯爵邸へと転移しました。
転移直後は光に目が眩んで、目が慣れるのに時間がかかります。
大きな建物から少し離れたこの屋外は、鬱蒼とした緑に囲まれて、日中でも薄暗く、人通りが無さそうな場所です。
見張り任務は内密ですから、転移には都合が良い場所なのでしょう。
足音が聞こえて、そちらを向くと、ランプの光が目に入りました。
「レリック団長、セシル嬢、お疲れ様です。ここはカロン伯爵邸内で、最も人が寄り付かない邸の裏手です。早速会場へご案内します。」
バルト副団が迎えに来てくださいました。
お陰で迷わずに済みそうです。
「既に夜会会場を封鎖し終えています。会場内にいた全ての者を眠らせ、その中で、魔に囚われていないと判明した参加者には、小火を理由に馬車で帰宅させました。侍従は通常業務に戻らせ、会場には近付かないよう指示してあります。セシル嬢には、今から行く会場で魔を吸引して頂きます。」
「分かりました。」
夜会会場は、カロン伯爵邸の一階にある大ホールです。
場内の床全面には、一つの巨大な陣が描かれていました。
「足止めの陣です。腕輪を携帯している者は動けますから、ご安心下さい。さあ、こちらへ。」
バルト副団に促されて、陣内へと歩を進めます。
視線の先には、参加者と思われる華やかな衣装を身に纏った男女や、給仕をしていたと思われる侍従、総勢五十名ほどが椅子に座らされて、眠っています。
きっと、皆さんの背中には『睡眠の陣』と『魔を感知する陣』が、貼られているのでしょう。
全員項垂れているので、後頭部が見えます。
やはり錠前がありました。
「「「お疲れ様です。」」」
赤、青、黒の見張り当番の騎士が整列して、私達に敬礼しました。
黒騎士団は皆、夜会用の正装です。
参加者に紛れて見張り任務をしていたのでしょう。
「彼らの働きにより、準備は整っていますので、セシル嬢、早速、お願い致します。」
「お任せください、バルト副団。」
レリック様から魔を吸引する箱を受け取ると、箱を解錠して上蓋を開けました。
箱で魔を吸引するには、一メートル以内に近付く必要があります。
眠らされている人々に近付くと、今まで見えなかったどす黒いモヤが、一斉に発生して、箱に吸い寄せられます。
人数が多いので、モヤの量も、吸い込まれる勢いも凄いです。
箱の重さは変わりませんが、微妙に振動しますので、落とさないように、しっかり持っていなければなりません。
後ろからレリック様に、そっと箱を持つ手を支えられて、そのまま暫く魔を吸引し続けました。
今まで大量の魔を吸引する場面を見ていたのは、魔溜まりの任務をしていた数名と、時計塔の任務で一緒になった青騎士団の数名だけでした。
だから、この場で整列している騎士の殆どが、初見になります。
黒いモヤがまるで意思を持った生き物のように、箱に吸引される様子に、驚いているのでしょう。
騎士達は、瞬きも忘れたように、目を丸くして箱を見詰めています。
五分程吸引すると、箱は自然に閉じて、パチンと鍵の掛かる音がしました。
後頭部に見えていた錠前も消えています。
「吸引は終わりました。魔を感知する陣はいかがですか?」
整列していた騎士達がハッとして、陣を確認しようと動き出した時、既に、眠らされている人達の背後に立っていた騎士がいました。
「全員の陣が点灯していますね。もう、魔の反応はありません。お疲れ様です、セシル嬢。」
「有り難う、シアーノ。無事終わって良かったわ。」
何故か騎士達が、シアーノに悔しそうな顔を向けています。
「セシル、やるべき事は終わったから、我々は戻るとしよう。」
「はい。」
レリック様に、魔を吸引する箱を渡しました。
箱は重要なアイテムなので、王族のレリック様が管理する決まりです。
「では、陣までご案内します。」
「案内は大丈夫だ。陣の場所は覚えた。バルト副団は任務を優先してくれ。ところで、クリス副団の姿が見えないが?」
レリック様が会場を見回しています。
クリス副団も任務の当番だったようです。
「クリス副団は参加者が魔に囚われていた時、庭園にいたそうで、今は魔に囚われていない侍従の対応をしています。その後は、出来る事も無いので、騎士棟へ戻ると言っていました。」
「この状況では、そうするしかないか。」
レリック様は呟くと、騎士達に視線を向けました。
「皆、後は頼んだ。終わったら、各部署の団長に報告するように。」
「「「ハッ!」」」
威厳のある声に、騎士達が一斉に敬礼しました。
レリック様は全員に頷くと、私の手を取って転移陣までエスコートして下さいます。
深夜には珍しく、暑くも寒くもない心地好い風と、レリック様と手を繋いでいる安心感からか、気が抜けてしまったようです。
思わず欠伸が出てしまいました。
「ご免なさい、何だか急に眠気が。」
「いや、突然深夜に叩き起こされれば、眠いのも仕方がない。抱き上げて運んでやろう。」
冗談かと思いましたが、レリック様が繋いでいる手を放して、私の背中に腕を回し始めました。
これは、本当に抱上げる気では?
眠いのは確かですが、私室まで、全然歩けます。
「レリック様、あの、大丈夫……」
あれ?それから後の記憶がありません。
どうやら私、眠ってしまったようです。
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