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59.陛下からの呼び出し後編

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「エドワード、モーナ夫人が犯人だと分かった経緯の説明をセシルに頼む。」

 陛下の指示にエド団長が頷きました。

「呪いには血が使われるのが一般的で、呪い判別の陣は、血の匂いがするかどうかで呪いの有無を判別し、更に血の匂いを記憶して、呪いの元をたどれる仕組みになっています。」

 判別の陣を空中に放つと、血の主へと飛んで行くそうです。
 匂いを辿るなんて、犬みたいです。
 そもそも、呪いなんて本当に存在するとは思っていませんでした。

 でも、青騎士団には、呪い判別の陣が存在しています。
 考えたくはないですが、王家が呪われる前例があったのでしょう。
 確か、呪いを解いたら、呪い返しが起きると言っていました。

「セシル嬢が呪いを消した時点で、呪い返しが起きたと思われましたが、呪った本人は無傷で生きていました。どうやら、セシル嬢にしか見えない呪いの錠前を解錠した場合、呪い自体が消え、呪った者は呪いの継続が不可能になるようです。」

 自業自得でも、死亡されるのは寝覚めが悪いので、無事で安心しました。
 でも、犯人が私に関わりのある人だったなんてショックです。

「もしかして、王妃殿下が呪われたのは、私のせいなのですか?」

 私はモーナ夫人から出来が悪いと散々言われていました。
 そんな人間が王子の婚約者に選ばれたのです。

 モーナ夫人が陛下の婚約者候補だったのなら、同じ婚約者候補だった私のお母様と、マンセン王妃殿下が友人なのは、知っていたでしょう。
 マンセン王妃殿下が、友人の娘である私を贔屓ひいきしたと勘違いして、逆恨みをされたのではないでしょうか。

「それは違う。そうだな……エドワード、もう任務に戻って良い。説明ご苦労。」
「ハッ、失礼します。」

 私が質問した答えは、エド団長が聞いてはいけない内容なのでしょうか。
 エド団長の退席後、陛下が少し前のめりに座り直しました。

「先程の質問だか、セシルのせいでは無い。セシルは寧ろ被害者だ。モーナは私との結婚を強く望んでいた。しかし、私が愛していたのはマンセンだった。それが気に入らないモーナは、マンセンを敵視していた。」

 見目麗しい王家です。
 今でも素敵な陛下が、独身時代にモテない筈はありません。
 特に私のお母様、マンセン王妃殿下、モーナ夫人の実家は、権力のある公爵家です。
 陛下と結婚させようと、どの家も躍起になっていたことでしょう。

 陛下やマンセン王妃殿下の気持ちを知って、お母様は身を引いたようですが、モーナ夫人は諦められなかったのでしょう。
 それにしても、何故、陛下は個人的な恋愛事情を私に話して下さるのでしょうか。

「私達が結婚した後、モーナはカロン伯爵家に嫁いだ。数年後、娘が生まれると、王子の婚約者にと主張し始めた。しかし、当時十歳のルルーシェと、四歳のセシルを息子達の婚約者候補にと、既にマンセンは決めていたから、モーナの主張に耳を貸さなかった。」

 まさか家庭教師も就いていない四歳の頃から、既に王子の婚約者候補になっていたなんて、知りませんでした。

「マンセンの考えを知り、不満を持ったモーナは、まだ加護が発現していないセシルならば、王家に相応しい加護を与えない事で、婚約者候補から排除出来ると考え、家庭教師を利用して、正しい教育を施さない暴挙に出たようだ。」

 私の出来があまりにも悪いから、モーナ夫人を怒らせていると思っていましたが、初めから嫌われていたようです。
 その理由が「殿下の婚約者候補だったから」なんて、今の今まで思いもしませんでした。

「モーナの思い通り、婚約者候補から外れた筈のセシルが、今になって突如レリックと婚約したせいで、娘の婚約が絶望的となった。思い通りにならない積年の怨みが、マンセンへの殺意に変わり、モーナを溺愛していた父親が、闇取引専門の商人から呪いのアイテムを取り寄せ、それを使ってモーナはマンセンを呪ったそうだ。取り調べで、モーナが全て白状した。」

 取り調べは、アレク団長が加護を使って行ったのでしょう。
 モーナ夫人は生き生きと自分からお話ししたに違いありません。

「前ノース公爵とモーナは極刑が決まった。王家としては、呪いの存在を国民に知らせるつもりは無い。ノース現公爵家やカロン伯爵家も家族から罪人が出たなんて醜聞を晒したくない。よって、表向きには、二人とも事故死と近々発表される予定だ。」

「そう、ですか。」

 呪い返しは起きませんでしたが、マンセン王妃殿下を殺害しようとした罪が消えるわけではありません。
 本当に娘が大切ならば、父親は諌めるべきなのに、どうして間違った方向に促してしまったのでしょう。
 やるせない気持ちになりました。

「私からの説明は以上だ。レリック、今後の話を頼む。」

 陛下の言葉を受けて、レリック様が頷きました。

「ノース公爵家にあった呪いのアイテムは、青騎士団が回収した。このアイテムを扱っていたのは、サイギー子爵に奴隷を流していた国外の商人と同一人物だと判明したが、商人は既に何者かによって殺されている。ただ、他にも闇取引をしていた貴族がいれば、再び誰かが呪われる可能性もある。もし同じような錠前を発見したら、私かエド、どちからかに教えて欲しい。」

「分かりました。」

 もう誰も呪われませんように、そう願うばかりです。
 話が終わった午後三時。
 祓いの鐘を聞いてから、応接間を退室する直前、陛下に呼び止められました。

「セシル、モーナの言った言葉に囚われず、加護にも自分自身にも、自信を持て。私が保証する。ロイもセシルは優秀だと認めていたぞ。」

 私を見つめる陛下の眼差しが優しさで満ちています。
 呪いの犯人や事件を解決した経緯の説明は、エド団長やレリック様でも出来た筈です。

 それなのに、わざわざエド団長を退席させて、陛下の個人的な恋愛事情まで私に話して下さったのは、モーナ夫人に植え付けられた思い込みや、心の傷を和らげるための気遣いからだったのだと、やっと理解出来ました。

 陛下の思い遣りが嬉しくて、思わず笑みが零れます。

「陛下、お気遣い、本当に有り難うございます。お陰様で私は今、幸せです。」
「それは何よりだ。」

 陛下が素敵な笑顔を返して下さいました。
 モーナ夫人が陛下の虜になるのも納得です。

 年齢を重ねても見目麗しく、大人の男らしい色気や頼りがいのある風格が上乗せされて、益々魅力が増しているように思われます。
 しかも、最高権力者にも関わらず、権力に奢る事なく、他者を気遣う優しさまで備わっているなんて、素敵過ぎて罪深いです。

「セシル、何だか顔が赤くないか?」

 執務室を退席して、転移陣の部屋に移動した時、珍しくレリック様に悟られてしまいました。

「いえ、陛下って歳を重ねても素敵だな、と思いまして。」

 レリック様も陛下のように素敵な感じで歳を重ねるのでしょうか、なんて勝手に想像していたら、ドキドキして顔が火照っていたようです。

「え!?」

 レリック様がその後、暫く何か考え込んでいたなんて、顔の火照りを沈めようと必死な私は、全く気付かないのでした。
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