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58.陛下からの呼び出し前編

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 マンセン王妃殿下とお茶会をした翌日。
 私は再び体力作りの散歩を続ける為に、騎士棟へ通います。
 騎士棟の食堂で昼食を食べた後は、赤騎士団の執務室で、レリック様に食後の紅茶を淹れるのがお約束になっていました。

 昼食後、いつものようにレリック様に手を引かれて赤騎士団の執務室へ行くと、執務室の扉前に、キャラメルブラウンの髪を後ろに流した、三十代位の白い騎士服を纏った男性が立っていました。
 レリック様にご用でしょうか。
 腕輪での連絡はありませんでした。

「レリック殿下、セシル様、国王陛下がお呼びです。今から執務室へいらしてください。ご案内致します。」
「分かった。セシル、彼はワイト団長だ。国王陛下直属の近衛騎士団団長をしている。」
「ワイト団長、セシルです。よろしくお願いいたします。」

「こちらこそよろしくお願いいたします。殿下の婚約者であるセシル様が、我々騎士に敬語を使う必要はございません。」
「分かりました。確か国王陛下の執務室は王宮内の一般区域だと思うのですが、この格好のままで行っても大丈夫でしょうか?」

 今は黒い騎士服を着ています。
 私が騎士棟に出入りしているのは秘密ですから、王宮内の一般区域を騎士服姿で歩き回るわけには参りません。

「転移陣で直接執務室へ行きますので、そのままで大丈夫です。では、陣までご案内致します。」

 ワイト団長に案内されて、北棟一階の西側にある部屋へ入室しました。

「ここは国王陛下近衛騎士団の団長に与えられる執務室です。こちらへどうぞ。」

 今まで入室した執務室は、どの部屋も同じ造りでした。
 他の執務室では壁だったと記憶している場所に、扉があると気づきました。
 ワイト団長がその扉を開けると、扉の向こう側は、陣専用の部屋になっていました。
 床には、直径二メートル程の陣が二つ描かれています。
 そして、私たちが入室した扉の横に、もう一つ扉があります。

「あの扉は総長の執務室へ繋がっている。右の陣は陛下、左の陣は一般区域にある王太子の執務室へ転移出来る。」

 私の視線に気づいたのか、レリック様が教えて下さいました。
 ピューリッツ殿下は騎士棟では総長、一般区域の執務室では王太子殿下と呼ばれています。

「では、参りましょう。」

 三人で右の陣に入って、ワイト団長が足で二回、陣をノックしました。
 陣が光って、内装の豪華な部屋に景色が変わりました。
 足下の絨毯がふかふかしています。
 ここも陣専用の部屋みたいです。

「お待ちしておりました。どうぞ中ヘ。」

 陛下の執務室へ繋がる続き扉を開けたのは、陛下の側近である宰相、確かエインワーズ卿です。
 案内されて執務室へ入室すると、当然ですが、騎士棟の執務室よりも広くて、内装も豪華です。
 ワイト団長は執務室内の扉前で待機して、案内はエインワーズ卿がして下さるようです。

 執務室に入室すると、向かいに別の扉が見えます。
 向かいの扉が開けられて入室すると、応接間でした。
 四人掛けソファーがテーブルを挟んで向かい合わせに設置されています。
 既に陛下とエド団長がテーブルを挟んで向かい合うように座っていました。

「二人とも待っていた。エドワードの隣に座ってくれ。」

 陛下の指示に従って、エド団長の隣にレリック様が、その隣に私が腰かけました。
 ソファーの中央に座っている陛下が左に寄って、何故か私の真向かいに座り直しました。
 侍女が紅茶を入れて退室すると、陛下が私の顔を正面に見ながら口を開きました。

「先ずはセシル、マンセンを、妻を救ってくれた事、本当に感謝する。苦労をかけるが、これからも家族として王家を支えて欲しい。」

 陛下は私にお礼を伝えるために、わざわざ座り直して下さったのですね。
 畏れ多いです。

「はい、これからも皆様のお役に立てるよう、頑張ります。」

 陛下は頷いて応えて下さいました。
 家族として認められるのは嬉しいですが、レリック様はどう思っているのでしょうか。
 陛下が向かいに座っているので、レリック様の表情をチラ見出来ません。

「セシルを呼び出したのは、マンセンを呪った犯人について話をする為だ。レリックは既に内容を知っている。」

 陛下に言われて、ようやくレリック様に目を向けると、頷かれました。

「私が一緒に呼ばれたのは、単なる付き添いだ。」
「そうだったのですね。」

 レリック様は今日、陛下に呼ばれる事をご存知だったようです。

「妻のマンセンを呪っていたのは、カロン伯爵の妻、モーナ夫人だ。前ノース公爵の長女で、かつて私の婚約者候補であり、セシルが幼い頃、家庭教師をしていた人物だ。」

 家庭教師のモーナ夫人と聞いて、ドキリとしました。
 二人きりになると、出来が悪いと怒鳴られては、暗いクローゼットに閉じ込められて、いつも怖くて泣いていました。
 
「セシル?」

 レリック様が私の手元を見詰めていました。
 嫌な事を思い出したせいか、膝に重ねて置いてある手を、無意識に握り込んでいたようです。 

「何でもありません。」
「セシルが動揺するのも無理はない。モーナはセシルを虐待し、それが加護発現の切っ掛けになったのだ。」

 陛下が私の事情を知っているとは思いませんでした。
 レリック様とエド団長が驚いたように私を見ています。

「昔の話です。」

 二人に微笑むと、何とも言えない表情をされてしまいました。
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