上 下
6 / 30
本編

思ったよりも大変だったようです。

しおりを挟む
久しぶりにお風呂に入ってさっぱりした私は、エミリアに手伝ってもらって着替えると、お父様とお母様の待つ応接間へ向かった。
中へ入るといつも明るいお母様までどこか神妙な面持ちで、部屋の空気もひどく重く感じられた。
けれど、私の視線はここにいるはずのない人物に釘付けになった。

「おじいさま!」

領地にいてなかなか会うことのできない祖父がいることに驚きと、会えたことが嬉しくて、そのまま駆け寄って広げられた腕の中に飛び込んだ。
いつもなら、走ったことを怒ってくるお母様が何も言ってこなかったけれど、それよりもおじい様に会えたことの方が嬉しくて、そんなことは気にならない。
おじい様は飛び込んできた私を難なく抱きとめると軽々と抱き上げて膝の上に乗せてくれた。

「レティ、寝込んでいたと聞いたけれど、もう大丈夫なのかい?」
「はい!熱もありませんし、もう元気ですわ」

心配そうに聞いてきたおじい様に私は元気いっぱいに答えた。けれど、そんな私におじい様はちょっとだけ困ったような目を向けて優しく撫でてくれる。

「ふむ。いくらデルフィスの言葉でも信じられなかったが、本当に瞳の色が変わってしまったようだのぅ」

私の顔を覗き込んでおじい様は、ふむふむと頷いている。

「とはいえ、よく見れば違うという程度だ。単に魔力が目覚めた反動で一時的に身体に変化が起きただけかもしれん。そう神経質になることでもあるまい」

両親に言い聞かせるように言う祖父の言葉の意味がわからず、私は首をかしげておじい様とその向かいに座る両親を交互に見た。

「見ろ。レティが不思議がっておる。お前たち何も説明しておらんのだろう?」

私の様子に微かに苦笑を浮かべて、おじい様は私を抱き直した。

「レティ、この国ができた頃のお話を知っておるか?」

祖父に聞かれて私は少し考えてから頷いた。
よくお母様やお兄様が寝物語に読んでくれる物語はこの国の成り立ちを子供向けにされたもので、この国の子供ならば誰でも聞いたことのあるありふれた物語だった。

「その中で、初代国王のお嫁さんになった娘の特徴を覚えているかい?」
「えっと・・・、異国の女の子で、金の髪と森と空のような目をしてた・・・?」

私の答えにうんうんとおじい様は頷いている。

「一般的には緑と青の瞳の少女だったといわれておるがの。王宮にある記録では緑と紫、青と黄色など、瞳の色はさまざまだ。髪にしても金や銀、茶など定かではない。ただ、共通して言えるのは初代国王と添い遂げた少女の外見が他とは違う、異相だったということじゃ。そして異相の持ち主は得てして強い力を持つことが多いんじゃよ」

つまり、私はその異相になってしまったから問題だということなのだろうか?けれど、瞳の色が変わってしまったとは言え、それで私の魔力とかが人よりも強いなんていう証拠にはならないだろうし、そういった人たちは生まれながらだからこそ、なのでは・・・?
おじい様の意図がわからず、私は困ったように両親を見て、もう一度おじい様を見た。

「まぁ、外見が変わらない者がまったくいないわけではないんじゃがな。病気が原因で瞳の色は変わることもある。だが、お前が寝込んでいたのは病気が原因ではないじゃろう?それに傷跡を消そうとして魔力が目覚めた。早い子ならレティと同じかそれよりも早く目覚める子もいる。が、レティほど目覚めてすぐまともに魔力を使える子はおらんのぅ。まして、普通は魔力によって塞がれた傷をさらに魔力で治すことはできんのじゃよ」

え?あの傷って魔力で塞がれてたの?

知らなかった事実に驚くが、ちょっと考えればすぐにそうであってもおかしくないことに気づく。
治癒の魔術に特化した魔術師は、魔術師全体の割合から見たら少ないが、皆無ではない。まして、私が怪我をしたのは王宮内なのだから、宮仕えの医術師がいるのは当たり前なのだから、その人たちが治療してくれていたとしてもなんら不思議は無いのである。

まして、王子様が臣下の娘を怪我させた、なんて醜聞でしかないものねぇ・・・。

そこに思い至らなかった自分に呆れつつ、おじい様の言った言葉を脳内で噛み砕いて咀嚼する。

え~と、つまり、普通なら治癒を施され塞いだ傷跡を魔力でさらに消すことはできないってわけね。
・・・何で、私できたの!?魔力が目覚めたせいで外見が変わったとかどうとかよりそっちのほうがおかしくない!
ってか、おかしいよね!
これって記憶が戻ったからとか関係あるのかしら?
・・・、だめだ、記憶が戻ったとは言っても所詮5歳児。前世の記憶なんてここと常識も理屈も別な世界のもの。持ってたところで、使えるのはいかに自分が死なない未来を選ぶかの参考にしかならないわけで、今ここでこの状況のことを考えても埒があかない。

「眉間に皺がよっとるぞ」

膝の上に座ったまま、うんうん唸りだしてしまった私におじい様は眉間の皺を伸ばすようにぐりぐりとしてきた。

い、痛い・・・。おじい様としてはこれでも手加減してるんだろうけど、それでも痛い。

「なに、異相になるのも魔力が強いのも悪いわけじゃない。ただ、神殿に巫女として仕えろと強要されかねないのと、王族以外との結婚が難しくなるというだけの話だ」

おじい様の言葉に私はそのままフリーズした。

え?今、なんておっしゃいました?
神殿に仕えるか、王族と結婚?
・・・・・・・・。
冗談じゃない!
第二王子に結婚を迫られたくなくて、怪我を治したのに何でそんなことになるのよ?!
そのまま固まってしまった私におじい様は、はっはっはっと何でもないことの様に笑っていらっしゃる。

いや、笑い事じゃないから!
王子様と結婚もイヤだけど、神殿に仕えるのもイヤだし!
なんか、規律とか戒律とか厳しそうだし!
そんなの精神は年食ってても5歳児の幼子には無理です!
っていうか、幾つだったとしてもそんなもの遠慮します!

思ったままを吐き出しそうになったのをなんとか、押しとどめて、私は瞳を潤ませながらおじい様を見上げる。

「おじいさま、私、しんでんも王子様とけっこんするのも、いやです」

へにゃん、と今にも泣きそうになりながらおじい様に訴えました。

一応、断っておくとこの表情は計算じゃないですよ。
いくら戻った記憶がアラサーのモノだとしたって、所詮ここではまだ5歳児も子供です。
感情をうまく隠すことなんてできません。
まして、まだ精神と身体がちぐはぐな感じがしますし・・・。こればかりはこれから徐々に慣れていかなければいけないのでしょうけど・・・。

そんな私におじい様は、よしよしと頭を撫でてくれます。
ちなみに両親は後ろで頭を抱えるようにしています。
おそらく、お兄様から話を聞いて私が王子様と結婚したくないのをなんとなく察していたのではないでしょうか。
そして、王族と結婚したくないらしい娘を、だからと言って神殿に預けるのは親としては避けたい、というところでしょうか?
まぁ、これでも貴族ですから娘の結婚は色々と使えたりもしますし・・・。
なら、王子に嫁がせればいいじゃないか、となりそうですがどうもそう簡単な話ではないようです。
きっと派閥だとか色々なしがらみがあるんでしょうね。
あくまで憶測ですけど。だって私にそんな政治の事なんかわかるわけありませんもん。
けど、小説や漫画にそういう設定あったりするから、そんな感じなのかな、と。

いや、ちょっと話が逸れました。
問題は、私の今後です、今後。
まさか5歳で身の振り方を決めなければならないなんて・・・。なんて無茶苦茶な世界なんでしょう。

「そうか、そうか。なら、いっそ隣国にでも逃げるか?」

はい?

「父さん!?」
「お義父様!?」
「おじい様!?」

あ、三人の声が揃った。って、違う。りんごく?隣国って何ですか?まさかの亡命!

「まぁ、それは冗談だ。わしも可愛い孫を遠くにやりたくはないからのぅ」

三人の反応におじい様は楽しそうに笑っております。
いや、それこのタイミングでいう冗談ですか!?笑えないんですけど!

「ハイドライド殿下の件はともかく、神殿から逃れるくらいはできるじゃろうよ。大体、過去にもそういう話はいくらでもあるしのぅ」

そう言っておじい様は私の首に子供が付けるには大きめなネックレスを掛けてくれました。
月長石(ムーンストーン)でしょうか?いえ、光の具合で青くも輝くので、ブルームーンストーンかも。
思わず手にとって見ていると石から何かが流れこんでくるような感じがします。
不思議に思っておじい様を見上げると、おじい様は私に何が起きているのかわかっているのでしょう。
うんうん、と満足気に頷いています。それに問うような目を向ければ、おじい様はまた私の頭をわしゃわしゃと撫でてくれました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...