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第三章
Ep47. The world God wants
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昔の話だ、とフィンは可笑しそうにつぶやいた。
「パブロがまだ十にも満たない悪ガキだったころ。こいつは、神殿にこっそり忍び込んで、生涯黙示を受けたんだ」
と。
エッ、という反応とともに、場に沈黙がただよう。
しかしパブロは自身の昔話にも関わらず我関せずといったようすで、引き続き周囲にころがる師団兵たちを検分する。
とたんに蓮池が「ほう」とにやにや顔になり、パブロとフィンを見比べながらさらに突っ込んだ。
「パブロ閣府長にも十にも満たない子ども時代があったのですねェ」
「人をなんだと心得る、蓮池」
不機嫌な声色で短くつっこむパブロ。
いや失礼、と蓮池は首を振った。
「突っ込むべきはそこではないですね。生涯黙示、とはいったいなんなのです。閣府長はその黙示を受けたときのことを記憶されておいでですか」
「…………おぼえている。が、生涯黙示を受けるにはあまりに子どもすぎた。ひととおり受けた黙示の内容も、いま振り返ればよく理解できなかった──ような気がしている」
「生涯黙示を受けた人間はおよそ生きれまい、との話ですが。閣府長を拝見するかぎり死人のようには……」
「馬鹿なことを」
「子どもは当てはまらない、ということですか」
と、蓮池がフィンを見る。
しかし代わりに答えたのはシリウスだった。
「生涯黙示を見て気が触れなかったのは、それこそレオナの血族たる者の証、だ。……スカルトバッハ、グレンラスカ、ランゲルガリアの御三家はその名を冠するとおり、もっともレオナに近い存在だからな。精神の作りも、サンレオーネの力に対する耐久も人よりは強い」
蓮池のとなりで、クレイがぴくりと眉を動かす。
するとこれまでフィンをまじまじと観察して口を開かなかったフェリオが、ふとフィンを見下ろした。
「なあ──フィン」
「うん?」
「結局、レオナ二世……ルーニャはなぜ始祖レオナに見初められた? レオナの子孫たちはスカルトバッハ、グレンラスカ、ランゲルガリアという子どもたちの子孫にあたるんだろ。ルーニャの血はそのどれでもない。レオナの力なんて、本来なら持たないはずじゃ」
「…………始祖レオナにはもうひとり、子どもがいたろ」
フィンの声がわずかに掠れる。
ねむいのだろうか。
フェリオはアッとうなずいた。
「プリメール、か。しかし彼女はたしか子どもがいなかったと」
「遺された記録がすべてじゃねえさ。上三人の子どもたちは、じつに母親である始祖レオナに対して従順だった。彼らはレオナのことばが絶対だと確信していた。ただ……末っ子プリメールだけは、そうじゃなかった」
「というと?」
クレイがつぶやく。
どうやらこの話は博識なクレイでさえも初耳の話であったようだ。それはそうだろう、彼女が仕入れた知識とてあくまで遺された記録からにすぎないのだから。
フィンは口角をあげた。
「プリメールはばかばかしいと思っていたそうだ。レオナという神の言葉ひとつで人生を左右する民たちが愚かしくて仕方なかった、と。だから早々にレオナのそばを離れて、実り豊かなデュシス地区で、自らの力で生きていこうと──独り立ちを決意したんだ」
「末っ子なのに自立心の強い子だったんだな」
ハオは呑気に感心した声を出す。
そうだろう、とフィンは力なくクックッとわらった。
「プリメールは人知れず結婚して、子どもを作っていた。相手はデュシス育ちの農夫。貴族でもなんでもなくて冴えない男だったが、プリメールは彼のおだやかな性格がとても好きだった。男の名は、フロイド・アンバース──」
「あ、アンバース!」
フェリオの声が裏返る。
そういうことか、とシリウスが唸るようにつぶやいた。
そういうって、とハオが眉をしかめた。
「どういうことだ」
「話を聞いていなかったのか、貴様」
「あん⁉」
「おれは──フィンのひとり息子らしいよ。ハオ」
フェリオは照れくさそうにつぶやいた。
その言葉に、ハオは生命活動以外のすべての動きを止める。虞淵は憐れみの目でハオを見る。
「由太夫とこっちに移動してきたときに言ってましたけど……まあ、アンタわんわん泣いてたんで聞いてねえんだろうなとはおもってましたが、つまり」
今度はキリッと真剣な目をフェリオに向ける。
「フロイド・アンバースとプリメールの子孫がルーニャであり、ルーニャの子であるフィンが大陸に行って、ご母堂とのあいだにフェリオを──ということか」
そういうこと、と答えたのはフィンだった。
「生涯黙示ってのは、簡単に言えば──黙示を受ける人間の生まれてから死ぬまでの生涯をまざまざと見せられる。この島の民が知りたがる未来。自分の最期まで、すべてだ」
すべて、とノアがぽつりとつぶやく。
そうだ、と答えたのはパブロだった。
「あの時。生涯黙示を受けた私はまだ子どもだった。おのれの最期など想像もできぬ、未来に光ばかりを抱く子どもだったのだ。ゆえに自分の最期を見たときは──子どもながらに気が狂いそうだった」
「パブロ……」
「クレイ。君はむかしからすべてを知りたがる質だった。私は君が、いつかサンレオーネの、全知の力を──得たいという願いも知っていた。だがこれだけは言っておく。人には、知らない方がいいこともある」
クレイがぐっと唇を噛みしめる。
そこの、とパブロはフィンを見た。
「寸分変わらぬ男が──生涯黙示を受けた当時の私に言った。『忘れなさい』と。しかし生まれつき一度見たものを忘れぬ性質ゆえ、それはなかなかに難しかった。長い時間をかけていまではほとんど覚えてはおらんが、最期の、……最期の瞬間だけは、いまでも脳裏にこびりついて離れない」
「なんだ。一番いらない部分を忘れられなかったのか、パブロ」
「どういうことだ、フィン。スカルトバッハ閣府長と知り合いだったのか」
シリウスが眉をひそめた。
しかしフィンが口を開く前にパブロがつっけんどんにつぶやく。
「知り合い、ではない。この男を見たのは後にも先にもあの時の一度だけだ。あのときは──サンレオーネの化身かと思っていた」
「忘れさせてやろうか、パブロ」
フィンの声色にわずかに笑みが混じる。
しかしパブロは険しく瞳をつむったまま、頭を振った。
「生涯黙示など、所詮はサンレオーネの戯言にすぎん。気に入らぬならば自身の手で変えていくまでよ」
「でもサンレオーネの黙示は絶対なのでしょう」
クレイは暗い顔で首をかしげる。
さあ、とパブロは皺深い顔をわずかに綻ばした。
「まず抗ってみぬことには、それが絶対かどうかも分かるまい。きっと君がおなじ立場でもそう言うはずだ。クレイ」
「…………そう。そうかもね」
「いいね。オレはお前たちの、パブロとクレイのそういうところが好きだよ」
と、フィンがつぶやく。
名を挙げられたクレイが目を見開いた。
「始祖レオナの願いは、なんだとおもう?」
フィンが問いかけた。
一同の視線が、御三家の名を冠するパブロとクレイに向けられる。ふたりは困惑した顔を見合わせた。
なあフェリオ、と今度はフィンが名指しする。
「なぜ始祖レオナは、自分を慕わないプリメールの子孫を後継に選んだのだとおもう。なぜ……オレがお前をここに呼び寄せたのか。それはもう、分かるよな?」
一同の視線がゆっくりとフェリオに注がれた。
ああ、とフェリオはフィンの手をやさしく撫でる。
「やっとわかったよ。フィン」
「…………」
「『レオナの啓示を続ける未来はない』、アンタはさっきそう言ったな。アンタは、いや、始祖レオナは」
最初から願っていたんだ、と。
フェリオは泣きそうな顔でうつむいた。
「エンデランドの民たちが、自分の足で未来を紡ぐ世界を」
掠れた声だったが、この場のみなには聞こえている。
フィンはもはや夢現か、瞳を閉じて動かなかったが、その口角はわずかにあがっていた。
「パブロがまだ十にも満たない悪ガキだったころ。こいつは、神殿にこっそり忍び込んで、生涯黙示を受けたんだ」
と。
エッ、という反応とともに、場に沈黙がただよう。
しかしパブロは自身の昔話にも関わらず我関せずといったようすで、引き続き周囲にころがる師団兵たちを検分する。
とたんに蓮池が「ほう」とにやにや顔になり、パブロとフィンを見比べながらさらに突っ込んだ。
「パブロ閣府長にも十にも満たない子ども時代があったのですねェ」
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いや失礼、と蓮池は首を振った。
「突っ込むべきはそこではないですね。生涯黙示、とはいったいなんなのです。閣府長はその黙示を受けたときのことを記憶されておいでですか」
「…………おぼえている。が、生涯黙示を受けるにはあまりに子どもすぎた。ひととおり受けた黙示の内容も、いま振り返ればよく理解できなかった──ような気がしている」
「生涯黙示を受けた人間はおよそ生きれまい、との話ですが。閣府長を拝見するかぎり死人のようには……」
「馬鹿なことを」
「子どもは当てはまらない、ということですか」
と、蓮池がフィンを見る。
しかし代わりに答えたのはシリウスだった。
「生涯黙示を見て気が触れなかったのは、それこそレオナの血族たる者の証、だ。……スカルトバッハ、グレンラスカ、ランゲルガリアの御三家はその名を冠するとおり、もっともレオナに近い存在だからな。精神の作りも、サンレオーネの力に対する耐久も人よりは強い」
蓮池のとなりで、クレイがぴくりと眉を動かす。
するとこれまでフィンをまじまじと観察して口を開かなかったフェリオが、ふとフィンを見下ろした。
「なあ──フィン」
「うん?」
「結局、レオナ二世……ルーニャはなぜ始祖レオナに見初められた? レオナの子孫たちはスカルトバッハ、グレンラスカ、ランゲルガリアという子どもたちの子孫にあたるんだろ。ルーニャの血はそのどれでもない。レオナの力なんて、本来なら持たないはずじゃ」
「…………始祖レオナにはもうひとり、子どもがいたろ」
フィンの声がわずかに掠れる。
ねむいのだろうか。
フェリオはアッとうなずいた。
「プリメール、か。しかし彼女はたしか子どもがいなかったと」
「遺された記録がすべてじゃねえさ。上三人の子どもたちは、じつに母親である始祖レオナに対して従順だった。彼らはレオナのことばが絶対だと確信していた。ただ……末っ子プリメールだけは、そうじゃなかった」
「というと?」
クレイがつぶやく。
どうやらこの話は博識なクレイでさえも初耳の話であったようだ。それはそうだろう、彼女が仕入れた知識とてあくまで遺された記録からにすぎないのだから。
フィンは口角をあげた。
「プリメールはばかばかしいと思っていたそうだ。レオナという神の言葉ひとつで人生を左右する民たちが愚かしくて仕方なかった、と。だから早々にレオナのそばを離れて、実り豊かなデュシス地区で、自らの力で生きていこうと──独り立ちを決意したんだ」
「末っ子なのに自立心の強い子だったんだな」
ハオは呑気に感心した声を出す。
そうだろう、とフィンは力なくクックッとわらった。
「プリメールは人知れず結婚して、子どもを作っていた。相手はデュシス育ちの農夫。貴族でもなんでもなくて冴えない男だったが、プリメールは彼のおだやかな性格がとても好きだった。男の名は、フロイド・アンバース──」
「あ、アンバース!」
フェリオの声が裏返る。
そういうことか、とシリウスが唸るようにつぶやいた。
そういうって、とハオが眉をしかめた。
「どういうことだ」
「話を聞いていなかったのか、貴様」
「あん⁉」
「おれは──フィンのひとり息子らしいよ。ハオ」
フェリオは照れくさそうにつぶやいた。
その言葉に、ハオは生命活動以外のすべての動きを止める。虞淵は憐れみの目でハオを見る。
「由太夫とこっちに移動してきたときに言ってましたけど……まあ、アンタわんわん泣いてたんで聞いてねえんだろうなとはおもってましたが、つまり」
今度はキリッと真剣な目をフェリオに向ける。
「フロイド・アンバースとプリメールの子孫がルーニャであり、ルーニャの子であるフィンが大陸に行って、ご母堂とのあいだにフェリオを──ということか」
そういうこと、と答えたのはフィンだった。
「生涯黙示ってのは、簡単に言えば──黙示を受ける人間の生まれてから死ぬまでの生涯をまざまざと見せられる。この島の民が知りたがる未来。自分の最期まで、すべてだ」
すべて、とノアがぽつりとつぶやく。
そうだ、と答えたのはパブロだった。
「あの時。生涯黙示を受けた私はまだ子どもだった。おのれの最期など想像もできぬ、未来に光ばかりを抱く子どもだったのだ。ゆえに自分の最期を見たときは──子どもながらに気が狂いそうだった」
「パブロ……」
「クレイ。君はむかしからすべてを知りたがる質だった。私は君が、いつかサンレオーネの、全知の力を──得たいという願いも知っていた。だがこれだけは言っておく。人には、知らない方がいいこともある」
クレイがぐっと唇を噛みしめる。
そこの、とパブロはフィンを見た。
「寸分変わらぬ男が──生涯黙示を受けた当時の私に言った。『忘れなさい』と。しかし生まれつき一度見たものを忘れぬ性質ゆえ、それはなかなかに難しかった。長い時間をかけていまではほとんど覚えてはおらんが、最期の、……最期の瞬間だけは、いまでも脳裏にこびりついて離れない」
「なんだ。一番いらない部分を忘れられなかったのか、パブロ」
「どういうことだ、フィン。スカルトバッハ閣府長と知り合いだったのか」
シリウスが眉をひそめた。
しかしフィンが口を開く前にパブロがつっけんどんにつぶやく。
「知り合い、ではない。この男を見たのは後にも先にもあの時の一度だけだ。あのときは──サンレオーネの化身かと思っていた」
「忘れさせてやろうか、パブロ」
フィンの声色にわずかに笑みが混じる。
しかしパブロは険しく瞳をつむったまま、頭を振った。
「生涯黙示など、所詮はサンレオーネの戯言にすぎん。気に入らぬならば自身の手で変えていくまでよ」
「でもサンレオーネの黙示は絶対なのでしょう」
クレイは暗い顔で首をかしげる。
さあ、とパブロは皺深い顔をわずかに綻ばした。
「まず抗ってみぬことには、それが絶対かどうかも分かるまい。きっと君がおなじ立場でもそう言うはずだ。クレイ」
「…………そう。そうかもね」
「いいね。オレはお前たちの、パブロとクレイのそういうところが好きだよ」
と、フィンがつぶやく。
名を挙げられたクレイが目を見開いた。
「始祖レオナの願いは、なんだとおもう?」
フィンが問いかけた。
一同の視線が、御三家の名を冠するパブロとクレイに向けられる。ふたりは困惑した顔を見合わせた。
なあフェリオ、と今度はフィンが名指しする。
「なぜ始祖レオナは、自分を慕わないプリメールの子孫を後継に選んだのだとおもう。なぜ……オレがお前をここに呼び寄せたのか。それはもう、分かるよな?」
一同の視線がゆっくりとフェリオに注がれた。
ああ、とフェリオはフィンの手をやさしく撫でる。
「やっとわかったよ。フィン」
「…………」
「『レオナの啓示を続ける未来はない』、アンタはさっきそう言ったな。アンタは、いや、始祖レオナは」
最初から願っていたんだ、と。
フェリオは泣きそうな顔でうつむいた。
「エンデランドの民たちが、自分の足で未来を紡ぐ世界を」
掠れた声だったが、この場のみなには聞こえている。
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