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第三章
Ep38. Settlement
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「シャムール五代目地区長亡きあとも、現代レオナ偽装はわが歴代地区長の手でおこなわれつづけた」
と。
重苦しい面持ちでつぶやくシリウスは、このことばを最後に閉口した。
それはつまり、シリウス自身もその偽装工作をおこなっていたことになる。これこそが、クロムウェル家が抱えた秘匿事項──である。
虞淵は鼻頭に皺を寄せた。
「ここまでの話を聞いて、現代レオナ様が始祖レオナの系譜でないことは分かりました。しかしだからってなぜいまシャムールが、アルカナ教祖のシオンに下る必要がある。まさかシオンがフィンの子孫──とか?」
と訝しげにシリウスを見る。
青白い顔をした彼は、いつもの具合がわるそうな表情で首を横に振る。
「子孫などではない」
「…………」
「あれは、フィン本人だ」
エッ、と。
一同がどよめいた。
リベリオが指折り確認する。フィンが生まれたというレオナ暦一四一年といえば、いまからおよそ三百年も昔のこと。始祖レオナでもあるまいし、いったいどうすれば人間の身体が三百年も生き続けられよう。
しかし、その質問はすでにシリウスが予知していた。
彼はゆっくりと石舞台の屋根を仰ぎ見る。
「ここサンレオーネに謎は尽きねえ。われわれ常人を超越した空間であることは間違いないだろう。彼がもとよりレオナの資質を強く持っていたにせよ、その肉体は明らかにわれわれとは異なる時の中を過ごしていた──」
「つまり、どういう意味だってばよ?」
ハオがルカを見た。
ルカは肩をすくめて補足を入れる。
「サンレオーネは三百年前から時が止まったようだ、なんて情緒的に言われることがあるけれど。それが物理的にもそうだったということじゃないのかい。とくに誰もが立ち入るを禁じられた例の神殿……フィンが三百年前のその時以来、ずっとその神殿に身を置いていたならうなずける」
「つ、つまり教祖シオンって野郎は、中身が三百歳のジジイで見た目は年を取らぬまま、たかだか十歳程度のわっぱってか⁉」
「いや──彼は幾度か、この島から出たことがある。うちの七代目と十二代目がそれぞれ地区長だった頃に、ほんの数年だがふらっと出かけていったと」
といって、シリウスは外套の襟元を寄せた。
この寒空のなか、みな寒風吹きさらしで談合を開いている。寒さに弱いハオと虞淵などは暖をとるためか互いに身を寄せ合っている。
馬鹿な、と蒼月は眉をしかめた。
「ならその間の啓示はどうしていた? 年始啓示には、力を持つ本人がいないことには成り立たぬはず。しかしこれまでの啓示に差異があったという記録はない」
「百年も影武者をやっていりゃ、もはや人知を越えた力も、要領をも掴むものだ。彼は数年分の啓示を詠むことができるようになっていた。そもそも、いただく黙示を年始ごとに区切ると決めたのはわれわれ人間の方。始祖レオナ並みの力を持つフィンの前には、一年も数年もそう変わらん」
「…………」
そういうものか、としか言えない。
ここに集まるは所詮人間である。レオナの力がどこまで際限なく、どこまで非常識であろうと、それが神の力と言われればそこまでのこと。先ほどの話のなかでシリウスがさらりと言ってのけた『テレポート』という力とて、よく考えれば普通じゃない。一同にわずかな沈黙が走る。
みなが口ごもるなか、比榮がパッと蒼月を見た。
「そういえば由太夫と──蓮池さんのところでフィンについての史料をさがしたとき、たしかに記録にありました。アダン・スカルトバッハ閣府長が、光って消えゆくフィンを見た、と。アダンはそれを死と捉えたけれど、フィンが光って消えたのは……死んだわけではなく、ただテレポーテーションをしただけだったのですね」
「しただけってなァ」
と、ハオは困惑の笑みを浮かべる。
「テレポーテーションが出来ること自体、常識とはかけ離れているぜ。とはいえその力があればこそ今回、近衛師団の厳重警備のなかから、容易にレオナ様を誘拐できたってなァ納得できらい。レオナの力っていうのがまさかそれほどのものとは。恐れ入った」
「テミリアでのアルカナ暴動でも、狙撃手が忽然とすがたを消したっけ。あれもつまりフィンの力によるものだったわけ」
リベリオは感心したようにうつむく。
それで、とラウルが身を乗り出した。
「シリウスさんは──フィンに会ったことがあるの?」
「もちろん」
「今回のレオナ様誘拐についても、すべて知ってた?」
「…………レオナ教へ反乱を起こしたい、という話は。狂言誘拐についてもアスラ様と話していたようだから、いずれそういうことが起きるだろう、とは思っていた」
「狂言誘拐、──」
といって口ごもるラウル。
その視線は、石舞台の脇にひっそりと横たえられた由太夫の遺骸である。その気持ちをくみ取ってか、虞淵は声を荒げた。
「ふざけたこと、ほざかないでもらえますか。これは狂言誘拐で、我々がここに一同雁首揃えたのも子どもの茶番なら……なぜ由太夫は死なねばならなかったんだ!?」
「…………」
「いのちを、些末なものと見ているとしか思えない。シオンも、レオナ十世も、アンタもだッ。由太夫だけじゃねえ。オレたちだってレオナ十世のため命を懸けてここまで来た! それなのに誘拐ごっこ? ふざけるなッ。それともなにか。レオナの力には死者蘇生なんて都合のよい力があるとでも言うんですか? それなら一刻も早く由太夫を助けていただきたいッ」
虞淵の肩は怒りでふるえる。
その咆哮を前に、蒼月と比榮もうなだれて、由太夫の力なき腕に手を添えた。ハオも、デュシス地区も、シリウスも。みなじっと押し黙ったまま動かない。
ただひとり。
ノアがおもむろに歩み出て、虞淵の頬をひっぱたいた。静謐な空間を切り裂くかのごとく、打音が奥の森にまで響きわたる。
「…………」
虞淵の目が見開かれる。
ノアは怒りで毛を逆立て、腰元の剣の柄に手を掛ける。とっさにリベリオがその手を止めた。が、ノアがそれ以上剣を引き抜くこともなかった。代わりに、溢れ出たのは彼女の涙。
頬を伝い、地に落ちるそのしずくを、虞淵はゆっくりと目でたどる。
おまえに、とノアがつぶやいた。
「おまえになにが分かる」
「……な、」
「三百年──居ても、居なくなってもいけない者の気持ち。おのが無力を知りながら、民のためマリオネットに甘んじる者の気持ち……おまえに分かるのかッ」
「!」
「無間の苦しみから友を解放させてやらんと、心身を削ってでも此度の一件に荷担されたレオナ様のお気持ちすら、おまえは子どもの遊びだと言うのか」
「…………」
「ふざけているのはおまえの方だ。これはすべて……民、そして我々中央の、レオナ教への心酔が生んだこと。代々のクロムウェル家が、なぜいまこの時まで真実を明かさなかったのか──いや、明かせなかったか」
ノアは憤懣の面持ちで一同をねめつける。
「貴方たちの、生に対する怠慢ゆえだッ」
そしてうつむき、下唇を噛みしめた。
彼女をフォローするように、シリウスがノアの肩に手を置き、蒼月と比榮に顔を向ける。
「……シャムールがシオンに下ると決めたのは、いまノアが言ったとおりだ。クロムウェル家はいつの世でも、かならずフィンを支えるようにと継がれてきた。実質のレオナ様だからな。しかし由太夫を」
シリウスの声が、一瞬、詰まる。
「失くしたことについては──。近衛師団の暴挙を止められなかったのは…………俺の責だ。アナトリアにはほんとうに申し訳ないことをした」
「でも、あのときノアが師団長とぼくのあいだに入った! あれはなぜです!」
比榮が涙をぬぐう。
お前のためだ、とノアはきびしい口調でつぶやいた。
「お前まで失いたくはなかった」
「そ、それは」
「いったいどういうことだ」
冷静な声色で問いかけたのは、虞淵である。
と。
重苦しい面持ちでつぶやくシリウスは、このことばを最後に閉口した。
それはつまり、シリウス自身もその偽装工作をおこなっていたことになる。これこそが、クロムウェル家が抱えた秘匿事項──である。
虞淵は鼻頭に皺を寄せた。
「ここまでの話を聞いて、現代レオナ様が始祖レオナの系譜でないことは分かりました。しかしだからってなぜいまシャムールが、アルカナ教祖のシオンに下る必要がある。まさかシオンがフィンの子孫──とか?」
と訝しげにシリウスを見る。
青白い顔をした彼は、いつもの具合がわるそうな表情で首を横に振る。
「子孫などではない」
「…………」
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エッ、と。
一同がどよめいた。
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しかし、その質問はすでにシリウスが予知していた。
彼はゆっくりと石舞台の屋根を仰ぎ見る。
「ここサンレオーネに謎は尽きねえ。われわれ常人を超越した空間であることは間違いないだろう。彼がもとよりレオナの資質を強く持っていたにせよ、その肉体は明らかにわれわれとは異なる時の中を過ごしていた──」
「つまり、どういう意味だってばよ?」
ハオがルカを見た。
ルカは肩をすくめて補足を入れる。
「サンレオーネは三百年前から時が止まったようだ、なんて情緒的に言われることがあるけれど。それが物理的にもそうだったということじゃないのかい。とくに誰もが立ち入るを禁じられた例の神殿……フィンが三百年前のその時以来、ずっとその神殿に身を置いていたならうなずける」
「つ、つまり教祖シオンって野郎は、中身が三百歳のジジイで見た目は年を取らぬまま、たかだか十歳程度のわっぱってか⁉」
「いや──彼は幾度か、この島から出たことがある。うちの七代目と十二代目がそれぞれ地区長だった頃に、ほんの数年だがふらっと出かけていったと」
といって、シリウスは外套の襟元を寄せた。
この寒空のなか、みな寒風吹きさらしで談合を開いている。寒さに弱いハオと虞淵などは暖をとるためか互いに身を寄せ合っている。
馬鹿な、と蒼月は眉をしかめた。
「ならその間の啓示はどうしていた? 年始啓示には、力を持つ本人がいないことには成り立たぬはず。しかしこれまでの啓示に差異があったという記録はない」
「百年も影武者をやっていりゃ、もはや人知を越えた力も、要領をも掴むものだ。彼は数年分の啓示を詠むことができるようになっていた。そもそも、いただく黙示を年始ごとに区切ると決めたのはわれわれ人間の方。始祖レオナ並みの力を持つフィンの前には、一年も数年もそう変わらん」
「…………」
そういうものか、としか言えない。
ここに集まるは所詮人間である。レオナの力がどこまで際限なく、どこまで非常識であろうと、それが神の力と言われればそこまでのこと。先ほどの話のなかでシリウスがさらりと言ってのけた『テレポート』という力とて、よく考えれば普通じゃない。一同にわずかな沈黙が走る。
みなが口ごもるなか、比榮がパッと蒼月を見た。
「そういえば由太夫と──蓮池さんのところでフィンについての史料をさがしたとき、たしかに記録にありました。アダン・スカルトバッハ閣府長が、光って消えゆくフィンを見た、と。アダンはそれを死と捉えたけれど、フィンが光って消えたのは……死んだわけではなく、ただテレポーテーションをしただけだったのですね」
「しただけってなァ」
と、ハオは困惑の笑みを浮かべる。
「テレポーテーションが出来ること自体、常識とはかけ離れているぜ。とはいえその力があればこそ今回、近衛師団の厳重警備のなかから、容易にレオナ様を誘拐できたってなァ納得できらい。レオナの力っていうのがまさかそれほどのものとは。恐れ入った」
「テミリアでのアルカナ暴動でも、狙撃手が忽然とすがたを消したっけ。あれもつまりフィンの力によるものだったわけ」
リベリオは感心したようにうつむく。
それで、とラウルが身を乗り出した。
「シリウスさんは──フィンに会ったことがあるの?」
「もちろん」
「今回のレオナ様誘拐についても、すべて知ってた?」
「…………レオナ教へ反乱を起こしたい、という話は。狂言誘拐についてもアスラ様と話していたようだから、いずれそういうことが起きるだろう、とは思っていた」
「狂言誘拐、──」
といって口ごもるラウル。
その視線は、石舞台の脇にひっそりと横たえられた由太夫の遺骸である。その気持ちをくみ取ってか、虞淵は声を荒げた。
「ふざけたこと、ほざかないでもらえますか。これは狂言誘拐で、我々がここに一同雁首揃えたのも子どもの茶番なら……なぜ由太夫は死なねばならなかったんだ!?」
「…………」
「いのちを、些末なものと見ているとしか思えない。シオンも、レオナ十世も、アンタもだッ。由太夫だけじゃねえ。オレたちだってレオナ十世のため命を懸けてここまで来た! それなのに誘拐ごっこ? ふざけるなッ。それともなにか。レオナの力には死者蘇生なんて都合のよい力があるとでも言うんですか? それなら一刻も早く由太夫を助けていただきたいッ」
虞淵の肩は怒りでふるえる。
その咆哮を前に、蒼月と比榮もうなだれて、由太夫の力なき腕に手を添えた。ハオも、デュシス地区も、シリウスも。みなじっと押し黙ったまま動かない。
ただひとり。
ノアがおもむろに歩み出て、虞淵の頬をひっぱたいた。静謐な空間を切り裂くかのごとく、打音が奥の森にまで響きわたる。
「…………」
虞淵の目が見開かれる。
ノアは怒りで毛を逆立て、腰元の剣の柄に手を掛ける。とっさにリベリオがその手を止めた。が、ノアがそれ以上剣を引き抜くこともなかった。代わりに、溢れ出たのは彼女の涙。
頬を伝い、地に落ちるそのしずくを、虞淵はゆっくりと目でたどる。
おまえに、とノアがつぶやいた。
「おまえになにが分かる」
「……な、」
「三百年──居ても、居なくなってもいけない者の気持ち。おのが無力を知りながら、民のためマリオネットに甘んじる者の気持ち……おまえに分かるのかッ」
「!」
「無間の苦しみから友を解放させてやらんと、心身を削ってでも此度の一件に荷担されたレオナ様のお気持ちすら、おまえは子どもの遊びだと言うのか」
「…………」
「ふざけているのはおまえの方だ。これはすべて……民、そして我々中央の、レオナ教への心酔が生んだこと。代々のクロムウェル家が、なぜいまこの時まで真実を明かさなかったのか──いや、明かせなかったか」
ノアは憤懣の面持ちで一同をねめつける。
「貴方たちの、生に対する怠慢ゆえだッ」
そしてうつむき、下唇を噛みしめた。
彼女をフォローするように、シリウスがノアの肩に手を置き、蒼月と比榮に顔を向ける。
「……シャムールがシオンに下ると決めたのは、いまノアが言ったとおりだ。クロムウェル家はいつの世でも、かならずフィンを支えるようにと継がれてきた。実質のレオナ様だからな。しかし由太夫を」
シリウスの声が、一瞬、詰まる。
「失くしたことについては──。近衛師団の暴挙を止められなかったのは…………俺の責だ。アナトリアにはほんとうに申し訳ないことをした」
「でも、あのときノアが師団長とぼくのあいだに入った! あれはなぜです!」
比榮が涙をぬぐう。
お前のためだ、とノアはきびしい口調でつぶやいた。
「お前まで失いたくはなかった」
「そ、それは」
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冷静な声色で問いかけたのは、虞淵である。
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