レオナの黙示録

乃南羽緒

文字の大きさ
上 下
25 / 54
第二章

Ep24. Countryman's adviser

しおりを挟む
 事件から半日が明けた明朝五時。
 面倒そうなことやってますね、と蓮池は面倒くさそうに首を鳴らした。前述したとおり、この男は基本的に金勘定以外には興味が薄い。由太夫と比榮はバツがわるそうに藺草の床──畳──に正座した。ここの力関係は微妙なところである。
 閣府長のように実権があるわけではないが、この蓮池という男があまりに有能なために、いまいち地区兵団の頭が上がらない。
 由太夫から『三百年前の事件』について相談をうけた彼は、ろくに考えもせず口を開いた。
「それを突き止めてどうするつもりです。いまさら反乱分子がどうであろうと、フェリオさんが生け贄になればレオナ様は帰ってくる。アルカナについては別途近衛師団を中心に討伐計画を立てる予定ですし。此度の一件、このまま順当にゆけば落着する予定なんですが」
「それはあくまで一過性にすぎません。この際、根本から問題を洗い出すべきだとおもうのです。なにせいま起こっていることは、蒼月の家に遺された秘匿黙示の内容そのもの。反乱分子についていまいちど調査するのは急務かと」
「──協力することで私になにか得なことが?」
「えっ」
「よくご存じだろうが、私は腰の重たい守銭奴だ。見返りがないとね」
(守銭奴って自分で言うのか)
 比榮はなぜか感心した。
 それもそうですね、と由太夫は生真面目な顔で考え込む。やがてパッと顔をあげると、胸元に忍ばせたちいさな巾着袋を取り出した。
「これを」
「うん?」
 と、蓮池は由太夫から巾着袋を取り上げる。
 中からコロリとすがたをあらわした数粒の種を見て、蓮池はハッと目を見開いた。
「これは、……」
「蓮池さんならその価値もお分かりになるかと」
「君は、人の使い方がうまいな」
「蓮池さんほどでは」
 にっこり。
 由太夫は中世的なその顔に満面の笑みを浮かべて、言った。比榮にはよくわからなかったが、とりあえず蓮池との取引は成立したようである。
 そういうことならば、と蓮池はパッと立ち上がり、両側にそびえたつ本棚をぐるりと見回した。恐ろしい量の書物だが、彼はすべての本を読了しているという。
「なんでしたか。三百年前の──ああ、ウォルケンシュタインの長男坊が死亡した事件についてでしたね」
「蓮池さんはその件、どなたからか話を聞かれたことは?」
「直接的な話はとくに。ただ、なにかでそんな話を目にしたような……」
 と、蓮池は本棚を見上げた。
 これほどたくさんの貴重書をいったいどこから仕入れたのか、あるいはこの執務室がもともと閣府の書庫であったのか、由太夫と比榮はそわそわと蓮池のつぎのことばを待つ。彼は迷わず入口から見て左奥の本棚を物色し、やがて指をさまよわせると一冊の書物を取り出した。
 パラパラと中身を確認してうなずく。
「これだ」
「ありましたか!」
 比榮が蓮池の手元を覗く。
 読めない。言語がちがうのである。フェリオも話すような大陸言語でもなく、刑部水軍がおもに使用するアナトリア地区特有のことばでもない──。
 蓮池は「古代のことばです」と言った。
「まだ始祖レオナが存命だったころ、この島の原住民やサンレオーネに住まう者たちが使っていた。司教のグレンラスカ様がふしぎな言葉で啓示をおろすのを聞いたことがあるでしょう」
「ああ。それでこれ、なんの本なんですか?」
「各貴族についての研究調書。デュシスの歴史家が非公式に調べたものです」
「それがなぜここに」
「聞きたい?」
「……やめておきます」
 比榮がしずしずと下がる。
 冒頭はだいたいみなが知ってる話です、と蓮池はページに目を落とした。
「レオナ降臨からおよそ八百年、大陸から流れ着いた数名の貴族がレオナに属した。レオナはこの島国を五つに分けてそれぞれの気候を施し、各貴族を統治貴族として長に置いた──。ほかにレオナの実子直系子孫である御三家と、レオナの付き人であったウォルケンシュタイン。内容はおもにこの八つの家の特性、気性までを事細かにあげつらったもので、それから各貴族絡みの事件についてが数件紹介されています」
 おもしろいですぜ、と蓮池は口角をあげる。
 しかし由太夫と比榮が知りたいのは各貴族の特性などではない。歴史の闇に葬り去られたかもしれない重要事件についてである。ふたりがじっと目線でうったえる。蓮池はわかってますよ、と肩をすくめた。
「ウォルケンシュタインの長子が死んだ件でしょ。……ああ、あった」
 ページをめくる彼の手が止まる。
 内容を見ても、ふたりは古代語が読めない。蓮池が慎重に読み進めながらひとつひとつを読み上げた。
「【レオナ暦一四一年に発生した大地震によってサンレオーネは崩落。多くの人間を瓦礫の下に呑み込んで、町は息を止めた】──」
「サンレオーネの大地震、ですね」
「ええ。そこでふたりの赤子が遺されたというのは王家、御三家、閣府も知るところです。赤子のひとりはレオナ三世となり現レオナ様の系譜として。一方の赤子はウォルケンシュタイン家の娘が産んだとして、ウォルケンシュタイン家長子として育てられたと」
 由太夫と比榮は無言でつづきを待つ。
 ここから本筋です、と蓮池はつづけた。

「【レオナ暦一五一年、ウォルケンシュタインの長子”フィン”が家人の目を盗みサンレオーネへ遊びに行ったところ、遺構内にて突如すがたを消す。最後の目撃者アダン・スカルトバッハは『彼はまるで光に呑まれるかの如く、神殿の深層にて発光し、そのまま消えた』とことばを残している】──」

 比榮はくりっとした猫目を見開いた。
「光って消えたってことですか?」
「信じがたい話ですがそういうことでしょうね。人が光って消えるなんてふつうじゃない、しかしサンレオーネならあり得る話だ。当時の閣府長が『死んだ』と認識するのもうなずけます」
 といって蓮池は本を閉じる。
 これ以上、この件に関しての記述はなかった。この歴史家がいったいどこからその話を聞き入れたのか定かではないが、蓮池曰くこの書に記されていることはおおむね正確といってよいらしい。
 でもじゃあ、と比榮は悲しげにうつむく。
「どうしてウォルケンシュタイン家は、このフィンについての記録を消したのでしょう。十歳まではたしかに存在していたのに、あんまりに、かわいそうじゃありませんか……」
「仕方ありません」
 と、蓮池が眼鏡をいじった。
「フィンを生んだ娘はウォルケンシュタイン家長の第三夫人でした。当時の家長と第一、第二夫人は子に恵まれず、かねてより跡継ぎ問題があった。そんなときにこの娘がいのちを賭して出産した。母親こそ亡くなったものの、フィンは第一家督継承者となる。しかし数年後に第一夫人が子を出産すると継承権はそちらの子に移った。フィンがすがたを消したのはそれから数年後のことです」
「ま、まさか……!」
「いやいや。フィンの行方について第一夫人はシロでしょう。が、こと『痕跡を消す』ということならば、女の嫉妬から消されてもふしぎじゃないということですよ」
 なぜか楽しそうにつぶやく彼。
 由太夫は眉を下げて「そういうものですか」と小首をかしげる。
 それより、と蓮池は書物を本棚にもどしながら言った。
「納得いただけましたかな」
「はい。覚悟が決まりました」
「覚悟?」
 と、蓮池はきょとんとした顔で由太夫を見る。
 サンレオーネの深層、と彼は胸に手を当てて瞳を閉じた。
「フィンが消えたとされる神殿の深層へ、行く覚悟です」
「…………」
「いまは近衛師団の見張りも少ない。我々ならたやすく侵入できよう、比榮。地区長に報告次第すぐに向かおう」
「はい!」
「いやいやいやいや」
 若者ふたりの腕をとる。
 蓮池はわずかに動揺したようすで、ふたりの顔を見比べた。
「なにを言いますか。神殿内部は禁足地ですよ」
「わかっています」
「…………」
「しかし、知りたいのです」
「由太夫」
「衝動が」
「は?」
 衝動が沸いたのです、と。
 由太夫は頬を染めて言った。
「知りたいのです。いったいなにが起きたのか、なぜフィンは消えねばならなかったのか……教祖シオンとフィンはなにか関係があるのか。知りたい。知りたいという衝動が止まらないのです。この衝動に私も、……身を委ねたくなったのです!」
「…………」
 四地区兵団のなかでいちばん主張のすくないアナトリア。
 とくに由太夫はこれまで、規則らしい規則を破ったことはなかった。兵学校時代からつねに模範的生活を好み、勤勉な優等生。そんな彼がいま、これまでに見たことのないほど胸を弾ませた顔で物を語っている。
 逡巡した蓮池だったが、やがて彼らの瞳のかがやきに押し負けた。
 引きとどめていた手を離して頭を掻く。
「……分かりました。ならばどうぞご勝手に」
「蓮池さん!」
「しかしお気をつけなさい。サンレオーネの深層は、ときに人を狂わすという。君たちなら問題なかろうが、ね」
 由太夫と比榮は互いに顔を見合わせ、うなずく。
 それから「お世話になりました」と蓮池に深々と一礼してから部屋を出ていった。
(…………)
 残された蓮池はひとり、考える。
 考えて、パッとローブを羽織ると自室から廊下に出た。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...