金色プライド

乃南羽緒

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第四章 くせ者だらけの新入生

78話 ストテニでの攻防

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 ※
 学校近くのテニス場にいたのは、凛久と蓮だった。ほかの三人はどこを見渡してもすがたがない。
 一方のふたりはラリーに夢中のようで、近くに来た琴子の存在には気付かない。黒鳶色のブレザーが汚れるのも厭わず、彼らはボールを追いかける。三十ラリーほどつづいたボールが凛久のネットボールで途切れてようやく、琴子は声をかけた。
 アッ、と凛久がうれしそうにわらう。
「黛さん!」
「お疲れさまです、凛久くん。相田くんも!」
「よお」
 蓮も手をあげて応えた。
 琴子はパタパタと駆け寄り、再度周囲を見る。
「あの、雅久くんは」
「ああ。あの三人ならちょっとコンビニ寄ってから来るけど。なんか用事?」
 言いながら、蓮がすこし後方で待機する桜爛高生の存在に気が付いた。ずいぶん背が高く、おまけに肩幅のがっちりした生徒である。しかしパリッとのり付けされた新品制服を見るかぎり、新入生らしい。
 蓮の視線に気付いた琴子はうなずいた。
「彼──新入生で、雅久くんに用事があるって部室まで来てたんです。あしたからの仮入部にも来てくれそうだったので、お連れしたんですけど」
「へえ。さっそく部員確保か、やるな黛」
「いえそんなっ。元はといえば雅久くんの追っかけ──みたいなものだし」
「雅久の追っかけ?」
 と、凛久も会話に参加してきた。
 一同の目線が新入生に注がれる。赤月は恐縮するどころか、なぜかだんだんエヘンと胸を張って、琴子にぴったりくっつくように身を寄せた。
「一年三組、赤月豪! よろしくッス」
「おお──元気」
「雅久の追っかけってことは、テニス経験者?」
 凛久が問う。
 しかし赤月はまじまじと凛久の顔を見つめて、ほうと感心の声を出した。
「双子がいるとは聞いてたけど、実物ははじめて見たぜ……なんかワンパンで倒せそうだな」
「…………」
「あ、あの! あのねふたりともっ。赤月くんって雅久くんの中学の一級後輩なんですって。その、ふたりもおなじ中学だったんですよね?」
「え。あそうなんだ。赤月──赤月って聞いたことあるな。ずいぶん派手にやってたろ」
「やー、まあまあまあ。けっこう先公には目ェつけられたりなんかしちゃったりしたりしてましたけど。赤月のヒグマ、とかなんとか言われつって……デヘヘヘ!」
「おっ、中坊にありがちな二つ名ってやつか。いいねー」
「オレ知ってる。たいてい黒歴史になんだろ? んはははは!」
「…………」
「おい凛久」蓮は薄くわらってゴホン、と気をとりなおす。「えーっとそれでテニスは?」
「はあ。いや初心者ッスけど」
「へえ、雅久の追っかけって言うからてっきり秀真的なあれかとおもった。ちがうんだ」
 と、琴子を見る。
 視線をうけた琴子はハッと目を見ひらいて「それがね」とこれまで赤月から聞いた話を分かりやすく説明した。聞き終えたふたりは必死にわらいをこらえた顔でそっかそっか、とうなずいている。
 とはいえ凛久は、自身の兄の傍若無人さに頭を痛める気持ちもある。
「そりゃショックだろー。タイミングがわるいというかなんというか──ツイてなかったな。分かるよ、オレも笹井のおばちゃんがいるあいだ、あのチキンカツサンド食えなかったし」
「いるあいだ……?」
「あそうか。凛久おまえ、笹井のおばちゃんに、個人的にチキンカツサンド作ってもらったんだっけ」
「エ?」
 赤月がポカンと凛久を見る。
 かまわず蓮はつづけた。
「コイツ、天性の愛嬌というか、人好きする性格だから購買のおばちゃんともすぐ仲良くなるんだよ。よかったな連絡先残しといて」
「うん。いまでもまだ食いたいなら、今度連絡して作ってもらうよ。めっちゃうまいぞ、あれはたしかに食べなきゃ損だ。明日からテニス部仮入部するんだろ。もうオレの後輩のようなもんだし、ここは先輩風吹かさせてよ」
「え、え…………神?」
「わあ。よかったですね、赤月くん!」
「それじゃあついでに、テニス初心者ってことだし、いまちょっとここで打ってみろよ。打ち方から教えるから」
 と、蓮にまでもやさしく迎えられた赤月。
 部活動紹介時に凛久が言った『やさしい先輩が教えてくれます!』という定型文句を鼻でわらっていた赤月だが、このテニス部部長、副部長の包容力たるや如何。
 おまけに、となりで自分を見上げるマネージャーの黛琴子はなんとも。赤月はたまらず琴子の両手をがっしと掴んで、視線を合わせるように腰を折った。
「見ててください琴子センパイッ。ジブン、天才ですから……テニスもすぐに追いついて、いや、追い越してやるッスよ!」
「わあ。青春、ですね! がんばってくださいっ」
 琴子はにっこりわらった。
 ──そのとき。

「コラなにしてる」

 と、琴子の手を握る赤月の手に、手刀が落とされた。反射的に手を離した赤月がぎろりと睨み付けると、そこにいたのはマンバンヘアがトレードマークである新名竜太のすがたがあった。
 ニーナくん、と琴子はおどろいて声をあげる。
「だれコイツ。黛、なんかされた?」
「う、ううん。そうじゃないの。えっと、赤月豪くんっていって、桜爛新入生なんです。あした仮入部に来てくれることになって」
「あ? ああ────」
 唸るようにつぶやいてから、新名はゆっくりと赤月豪へ視線をもどす。
 その視線にこもるは明らかな不信感。それから琴子の腕をぐっと自身の方へひき寄せて、赤月から距離をとらせる。そのようすを見た蓮があれっと周りを見た。
「あとのふたりどうした?」
「あー」ちらと赤月を見る新名。
「コンビニで買ったコーラ飲んでたら、むこうで大学生に絡まれてよー。態度が気に入らねえっつって、アイツらダブルスで叩きのめすって試合始めちゃったのよ」
「なんだかんだ仲良いよな……」
「でもけっこうおもれーから、呼びに来たわけ。行こうぜ、ついでにそこの新入生もな」
 と言うや新名はくるりと踵を返す。
 やれやれ──と蓮と凛久が顔を見合わせるなか、琴子は赤月に気を配り「行きましょう」と背中にそっと手を添えて歩き出した。
 初めは、いまにも新名に食って掛かりそうないきおいだった赤月も、そのやさしさにふたたび絆され、
「ハーイッ」
 と上機嫌に歩みを進めるのだった。

 さて。
 高宮雅久と橋本秀真はというと、一行が駆けつけた頃には十五分も経たぬうちに六ゲームの試合を終え、名もなき大学生を追い払うところだった。
「おー来たきた」
 と、やってきた桜爛テニス部を招き入れる一方で、赤月豪を見るやふたりの目つきが変わる。先ほどまで雅久への復讐に燃えていた赤月も、実際に本人を前にすると、
「ちっす」
 と控えめに頭を下げるにとどまった。
 雅久と秀真が興味津々に赤月を見る。見る。……見る。
 琴子から、新入生だという説明が挟んでようやく、彼らは口元にだけ笑みを浮かべて言った。

「よお──活きが良さそうじゃん」
「可愛がってやんよ。なあ?」

 と、目力で人を殺めそうないきおいで。
 『やさしい先輩が教えてくれます!』──これはやはり定型文句だったのだ。と、赤月は内心でおもったとのちに語っている。
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