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第十三章
69話 月子の夢
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月子と雪丸のもとには、よく来訪者があった。
子どもふたりの暮らしを心配してか、村の男衆が覗きにきては、気前よく味噌や野菜を分けてくれるのである。
どっさりと積み上げられた貢ぎ物に、水緒は目を丸くした。
「スゴいね。月子ちゃんと雪丸くんは、村の人に大切にされてるんだねェ!」
「ホントに、ありがたいことです。母が死んでからまだひと月も経ってないので──数日おきに、こうして様子を見に来てくれるんです!」
「いつか恩返しできたらいいね」
「はいッ」
月子は頬を染めてわらった。
その夜のこと。
すっかり寝入った雪丸の横で、水緒と月子はおなじ布団に入ってこそりと囁きあっていた。
とくに月子の語りは止まらない。
「それでね、とにかく水守さまったらスゴいの。村の人たちはみんな怖いって言うけれど、私はそうは思わない。だってどんな盗賊だってパッとやっつけちゃうんだもの」
「へえ、そんなにすごいの?」
「みおさまったら、知らないの。ご自分の兄さまのことなのに──」
「あ、あたし水守とはあんまり関わりがなかったから。ねえもっと教えて」
水緒はいたずらっぽくわらった。
主がすっかり元気を取り戻したので、阿吽龍はすでに宝珠へともどっている。明日に備えて力を回復させるためだ。
「月子ちゃん、水守のこと好きなんでしょ」
「えっ、あっ」
だいぶ打ち解けた。
月子は、囲炉裏の焔に照らされた頬をさらに赤らめて、うなずく。
「初めて見たときから──なんてきれいな人なんだろうって。このあいだ蹴つまずいたときもね、水守さまったら、私の衿元を掴んで立たせてくれて。とにかくやさしいの。それにあの長いお髪もとってもきれいで」
もう、目が離せなくなっちゃうの。
といった月子は、恥ずかしそうに身を縮めこませた。
「わーっ、月子ちゃんかわいいィ!」
「やめてみおさま。恥ずかしいよ」
「その気持ち、水守に言わないの?」
「い、いいの。水守さまにはきっと迷惑だろうし……私が好きでいればそれでいいの。だけど、だけどね」
月子が水緒を見つめた。
キラキラと星をはらむその瞳が、とてもまぶしい。しかしその口から飛び出た言葉に、こんどは水緒が赤面する番だった。
「私、女になるなら……水守さまにお相手してほしい」
「……えっ!」
「私は巫女さまでもないし、きっと御子はむずかしいだろうけど。思い出だけでももらえたら、いいなあって思うの。人には言えない、私のちいさくっておおきな夢」
「…………そ、そう。そうよね。わはは、好きならそう思うのがふつうなんだよね。うん」
とはいったが。
そんなませたこと、考えたこともなかった水緒にとってはひどく衝撃をうけたものだった。
ましてや、自分よりも年下の少女から発せられたのだから、その驚きもひとしおである。
「ねえ、みおさまは?」
「へっ」
「いないの、お慕いしてる人とか。龍でもいいけれど」
「え──い、いないよ。そんな人」
水緒は寝返りを打って月子に背を向けた。
脳裏によぎったひとりの影に動揺したためである。
「ほんとう? ふふふっ、あやしい」
「ホントだって! もうこの話終わりッ。寝よ寝よ」
「いつか聞かせてね」
水緒の背中にぴたりとおでこをくっつけて、月子はつぶやいた。そのぬくもりがなんとも言えずむず痒くて、水緒はちいさく「うん」とだけ返した。
※
騒がしい。
浅い眠りから覚めた水緒は、むくりと身を起こした。試練中だというのに一夜を過ごしてしまったわ──と頭を掻く。
すると、となりに寝ていたはずの月子の姿が見えない。一方の雪丸は熟睡しているようで、起きる気配はない。
「…………月子ちゃん?」
細い声が出た。
水緒は掛けていた布をめくりあげ、ゆっくりと立ち上がる。宝珠を手に取ると、呼応したように光って阿吽龍が飛び出した。
水緒さま、と阿龍が首をかしげた。
「月子ちゃんがいないの。なんだか外が騒がしいような気がして、目が覚めたんだけど。トイレかな──」
「外、でございますか。吽龍聞こえる?」
「特段これといったものは。……しかし気になりますね、月子さまを探しましょう」
「うん」
音をたてずに外へ出る。
まだ夜は明けていなかった。月も沈んで明かりもなく、まっ暗闇に閉じ込められたような錯覚に陥る。
両隣についた阿吽龍の袖を掴み、水緒は意を決して歩き出した。
闇夜である。
吽龍は、龍のすがたになって上空へと飛び上がった。ひとりが心細いという水緒のため、阿龍がそばについている。
「こんな真っ暗なのに、月子ちゃんったらどこ行ったんだろ」
「でもほら水緒さま、星がようく見えますよ。試練の部屋にいるはずなのにおかしな話ですけれど」
「わ、ほんと──きれいだね」
「月子さまも、この星降る夜空があんまりうつくしいので、どこかで見上げているのかもしれません。吽龍を気長に待ちましょう」
なんて。
利発そうな笑みをこぼした阿龍は、ロマンチックなことを言った。水緒も「きっとそんなとこだろう」と、深く考えることはしなかった。
しかしいま、夜空を舞う吽龍の耳に届いた音がある。
ハッと発信源を探る。その目に留めたのは月子たちの家からほどない場所に建つ、納屋であった。
「…………」
吽龍の目がけわしく歪む。
つんとした臭いを感じた。知っている。──血の臭いだ。
すばやく地上に降りて、人型になった吽龍はいそいで水緒のもとへと駆け戻る。
「水緒さまっ」
「おかえり吽龍。月子ちゃんいた?」
「────」
彼の顔がこわばる。
阿龍は察した。場所は、と手短にたずねると、彼は「おそらくは納屋」と手短に返してきた。
なぞの緊迫感がただよう。
イヤな空気だ。水緒はハッと納屋を向き、
「……月子ちゃんッ」
と、納屋へ駆け寄り戸に手をかける。
戸は意外にもすんなりと開いた。
とたん、鼻についたイヤな臭い──。水緒の手がふるえた。
「つ、月子ちゃ──」
星の明かりが射し込んで、納屋のなかがわずかに照らされる。
その床に浮かび上がった真白な肢体。
「!」
着物も髪もみだりに乱れ、白い四肢を無防備に投げ出した月子が、そこにいた。
子どもふたりの暮らしを心配してか、村の男衆が覗きにきては、気前よく味噌や野菜を分けてくれるのである。
どっさりと積み上げられた貢ぎ物に、水緒は目を丸くした。
「スゴいね。月子ちゃんと雪丸くんは、村の人に大切にされてるんだねェ!」
「ホントに、ありがたいことです。母が死んでからまだひと月も経ってないので──数日おきに、こうして様子を見に来てくれるんです!」
「いつか恩返しできたらいいね」
「はいッ」
月子は頬を染めてわらった。
その夜のこと。
すっかり寝入った雪丸の横で、水緒と月子はおなじ布団に入ってこそりと囁きあっていた。
とくに月子の語りは止まらない。
「それでね、とにかく水守さまったらスゴいの。村の人たちはみんな怖いって言うけれど、私はそうは思わない。だってどんな盗賊だってパッとやっつけちゃうんだもの」
「へえ、そんなにすごいの?」
「みおさまったら、知らないの。ご自分の兄さまのことなのに──」
「あ、あたし水守とはあんまり関わりがなかったから。ねえもっと教えて」
水緒はいたずらっぽくわらった。
主がすっかり元気を取り戻したので、阿吽龍はすでに宝珠へともどっている。明日に備えて力を回復させるためだ。
「月子ちゃん、水守のこと好きなんでしょ」
「えっ、あっ」
だいぶ打ち解けた。
月子は、囲炉裏の焔に照らされた頬をさらに赤らめて、うなずく。
「初めて見たときから──なんてきれいな人なんだろうって。このあいだ蹴つまずいたときもね、水守さまったら、私の衿元を掴んで立たせてくれて。とにかくやさしいの。それにあの長いお髪もとってもきれいで」
もう、目が離せなくなっちゃうの。
といった月子は、恥ずかしそうに身を縮めこませた。
「わーっ、月子ちゃんかわいいィ!」
「やめてみおさま。恥ずかしいよ」
「その気持ち、水守に言わないの?」
「い、いいの。水守さまにはきっと迷惑だろうし……私が好きでいればそれでいいの。だけど、だけどね」
月子が水緒を見つめた。
キラキラと星をはらむその瞳が、とてもまぶしい。しかしその口から飛び出た言葉に、こんどは水緒が赤面する番だった。
「私、女になるなら……水守さまにお相手してほしい」
「……えっ!」
「私は巫女さまでもないし、きっと御子はむずかしいだろうけど。思い出だけでももらえたら、いいなあって思うの。人には言えない、私のちいさくっておおきな夢」
「…………そ、そう。そうよね。わはは、好きならそう思うのがふつうなんだよね。うん」
とはいったが。
そんなませたこと、考えたこともなかった水緒にとってはひどく衝撃をうけたものだった。
ましてや、自分よりも年下の少女から発せられたのだから、その驚きもひとしおである。
「ねえ、みおさまは?」
「へっ」
「いないの、お慕いしてる人とか。龍でもいいけれど」
「え──い、いないよ。そんな人」
水緒は寝返りを打って月子に背を向けた。
脳裏によぎったひとりの影に動揺したためである。
「ほんとう? ふふふっ、あやしい」
「ホントだって! もうこの話終わりッ。寝よ寝よ」
「いつか聞かせてね」
水緒の背中にぴたりとおでこをくっつけて、月子はつぶやいた。そのぬくもりがなんとも言えずむず痒くて、水緒はちいさく「うん」とだけ返した。
※
騒がしい。
浅い眠りから覚めた水緒は、むくりと身を起こした。試練中だというのに一夜を過ごしてしまったわ──と頭を掻く。
すると、となりに寝ていたはずの月子の姿が見えない。一方の雪丸は熟睡しているようで、起きる気配はない。
「…………月子ちゃん?」
細い声が出た。
水緒は掛けていた布をめくりあげ、ゆっくりと立ち上がる。宝珠を手に取ると、呼応したように光って阿吽龍が飛び出した。
水緒さま、と阿龍が首をかしげた。
「月子ちゃんがいないの。なんだか外が騒がしいような気がして、目が覚めたんだけど。トイレかな──」
「外、でございますか。吽龍聞こえる?」
「特段これといったものは。……しかし気になりますね、月子さまを探しましょう」
「うん」
音をたてずに外へ出る。
まだ夜は明けていなかった。月も沈んで明かりもなく、まっ暗闇に閉じ込められたような錯覚に陥る。
両隣についた阿吽龍の袖を掴み、水緒は意を決して歩き出した。
闇夜である。
吽龍は、龍のすがたになって上空へと飛び上がった。ひとりが心細いという水緒のため、阿龍がそばについている。
「こんな真っ暗なのに、月子ちゃんったらどこ行ったんだろ」
「でもほら水緒さま、星がようく見えますよ。試練の部屋にいるはずなのにおかしな話ですけれど」
「わ、ほんと──きれいだね」
「月子さまも、この星降る夜空があんまりうつくしいので、どこかで見上げているのかもしれません。吽龍を気長に待ちましょう」
なんて。
利発そうな笑みをこぼした阿龍は、ロマンチックなことを言った。水緒も「きっとそんなとこだろう」と、深く考えることはしなかった。
しかしいま、夜空を舞う吽龍の耳に届いた音がある。
ハッと発信源を探る。その目に留めたのは月子たちの家からほどない場所に建つ、納屋であった。
「…………」
吽龍の目がけわしく歪む。
つんとした臭いを感じた。知っている。──血の臭いだ。
すばやく地上に降りて、人型になった吽龍はいそいで水緒のもとへと駆け戻る。
「水緒さまっ」
「おかえり吽龍。月子ちゃんいた?」
「────」
彼の顔がこわばる。
阿龍は察した。場所は、と手短にたずねると、彼は「おそらくは納屋」と手短に返してきた。
なぞの緊迫感がただよう。
イヤな空気だ。水緒はハッと納屋を向き、
「……月子ちゃんッ」
と、納屋へ駆け寄り戸に手をかける。
戸は意外にもすんなりと開いた。
とたん、鼻についたイヤな臭い──。水緒の手がふるえた。
「つ、月子ちゃ──」
星の明かりが射し込んで、納屋のなかがわずかに照らされる。
その床に浮かび上がった真白な肢体。
「!」
着物も髪もみだりに乱れ、白い四肢を無防備に投げ出した月子が、そこにいた。
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