落ちこぼれの半龍娘

乃南羽緒

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第六章

33話 四半刻前の敵は

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「ただいまぁ」
 と、離れに帰ってきた水緒。
 大地とは途中で分かれたため、ひとりでの帰宅である。それにしても今日はえらい目に遭った──と玄関を開けると、居間の方がやけに騒がしい。美波の友人でも来ているのだろうか。
(あれ?)
 しかし玄関に靴はない。
 ならば四眷属か、と水緒が居間を覗く。そしてさながら昭和のコントのごとくずっこけた。

「な、な……なッ」
 
 そこにあったのは、美波と楽しく談笑する鎌鼬三兄弟の姿。
 水緒は震える指先を彼らに突きつけた。
「おか、おかーさんッ」
「おかえりィ。大変だったね」
「た、大変だったねってそんな他人事──アンタたちなんでうちにいるのよッ」
 というと、蒼玉はキョトンとした顔でいった。
「いかんのか?」
「いかっ……いいワケないでしょカケラを狙ってるんだからッ。お母さんもなんでもかんでも人を招いちゃダメじゃない!」
 娘が怒鳴るも、母は一切悪びれることはない。
「だってさあ。飛騨の方からわざわざ来たってのに、このあたりは自然があんまりなくて、自分達が居座る場所がないっていうのよ。またとんぼ返りだなんてそんなのかわいそうじゃない」
「……でもさっき、娘の背中に鎌の刃突き立てたんだよこの人たち!」
「聞いたわよ。そのことでね、人の娘に傷をつけた落とし前をつけてもらおうと思ったんだけど。水緒が情けをかけて殺さなかったことに義理立てて、ぜひアンタに修行をつけさせてくれないかっていうの。ねえ、義理堅い子たちじゃないの~」
「…………」
 これだから元ヤンはよくない。
 すぐに義理人情で絆されるのだ。水緒は眉をつり上げた。
「敵を懐にいれるなんて冗談じゃないよッ。居座るならここじゃなくて、せめて眷属に見ててもらわなきゃ」
「うん。だからちょっとあの子たち呼んできて」
「…………」
 こういうとき、水緒はいつも思う。
 なぜ父大龍はこの人を選んだのだろう──と。水緒は窓を開けて「白月丸ーッ」と自棄糞にさけんだ。
 するとものの二分もせぬうちに、白月丸が聖域から離れへと駆け込んできた。
 ぜえはあと息を切らして、

「──そ、それがしの耳が、いいからって、ほんと、」

 ウサギ遣いが荒いですよ、と息をととのえる白ウサギ。
 が、居間にそろう三兄弟を見るや「なんと」と目を見開いた。
「こりゃあ飛騨の鎌鼬兄弟ではござらんか。久方ぶりじゃのう、ずいぶん大きゅうなって」
「白月丸、知ってるの?」
「はあ。もともと稲荷族のもんでしたが、数百年前に族から勘当されて──その後は飛騨の山にて妖怪化したと聞いとりました。それがしが見たのは、天界八部衆の寄合でつるし上げを食らっとるまだ幼きころの鎌鼬でしたが……いや見違えましたな」
 という白月丸に、長男蒼玉は「ああっ」と目を見開く。
「その節はたいへん世話になりもうした。こうして生きておるのも大龍さま以下ご眷属の皆々様が、この愚弟どもの尻ぬぐいにご尽力いただいたおかげです。おひさしゅうございますな、白月丸どの」
「なんのなんの。単に大龍さまがアンチダキニゆえそれがしらが同調したにすぎませぬ。それでいったい突然──なにゆえここに?」
 きょとんとした黒目が愛らしい。
 三男翠玉は興味深げに白月丸の耳をいじくった。すかさず蒼玉がその手を叩き落とす。けっきょく質問に答えたのは一等ふんぞり返っている次男の紅玉だった。
「ケッ。その稲荷族の創始者であるダキニの姐者から直々の頼みで、遠路はるばるコイツに会いに来たんや。龍のカケラを奪うってな」
「これ紅玉。大恩人になんちゅう口の利き方だ馬鹿者」
「せやて俺ァ覚えてねえもん、そんなん」
 とそっぽを向く紅玉。
 水緒はムッとした顔で彼を指さしながら白月丸に訴えた。
「さっき、あたしの背中に鎌の刃突き立てたんだよッ。肉をえぐりとられて死んじゃうかと思った!」
「なあに、龍の気がある以上そんな簡単に死にゃしません。現に、水緒さまが生きてここにいらっしゃるということは手加減してくだすったのでしょう。……なにせダキニの姐さまに逆ろうたら命危ういといわれとるくらいじゃ。背肉をすこしえぐるくらいはせんとな」
「白月丸ヒドイ!」
「いや、ダキニの姐さまはホント、どっからでも見てますから。あの方のこわいところはそういうところですから」
 だから鎌鼬衆もここに来たのでございましょう、とわめく水緒をなだめる白月丸に、せんべいを頬張っていた美波が首をかしげた。
「どういうこと?」
「この大龍神社には、大龍さまが強固な結界を張っとりますからのう。とくに天津国の方々から覗かれぬように──つまりはダキニの姐さまの監視から逃れるにはもってこいの場所なのです。鎌鼬衆からしたら、このあたりにはここか鶺鴒山くらいしか自然がありませぬゆえ、しばらく身を置くなら一石二鳥といったところでしょうし」
「あらそうなの。アンタたち上司に苦労してんのね、同情するわよ」
 と、気がつけば水緒以外は歓迎モードになっている。
 もはや彼らがここに居座ることを反対しているのは水緒だけで、そのことを口にしようものなら母の美波がなんとわめくか分かったものではない。
 そのうえ、蒼玉は立ち上がって水緒の前に膝をついた。
「先ほどは監視の目もあり無礼なマネを失礼いたした。この神社におるうちは、われら三兄弟──お嬢のカケラを狙うことはせぬ。ついでに実戦的な修行にも付き合うてみせましょう。さあ如何!」
「い、いかんって言われたって……」
 水緒はとまどうままに白月丸を見た。
 彼はいつの間にやら人に化けてともにせんべいを食らっている。ハムスターのように頬を膨らませて、白月丸は快活にわらった。
「よいではないですか水緒さま。彼らには当分のあいだ、豪瀑のあたりに身をひそめていただいて。水緒さまが滝行されるときは護衛代わりにすればよい」
「滝行しているうちにカケラをとられたらどうするのよ!」
「そんなに心配なら、水緒さまが身につけておればよかろう。それに、神の御前で誓った約束。もしも彼らが違えたならそのときはこの四眷属、そして大龍さまとて黙っちゃおりませぬ。ご安心なされよ」
 そうだ、と紅玉も立ち上がる。
「われら恩義忘れぬ三兄弟。謀ることはこの命にかけてすまいと誓おう!」
「神社の内、という条件ですがねィ」
 と翠玉はいたずらっぽくわらった。
 そこまで言うならしょうがない。
 わかったよ、と水緒はつぶやいた。
「……でもひとつだけ約束して。たのむから学校にはもう来ないで。グラウンドはめちゃくちゃだしいろんな人にめいわくがかかるから」
「相分かった。なればこの神社内、そしてがっこうなる場所では手を出さぬと誓う。お嬢が遠出をした際にでもふたたび勝負を挑むといたそう」
「その使命感は──監視があるから?」
 おそるおそる聞いてみる。
 それもあるが、と紅玉はにっかりと歯を見せた。
「またいずれお前さんとは一手やり合いてえもんや。今度は水溜めのないところでな!」
「あたしはもう勘弁だよ……」

 がっくりと肩を落とした水緒。
 とはいえ、今後もこういった刺客がやってくるとすれば、実戦的な修行がいよいよ必要となってきたということだ。

 水緒は自分の宝珠を取り出して、やさしく撫でる。
 今日の一戦は、阿吽龍がいてこその勝利だった。顔を寄せて「ありがとう」とつぶやくと、宝珠は返事をするようにきらりと光を放った。

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