落ちこぼれの半龍娘

乃南羽緒

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第六章

30話 三兄弟参上

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 昼休みもおわりの間近。
 水緒は周囲に積まれた本をあさり、大地が龍にもどった二匹とじゃれていたときであった。ふいに大地があ、目を見開いた。
「そういやさ」
「んー」
 「お前、あの康平って人とどうなんだよ。好きなんだろ」
「…………」
 水緒の周囲の空気が一変した。
 それまで楽しそうに遊んでいた阿龍と吽龍の二匹も、ぴたりと動きを止める。そのひんやりとした空気に大地は「んっ」と閉口した。ちらりと二匹を見れば、蒼白な顔を必死に振って話題を変えろとうながしている。
 あれ、と大地の口角があがった。
「もしかしてフラれた?」
「……────」

 ────。
 ──。
 帰りのホームルームが終わった瞬間、水緒はプール用具を手に立ち上がった。
 そのいきおいと荒々しさにうしろの席の石橋英二が目を丸くする。
「天沢、どうしたんだよ」
「なにが?」
「いや……なんか怒ってる?」
「べつに!」
 水緒はカバンを肩にかついで荒々しく教室の前扉から廊下に出た。
 と、同時になにかとぶつかった。
「ぅわっ」
「いて」
「ごめんなさ──あッ」
 目の前に立ちはだかる影を見て、水緒の顔は鬼の形相に変わる。
 片倉大地がいたからだ。
 彼は気まずそうに「あ」と眉を下げる。昼間の発言ののち、本がどっさり詰まった段ボールを水緒が頭上にかかげるのを見て恐怖した大地は、それがわが身に降りかかる前に教室へ逃げ帰ったため、いまだに謝罪のひとつもしていなかった。
「よう、さっきは──」
「どいてッ」
 有無を言わさず肩をどつかれた。
 しまった、と大地が頭を掻く。龍神娘のご機嫌をひどく損ねてしまったようだ。きのうの帰宅時、水緒に聞かれぬよう銀月丸が言っていたことばを思い出す。
 ──龍の娘ですゆえ少々ご気性が荒いですが、どうぞ飼いならしてくだされ。
 と。
(見た目に反してたいした気性の荒さだぜ……)
 大地は額の汗をぬぐった。
 いまだにB組教室の前扉で立ち尽くしていると、まもなくして英二が教室から出てきた。A組を覗いてこころをさがす水緒のうしろ姿に目線を送り、口角をあげる。
「なんだよ。朝はなかよしだったのにもう喧嘩か」
「うーん、おれはどうやらいらんことを言ってしまったらしい」
「気をつけろよ。女心はたいてい繊細に見えて図太いくせに、繊細ぶるんだから」
「…………ややこしいな」
 部活行こうぜ、と英二は明るく大地の肩をたたいた。

 ※
 雲が出てきた。
「…………」
 金曜日の放課後である。開放された屋外プール場でひとしきり泳いで、すっかり怒りを発散させた水緒は空を見上げている。雨の気配はしないが風が荒れてきたようだ。
 ほかの生徒たちがちらほらと帰りはじめて、気がつけば残ったのは水緒と三年生の月森千夏だけであった。
 どうしたの、と千夏がタオルを片手に近づいてきた。
「雨降るかな?」
「いや、雨は降らないみたいですけど──風が」
「たしかに風が強くなってきたね。今日は早めに切り上げようか」
「はい。そのほうがいいみたい」
 と素直にうなずいた水緒に、千夏が「あらら」とおどろく。
「めずらしい。水緒ちゃんいっつも下校時刻ぎりぎりまで泳いでるタイプなのに」
「あははは、なんか今日はちょっと調子も出なくて」
「なに言ってるの。人一倍泳いでたくせに」
「えへへ……あっ千夏先輩。あたしあともうちょっと泳いで、あとの片づけはやっておきますんで、先輩も帰っちゃってください!」
「ホント? じゃあ先にあがるね。水はそのまま抜かなくていいから。おつかれさま」
「はーい!」
 水緒は元気よく手を振った。
 プールサイドに設置されたベンチの上には、タオルと如意宝珠の入った巾着袋が置かれている。千夏が着替えを終えてプールを後にするところを見送って、水緒はこっそりと如意宝珠を手にとった。

 なにか嫌な予感がする──ぎゅう、と宝珠を握りしめたときである。
 グラウンドがさわがしくなった。

「……なに?」
 水緒はタオルを肩から羽織ってペタペタとプールサイドを駆けた。
 どうやら野球部とサッカー部、そしてグラウンド裏のコートを使うテニス部、ハンドボール部までもが悲鳴をあげているらしい。
「なにが起こってるの?」
 フェンス越しに目をこらす。
 すると、多くの生徒たちが叫声をあげてグラウンド中を逃げ回っているではないか。水緒は眉根を寄せた。
 ──なんだあれは。
 周囲の砂塵を巻き上げて、地をえぐるように巻き起こる三つの風の渦。それはしばらくグラウンドを縦横無尽に駆け抜けていたけれど、まもなくそれらの鉾先がこちらを向いた。
「あっ」
 風の渦が。
 三本の爪痕を道に残して、一直線にプールめがけて突っ込んでくる。

(くる!)
 水緒はわが身をかばうように身を折った。

 ゴウ、と風が吹いた。
 瞬間。
 足もとを掬われるとともに、全身を斬りつけられたような痛みが走る。
「うあっ」
 その衝撃に、水緒はプールサイドに身体が投げ出された。あわてて身体のようすを確認すると、ふしぎとどこからも血は出ていない。──しかし腕や太腿にはうっすらと傷跡のようなものがあり、わき腹部分の水着も少し切れている。
「な……なによこれ」
 と、呟いたときであった。

「どえれえ格好で、出迎えご苦労」

 キシィ、と刃が擦れる音とともに声がした。
 プールサイドにはいつの間にか、三人の青年が煙を巻き上げて立っている。
 眉毛の凛々しい藍色髪の総髪男。
 カチューシャ巻きの朱いハチマキに金髪の男。
 緑色の装束をまとった茶髪の青年。
 当然ながら初めて見る顔ぶれに、水緒は戸惑いを隠せない。
「ま、また変なのが出てきた──」
「コイツが尋ねモンの半龍娘ですかィ、蒼玉の大兄おおあにィ」
「おう。姐者はああいったが手荒な真似はすんなよ。とくに紅玉。なんたってあの方の玉娘だからな」
「分かってら。なにより姐者の言いなりってのも気に食わん。……おいおんし」
 と、金髪男はにんまりとわらう。

「変なのたぁご挨拶やねえか。遠路はるばる、おんしに会うためここまで走りどおしやったんぞ。感謝せえよ」

「た、たのんでない! だれよあんたたち」
 水緒はタオルを胸の前に引き寄せた。
 いまさら、まだ水着姿だったことを思い出したのである。
 しかし男たちは気にしない。偉そうにふんぞり返り「よくぞ聞いた」と金髪男が口火を切った。

「飛騨国統べる鎌鼬──玉の三兄弟たぁわれらのことよ」

 カマイタチ?
 戸惑う水緒にはかまわず、藍色髪の男が腕から鎌の刃をキシリと繰り出し、口角をあげた。
「ダキニの姐者にたのまれて」

 ──龍の欠片を奪いに参った。

 と。
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