落ちこぼれの半龍娘

乃南羽緒

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第六章

29話 ひみつの会合

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 飛騨、神通川上流域。
 苛立つそぶりを見せたひとりの男が、河原の小石を川へ蹴りいれる。
「わっかんねえな」
 頭には朱色のハチマキ、ひとつに束ねた金色の長い髪の先はキラリとするどい鎌の刃に変わる。
「なんだって龍族のはぐれモンが、ダキニの姐者あねじゃと組んでんだ? 姐者も姐者や、いまさら稲荷から追んだされたオレたちを頼る意味もわかんねえ」
「そこは──ダキニの姐御にお考えあってのことだろ」
 というは、大石に腰かける藍色の総髪男。
 そのとなりに座る短髪の青年は、一心に薬壺をいじるばかりで話を聞いていない。
 金色髪の男はいまだ不服そうに舌打ちをした。
 ともあれ、と藍色髪の男が立ち上がる。

「まずはここより東へゆかねばなるめえ。──なあ、俺たち鎌鼬かまいたちの名にかけて、その半龍娘……ちょいとスッ転ばしてやろうじゃねえか」

 金色髪の男が、薬壺を抱えた青年が、顔を見合わせにやりとわらった。

 飛騨鎌鼬三兄弟。
 長男、蒼玉そうぎょく
 次男、紅玉こうぎょく
 三男、翠玉すいぎょく

 彼らは川の水や河原の小石を巻き上げるや、風のごとくその姿を消した。

 ※
「ふんふーん、ふふふふーん」

 高らかに鼻唄を歌い上げる。
 水緒が上機嫌に学校への道を歩いていると、校門に差しかかったところで肩をたたかれた。
「よっ」
「んぁ」
 片倉大地。
 水緒の顔がパッとあかるくなった。
「おはよう!」
「ご機嫌じゃん」
「いつもこんなもんだよ」
「いつもそんなテンション高ェのかよ……アッ」
 大地がちいさく声をあげた。
 その視線の先には、昇降口へ入っていく石橋英二のうしろ姿があった。さっそく声をかけようとした水緒の口を手でおさえ、大地は「まてまて」と顔を近づける。
「いろいろ話聞きたいから、昼休みに図書準備室来いよ」
「図書準備室?」
「ここ最近でおれは知ったんだ。あそこは恐ろしいくらいに人が来ねえということを」
「あは、オッケー」
 ケタケタと笑いながら昇降口に入ると、妙な顔をして英二がこちらを見た。
「おはよう石橋くん」
「よっす、英二」
「ああ。…………」
 といってふたたび閉口する英二。なにか言いたげな顔をしていることを大地が問いただすと、彼はふたりを交互に見た。
「ずいぶん仲良くなったな、とおもって」
 含んだ言い方である。
 とっさに水緒が否定しようと口を開くと、その前に大地が「いやさぁ」と割って入った。
「滝行体験でおれの心はすっかり神社にハマっちまったんだよ。おれ、もともと自然とかああいう雰囲気好きだろ。だからコイツに、大龍神社のいろいろを聞かせてもらってるわけ」
「へえ。神仏懐疑派だったお前がずいぶんな路線変更だな」
 階段をのぼりながら英二はわらう。
 つられてわらった大地が、こっそりと水緒にウインクして「まあな」と英二の肩を組んだ。
「水に当たって気づくこともあるんだよ。じゃあな天沢」
「あ、うん」
 そして大地はさっさとA組へ入っていく。
 B組の教室前でそれを見送ってから、英二と水緒は自然と互いの顔に目を向けた。
「…………」
「…………」
「ふーん」
「な、なによ!」
 またもや含みを持たせて、英二はにんまりとわらう。あんまり憎らしくわらうので水緒がその背を叩くと、彼はまた「ほぉー」と笑いながら教室に入っていった。

 ──。
 ────。
 図書準備室には、図書室に入りきらぬ蔵書や郷土文献の史料が納められているのだそうだ。
 本来ならば、しかるべきところに寄付しても良さそうな古文書等もあちこちに散見される。おどろいて声をあげる水緒に、大地は「さわるなよ」と口角をあげた。
 昼飯後、まもなく集合したふたり。
 それほど広くないこの部屋で顔をつきあわせて初めにしたことは、阿龍吽龍との対面だった。

「阿龍、吽龍。出ておいで」

 宝珠に呼びかけた水緒の声に反応して、二匹は光をまとってあらわれる。その霊妙なうつくしさにこんどは大地が歓声をあげた。
 おもわず手を伸ばす。
 すると、昨日の今日で二匹も大地のことを覚えていたのだろう。挨拶を交わすかのごとくその腕に身体を絡めた。
 
「はははっ、かわいいな。阿龍と吽龍──たしかこっちの赤っぽいのが阿龍で、青っぽいのが吽龍だったよな」
「うん、阿龍は女の子で吽龍は男の子なの。ねえふたりとも人になれる?」
 と水緒が問う。
 二匹は互いに顔を見合わせてからくるりと宙をまわって、人へと化けた。その情景を目の前に大地はもはやわらうしかない。
「ちょっとおれ、もう当分なにが起きても驚かないかも」
「ん、あれえ」
 しかしおどろいたのは水緒だった。
 人の姿に化けた二匹の見た目が、心なしか先日よりも成長している気がする。
「この前は三歳くらいだったのに五歳くらいになってる」
「みおさま」
「みおさま」
 なんとろれつも回るようになっている。
 水緒はわっと拍手をして、ふたりの子どもを抱き寄せた。
「そっか、吽龍は結界を張ったし阿龍は剣の言霊で力を使ったおかげで成長したんだね。偉いぞ!」
「なあ、おれも挨拶していい?」
 というや大地は背筋をただし、
「阿龍、吽龍」
 とふたりの名を呼んだ。
 尖った耳を動かして、ふたりは大地に向き直る。
「おれ片倉大地ってんだ。きのうは守ってくれてありがとう、礼が遅くなってごめんな──」
「だいちさま!」
 阿龍は無邪気にわらって、ぎゅうと大地の手を握りしめる。対して吽龍は控えめに微笑んでもじもじした。なるほど阿吽という名前に則して、阿龍は外向的なのに対し吽龍は内向的な性格のようだ。大地はしみじみとふたりの顔を覗き込む。
「人間でいうとこんなにちいせえのにあれだけ頼もしいんだもんな。やっぱり龍ってすごいや」
「あは、ふたりがこんなに小さいのはあたしの修行が足りないからなんよ。昨日があれだけ強かったのは、お父さんのつくった宝珠の力を借りたから。使役龍はね、仕える主人の力によってどこまでも強くなるんだって」
「ふうん。……」
 大地はぼんやりと虚空を見つめる。
 昨日のできごとを思い出していた。あのときは聞きたいことが山ほどあったのに、いざ聞こうとなるとなにから聞いていいのやら。それほど鶺鴒山や大龍神社での出来事が濃密だったということか。
「水守──水守っていうのがお前の兄さんなんだっけ」
「うん。っていっても数百歳も離れた腹違いの、だけどね。あたしだってその存在は奥多摩以降に知ったんだから」
「そうか」
 鶺鴒山にて。
 樹上からこちらを見下ろしていた白銀の麗人。水緒はこれまでの過程を話すなかで一度彼に殺意を向けられたと言っていたが、昨日見たかぎりでは耳を疑うような話であった。
 あのとき、大地が感じたのはもっと別の感情だったからだ。
「ずいぶん美人な兄さんだな」
「まあね。……だけど美人から殺意を向けられるとすっごい怖いんだから!」
「殺意っていうけど、きのうはそんなことなかったろ」
「ん、きのうは──そうだけど。でもどうしてあそこにいたのか、なんであたしのこと攻撃しなかったのか。あの人のことはあたしもまだよく分かんない」
 と水緒はむくれた顔で膝を引き寄せた。
 しかし大地は楽観的にわらう。
「えー、でもおれなんとなくあの人の気持ちわかる気するけどな」
「なに、どうして?」
「おれも歳の離れた妹がいるんだ。それこそ阿龍くらいの──だからわかるよ。きのうはお前のこと敵じゃなくて、たぶん兄として見ていたんだと思うよ」
 しかし水緒の顔は浮かない。
「…………兄として、妹をどうころすかってこと?」
「なんでそう物騒なんだよ。そうじゃなくてもっとこう──あるだろ。友だちでも親でもない、兄妹に対する気持ち。……あるんだよ」
 といって右ひざにすわる阿龍の頭をなでると、彼女は心地よさそうに瞳を細めた。一方、左ひざにすわっていた吽龍は大地の胸にもたれて寝息を立てている。

「たぶんやさしい人だよお前の兄貴。根はさ」

 といって龍たちをあやしつける大地の横顔に、なぜだか水緒はまたみとれてしまった。

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