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第五章
23話 大龍さまのおしえ
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携帯に残る一枚の写真。
先日の奥多摩で撮影したものだ。草むらから二匹の蛇が空を舞う──いや、蛇というよりは龍だろうか──そんな画像。
しかしそれは、時が経つにつれてカタチを変えていった。
先日まではっきりと姿が写っていたはずなのに、いま見てみるとぼんやりとした淡い光がふたつ浮いているだけの画像なのである。
「どういうことだよ」
大地はつぶやいた。
龍。
そんな幻想世界の生き物が実際に存在していたのだろうか。
たしかに奥多摩の空気はとても澄んでいて、龍や妖精の一匹も生息していそうな場所ではあったけれど。──とはいえ、ほんとうにそんなものが。
大地はあの日から、そんなことを堂々巡りにずっと考えている。
「……龍、か」
図書室からひとり外を望む。
ここからは学校の裏山が見える。ひとりで考え事をするときなどは、ほとんど人がおとずれないこの場所に身を置くことも多い。さいきんの気に入りの場所なのだ。
この学校も山を切り崩した土地につくったというから、きっとこのあたりは緑に覆われたうつくしい場所だったのだろう。大地は思った。
おもむろに立ち上がり本棚をめぐる。
(龍に関する本なんかあるもんかな)
うろうろと図書室のなかを歩き回って、しばらくしたころにひとつ見つけた。
児童向けの絵本である。
──『大龍さまのおしえ』
大龍さまっていうと、天沢水緒の家の神社が祀る御祭神だったっけ。
表紙には白銀色のたてがみをなびかせる龍と巫女すがたの女がひとり、描かれている。子ども用だけれどおもしろそうだ。大地はそれを手に席に着いた。
────。
むかしむかし せきれいやまに
つつじがいけ という いけがありました
つつじがいけには どくをもったりゅうが すんでいて
むらにわざわいをおこす としておそれられておりました
あるとき つつじがいけへ りゅうをたいじするため
むらのおとこが むかいます
けれど りゅうはとても つよくて たおせなかったので
ひとつのやくそくを したのだと むらにいいふらしました
「まいとし わかいむすめを ささげますから
どうかわざわいをおこすのは やめてください」
それいらい いけには わかいむすめが
ささげられることになりました
むすめが いけに みをなげるたび
つつじがいけの まわりには だれがおいたのか
むすめのかずだけ いしがおかれるように なりました
じゅうねんめのとしのこと
えらばれたのは ちぐさ という きよらかなみこさまでした
ちぐさは いけにえになるまえに ひとり
つつじがいけへと むかいます
そこで りゅうと おはなしを したのです
「どうか どうか つつじがいけの りゅうよ
わたしが あなたのもとへ とついだならば
それを さいごとしてください
わたしが いっしょう そいとげます
ほかのむすめは おゆるしください」
りゅうは いいます
「わしは もともとむすめなど いらぬ
そちらがかってに したことだ
まいとし いけに むすめがみをなげ
こちらも かなわぬところと おもっていた」
りゅうは いけにみをなげた むすめたちを あわれとおもって
これまで ずっと いけのまわりに いしをおき
ひとりひとりを とむらっていたのです
ちぐさは おどろき よろこびました
りゅうは いいます
「しぜんが あれるのは
おまえたち ひとの いくるちからを つけるため
ちが ふるえるは
ひとのすむ よを ひろげるため
えきびょうが はやるのは
ひとが うごいた あかしだ」
ちぐさは といます
「ひとへの ばつでは ないのですか」
りゅうは いいます
「このよに ばつなど あるものか
よい わるい
すべては ひとが きめたこと」
りゅうは いんがおうほう ということばを
ちぐさにおしえました
ちぐさは といます
「では むらのおとこは うそをついたのですか」
りゅうは いいます
「みえをはるも うそをつくも ひとである
しかし おまえのように
ひとのため わがみをかえりみず
たすくるも またひとである」
りゅうは たいそううつくしい おとこのすがたに ばけて
ちぐさとともに むらへ おりてゆきました
むらには やくそくを いいふらしたおとこが います
ひとのすがたの りゅうは
きれいなはくぎんいろの かみのけを なびかせました
「うそをついて むすめのいのちを みずにかえした
それが つみとは いわないが
うしなわれた いのちの ぶんだけ
きさまには むくいが まっていることを おぼえておけ」
おとこは おそれおののいて
むらのものたちに あたまをさげました
けれど むすめをなくした おやたちは ゆるせません
「おにだ」
「こいつは おにだ」
むらのものたちは よってたかって
おとこを けって なぐって ころしてしまいました
「おにを たいじした」
わらう むらのものたちの かおは
まるで おにのめん のように ゆがんでおりました
いんがおうほう
ちぐさは それをさとりました
うつくしいおとこは りゅうのすがたに もどって
せきれいやまも つつじがいけも すべてすて
そらのかなたへ とんでいって しまいました
それから まもなく
みっかみばんの おおあらしが むらを おそい
おとこを ころした むらのものは
みな いのちを みずへと かえしたのです
ふしぎなことに ちぐさのいえは
あらしのなんを さけたので
そのちに りゅうをまつる じんじゃを
たてたのでした
それが のちの だいりゅうじんじゃ
ちぐさは あるじなき つつじがいけにも
ほこらを たてて
おしえをくれた りゅうに いのります
「いつか またこのちに おもどりください
ちぐさは これより まつだいまで
あなたのかえりを おまちしております」
と。
────。
物語は、そこまでだった。
絵本の表紙裏にはこの絵本のシリーズも紹介されている。学校の本棚にはなかったが、きっとどこかに続きがあるのだろう。
大地はふたたび裏山を見上げた。
──せきれいやま、と書かれていたがこれはおそらくこのあたり一帯の地にあった山のことだろう。山の半分は切り崩されてしまったが、きっと名残はあるはずだ。
「つつじヶ池……」
今日は部活も休みだし。
放課後にでも行ってみるか、と立ち上がった。
先日の奥多摩で撮影したものだ。草むらから二匹の蛇が空を舞う──いや、蛇というよりは龍だろうか──そんな画像。
しかしそれは、時が経つにつれてカタチを変えていった。
先日まではっきりと姿が写っていたはずなのに、いま見てみるとぼんやりとした淡い光がふたつ浮いているだけの画像なのである。
「どういうことだよ」
大地はつぶやいた。
龍。
そんな幻想世界の生き物が実際に存在していたのだろうか。
たしかに奥多摩の空気はとても澄んでいて、龍や妖精の一匹も生息していそうな場所ではあったけれど。──とはいえ、ほんとうにそんなものが。
大地はあの日から、そんなことを堂々巡りにずっと考えている。
「……龍、か」
図書室からひとり外を望む。
ここからは学校の裏山が見える。ひとりで考え事をするときなどは、ほとんど人がおとずれないこの場所に身を置くことも多い。さいきんの気に入りの場所なのだ。
この学校も山を切り崩した土地につくったというから、きっとこのあたりは緑に覆われたうつくしい場所だったのだろう。大地は思った。
おもむろに立ち上がり本棚をめぐる。
(龍に関する本なんかあるもんかな)
うろうろと図書室のなかを歩き回って、しばらくしたころにひとつ見つけた。
児童向けの絵本である。
──『大龍さまのおしえ』
大龍さまっていうと、天沢水緒の家の神社が祀る御祭神だったっけ。
表紙には白銀色のたてがみをなびかせる龍と巫女すがたの女がひとり、描かれている。子ども用だけれどおもしろそうだ。大地はそれを手に席に着いた。
────。
むかしむかし せきれいやまに
つつじがいけ という いけがありました
つつじがいけには どくをもったりゅうが すんでいて
むらにわざわいをおこす としておそれられておりました
あるとき つつじがいけへ りゅうをたいじするため
むらのおとこが むかいます
けれど りゅうはとても つよくて たおせなかったので
ひとつのやくそくを したのだと むらにいいふらしました
「まいとし わかいむすめを ささげますから
どうかわざわいをおこすのは やめてください」
それいらい いけには わかいむすめが
ささげられることになりました
むすめが いけに みをなげるたび
つつじがいけの まわりには だれがおいたのか
むすめのかずだけ いしがおかれるように なりました
じゅうねんめのとしのこと
えらばれたのは ちぐさ という きよらかなみこさまでした
ちぐさは いけにえになるまえに ひとり
つつじがいけへと むかいます
そこで りゅうと おはなしを したのです
「どうか どうか つつじがいけの りゅうよ
わたしが あなたのもとへ とついだならば
それを さいごとしてください
わたしが いっしょう そいとげます
ほかのむすめは おゆるしください」
りゅうは いいます
「わしは もともとむすめなど いらぬ
そちらがかってに したことだ
まいとし いけに むすめがみをなげ
こちらも かなわぬところと おもっていた」
りゅうは いけにみをなげた むすめたちを あわれとおもって
これまで ずっと いけのまわりに いしをおき
ひとりひとりを とむらっていたのです
ちぐさは おどろき よろこびました
りゅうは いいます
「しぜんが あれるのは
おまえたち ひとの いくるちからを つけるため
ちが ふるえるは
ひとのすむ よを ひろげるため
えきびょうが はやるのは
ひとが うごいた あかしだ」
ちぐさは といます
「ひとへの ばつでは ないのですか」
りゅうは いいます
「このよに ばつなど あるものか
よい わるい
すべては ひとが きめたこと」
りゅうは いんがおうほう ということばを
ちぐさにおしえました
ちぐさは といます
「では むらのおとこは うそをついたのですか」
りゅうは いいます
「みえをはるも うそをつくも ひとである
しかし おまえのように
ひとのため わがみをかえりみず
たすくるも またひとである」
りゅうは たいそううつくしい おとこのすがたに ばけて
ちぐさとともに むらへ おりてゆきました
むらには やくそくを いいふらしたおとこが います
ひとのすがたの りゅうは
きれいなはくぎんいろの かみのけを なびかせました
「うそをついて むすめのいのちを みずにかえした
それが つみとは いわないが
うしなわれた いのちの ぶんだけ
きさまには むくいが まっていることを おぼえておけ」
おとこは おそれおののいて
むらのものたちに あたまをさげました
けれど むすめをなくした おやたちは ゆるせません
「おにだ」
「こいつは おにだ」
むらのものたちは よってたかって
おとこを けって なぐって ころしてしまいました
「おにを たいじした」
わらう むらのものたちの かおは
まるで おにのめん のように ゆがんでおりました
いんがおうほう
ちぐさは それをさとりました
うつくしいおとこは りゅうのすがたに もどって
せきれいやまも つつじがいけも すべてすて
そらのかなたへ とんでいって しまいました
それから まもなく
みっかみばんの おおあらしが むらを おそい
おとこを ころした むらのものは
みな いのちを みずへと かえしたのです
ふしぎなことに ちぐさのいえは
あらしのなんを さけたので
そのちに りゅうをまつる じんじゃを
たてたのでした
それが のちの だいりゅうじんじゃ
ちぐさは あるじなき つつじがいけにも
ほこらを たてて
おしえをくれた りゅうに いのります
「いつか またこのちに おもどりください
ちぐさは これより まつだいまで
あなたのかえりを おまちしております」
と。
────。
物語は、そこまでだった。
絵本の表紙裏にはこの絵本のシリーズも紹介されている。学校の本棚にはなかったが、きっとどこかに続きがあるのだろう。
大地はふたたび裏山を見上げた。
──せきれいやま、と書かれていたがこれはおそらくこのあたり一帯の地にあった山のことだろう。山の半分は切り崩されてしまったが、きっと名残はあるはずだ。
「つつじヶ池……」
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