胡蝶の夢に生け

乃南羽緒

文字の大きさ
上 下
132 / 139
廿弐の抄 和解

其の伍

しおりを挟む
 それから、月日は流れた。
 あれから結局一ヵ月ほどドイツに滞在したゆきが師走に入るすこし前に帰ってきて、刑部家には日常が戻ってきた。
 いまだ和本の最後の和歌は蒐集しきれぬまま──というよりは、意図的に高村が蒐集を拒んでいたこともあり──明日に春休みを控えた今日、つまり終業式である。

「ではみんな、からだに気を付けて。来年度が今年以上に楽しい一年となるように、先生も楽しみにしてます」

 と、高村は帰りのホームルームにて、高村学級として最後の言葉を生徒に告げた。
 生徒たちはみなクラス替えがいやだ、とか、担任は高村先生がいい、とか好き勝手なことをわめいている。
 それを言われるたび、高村は「俺の生徒になりたいなら勉強態度なんとかせえ」と軽口をたたいた。
 近ごろは、なんだかんだと蒐集に乗り気ではない高村を見てすっかり元気を取り戻した八郎。
 今日は刑部家にて八郎の誕生日パーティを開こう、と企画が立てられた。
 参加者は花見のときとほぼ同じだが、今回は廿楽匠や『式』化した小町、光、松子の彼氏となった堀江健太郎まで呼んでの大所帯である。

「おれの誕生日プレゼント、なにくれるん!」
「え、いる? メシ食ってだべって終わりでよくね」
「おそろしい人数やもんなァ。誰かしら用意するやろうし、代表でその人から、的な感じでええやん」
「いやそれ主役の前でする話?」
 八郎、柊介、武晴は現在ドン・キホーテという雑貨店でパーティ雑貨を吟味していた。
 明夫と健太郎は部活があるため、終わったら高村とともに直行するとのこと。
 おもえばみんなで花見パーティを催してから早十一ヶ月。すっかり仲良しメンバーになったものだ、としみじみ感じ入る八郎である。
「それにしても、いろいろと人間関係の変わった一年やったなあ」
「ホンマやで。環奈姐やんと柊クンに関してはまあ、予定調和やったけども」
「なんでやねん。てかだから別にまだ付き合うとかいう話してへんねんて」
「エッ、まだ?!」
「おまえあれから何か月経ったと……もしかしてお前、本命には手ェ出せへんタイプか?」
「うるせえ」
 と、柊介が店のおもちゃで武晴の頭を殴りつける。
 しかしそれをひょいと交わし、ケタケタとわらった。
「ハチがひとつ大人になるのと合わせて、お前もええ加減大人の階段のぼってこい。な、ハチ」
「ウン。かんちゃんもかわいそうや」
「…………」
 すると柊介はいまから緊張しているのか、唇を噛みしめて黙りこくってしまう。
 意外な一面もあるもんやな、とつぶやいてカラフルな帽子を手にとった武晴は会計へと向かった。
 そのあとに続く八郎が「でも」と口角をあげる。
「おれてっきりタケって四宮のこと好きなんかと思てた」
「はっは。よう言われるわ。みんな浅倉南と上杉達也引きずってんねん。なにが幼馴染や、それだけで付き合うてたらこの世のなかカップルであふれるわ」
「でも息もぴったりやし」
「ちゃうねん。たぶんな、オレと松子というのは結婚相手にちょうどええねん。もはや安心感やねん。ドキドキシゲキックスはもはやないねんな」
「ああ、ほな堀江と別れたらワンチャンありっちゅうことか」
 とつぶやく八郎に、武晴は「あ」と眉をしかめる。
「ちがうちがう。オレらの場合は四十歳になっても互いに相手がいてへんかったら結婚しよな、的な感覚やねん。こんな若い時分で結局アイツに落ち着くのはなんか、男捨てるみたいでイヤやねん」
「相当失礼なこと言うとるぞ、おまえ」
 そんな話をしながら、帰路につく。
 ちなみに柊介はいまだに押し黙ったままだ。

 刑部家にはすでに、環奈とともにやってきた大学生集団と浜崎、『式』化した小町が座を囲んで談笑していた。
 三月とはいえまだ寒いので、とゆきが用意した野外で使用できる灯油式ストーブを、廿楽と潮江が設置している。そのとなりで、相変わらずうっとりと廿楽を見つめるのは小町であった。
「このあたりでいいかァ」
「もうちょい右、右。オッケーストップ」
 一方で、環奈と麻由、冴子は台所で料理の手伝い中だ。
「前に行ったキムチ鍋のお店、すんごくおいしかったのネ。こんど冴ちゃんセンパイもいっしょ行きまショー!」
「あら、どこら辺にあるの?」
「大学近くの──ラーメン屋の通りあるやないですか。あそこの一本奥に入ったとこにあるんですよ」
 と麻由が身振りを交えて説明する。
 わりとすぐに通じたか、冴子は「ああ」とわらった。
「わかった、あそこね。みんなで行ったの?」
「あいッ。マユちゃんとゴウくんとナオくんとかんなで、もう何回も行ったのー!」
「仲良しさんね」
 とクスクスとわらっていた冴子だったが、そばに仙石が寄ってくるなり肩に力が入った。
「手伝うことある?」
「ここは女子会中なの。男の子は向こうに行っててちょうだい」
「なんや、つれないな」
 と一瞬見つめあうふたり。
 すぐに仙石は庭の方へ戻って行ったけれど、残された冴子はひとり顔をパタパタと扇いで熱を冷ましている。
「……仲良しさんですね」
「ホントホント」
「ご、ごめんなさいお見苦しいところを……」

 さて、高校メンツである。
 女子たちは八郎たちが戻る少し前に刑部家へ到着していたようで、各々持ってきたお菓子を皿に盛る作業にはいっていた。
「誕パとかちょー楽しみでさ、きのう六時間くらいしか眠れんくて」
「じゅうぶん寝とるやん」
「ちがっ、春菜は八時間寝ないと駄目なのォ!」
「へえ。寝る子は育つっていうけど、頭までは育たへんねや」
「松子ひどいーッ」
 ケタケタとわらう松子のとなりで、恵子が「あ、堀江」とつぶやく。
 その瞬間に大口をあけて笑っていた松子はピシッと真顔に戻り、きょろきょろと辺りを見回しはじめた。
「うっそー」
「恵子ッ、アンタね!」
「あーんこれ重いィ。だれか持ってェ」
 と、盛りすぎた皿に辟易する春菜のうしろで「どれ」と声がする。
 この甘くしびれるようなたらし声は──。
「ギャッ、光さん!」
「あはは、久しぶりやね春菜ちゃん。元気そうでよかった」
「ひ、光さんも!」
「どれ、これ持ったげるよ」
「いやいやッ、ええです。こんなんうち持てます!」
 と一気に謙虚な女子に早変わり。
 そのようすを遠くから見ていた尚弥と剛は「ほええ」とあんぐり口を開けた。
「ああやって女は世の中を渡り歩いていくんやな」
「ええなあ、男は直球勝負なとこあるもんな」
 という剛に、うしろでプッと吹き出す声がした。浜崎だ。
「お前らなんちゅう会話しとんねん。ええから邪魔にならんよう座っとけ」
「へーい。アッ、てか先生アレっすね。ちょうど花見のときに離婚問題発生してましたけど、いまは華の独身貴族やないですか。ぶっちゃけ気楽ッすか?」
「まあな。もともとひとりが苦痛ってわけでもないし、当分はおひとり様でやったるわい」
 とはいいながらも、浜崎はどこかぶすくれたようすである。
 なおもからかおうと口角をあげた尚弥に、剛は「おまえかて」とジト目を向ける。
「いまだに引きずってんちゃうやろな。鞠花ちゃん」
「アホ。あんな夏の日の思い出なんぞとっくに切り捨てたわ」
「ほー、へー」
「うぜえな……」

 縁側では、潮江と廿楽、小町が並んで座っている。
 きょろりと一同を見回して、廿楽が小町に顔を向けた。
「今日はあの業平っていうヤツは来てないのか?」
「ええ。業平さま──いえ、業平くんはちょっと遠いところへ行ってしまって」
「ふうん……」
「だれや、その平安貴公子みたいな名前した奴は」
「小町の友だちだってさ。なんか前にすこし話したことがあるんだ」
「へえ。今日、来られたらよかったんになァ」
 と、潮江が遠い目をして喧騒をながめる。
 まったく、これほど人が集まるというのもひとえに刑部家の人々の人徳があってのものだろう。そう思えば、いまその輪のなかに自分がいるということがすこしうれしくもある。
「いいんです。あの人は──こういう場は苦手ですから」
「そうかァ?」
「ええ。うまく立ち回りはしますけれど、どちらかというと少数で遊女《あそびめ》といちゃつくほうが好きなんです」
「……性格までばっちりやな」
「あ、八郎さまたちが帰ってきましたね」
 と、小町が首を伸ばした。
 ようやく企画主催者兼主役のお帰りだ。
 その後、まもなくして部活組──明夫、健太郎、高村も合流したところで、八郎十七歳の誕生日パーティがはじまった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

愚か者の話をしよう

鈴宮(すずみや)
恋愛
 シェイマスは、婚約者であるエーファを心から愛している。けれど、控えめな性格のエーファは、聖女ミランダがシェイマスにちょっかいを掛けても、穏やかに微笑むばかり。  そんな彼女の反応に物足りなさを感じつつも、シェイマスはエーファとの幸せな未来を夢見ていた。  けれどある日、シェイマスは父親である国王から「エーファとの婚約は破棄する」と告げられて――――?

猫狐探偵事務所

銀狐
キャラ文芸
人通りが少ない神社があり、その裏には隙間がある。 隙間を通るとそこには古い建物があり、入り口の横にある看板にこう書かれていた。 『猫狐探偵事務所』 と。 ※ この作品は『第2回キャラ文芸大賞』の応募作品です。 よろしければ投票をよろしくお願いしますm(_ _)m

喰って、殴って、世界を平らげる!――世界を喰らうケンゴ・アラマキ――

カンジョウ
キャラ文芸
荒巻健吾は、ただ強いだけではなく、相手の特徴を逆手に取り、観客を笑わせながら戦う“異色の格闘家”。世界的な格闘界を舞台に、彼は奇抜な個性を持つ選手たちと対峙し、その度に圧倒的な強さと軽妙な一言で観客を熱狂させていく。 やがて、世界最大級の総合格闘大会を舞台に頭角を現した荒巻は、国内外から注目を浴び、メジャー団体の王者として名声を得る。だが、彼はそこで満足しない。多種多様な競技へ進出し、国際的なタイトルやオリンピックへの挑戦を見据え、新たな舞台へと足を踏み出してゆく。 笑いと強さを兼ね備えた“世界を喰らう”男が、強豪たちがひしめく世界でいかに戦い、その名を世界中に轟かせていくのか――その物語は、ひとつの舞台を越えて、さらに広がり続ける。

密教僧・空海 魔都平安を疾る

カズ
歴史・時代
唐から帰ってきた空海が、坂上田村麻呂とともに不可解な出来事を解決していく短編小説。

絶世の美女の侍女になりました。

秋月一花
キャラ文芸
 十三歳の朱亞(シュア)は、自分を育ててくれた祖父が亡くなったことをきっかけに住んでいた村から旅に出た。  旅の道中、皇帝陛下が美女を後宮に招くために港町に向かっていることを知った朱亞は、好奇心を抑えられず一目見てみたいと港町へ目的地を決めた。  山の中を歩いていると、雨の匂いを感じ取り近くにあった山小屋で雨宿りをすることにした。山小屋で雨が止むのを待っていると、ふと人の声が聞こえてびしょ濡れになってしまった女性を招き入れる。  女性の名は桜綾(ヨウリン)。彼女こそが、皇帝陛下が自ら迎えに行った絶世の美女であった。  しかし、彼女は後宮に行きたくない様子。  ところが皇帝陛下が山小屋で彼女を見つけてしまい、一緒にいた朱亞まで巻き込まれる形で後宮に向かうことになった。  後宮で知っている人がいないから、朱亞を侍女にしたいという願いを皇帝陛下は承諾してしまい、朱亞も桜綾の侍女として後宮で暮らすことになってしまった。  祖父からの教えをきっちりと受け継いでいる朱亞と、絶世の美女である桜綾が後宮でいろいろなことを解決したりする物語。

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

処理中です...