15 / 139
弐の抄 花見
其の漆
しおりを挟む
宴もたけなわといったころ。
高校生組と大学ゼミ集団はすっかり意気投合し、いっしょにレジャーシートの上でカードゲームを広げている。
「よう」
そんななか環奈はひとり縁側で、飽きもせずに贈り物を眺めていた。そのとなりに腰かけたのは、高村だ。
浜崎は酔いつぶれて眠ったらしい。
環奈は、パッと顔をあげた。
「へへへ、むっちゃん」
「良かったな」
「うん。……」
と、嬉しそうに頬がほころぶ。
そのまま沈黙した彼女に、高村はなにを言うでもなくただその呼吸を聞いた。
俺の勝ち、と武晴の笑い声がひびく。
環奈はふたたびプレゼントに視線を落とし、
「こないだまでは」
と、ぽつりとこぼした。
「こんなのもぜんぶ、ねむってからお話ししてたんヨ」
「……そうやったな」
「ずっと」
「…………」
「夢の外にもいてくれたらいいのにって思ってたむっちゃんが」
ここにいるのネ。
といった彼女の顔が、いまにも泣きそうに歪む。しかし彼女は泣かない。
夢でだって泣いたことはなかった。
「ありがと、むっちゃん」
(嗚呼──)
高村は目を細めて微笑した。
昨日いわれた八郎の言葉がよみがえる。
──夢でしか会うへんかったむっちゃんがリアルにおるねんで。
──それがなによりのプレゼントやろ!
(そうか)
心に想いを馳せろ、というようなことを以前、彼にいったことがある。
思い返すとおかしくて高村はくすっと笑った。
んっ、と環奈が小首をかしげる。
「なにがおかしいの?」
「いやなに」
血は、嘘をつかない。
──おかえりの場所。
「八郎がお前のそばにおってよかった思うてよ」
高村はそして、刑部桜の見事な花姿を仰ぎ見た。
※
「ホンマに、ありがとうございました」
宴の終わり。
食い散らかした高校組と、飲み荒らしたゼミ集団はそろってゆきに腰低く詫びた。
駅方面へ向かうゼミ集団と、三人の女子高生。同中組は近所のため、それぞれ一斉に刑部家を出立する。
高村はゆきに頭を下げた。
「それじゃあ私も──これで」
「ええ、ぜひまた呑みにでもいらしてください。おうちここから近いんですって? よければ奥さまもご一緒に」
「まさか。また浜崎さんといっしょに参りますよ」
「うふふ、今度はじっくり大人の話でもしましょうね。ホンマにありがとうございました。さ、八郎──先生のことお送りしんさい」
とゆきが微笑する。
こうして八郎と環奈、柊介の三人は、高村の帰宅に付き添うこととなった。
「先生って、家あるん?」
「あるっちゃある」
高村が、刑部家の目と鼻の先を指さした。
えっ──と八郎と柊介は目を見張る。
そこは、近所で有名な廃屋だったからである。
「あそこ!?」
「荷物置くだけの場所やさかいに、豪奢な設備はいらんのや。どうせ昼間は学校で夜は冥土──居着きもせんのに、わざわざ経費使うて用意する必要もねえしな」
「……そ、」
そんなもんスか、と柊介はわずかに顔を青くする。しかしその戸惑いには八郎も同感だった。
「先生ってなんなん?」
「なんなん、とは」
「こーやって触れるから幽霊でもねえし、かといってふつうの人とはちゃうやろ。夢のなかに現れるときは高村先生とちゃうし──そういう話、まだぜんぜん聞かせてもろうてないよ」
「ああ……」
そうだっけ、ととぼける高村。
八郎と柊介が力強くうなずいたとき、環奈がアッ、と声をあげた。
視線の先には廃屋の玄関口。
──その前になにかがいる。
環奈は昔から、人とは違うものをよく見るらしい。が、いまばかりはなぜか八郎の視界にもそれが映っている。
すっかり夜も更けた闇のなか、ぼんやりと薄白く浮かび上がる、何かが。
(……なんだ?)
ゾッ、と八郎の背筋が凍った。
「むっちゃん」
しかし。
環奈の声は弾んでいた。
「あのシト、むっちゃんのお友達? きょう朝からかんなにずーっとついてきたヨ」
「……いや」
高村は頬をゆるめて手をあげた。
──。
────。
「ずいぶん呑みましたね」
一方、浜崎は、案の定おぼつかない足取りで、しかし上機嫌に仙石と潮江に支えられていた。
「あのひと、おんもしろくってよ。言葉は古ィし研究者よりも歴史に詳しいしで、いろいろ聞いてもうて」
「──気分転換になったなら良かったですけど」
冴子は苦笑いをする。
だってよう、と浜崎はくすくすと肩を揺らした。
「あの人、子どもの名前まで古風にしてはんねん。おんなの子」
なんてお名前なんです、と冴子がつられて笑う。浜崎はゼミ生たちを振り返る。
「美人の代名詞といったら?」
彼らは声をそろえて、答えた。
──。
────。
「小町」
高村が、呼んだ。
廃屋の前にいた薄白く光るモノが、ゆっくりとこちらに近付く。環奈はのんきに手を振ったが、八郎はぴゃっと悲鳴をあげて身を縮こませた。
「…………」
となりに佇む柊介も、見えているらしい。
もはや石のように固まっている(実はだれよりもおばけ等が苦手なのである)。
「おもうさま」
鈴を転がすような声だった。
目が慣れたのか、それはやがて人型を帯び、紅梅色の着物をまとう女があらわれる。
──うつくしい娘だった。
鬢そぎの黒髪が醸す大人びた雰囲気とは対照的に、真っ白な肌に桜色のちいさな唇はまるで赤子のようなかわいらしさがある。
「…………」
あんぐりと口を開ける八郎の視線に気が付いた彼女は、ハッと袖で鼻元までかくした。
その可憐さに八郎は放心する。
「わあこんちは! 小町ちゃんってゆーの?」
「あ……!」
と。
環奈と目を合わせたとたん、小町は恥ずかしそうに目元まで顔を隠した。
しかし高村はその仕草に鼻をならす。
「そんなかわいこぶりっこをして──どうせすぐ剥がれるのだからおやめ」
「…………」
小町が高村を睨みつける。
が、環奈に向き直るやとても嬉しそうに身を寄せてきた。
「環奈──この小町、おもうさまが八郎どのの師となるにあたって、環奈のお目付け役として参りました。どうぞよしなに」
「おめつけやく?」
「おはなし相手ということ」
うふふ、と笑う小町。
高村はふっと微笑し、八郎と柊介の背中を強く叩く。
「ええ加減しっかりせえ」
「ハッ」
と、ふたりは同時に我にかえった。
お互いに顔を見合わせ、ふたたび小町という娘を盗み見る。
「──というわけであれが俺の愛娘、小野小町だ。よろしゅうやってくれ」
「小野小町!」
それなら知っている。
日本人の九割が聞いたことのある名であろう。
「先生って小野小町の親父やったん──」
「俺、眠たなってきた」
ひきつった笑みを浮かべる柊介は、夜道のなかでもわかるほど顔が青い。
「ああ、もう遅いしはよう帰れ。また追々話していくから。おい環奈」
お前が持っておけ、と高村が懐からなにかを取り出した。和本のうちの一枚──九枚目の和紙である。
第九首と書かれたのみで、名前も絵姿もなにもない。
「あ、これ」
「夢のなかでなくとも、お前が呼べば言霊の小町がそばに来る。なあ、俺が夢に行かなくともこれなら寂しくなかろ」
「むっちゃん──ありがとう!」
「さあ小町も和本にお戻り」
「では環奈、また」
小町はにっこりと微笑んで、ふわりと消えた。
同時に、和紙の表面に絵姿がぼんやりと浮かび上がる。これがどうやら和本に戻ったということらしい。
「またあした。気を付けて帰れ」
高村はそして、
「夜更かしするなよ」
とわらった。
※ ※ ※
──春の長雨にうたれて散る桜のように、
かつての私の栄華も美も、
物を思ってむなしく月日をすごすうち、
すっかり衰えてしまったわ。──
第九番 小野小町
旧き友人との語らいのなか、
春の長雨にて散りゆく桜に己を重ね、
無常の時を思ひて詠める。
※
ざざ、ざ。
海鳴りが心地よい。──これは、夢である。
浜崎は砂浜へつづく階段に立った。眼下を見わたすとふたりの男女が身を寄せてなにかを話している。傍から見ても、男の挙動はそわそわと落ち着かない。
(嗚呼、この場面は)
浜崎は目を細めた。
彼女が視線をそらしたすきに男がポケットからなにかを取り出す。彼女の肩をたたく。
ひと言ふた言ささやいて取り出したものを見せると、女は、涙をこぼした。
たしか、と浜崎は唇を噛んだ。
(指輪はまだ買えねえと言ったんだっけ)
男は女を抱きしめて、同様に肩をふるわせる。
海が陽光を反射している。
まるでドラマのワンシーンのように、そこに世界がつくられた。
──幸せだと、疑いようもない光景。
しかしそれはまばたきをした瞬間に暗転する。
海は黒く染まり、砂浜にもさきほどまで寄り添っていた男女はいない。
浜崎だけがただひとり黒い海を眺めているのだ。
波が慟哭するように打ち寄せる。やがて海は、泣いた。
『契りきな かたみに袖を しぼりつつ
末の松山 波越さじとは』
(…………)
うつろいゆく時のなか。
不変を保つことの、なんとむずかしいことか──。
浜辺にすわる彼のとなりに、篁は腰を下ろす。
砂浜に落ちた、ふた粒のシミを指でなぞり、ひとつ。
(…………)
深い息をついた。
※ ※ ※
──約束したのにね。ふたり涙を流して、
この愛は、波が絶対に越えられぬという
「末の松山」のように、決して
心変わりせぬ永遠のものであると。──
第四十二番 清原元輔
心変わりて侍りける女に、
人に代わりて
詠める。
高校生組と大学ゼミ集団はすっかり意気投合し、いっしょにレジャーシートの上でカードゲームを広げている。
「よう」
そんななか環奈はひとり縁側で、飽きもせずに贈り物を眺めていた。そのとなりに腰かけたのは、高村だ。
浜崎は酔いつぶれて眠ったらしい。
環奈は、パッと顔をあげた。
「へへへ、むっちゃん」
「良かったな」
「うん。……」
と、嬉しそうに頬がほころぶ。
そのまま沈黙した彼女に、高村はなにを言うでもなくただその呼吸を聞いた。
俺の勝ち、と武晴の笑い声がひびく。
環奈はふたたびプレゼントに視線を落とし、
「こないだまでは」
と、ぽつりとこぼした。
「こんなのもぜんぶ、ねむってからお話ししてたんヨ」
「……そうやったな」
「ずっと」
「…………」
「夢の外にもいてくれたらいいのにって思ってたむっちゃんが」
ここにいるのネ。
といった彼女の顔が、いまにも泣きそうに歪む。しかし彼女は泣かない。
夢でだって泣いたことはなかった。
「ありがと、むっちゃん」
(嗚呼──)
高村は目を細めて微笑した。
昨日いわれた八郎の言葉がよみがえる。
──夢でしか会うへんかったむっちゃんがリアルにおるねんで。
──それがなによりのプレゼントやろ!
(そうか)
心に想いを馳せろ、というようなことを以前、彼にいったことがある。
思い返すとおかしくて高村はくすっと笑った。
んっ、と環奈が小首をかしげる。
「なにがおかしいの?」
「いやなに」
血は、嘘をつかない。
──おかえりの場所。
「八郎がお前のそばにおってよかった思うてよ」
高村はそして、刑部桜の見事な花姿を仰ぎ見た。
※
「ホンマに、ありがとうございました」
宴の終わり。
食い散らかした高校組と、飲み荒らしたゼミ集団はそろってゆきに腰低く詫びた。
駅方面へ向かうゼミ集団と、三人の女子高生。同中組は近所のため、それぞれ一斉に刑部家を出立する。
高村はゆきに頭を下げた。
「それじゃあ私も──これで」
「ええ、ぜひまた呑みにでもいらしてください。おうちここから近いんですって? よければ奥さまもご一緒に」
「まさか。また浜崎さんといっしょに参りますよ」
「うふふ、今度はじっくり大人の話でもしましょうね。ホンマにありがとうございました。さ、八郎──先生のことお送りしんさい」
とゆきが微笑する。
こうして八郎と環奈、柊介の三人は、高村の帰宅に付き添うこととなった。
「先生って、家あるん?」
「あるっちゃある」
高村が、刑部家の目と鼻の先を指さした。
えっ──と八郎と柊介は目を見張る。
そこは、近所で有名な廃屋だったからである。
「あそこ!?」
「荷物置くだけの場所やさかいに、豪奢な設備はいらんのや。どうせ昼間は学校で夜は冥土──居着きもせんのに、わざわざ経費使うて用意する必要もねえしな」
「……そ、」
そんなもんスか、と柊介はわずかに顔を青くする。しかしその戸惑いには八郎も同感だった。
「先生ってなんなん?」
「なんなん、とは」
「こーやって触れるから幽霊でもねえし、かといってふつうの人とはちゃうやろ。夢のなかに現れるときは高村先生とちゃうし──そういう話、まだぜんぜん聞かせてもろうてないよ」
「ああ……」
そうだっけ、ととぼける高村。
八郎と柊介が力強くうなずいたとき、環奈がアッ、と声をあげた。
視線の先には廃屋の玄関口。
──その前になにかがいる。
環奈は昔から、人とは違うものをよく見るらしい。が、いまばかりはなぜか八郎の視界にもそれが映っている。
すっかり夜も更けた闇のなか、ぼんやりと薄白く浮かび上がる、何かが。
(……なんだ?)
ゾッ、と八郎の背筋が凍った。
「むっちゃん」
しかし。
環奈の声は弾んでいた。
「あのシト、むっちゃんのお友達? きょう朝からかんなにずーっとついてきたヨ」
「……いや」
高村は頬をゆるめて手をあげた。
──。
────。
「ずいぶん呑みましたね」
一方、浜崎は、案の定おぼつかない足取りで、しかし上機嫌に仙石と潮江に支えられていた。
「あのひと、おんもしろくってよ。言葉は古ィし研究者よりも歴史に詳しいしで、いろいろ聞いてもうて」
「──気分転換になったなら良かったですけど」
冴子は苦笑いをする。
だってよう、と浜崎はくすくすと肩を揺らした。
「あの人、子どもの名前まで古風にしてはんねん。おんなの子」
なんてお名前なんです、と冴子がつられて笑う。浜崎はゼミ生たちを振り返る。
「美人の代名詞といったら?」
彼らは声をそろえて、答えた。
──。
────。
「小町」
高村が、呼んだ。
廃屋の前にいた薄白く光るモノが、ゆっくりとこちらに近付く。環奈はのんきに手を振ったが、八郎はぴゃっと悲鳴をあげて身を縮こませた。
「…………」
となりに佇む柊介も、見えているらしい。
もはや石のように固まっている(実はだれよりもおばけ等が苦手なのである)。
「おもうさま」
鈴を転がすような声だった。
目が慣れたのか、それはやがて人型を帯び、紅梅色の着物をまとう女があらわれる。
──うつくしい娘だった。
鬢そぎの黒髪が醸す大人びた雰囲気とは対照的に、真っ白な肌に桜色のちいさな唇はまるで赤子のようなかわいらしさがある。
「…………」
あんぐりと口を開ける八郎の視線に気が付いた彼女は、ハッと袖で鼻元までかくした。
その可憐さに八郎は放心する。
「わあこんちは! 小町ちゃんってゆーの?」
「あ……!」
と。
環奈と目を合わせたとたん、小町は恥ずかしそうに目元まで顔を隠した。
しかし高村はその仕草に鼻をならす。
「そんなかわいこぶりっこをして──どうせすぐ剥がれるのだからおやめ」
「…………」
小町が高村を睨みつける。
が、環奈に向き直るやとても嬉しそうに身を寄せてきた。
「環奈──この小町、おもうさまが八郎どのの師となるにあたって、環奈のお目付け役として参りました。どうぞよしなに」
「おめつけやく?」
「おはなし相手ということ」
うふふ、と笑う小町。
高村はふっと微笑し、八郎と柊介の背中を強く叩く。
「ええ加減しっかりせえ」
「ハッ」
と、ふたりは同時に我にかえった。
お互いに顔を見合わせ、ふたたび小町という娘を盗み見る。
「──というわけであれが俺の愛娘、小野小町だ。よろしゅうやってくれ」
「小野小町!」
それなら知っている。
日本人の九割が聞いたことのある名であろう。
「先生って小野小町の親父やったん──」
「俺、眠たなってきた」
ひきつった笑みを浮かべる柊介は、夜道のなかでもわかるほど顔が青い。
「ああ、もう遅いしはよう帰れ。また追々話していくから。おい環奈」
お前が持っておけ、と高村が懐からなにかを取り出した。和本のうちの一枚──九枚目の和紙である。
第九首と書かれたのみで、名前も絵姿もなにもない。
「あ、これ」
「夢のなかでなくとも、お前が呼べば言霊の小町がそばに来る。なあ、俺が夢に行かなくともこれなら寂しくなかろ」
「むっちゃん──ありがとう!」
「さあ小町も和本にお戻り」
「では環奈、また」
小町はにっこりと微笑んで、ふわりと消えた。
同時に、和紙の表面に絵姿がぼんやりと浮かび上がる。これがどうやら和本に戻ったということらしい。
「またあした。気を付けて帰れ」
高村はそして、
「夜更かしするなよ」
とわらった。
※ ※ ※
──春の長雨にうたれて散る桜のように、
かつての私の栄華も美も、
物を思ってむなしく月日をすごすうち、
すっかり衰えてしまったわ。──
第九番 小野小町
旧き友人との語らいのなか、
春の長雨にて散りゆく桜に己を重ね、
無常の時を思ひて詠める。
※
ざざ、ざ。
海鳴りが心地よい。──これは、夢である。
浜崎は砂浜へつづく階段に立った。眼下を見わたすとふたりの男女が身を寄せてなにかを話している。傍から見ても、男の挙動はそわそわと落ち着かない。
(嗚呼、この場面は)
浜崎は目を細めた。
彼女が視線をそらしたすきに男がポケットからなにかを取り出す。彼女の肩をたたく。
ひと言ふた言ささやいて取り出したものを見せると、女は、涙をこぼした。
たしか、と浜崎は唇を噛んだ。
(指輪はまだ買えねえと言ったんだっけ)
男は女を抱きしめて、同様に肩をふるわせる。
海が陽光を反射している。
まるでドラマのワンシーンのように、そこに世界がつくられた。
──幸せだと、疑いようもない光景。
しかしそれはまばたきをした瞬間に暗転する。
海は黒く染まり、砂浜にもさきほどまで寄り添っていた男女はいない。
浜崎だけがただひとり黒い海を眺めているのだ。
波が慟哭するように打ち寄せる。やがて海は、泣いた。
『契りきな かたみに袖を しぼりつつ
末の松山 波越さじとは』
(…………)
うつろいゆく時のなか。
不変を保つことの、なんとむずかしいことか──。
浜辺にすわる彼のとなりに、篁は腰を下ろす。
砂浜に落ちた、ふた粒のシミを指でなぞり、ひとつ。
(…………)
深い息をついた。
※ ※ ※
──約束したのにね。ふたり涙を流して、
この愛は、波が絶対に越えられぬという
「末の松山」のように、決して
心変わりせぬ永遠のものであると。──
第四十二番 清原元輔
心変わりて侍りける女に、
人に代わりて
詠める。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
護堂先生と神様のごはん あやかし子狐と三日月オムライス
栗槙ひので
キャラ文芸
中学校教師の護堂夏也は、独り身で亡くなった叔父の古屋敷に住む事になり、食いしん坊の神様と、ちょっと大人びた座敷童子の少年と一緒に山間の田舎町で暮らしている。
神様や妖怪達と暮らす奇妙な日常にも慣れつつあった夏也だが、ある日雑木林の藪の中から呻き声がする事に気が付く。心配して近寄ってみると、小さな子どもが倒れていた。その子には狐の耳と尻尾が生えていて……。
保護した子狐を狙って次々現れるあやかし達。霊感のある警察官やオカルト好きの生徒、はた迷惑な英語教師に近所のお稲荷さんまで、人間も神様もクセ者ばかり。夏也の毎日はやっぱり落ち着かない。
護堂先生と神様のごはんシリーズ
長編3作目
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~
絹乃
キャラ文芸
陸翠鈴(ルーツイリン)は年をごまかして、後宮の宮女となった。姉の仇を討つためだ。薬師なので薬草と毒の知識はある。だが翠鈴が後宮に潜りこんだことがばれては、仇が討てなくなる。翠鈴は目立たぬように司燈(しとう)の仕事をこなしていた。ある日、桃莉(タオリィ)公主に毒が盛られた。幼い公主を救うため、翠鈴は薬師として動く。力を貸してくれるのは、美貌の宦官である松光柳(ソンクアンリュウ)。翠鈴は苦しむ桃莉公主を助け、犯人を見つけ出す。※表紙はminatoさまのフリー素材をお借りしています。※中国の複数の王朝を参考にしているので、制度などはオリジナル設定となります。
※第7回キャラ文芸大賞、後宮賞を受賞しました。ありがとうございます。
マーちゃんの深憂
釧路太郎
キャラ文芸
生きているもの死んでいるものに関わらず大なり小なり魔力をその身に秘めているものだが、それを上手に活用することが出来るモノは限られている。生まれつきその能力に長けているものは魔法使いとして活躍する場面が多く得られるのだが、普通の人間にはそのような場面に出会うことも出来ないどころか魔法を普通に使う事すら難しいのだ。
生まれ持った才能がなければ魔法を使う事すら出来ず、努力をして魔法を使えるようになるという事に対して何の意味もない行動であった。むしろ、魔法に関する才能がないのにもかかわらず魔法を使うための努力をすることは自分の可能性を極端に狭めて未来を閉ざすことになる場合が非常に多かった。
しかし、魔法を使うことが出来ない普通の人たちにとって文字通り人生を変えることになる世紀の大発明が今から三年前に誕生したのだ。その発明によって魔力を誰でも苦労なく扱えるようになり、三年経った今現在は日本に登録されている魔法使いの数が四千人からほぼすべての国民へと増加したのだった。
日本人の日本人による日本人のための魔法革命によって世界中で猛威を振るっていた魔物たちは駆逐され、長きにわたって人類を苦しめていた問題から一気に解放されたのである。
日本のみならず世界そのものを変えた彼女の発明は多くの者から支持され、その名誉は永遠に語り継がれるであろう。
設定・用語解説は別に用意してあります。
そちらを見ていただくとより本編を楽しめるとは思います。
「マーちゃんの深憂 設定・用語集」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/863298964/650844803
【外伝・完結】神獣の花嫁〜いざよいの契り〜
一茅苑呼
恋愛
こちらは『神獣の花嫁シリーズ』の外伝となります。
本編をご存じなくとも、こちら単体でもお読みいただけます。
☆☆☆☆☆
❖大神社の巫女 可依(かえ)23歳
夢占いが得意な最高位のかんなぎ
✕
❖萩原(はぎはら)尊臣(たかおみ)29歳
傲岸不遜な元国司、現萩原家当主
────あらすじ────
「まさかとは思うが、お前、俺に情けを交わして欲しいのか?」
「お戯れをっ」
───自分の夢占に間違いはない。
けれども、巫女の身でありながら殿御と夜を共にするなど、言語道断。
「わたくしは、巫女でいたいのです」
乞われても、正妻のある方のもとへ行けるはずもなく。
「……息災でな」
そして、来たるべくして訪れる別れ。
───これは、夫婦の契りが儚いものだった世のお話です。
※表紙絵はAIイラストです。
【完結】平安時代絵巻物語~皇子の挑戦~
つくも茄子
ファンタジー
平安時代の皇子様に生まれ変わっていた。
母親は身分が低い桐壺の更衣というではないか!
転生先は「源氏物語」の世界だった。しかも自分は主人公の「光源氏」だというから、さあ、大変。
折角、皇子様に生まれたのに波乱万丈の家庭崩壊フラグなど御免だ!
平穏で楽な人生をまっとうするために原作改変に取り込む。
ターニングポイントである桐壺の更衣の死を回避させ事によって物語は違う方向に動いてゆく。
本来、桐壺帝には数多の皇子と皇女がいたが、桐壺の更衣の存在によって、生まれてくる気配は全くない。それでも物語は続いてゆく。
源氏物語のヒロインである「紫の上」と彼女の最大の恋敵「明石の上」。二人の女性の縁は違った形を見せる事になるが、光源氏が気付くのは遠い未来。
華やかな宮中を舞台に様々な人間ドラマが巻き起こる。
笑いあり、涙あり、暴力あり、陰謀あり、呪いあり。
果たして主人公は無事に平穏を勝ち取れるのか!?
他サイトにも連載中。
逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーが、クラスの女子に頼まれてゲーム大会に出場する話~
呂暇郁夫
キャラ文芸
LC学園高等学校。
日本で初めて「ゲーム特化」の一芸入試を採用したこの高校には、全国で選りすぐりのプロゲーマーが集まっている。
が、そんなことは”この世でもっとも模範的な委員長”をめざす亜熊杏介には関係がなかった。
ゲーム? みんなが好きなら好きにすればいいんじゃないか?
杏介は学園一の善良な高校生として、毎日を平和に過ごしている。
教室の壁や空気と同化して過ごすことを理想としており、だれからの注目も望んでいない。
――だというのに。
「お願い――あたしといっしょに『電甲杯』に出てくれないかな?」
ある日の唐突な言葉が、彼の人生に波乱をもたらすことになる。
――これは、だれよりも偽物のゲーマーが、いつか本物に至るまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる