お兄ちゃんの装備で、ダンジョン配信！

ダンジョン部の姫

第92話 スロー・ラビットを倒す

　２階層の小部屋となっていた場所で少し雑談をして、私たちは１階層へと戻ってきた。別の階段で２階層へと降りる。

　地下２階部分に相当するこの階層の風景は１階層と変わらない。ごつごつする岩で構成された洞窟のようになっている。

　私のことを姫と崇める部員たちは、今度は前方を歩いていた。
　パーティで言ったら前衛役だ。部員の４人が前衛となり、私と部長が後衛を務める。

　後衛といっても、部長も私もまだ魔法を使えない。後方支援はできないからこの構成に意味はないのだけれど、通路の幅からして６人で同時に戦うのは難しい。

　前方に１匹のモンスターが現れた。耳の長い小動物。後ろ足の２本で立っている。
　身長は１２０ｃｍほどで、小型のモンスターに分類される。

「鈍足の兎スロー・ラビットが現れたでござる」
「このモンスターなら楽勝である」

　鈍足の兎スロー・ラビットは比較的安全なモンスターだ。攻撃手段は後ろ足での蹴りや体当たりだ。仮に攻撃を受けたとしても、打撲程度ですむ。
　それに鈍足の兎スロー・ラビットの名の通り、動きが緩慢だった。

　部員たちは剣を手に、鈍足の兎スロー・ラビットに斬りつける。このモンスターは剣を恐れずにまっすぐ向かってくる。
　九条さんに突進をして体当たりをした。男子としては細身の彼は、バランスを崩して転びそうになる。

「ぐう……。少しダメージを受けましたでござる……」

　体当たりをしてくるモンスターに対して、他の部員は斬りつけにくい。モンスターと仲間の距離が近いため、仲間を傷つけてしまう恐れがあるからだ。

　いったん距離をあけたところで、別の部員が剣でとどめを刺した。

「楽勝ですな。このレベルのモンスターは」

　倒されたモンスターは絶命し、死体がその場に残される。
　ドロップされたアイテムは自動的にダンジョンデバイスへ格納される。同時にダンジョンポイントも獲得する。鈍足の兎スロー・ラビットの場合は１０DPとわずかなポイントしかもらえない。

「我々は姫を守ることができたでござる」

　部員たちは剣先を上に掲げ、誇らしげにしている。　

　ダンジョンでの戦いというものはレベルや魔法ですべてが決まるわけではない。

　さっきの小部屋でダンジョン部の部員たちと話したところ、レベルとしては十分に２０階層以下で戦えるステータスだった。だが、活動は５階層前後が多いそうだ。

　これはもちろん、絶対に危険な状態に陥らないためでもあるのだが、個々の技能や戦闘に対する心構えの問題でもあると感じた。

　２０階層には特殊なモンスターである階層主かいそうぬしがいる。階層主を倒せるかどうかが、ハンターとしての技能を判断する基準でもあると言える。

　初心者から中級者になるための登竜門。それが２０階層にいる階層主の討伐だった。

　今のダンジョン部では階層主の討伐は難しいと思った。

「もっとモンスターを観察したほうがいいと思うのだけれどな……」

　私はなんとなく呟いた。

「どういうこと？」

　部長が聞いてくる。

「最初に鈍足の兎スロー・ラビットは九条さんをターゲットにしたんです。おそらく、一番近くにいたからだと思います。すると、石田さん、葛城さん、椎名さんはターゲットから外れているので、攻撃がこないんです」

「まあ、そうかもね」

　部長は同意するが、首もかしげている。

「そうでござるが、それが……？　どういうことであろうか？」

　石田さんが聞いてきた。

「九条さんはそのまま鈍足の兎スロー・ラビットを攻撃しようと向かっていきました。一番近いので、彼が先に剣が届きます。ですけど、そうではなくて、一歩引いて距離を取り、他の３人が鈍足の兎スロー・ラビットを３方向から攻撃すれば、無傷で簡単に倒せたと思うんです」

「そうだね！」

　部長が感心するように明るい声を出した。

「我々はただモンスターを倒すことだけを考えていたでござる」
「やみくもに向かっていったでござる」
「これでは姫をお守りできませぬな……」

　部長がみんなに提案する。

「春菜さんの言う通り、今度はモンスターを観察してみよう」

　私はこんな提案をした。

「じゃあ、私を先頭に立たせてもらえませんか？」

　私の言葉には部員たちが止めようとする。

「姫が前に！？」
「女子にお怪我をさせてしまっては、面目が立ちませぬ」

　まだここは低層だ。それほど大きな危険があるわけではない。

「万が一、攻撃を受けてもポーションがありますし、それにこの階層のモンスターはそれほど攻撃力がありません。大丈夫ですよ」

「大丈夫でござろうか……」

　心配する部員だったが、説得して私が先頭に立つことになった。

　すると、前方には３つの影。

「いきなり、鈍足の兎スロー・ラビットが３匹！　まずいで、ござる！！」

　私は小走りで駆け出し、３匹の鈍足の兎スロー・ラビットに迫る。３匹のターゲットを集め、後ろへステップを踏みながら下がる。

「私はタゲ役です。タゲ役は相手の注意を引くことが目的です。お兄ちゃんの戦いを見ていましたが、タゲが外れそうになったら魔法を撃っていました。今はまだ魔法を使うことはできませんが、こうして、戦略的に戦っていました」

　私はダンジョン内を飛び跳ねるようにステップを踏みながら、鈍足の兎スロー・ラビットを自分に引き付ける。鈍足の兎スロー・ラビットの背がパーティメンバーに向くように敵を誘導する。

「すごい！　モンスターの背が見える！」

　部長が嬉しそうに叫んだ。

「なるほど。モンスターの死角から攻撃できるでござる」
「絶対に攻撃がこない方向から行くのであるな」
「これは、すばらしい連携ですぞ」

　部員たちは素早く剣を煌めかせる。

　あっという間に、鈍足の兎スロー・ラビットが３匹とも討伐された。これまでにこれほど早く倒せたことはなかったそうだ。

「今までは集団が現れたら苦戦したり、場合によっては逃げ出していたんだよ。でも、うまく立ち振る舞えばこんなに簡単に倒せるんだ」

「交代でタゲ役をやりましょう。すぐにパーティの総合力が上がるはずです。そうすれば……」

　そこで私はダンジョン部の部員に提案する。

「みんなで２０階層の階層主を倒すのを目標にするのはどうでしょうか？」

「無理だよ！」

　部長はすぐに叫ぶ。

「そうでござる！　かなり難しいでござる！」
「姫を守れる自信がないでござる」
「さすがに、命の危険が……」
「我々にはとても……」

　部員たちは自信なさそうに言っていた。