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ダンジョン部の姫

第88話 人生で2度目のダンジョンです

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 自撮り棒を手に、ダンジョンデバイスで撮影をしながら進む。
 ダンジョンの入口を通り、ここはまだ1階層に入って100mくらい来たばかり。

 さて、なし崩し的にダンジョンへやってきてしまったが、なぜだか私が先頭を歩いている。

 その後ろに部長と4人の部員。
 4人はお互いにこそこそと会話をしている。

「ど、どうしましょう。我々はどうしたら……」
「女子との会話は習っておりませんぞ」
「あの方をなんとお呼びしたら?」
「拙者はまだ顔をちゃんと見ておらぬ」
われもでござる。女子の顔って見ていいものであるか?」

 そんな彼らに向かって、部長は威厳のある声を響かせる。

「お前ら、うろたえるな。俺に任せておけば大丈夫だ」

 それを聞いて、4人の部員は部長を称える。

「おお、さすが部長」
「さ、さすがでございまする。ぶ、ぶ、ぶ、部長」
「部長どの……部の命運は部長にかかっておりまする」
「我々は直視できないでござる。女子なんて我々には縁のないものと思っておりましたゆえ」

 部長はみんなに頼りにされていた。そんな部長も私の後ろを歩いているのだが。
 男なら全員が私よりも前を歩いて女子を守らないと駄目だと思うのだけれど。

 なぜ、こんな状況になっているかと言うと――

 ショップでダンジョン探索に誘われ、まずは挨拶とか自己紹介とかするものだろうと思っていたが、「さっそくダンジョンへ行きましょう」とか言われてショップを出た。それなのに彼らがもたもたしているものだから、私はさっさとハンター事務局を出て、ダンジョンに向かって歩いてきてしまった。ダンジョンの扉の前に立ち、開けて中に入ったら彼らがぞろぞろとついてきた……、という流れで今に至る。

 ここは洞窟になっており、壁も天井もゴツゴツした岩がむき出しになっている。
 ダンジョンを少し入ってきたので、薄暗くなっていた。もう少し歩くと完全に真っ暗になってしまうだろう。

 目の前の先、道は二股に分かれていた。
 ちょうどアルファベットのYの字をしている。

「どっちへいったらいいですか?」

 私は彼らに問いかける。
 視聴者も意見をコメントしてくれる。

■右がいいんじゃない?
■ここは右でしょう
■右の一択
■絶対に右だね
■右だよ

 コメント欄は『右』ばかり。なぜだか意見は右で統一されていた。

「ど、どっちだろ?」
「左なのでは?」
「み、右じゃ?」
「地図は……。地図はどこだ?」
「マッピングアプリを……」

 4人はばらばらな意見で、あたふたと奇妙な行動を取っている。
 そこへ部長は勢いよく腕を振り上げた。

「みんな、落ち着け! 非常事態にはとにかく落ち着くことが大事だ!」

 それでも相変わらずあたふたとしている4人。

「そ、そ、そ、その通りでござる」
「我々は冷静ではなかった。部長のおかげで落ち着きを取り戻せたのであるあるあ」
「すでに戦果を獲得したものと、調子に乗っていたようですじゃががが」
「まだなにも、手にしていない。女子と一言も話していないのだぞ。まだ死ねぬ。ここで死ぬわけにはいかぬぬぅぅ」

 部長は感慨深そうに、静かに口を開く。

「勝負の分かれ目、というやつだな……」

 腕を組みながら、目を閉じていた。
 大層なことを言ってはいるが、右へ行こうが左へ行こうが、大差はない。

 一度通ったルートはマッピングアプリに記録される。
 初めてダンジョンに来た時に通ったのが右のルートだった。

 壁に隠し扉があって、シューターで一気に下の階層へ降りることができる。それなりのレベルもしくは装備がないと降りることはできないのだけれど、まんまと落ちてしまったのが私だ。

 どうやら視聴者はさっさと下の階層へとショートカットさせたいのかもしれない。だから、右の一択だったのだろう。

「左がいいように思います」

 私は左を指し示す。
 マッピングアプリによると、2階層へと降りる階段がある。
 前回は来てそうそう素通りしてしまった階層だ。
 今回は1階層ずつ地道に散策したい。

「では、春菜さんの意見に賛同の者。挙手を願う」

 部長の呼びかけに、全員がずばっと腕を垂直にあげた。

「全員一致で左に決定。我々は左へ向かうことにする。きっと危機を回避できたことだろう」

 私はデバイスで腕輪の能力を確認する。

――――――――――――――――――――――
能力制限の腕輪リミッター・アムレット

【説明】:
装備すると各階層に合わせた能力値に制限される
――――――――――――――――――――――

 本来ならレベルが71の私だ。だが、この能力ではモンスターをオーバキルしてしまう。アイテムごと消失してしまう恐れもあり、彼らに被害を及ぼす危険があった。
 腕輪のダイヤルをひねるとレベル8相当に能力が制限された。

「春菜さんは巨大鼠ジャイアント・ラットを倒したことがありますか? かなり大きなネズミのモンスターなのですが?」

 部長に訊ねられた。

「ありません。追いかけられたことなら、ありますが」

「なるほど。遭遇したことはあるのですね」

 後ろで会話を聞いていた部員たちは嬉しそうに声を出した。

巨大鼠ジャイアント・ラットを倒したことがないそうであります」
「女子なら、当然でありましょう」
「我々は倒したことがありますぞ」
「苦戦はしましたけど、倒せない相手ではないですな」

 部長と話していた私は、部員たちのさらに後方を指さした。

「あいつ『ら』ですよね? 巨大鼠ジャイアント・ラットって……」

 私が指し示したのは4人の部員よりもさらに向こう。
 通路の奥に見える複数の影。丸い体に長く伸びた尻尾がみえる。
 10匹以上はいる。通路の奥にはもっといるようだ。

 私は手をひさしのようにして額に当て、遠くを眺めるような仕草をする。

「いやあ、たくさんいますねえ。ええと、10、いや、20匹はいますかねえ」

 私たちはY字を左に曲がってきた。モンスターたちは私たちが選ばなかった右側の道からやってきたようだ。
 向こうの道を選択したら私が正面から相対することになっただろう。
 初めての戦闘が巨大鼠ジャイアント・ラットの集団になるところだった。
 左を歩いてきたので、部員たちの後方からモンスターがやってきた。

「それにしても、ダンジョンってこんなに一気にモンスターがやってくるんですね」

 4人の部員は後ろを振り向き、巨大鼠ジャイアント・ラットの群れを視認する。そして叫んだ。

「ひゃああああ!!!」
「ひゃああああ!!!」
「ひゃああああ!!!」
「ひゃああああ!!!」

 部員たちの叫び声がダンジョンに響き渡る。

■誰かがモンスターを集めたんだよ。意図的に
■よくある嫌がらせだよね。初心者にたいする
■モンスターを溜め込むってやつね
■デバイス画面にしっかり映っていたよ
■だから右って言ったんだよ
■ハルナっちが倒さないとまずいと思ったんだよね
■そうそう
■まあ、敵にもならない弱いモンスターだから、大丈夫でしょ
■雑魚モンスターだしね
■危険なのは初心者だけ
■溜め込むと初心者じゃなくても危険なことはあるけれど?
■たぶん、ダンジョン部とやらなら、なんとかなるんじゃ?
■初心者じゃないんだしね

 数十体の巨大鼠ジャイアント・ラットが一斉に部員たちへと襲ってきた。
 まだ誰も戦闘態勢に入っていない。
 剣を握っている者は1人もいなかった。
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