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第48話 水晶の中のミミカ

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 俺は左手を前に差し出し、軽く力を込める。淡い魔法光が灯った。暗闇だった階段に僅かだが視界が戻る。

「あれっ? マヒロはん、いつのまに魔法を使えるようになったん?」

 後ろから俺の服をつまみながらラミイが驚きの声を上げた。

「ほんとだ。無意識に使ってた」

 体の中に魔力の奔流を感じる。念じるだけで魔法光が発生した。初めての魔法に興奮しても良かったのだろうが、心は騒がなかった。静かに薄暗い階段を歩き続ける。

 それ以降、二人共言葉を発することはなかった。こつこつと階段を降りる二人の足音だけが響いた。

 階段の両脇には小さい灯籠が並べられ、その上に黒い石が置かれていた。これが魔石だろう。魔石が地獄の深みに誘うようにずらりと並べられている。そこだけ魔法光の明かりを吸い込むかのごとく光を奪っている。

 階段は長く続いていた。しばらく降りると左に折れ曲がる。またしばらく降りると左に。そうやって左に折れ曲がることを何回も繰り返した。螺旋状になっているので方向感覚を失いそうだった。

 何回曲がったのか覚えていない。地下数十階分は降りて左に曲がった時、目の前に扉があった。

 取手を捻り、重い扉を開ける。石壁に囲まれた部屋があった。

 その部屋は、低い天井でそれほど広くない。皇帝に謁見した応接室のちょうど半分くらいだろうか。

 部屋の隅にはやはり魔石が敷き詰められている。部屋を囲むように配置された魔石は、いつでも俺達を石で埋めようと狙っているように思えた。これを破壊することはできないかと考えたが、簡単に破壊できるようなものではないだろう。

 そして部屋の中央には青く光る六つの結晶体で囲まれた魔法陣。魔法陣も青く光っている。魔法陣のさらに奥にミミカがいた。

 部屋の最も奥に置かれた天井までの高さがある大きな水晶。外周は手を回しても抱きかかえられないほどの大きさがある。その中で、まるで冷凍保存されているかのようにミミカが眠っていた。

 ミミカはマネキンのように立った状態で目を閉じている。ミミカの周りは透明のプラスチックで満たされて固められているかのようだった。呼吸も止まっているのか、生きている人間に見られる微かな動きすら見られない。

 肩の傷を見る。包帯が巻かれ、最低限の治療はされているようだ。包帯には僅かに赤い血が滲んでいる。

 ラミイが水晶にそっと手を触れる。

「ミミカちゃんのこの水晶、融けかかってる。たぶんガリュウが戻ってくるのに合わせて融けるようになってるんやないかな」

 俺もその水晶に触れてみた。微かに冷たい温度が手に伝わってくる。水晶の冷たさが皇帝の冷酷な感情を表しているようだった。ガリュウが戻ってくるまでミミカはこうして囚われていたのだ。

「ミミカを連れて逃げるってのは無理みたいだな」

「そうやね、ガリュウを倒すしか無いんやね。準備しよか」

 ラミイはぼそぼそと呪文を唱えると目の前に手を突き出した。その手はラミイの目の前に現れた黒い霧の中に差し込まれる。まるでラミイの腕の先が消えたように見えたが、引きぬかれたラミイの手には長杖が握られていた。

「マヒロも武器とか取り出しなよ」

 俺は目を丸くする。何だそれは。どんなマジックだよ、と思ったがラミイが丁寧に説明してくれた。これはゲームでいうアイテムボックスのようなもので、ある程度のレベルに達すると使えるようになるそうだ。持ち歩くのにはかさばる武器、防具や多数のポーションなどを格納しておくことができる。

 俺もラミイに教わって試してみたのだが、レベルが足りていないのかまだ使うことができなかった。

「マヒロも使えると思ってたんよ」

 ラミイは緊張感が抜けたように顔が緩み、けたけたと笑った。そして俺の武器と防具も取り出してくれた。

「これは軽装鎧。ライトアーマーやね。マヒロにはこれがいいと思うよ」

「全身鎧(フルプレート)とかはさすがに高級品なのか?」

「ううん、そうじゃなくて、防具は動きやすさが重要なん。魔法で強化するから防具自身の防御力はあまり関係なくなるんよ」

 なるほど、と感心しながら俺は服の上からライトアーマーを着用した。軽く腕を動かす。その場で飛び跳ねてみる。

「なんか……心なしか体が軽くなった気がする」

「そりゃそうや。筋力補正や敏捷補正の魔法もかかってるからな。私の秘蔵アイテムの一つなんやで。大事に使ってな」

 ラミイは他にも武器として長剣、そして回復用のポーションを渡してくれた。俺はポーションをポケットにねじ込み、腰ベルトに長剣の鞘を取り付けた。

「やっとマヒロも冒険者らしくなったなあ」

 ラミイが穏やかな表情で笑みを浮かべる。俺はふと水晶のミミカに目をやった。

「あれ? ミミカが笑っていないか?」

 水晶の中のミミカの顔は目を開けて笑っていた。さっきまでは目を閉じて無表情だったはずだ。

「ほんとや。ミミカちゃん笑ってる。もしかしたら私たちの声も聞こえてるのかも知れんな」

 ラミイが水晶の前で手を振る。ミミカはマネキンのような笑顔のまま、まばたきもせずに固まっている。

「動かへんな。確かにさっきまでは笑ってなかったはずやけど」

 確かにここへ来たときはミミカに表情はなかった。まるで顔だけを入れ替えたかのように笑顔に変わっている。

 水晶を覗きながら、おかしいなあ、とラミイが呟いた時、背後の魔法陣に異変が起こった。

 魔法陣から天井に向かって眩い光の柱が伸びる。

 ラミイはそれを見て慌てて自分の装備を取り出す。真紅のローブを取り出して身に付けた。

「マヒロ、来るよ」

 厳しい表情に変わり、ラミイの口調が強くなる。

 光の柱は背後が見えないほどに強く輝き、その中が見通せなくなる。そして光が弱まるに連れ、そこに何かが横たわっているのが見えてきた。

 それは裸の少年だった。いや、少年の形をした別の生き物なのか?

 髪は長く伸び、床の魔法陣に広がっている。その中に覗く顔はシワが深く刻まれ、鬼のような形相だった。肌はうす黒い鱗のようなもので全身が覆われている。性器に当たる部分はホルダーのようなもので保護されて隠されているが、そのホルダーすら鱗が変形した体の一部のようだった。

 肩や肘、膝といった関節にはやはり鱗が変形したらしきカバーがかかっている。そして肩や肘、脚のくるぶしなどには鋭く尖った白い骨が飛び出して棘のようになっていた。

 確かに裸なのだが、それは肉体を強化するために改造された人間、という印象だった。身長はおそらく120~130センチ前後だろう。小学生くらいなんじゃないだろうか。

 魔法陣から伸びた光の柱が消える。

 ゆっくりと少年が体を起こした。立ち上がりながら声を発した。

「お前ら、誰だ?」

 しわがれた低い声。少年が俺達の背後にある水晶に視線を移す。

「ミミカか……」

 憎悪に満ちた切れ長の目をミミカに向けていた。
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