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26日目 もしかしたら、発達障害? 小説は書けるのか?
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突然ですが、あなたは大喜利が得意ですか?
大喜利とはお題が与えられ、即興で面白いネタを捻り出すことです。
この大喜利というのは向き不向きがあるようです。
ぱっと思いついて、面白いことを言うのが得意な人がいます。
例えば明石家さんまさんです。
さんまさんは話が面白いです。ぽんぽんと面白い話が飛び出してきます。
他人とのコミュニケーションや会話がうまいのですね。
反射的に、すぐに適切な会話を引き出せるを能力を持っているのだと思います。
一方でこうしたコミュニケーションが苦手な人がいます。
はい、私です。
即座に適切な会話へと変換ができないようです。
瞬間的に内容をまとめたり、伝えたい内容を自分の頭の中から即座に引き出すことが苦手なようです。
これが妹との会話で気がつきました。
妹も小説を書いていて、最近は妹と小説の書き方について話をします。
どちらかというと、私は教わる一方です。
プロットの書き方だとか、手が止まったらどうするかとか、こんなふうに書いたらいいよとか、こうしたら面白くなるよ、などと教わっています。
自分からもこういう小説を書きたい、こういう意図がある、などを伝えたいのですが、うまく言葉としてまとめられません。
反射的に自分の意見をまとめられないのです。
昔から自分は無口な方だと思っていました。
あまり積極的に他人との会話に加わっていませんでした。
気がつきました。
会話が苦手なんだな……と。
もっと早く気付けよ、自分。という感じなのですが。
私の場合は紙に書いたり、メモアプリに打ち込んだりすることで考えをまとめています。
会話になると、それらが断片的な情報の集まりになって、一連の流れとしてまとまらないのです。
文章でいったら、分脈にあたると思います。
これが反射的に、短時間で作れないのです。
小説やこのエッセイを書く場合も、実は同じことが起こっています。
ばらばらの断片的な情報として、まずは書いています。
書きたいことを箇条書きにして、羅列していきます。
そして、それらを情報の流れとして自然に感じられるように再配置しています。
内容を再構成して、自然な文章になるようにしていき、やがて読める文章としてできあがっていきます。
みなさんが読んでいるこの文章も同じです。
まるで私がしゃべっているかのように読んでいるかもしれませんが、まあ、実際にそうやって書いてはいるのですが、すらすらと淀みなく頭から出てきたものではありません。
初稿の段階では、とても読めるものではなかったりします。
もちろん初稿でもしゃべるように書いてはいるのですが、それはそのまま他人に読ませることができる状態にはなっていません。
情報の流れがおかしかったり、文章が不自然だったり、無駄が多かったり、あるいは必要な情報が欠けていたりします。
それらを何度も何度も読み返し、少しずつ少しずつ、汚れを落とすように、きれいに磨くように、修正していきます。
実はこの修正作業が好きだったりします。
とても時間がかかるのですが、苦に思っていません。
頭を使っているようなのですが、実のところ頭を使っているという感覚はありません。
自分の感覚としてはジグソーパズルを組み立てるような、あるいはクイズの答えを探すような、クロスワードを解くような、そんな感覚でしょうか。
頭を使ってはいるのでしょうけれど、その作業自体が楽しくて、ちょっと言葉にはしずらいのですが、そういう感覚です。
脳はあまり疲労しておらず、脳を使っているという感覚はあまりありません。頭を使わず無意識領域を使ってやっているという感覚です。
もちろん頭で考えることもあります。本当に説明が難しいのですけれど、頭を使うのではなくて、頭が勝手に動く、という感覚が近いかもしれません。
なんでしょうね、もくもくとやる作業が好きなのだと思います。その作業自体、ずっとやっていても飽きません。
おおざっぱに人を分けると、次の2タイプがいるように思います。
◯人との会話が得意な人
◯人との会話が苦手な人
私はあきらかに後者のタイプなのですけれど、こうした人間はもしかしたら文章で何かを伝えることが向いているのかもしれません。
というか、会話が苦手なので、文章しか残っていないとも言えるのですけれど。
ただ、注意点もあるのです。
十分に精査をしないと、ひどい文章になってしまいます。
私は絶対に初稿を他人に見せたり読ませたりしません。見せられるレベルにないからです。
他人との会話がうまくいかないように、初稿の文章はレベルも低く、内容もよくありません。
投稿をする前に、十分に読み直してしつこいくらいに推敲をしています。
そんな私ですが、もしかしたら自分は発達障害なのでは、と思ったことがあります。
いや、見る人が見たら発達障害だと判断するかもしれません。私自身、そう判断されることを嫌だと思っていて目を背けているところがあります。
自分では自分のことを普通だと思っています。どこにも問題がないと思っています。けれど、他人からみたらそうではないかもしれません。
ここを読んでいる方も、発達障害だと診断されて悩んでいる人がいるかも知れません。
そして、気になるのは、発達障害でも小説が書けるのだろうか? ということです。
ケースにもよるのだと思いますが、小説とか漫画とかイラストとか、人によって向いているものがあるのではないかと思います。
発達障害と診断された場合に、小説が書けるのかどうかといったら、やってみるしかありません。やってみて、人よりうまくできると感じたら向いていると思います。
何が向いているかというのは、ケースバイケースであって、人によって異なります。
人間は同じではなく、みんな違っています。
やりたいと思うことが自分に向いているかどうかです。
向いていれば、発達障害ということはまったく関係がありません。
大喜利とはお題が与えられ、即興で面白いネタを捻り出すことです。
この大喜利というのは向き不向きがあるようです。
ぱっと思いついて、面白いことを言うのが得意な人がいます。
例えば明石家さんまさんです。
さんまさんは話が面白いです。ぽんぽんと面白い話が飛び出してきます。
他人とのコミュニケーションや会話がうまいのですね。
反射的に、すぐに適切な会話を引き出せるを能力を持っているのだと思います。
一方でこうしたコミュニケーションが苦手な人がいます。
はい、私です。
即座に適切な会話へと変換ができないようです。
瞬間的に内容をまとめたり、伝えたい内容を自分の頭の中から即座に引き出すことが苦手なようです。
これが妹との会話で気がつきました。
妹も小説を書いていて、最近は妹と小説の書き方について話をします。
どちらかというと、私は教わる一方です。
プロットの書き方だとか、手が止まったらどうするかとか、こんなふうに書いたらいいよとか、こうしたら面白くなるよ、などと教わっています。
自分からもこういう小説を書きたい、こういう意図がある、などを伝えたいのですが、うまく言葉としてまとめられません。
反射的に自分の意見をまとめられないのです。
昔から自分は無口な方だと思っていました。
あまり積極的に他人との会話に加わっていませんでした。
気がつきました。
会話が苦手なんだな……と。
もっと早く気付けよ、自分。という感じなのですが。
私の場合は紙に書いたり、メモアプリに打ち込んだりすることで考えをまとめています。
会話になると、それらが断片的な情報の集まりになって、一連の流れとしてまとまらないのです。
文章でいったら、分脈にあたると思います。
これが反射的に、短時間で作れないのです。
小説やこのエッセイを書く場合も、実は同じことが起こっています。
ばらばらの断片的な情報として、まずは書いています。
書きたいことを箇条書きにして、羅列していきます。
そして、それらを情報の流れとして自然に感じられるように再配置しています。
内容を再構成して、自然な文章になるようにしていき、やがて読める文章としてできあがっていきます。
みなさんが読んでいるこの文章も同じです。
まるで私がしゃべっているかのように読んでいるかもしれませんが、まあ、実際にそうやって書いてはいるのですが、すらすらと淀みなく頭から出てきたものではありません。
初稿の段階では、とても読めるものではなかったりします。
もちろん初稿でもしゃべるように書いてはいるのですが、それはそのまま他人に読ませることができる状態にはなっていません。
情報の流れがおかしかったり、文章が不自然だったり、無駄が多かったり、あるいは必要な情報が欠けていたりします。
それらを何度も何度も読み返し、少しずつ少しずつ、汚れを落とすように、きれいに磨くように、修正していきます。
実はこの修正作業が好きだったりします。
とても時間がかかるのですが、苦に思っていません。
頭を使っているようなのですが、実のところ頭を使っているという感覚はありません。
自分の感覚としてはジグソーパズルを組み立てるような、あるいはクイズの答えを探すような、クロスワードを解くような、そんな感覚でしょうか。
頭を使ってはいるのでしょうけれど、その作業自体が楽しくて、ちょっと言葉にはしずらいのですが、そういう感覚です。
脳はあまり疲労しておらず、脳を使っているという感覚はあまりありません。頭を使わず無意識領域を使ってやっているという感覚です。
もちろん頭で考えることもあります。本当に説明が難しいのですけれど、頭を使うのではなくて、頭が勝手に動く、という感覚が近いかもしれません。
なんでしょうね、もくもくとやる作業が好きなのだと思います。その作業自体、ずっとやっていても飽きません。
おおざっぱに人を分けると、次の2タイプがいるように思います。
◯人との会話が得意な人
◯人との会話が苦手な人
私はあきらかに後者のタイプなのですけれど、こうした人間はもしかしたら文章で何かを伝えることが向いているのかもしれません。
というか、会話が苦手なので、文章しか残っていないとも言えるのですけれど。
ただ、注意点もあるのです。
十分に精査をしないと、ひどい文章になってしまいます。
私は絶対に初稿を他人に見せたり読ませたりしません。見せられるレベルにないからです。
他人との会話がうまくいかないように、初稿の文章はレベルも低く、内容もよくありません。
投稿をする前に、十分に読み直してしつこいくらいに推敲をしています。
そんな私ですが、もしかしたら自分は発達障害なのでは、と思ったことがあります。
いや、見る人が見たら発達障害だと判断するかもしれません。私自身、そう判断されることを嫌だと思っていて目を背けているところがあります。
自分では自分のことを普通だと思っています。どこにも問題がないと思っています。けれど、他人からみたらそうではないかもしれません。
ここを読んでいる方も、発達障害だと診断されて悩んでいる人がいるかも知れません。
そして、気になるのは、発達障害でも小説が書けるのだろうか? ということです。
ケースにもよるのだと思いますが、小説とか漫画とかイラストとか、人によって向いているものがあるのではないかと思います。
発達障害と診断された場合に、小説が書けるのかどうかといったら、やってみるしかありません。やってみて、人よりうまくできると感じたら向いていると思います。
何が向いているかというのは、ケースバイケースであって、人によって異なります。
人間は同じではなく、みんな違っています。
やりたいと思うことが自分に向いているかどうかです。
向いていれば、発達障害ということはまったく関係がありません。
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