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そしてこうなる
期待してた役得とちょっと違った2
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気付けば二週間が経っていた。
ふとカレンダーを見て、メリッサは光のような速さで過ぎていた日々に愕然とする。
あのあと正式にダレル隊長から副隊長へ任命されて、改めて己に与えられた栄誉にベッドの上をゴロンゴロン転げ回り、辞職するビリー副隊長を涙ながらに見送って、怒涛の日々が始まったのだ。
一日中舐めるようにダレル隊長を眺め、崇め称えることが出来ると呑気に思ったメリッサは甘かった。
そもそも隊長の手が届かないところをフォローし支えるのが副隊長だ。
となれば、ダレル隊長とは別行動で駆け回る日々。こなさなければならないことや雑務が山積みで、それに加えて己の鍛錬も怠るわけにはいかない。役職を持つということは想像以上に責任重大だった。慣れるまではまさに目の回る日々。
ようやく一息をついてカレンダーを見れば、最後にオリバーと会ってから二週間が経っていたというわけだ。
「まだほんの数日くらいかと思ってた……」
「ん? どうした?」
わなわなと呟くと、横の机から声をかけられる。見れば、書類の山の隙間から、ダレル隊長が気遣うようにメリッサを見ていた。
「いえ、こちらはもうすぐひと段落つきそうです」
「お、そうか! さすがメリッサだな」
「っ、……恐縮です」
目に痛いほど輝くような笑みを返されて、歓喜の雄叫びを上げそうになった喉を気合で閉じて空気を呑み込んだ。今日も神が尊い。
一日業務に追われて、今は溜まった事務処理の時間だった。メリッサは特に苦とも思わない作業だが、ダレル隊長はとりわけ書類仕事が苦手らしい。そんなダレル隊長には申し訳ないが、この時間はメリッサにとって一日でもっとも至福の時だった。
副隊長を任されてから、隊長の力になれるうえその活躍を間近で見られると盛り上がっていたメリッサだが、実際は以前よりも接する時間が減ってしまうという現実に正直落ち込んでいたのだ。だがこの時間は、ダレル隊長を思う存分崇めることができる。しかも頼ってもらえる。溜まってる書類なんてじゃんじゃか回してください! 片っ端から片づけます! と、やる気みなぎる内心を悟られるのは恥ずかしいので、毎度表情筋を引き締めているメリッサだ。
騎士として国に忠誠を誓ってはいるものの、心から慕って仕えているのはダレル隊長なのだ。などど、口に出せば不敬罪で処されるようなことをつらつらと考えながら、それを悟らせず真面目な顔で手を動かし続けるのもすでに朝飯前だ。
──そもそも騎士団に入ったきっかけだって不純ともいえるものだったし。
国のためにやら民のためになんて大層な思いではなかったもんなぁ。なんて、口が裂けても言葉にはできない。特に騎士の中の騎士ともいえるダレル隊長に、そんなふざけた内面を知られるわけにはいかない。幻滅待ったなし。いやはや危ない。
「そういえば近々──」
「ぅあいっ!?」
「なんだどうした!?」
「いえ、少し考え事をしていたので驚いただけです」
とても言えないような、ふざけた己の騎士道を振り返っていた最中だったものだから油断してしまった。瞬時に表情を固定して何事もなかったかのように振り向けば、目を白黒させるダレル隊長の顔があった。ひい、神が尊いだけでなく可愛い。
「そ、そうか? ええと、近々第八と第九部隊が何人か王都に派遣されてくるんだけどな……」
「第八と第九、ですか?」
主に王都に常駐している第一・第二・第三部隊と違い、上記部隊は地方に配属されている部隊の内の二部隊だ。
「定期的に地方に駐在している部隊と、現状報告をかねて交流を持とうという会合だ。そうでもないと顔を合わせることがほぼないからな。それではいざというとき困るだろ?」
「ああ、もうそんな時期でしたね」
「メリッサには今回からビリーに代わって、第二の副隊長として俺と参加してもらいたい」
「わかりました。それならぜひとも」
他部隊との情報交換は色々と参考になりそうだ。と快諾したメリッサだが、その第九部隊から派遣された人物がそもそも騎士団に入ったきっかけとなった相手だとは、この時はまだ思いもしなかった。
*****
ダレル隊長から会合の話を聞いてほんの数日後。メリッサはうっすらと隈のできた目で宿舎の廊下を歩いていた。
だが今まで培ってきた鉄面皮に抜かりはない。内面はどうあれ、キリッと引き締めた顔で背筋を伸ばし歩けば、疲労など微塵も感じられない完璧な副隊長だろうと自負していたのだが……すれ違う団員たちがことごとく顔を引きつらせて道を開けるので、かなり情けない、くたびれた顔をしているのかもしれない。これはいけない、もっと気を引き締めなければ。と、より一層顔にぐっと力を込める。
だがそれも、廊下の先を歩く人物を見つけるまでだった。見慣れたツンツン髪を視界にとらえるなり、それまでの疲労など消し飛んだかのように、メリッサは思わず駆け出した。
「オ、オ、オリバああぁー!」
「……はっ!? メリッサ!?」
可愛らしく抱きつく、なんてものではなかった。獣のように突進したメリッサはタックルのごとくオリバーに飛びつく。──しかし、そこはさすがオリバー。「ぐおっ!」などと呻き声をあげたものの、鋼の肉体は倒れることなくメリッサを受け止める。ふむ、サボらずしっかりと鍛えているようだ。
騎士団の団服の下に隠れている引き締まった身体を思い出して、メリッサは舌舐めずりしたくなる衝動をグッと堪えた。
オリバーは脱いだらすごい。
もちろん騎士ならば誰しも鍛えているのだが、やはり筋肉の付き方にも個人差はある。関係を持ってから気付いたが、オリバーの身体はメリッサにとってダレル隊長に負けず劣らず理想ともいえた。
つまり、とにかくオリバーは脱いだらすごい。
なんてことを考えたら、瞬く間に脳内が夜のオリバーで埋め尽くされてしまった。引き締まった身体に組み敷かれて、貪るように求められるのは悪い気がしない。極め付けは、耳元で低く響いて腰が砕けそうになる声だ。あれはいけない。思い出しただけで気分が昂ってくる。とにかく今のメリッサにとってオリバーはただの興奮剤だ。
「この……っ、元気だったか!?」
弾けそうな性欲と二週間分の疲労と久しぶりのオリバーに、ギュンギュンとテンションが上がっていく。顔がニッコニコと緩んでいくのがメリッサ自身よくわかる。それでもこの興奮を抑えることができない。自分でも気付かない内によほど疲労諸々が溜まっていたのだろう。そう、諸々が。諸々が!
「……っ、ああ、まあ」
昂るテンションで飛びついたままのメリッサを見下ろして、一瞬言葉に詰まったオリバーは、なぜか視線を忙しなく右往左往させながらモゴモゴとした声を返してくる。
「どうしたんだ? オリバーも疲れているのか?」
念願の任務に浮かれているのならばまだしも、なんともハッキリしない態度に首を傾げた。しかしメリッサの言葉にオリバーまでも首を傾げる。
「メリッサは疲れているのか?」
意外とでも言うように、普段すましている顔が目を見開いた。一体なんだと思われているのか。
「どういう意味だよ。私だって疲れるぞ」
「いや、そうではなくて……疲労も感じないほど浮かれきっているんじゃないかと」
「……ああ。いや、それが聞いてくれ……私だって浮かれきっている予定だったんだ……」
「浮かれる予定だったのか」
まさかこんなにも怒涛の二週間となるとは思っていなかった。
「やはり役職を持つということは甘くないな。改めて隊長・副隊長職を担ってきた諸先輩方はすごいなあと感服するばかりだ」
「思ったより真面目か」
「……ダレル隊長に迷惑をかけるわけにはいかないだろ」
「そしてぶれないな、が」
苦笑を浮かべたオリバーにグッと顔を覗き込まれる。眉間に眉根を寄せて、鋭い眼光がメリッサの変化を逃さまいとばかりに動く。まるで獣に見据えられたかのような鋭い視線に、意識するほど胸が高鳴った。
「確かに調子が悪そうだな。隈も顔色も酷いぞ」
「そりゃあ、オリバー不足だからな」
素直に言ったら、目の前のオリバーがピシリと固まった。
「正確にはオリバーの下半身──」
「言い方っ!」
そしてグワシッと口元を手で塞がれる。顔をうっすら赤くする姿は、つい先ほどまでの獣のごとく鋭い男の面影など微塵も残っていなかった。こういうところは少し可愛い。
「正直に言うと、今とてもムラムラしている」
「ふざけんな俺だって今とてもムラムラしているがこんなところで言うな……っ」
「明け透けだな! まあオリバーこそ、さっきからチラチラ胸見過ぎだけどな」
「ぐぅ……っ!」
気付いてないとでも思ったか。再会してからほんの数分で、目が胸と顔を行き来する回数がえげつないことになっている。
オリバーに倣って声は潜めたものの、こそこそしている様は余計怪しく見えないだろうか。
「気付いてもそういうことを言うな」
「言わずにはいられないほどだったんだ……って、あ」
「……あ?」
廊下の奥を見て声を上げ、パッと離れたメリッサにつられてオリバーもそちらを振り返った。先からは一人の騎士が歩いてくる。
短い栗色の髪に三白眼の男は、立ち話をする二人──主にメリッサを見るなり驚いたように目を見張ってから、気さくに右手を上げてみせた。
「おうマジか。久しぶりだなー」
メリッサにとってもこの騎士は良く知った相手だった。同じくメリッサの青い瞳もぐわっと見開かれる。
「バージルじゃないか! 派遣されてくる騎士ってお前だったんだな」
「今回は副隊長と俺の他二人な」
「そうなんだ。オリバー、こっちはバージルだ。今回の地方の現状報告会で……ええと、部隊は──」
「第九だ。そっちの奴は?」
バージルを紹介しようとして、そういえば部隊知らないや。なんてとんでもない初歩的なことに気が付いたメリッサの言葉を、当の本人が引き継いでくれた。慌てて今度はオリバーを紹介する。オリバーのことならよく知っているからまかせてほしい。
「第一のオリバーだ。同期の騎士で実力は折り紙付きだ」
「第一!? そりゃすげぇな」
聞くなりバージルが目を丸くした。確かに第一部隊といえば実力は折り紙付きかつ、国民(主に女性)からの人気も高い花形だ。つまりは騎士団内でもその立ち位置は特別なものになる。
そうだぞ、オリバーは凄いんだ。と、紹介したメリッサまでもなぜだか胸を張った。だが、バージルはオリバーよりもメリッサに視線を留めて口の端を上げる。
「メリッサに会うのも驚きだが、まさか第一のやつとツルんでるとはな。へぇー、なかなか頑張ってるじゃねぇか」
……なぜお前が得意気なんだと言いたくなるような上から目線と、満足そうな表情を浮かべて。かといって問う気にもならないので応えずにいたのだが、バージルは構うことなく尚も口を開く。
「ま。また時間あるときにでも話そうぜ」
「特に話すこともないけどな」
「可愛げねえなー」
ははは! と大きな笑い声とともにバージルは歩いて行ってしまった。
「……態度のデカい奴だな」
「オリバーは苦手なタイプかもな」
たった今、ほんの少し言葉を交わしただけでバージルとオリバーは合わないだろうな。とたやすく予想がついた。第一部隊のウェーイ! なノリとはまた違った方向性の、自信に満ちたぐいぐい加減だ。現にオリバーの口がわずかながらへの字に曲がっている。
「元々知り合いだったのか?」
「ああ。元彼だ」
答えた瞬間、オリバーの動きが石のように固まったので、メリッサは時が止まったのかと思った。
「…………はあ!?」
「つまり昔付き合っていた」
「それはわかる! あれか? 前に『なんの未練もない』と言っていた相手があれなのか?」
「そうそう。実際に会ったら本当になんの未練もなかったみたいで驚いた」
もう少し動揺というか、心がざわつくかと思ったがメリッサ自身驚くほど平常心で会話ができた。清々しい思いで笑うメリッサとは反対に、なぜかオリバーが不快の色を濃くする。
「なんでオリバーが目を吊り上げてるんだ? 普段に増して目つきが恐ろしいことになってるぞ」
「そっちこそなんでそんなに普通なんだ!?」
「だからもう過去の話だって。バージルだって気にしてないみたいだし、そもそも何年前の話だと……」
呆れたようにメリッサは肩をすくめるが、その反論を聞くなりオリバーの眉根はギュッと寄った。いまだ怒りを浮かべた瞳に首を傾げる。
「いや、だとしてもあいつは──」
「私が元彼に会ったとして、オリバーが怒る理由はないだろう?」
「それは……っ、ゆ、友人として心配するだろうが!」
「だから大丈夫だと言っているじゃないか」
「そ──っ、そう、だが……」
「オリバーこそ大丈夫か?」
右手で顔を抑えて俯いてしまったオリバーを心配して覗き込むが、うるさいとばかりにシッシと手を払われてしまった。かと思えば唐突に腕をとられる。
「お、なんだ!?」
「さっきムラムラしていると言っていただろう。俺の部屋の方が近いぞ」
聞くなりメリッサの瞳がキラリと輝いた。
「さすがだなオリバー。ああ、私は今とてもムラムラしている!」
馬鹿としか言いようのないセリフを堂々と言い放ち、手を引かれるまま廊下を進んでしまうメリッサだが、そもそもバージルに再会する直前まで性的欲求を散々訴えていたのだ。
正直やる気は満々だ。
そしてメリッサは当然ながら、なぜかこの日のオリバーも凄かった。
ふとカレンダーを見て、メリッサは光のような速さで過ぎていた日々に愕然とする。
あのあと正式にダレル隊長から副隊長へ任命されて、改めて己に与えられた栄誉にベッドの上をゴロンゴロン転げ回り、辞職するビリー副隊長を涙ながらに見送って、怒涛の日々が始まったのだ。
一日中舐めるようにダレル隊長を眺め、崇め称えることが出来ると呑気に思ったメリッサは甘かった。
そもそも隊長の手が届かないところをフォローし支えるのが副隊長だ。
となれば、ダレル隊長とは別行動で駆け回る日々。こなさなければならないことや雑務が山積みで、それに加えて己の鍛錬も怠るわけにはいかない。役職を持つということは想像以上に責任重大だった。慣れるまではまさに目の回る日々。
ようやく一息をついてカレンダーを見れば、最後にオリバーと会ってから二週間が経っていたというわけだ。
「まだほんの数日くらいかと思ってた……」
「ん? どうした?」
わなわなと呟くと、横の机から声をかけられる。見れば、書類の山の隙間から、ダレル隊長が気遣うようにメリッサを見ていた。
「いえ、こちらはもうすぐひと段落つきそうです」
「お、そうか! さすがメリッサだな」
「っ、……恐縮です」
目に痛いほど輝くような笑みを返されて、歓喜の雄叫びを上げそうになった喉を気合で閉じて空気を呑み込んだ。今日も神が尊い。
一日業務に追われて、今は溜まった事務処理の時間だった。メリッサは特に苦とも思わない作業だが、ダレル隊長はとりわけ書類仕事が苦手らしい。そんなダレル隊長には申し訳ないが、この時間はメリッサにとって一日でもっとも至福の時だった。
副隊長を任されてから、隊長の力になれるうえその活躍を間近で見られると盛り上がっていたメリッサだが、実際は以前よりも接する時間が減ってしまうという現実に正直落ち込んでいたのだ。だがこの時間は、ダレル隊長を思う存分崇めることができる。しかも頼ってもらえる。溜まってる書類なんてじゃんじゃか回してください! 片っ端から片づけます! と、やる気みなぎる内心を悟られるのは恥ずかしいので、毎度表情筋を引き締めているメリッサだ。
騎士として国に忠誠を誓ってはいるものの、心から慕って仕えているのはダレル隊長なのだ。などど、口に出せば不敬罪で処されるようなことをつらつらと考えながら、それを悟らせず真面目な顔で手を動かし続けるのもすでに朝飯前だ。
──そもそも騎士団に入ったきっかけだって不純ともいえるものだったし。
国のためにやら民のためになんて大層な思いではなかったもんなぁ。なんて、口が裂けても言葉にはできない。特に騎士の中の騎士ともいえるダレル隊長に、そんなふざけた内面を知られるわけにはいかない。幻滅待ったなし。いやはや危ない。
「そういえば近々──」
「ぅあいっ!?」
「なんだどうした!?」
「いえ、少し考え事をしていたので驚いただけです」
とても言えないような、ふざけた己の騎士道を振り返っていた最中だったものだから油断してしまった。瞬時に表情を固定して何事もなかったかのように振り向けば、目を白黒させるダレル隊長の顔があった。ひい、神が尊いだけでなく可愛い。
「そ、そうか? ええと、近々第八と第九部隊が何人か王都に派遣されてくるんだけどな……」
「第八と第九、ですか?」
主に王都に常駐している第一・第二・第三部隊と違い、上記部隊は地方に配属されている部隊の内の二部隊だ。
「定期的に地方に駐在している部隊と、現状報告をかねて交流を持とうという会合だ。そうでもないと顔を合わせることがほぼないからな。それではいざというとき困るだろ?」
「ああ、もうそんな時期でしたね」
「メリッサには今回からビリーに代わって、第二の副隊長として俺と参加してもらいたい」
「わかりました。それならぜひとも」
他部隊との情報交換は色々と参考になりそうだ。と快諾したメリッサだが、その第九部隊から派遣された人物がそもそも騎士団に入ったきっかけとなった相手だとは、この時はまだ思いもしなかった。
*****
ダレル隊長から会合の話を聞いてほんの数日後。メリッサはうっすらと隈のできた目で宿舎の廊下を歩いていた。
だが今まで培ってきた鉄面皮に抜かりはない。内面はどうあれ、キリッと引き締めた顔で背筋を伸ばし歩けば、疲労など微塵も感じられない完璧な副隊長だろうと自負していたのだが……すれ違う団員たちがことごとく顔を引きつらせて道を開けるので、かなり情けない、くたびれた顔をしているのかもしれない。これはいけない、もっと気を引き締めなければ。と、より一層顔にぐっと力を込める。
だがそれも、廊下の先を歩く人物を見つけるまでだった。見慣れたツンツン髪を視界にとらえるなり、それまでの疲労など消し飛んだかのように、メリッサは思わず駆け出した。
「オ、オ、オリバああぁー!」
「……はっ!? メリッサ!?」
可愛らしく抱きつく、なんてものではなかった。獣のように突進したメリッサはタックルのごとくオリバーに飛びつく。──しかし、そこはさすがオリバー。「ぐおっ!」などと呻き声をあげたものの、鋼の肉体は倒れることなくメリッサを受け止める。ふむ、サボらずしっかりと鍛えているようだ。
騎士団の団服の下に隠れている引き締まった身体を思い出して、メリッサは舌舐めずりしたくなる衝動をグッと堪えた。
オリバーは脱いだらすごい。
もちろん騎士ならば誰しも鍛えているのだが、やはり筋肉の付き方にも個人差はある。関係を持ってから気付いたが、オリバーの身体はメリッサにとってダレル隊長に負けず劣らず理想ともいえた。
つまり、とにかくオリバーは脱いだらすごい。
なんてことを考えたら、瞬く間に脳内が夜のオリバーで埋め尽くされてしまった。引き締まった身体に組み敷かれて、貪るように求められるのは悪い気がしない。極め付けは、耳元で低く響いて腰が砕けそうになる声だ。あれはいけない。思い出しただけで気分が昂ってくる。とにかく今のメリッサにとってオリバーはただの興奮剤だ。
「この……っ、元気だったか!?」
弾けそうな性欲と二週間分の疲労と久しぶりのオリバーに、ギュンギュンとテンションが上がっていく。顔がニッコニコと緩んでいくのがメリッサ自身よくわかる。それでもこの興奮を抑えることができない。自分でも気付かない内によほど疲労諸々が溜まっていたのだろう。そう、諸々が。諸々が!
「……っ、ああ、まあ」
昂るテンションで飛びついたままのメリッサを見下ろして、一瞬言葉に詰まったオリバーは、なぜか視線を忙しなく右往左往させながらモゴモゴとした声を返してくる。
「どうしたんだ? オリバーも疲れているのか?」
念願の任務に浮かれているのならばまだしも、なんともハッキリしない態度に首を傾げた。しかしメリッサの言葉にオリバーまでも首を傾げる。
「メリッサは疲れているのか?」
意外とでも言うように、普段すましている顔が目を見開いた。一体なんだと思われているのか。
「どういう意味だよ。私だって疲れるぞ」
「いや、そうではなくて……疲労も感じないほど浮かれきっているんじゃないかと」
「……ああ。いや、それが聞いてくれ……私だって浮かれきっている予定だったんだ……」
「浮かれる予定だったのか」
まさかこんなにも怒涛の二週間となるとは思っていなかった。
「やはり役職を持つということは甘くないな。改めて隊長・副隊長職を担ってきた諸先輩方はすごいなあと感服するばかりだ」
「思ったより真面目か」
「……ダレル隊長に迷惑をかけるわけにはいかないだろ」
「そしてぶれないな、が」
苦笑を浮かべたオリバーにグッと顔を覗き込まれる。眉間に眉根を寄せて、鋭い眼光がメリッサの変化を逃さまいとばかりに動く。まるで獣に見据えられたかのような鋭い視線に、意識するほど胸が高鳴った。
「確かに調子が悪そうだな。隈も顔色も酷いぞ」
「そりゃあ、オリバー不足だからな」
素直に言ったら、目の前のオリバーがピシリと固まった。
「正確にはオリバーの下半身──」
「言い方っ!」
そしてグワシッと口元を手で塞がれる。顔をうっすら赤くする姿は、つい先ほどまでの獣のごとく鋭い男の面影など微塵も残っていなかった。こういうところは少し可愛い。
「正直に言うと、今とてもムラムラしている」
「ふざけんな俺だって今とてもムラムラしているがこんなところで言うな……っ」
「明け透けだな! まあオリバーこそ、さっきからチラチラ胸見過ぎだけどな」
「ぐぅ……っ!」
気付いてないとでも思ったか。再会してからほんの数分で、目が胸と顔を行き来する回数がえげつないことになっている。
オリバーに倣って声は潜めたものの、こそこそしている様は余計怪しく見えないだろうか。
「気付いてもそういうことを言うな」
「言わずにはいられないほどだったんだ……って、あ」
「……あ?」
廊下の奥を見て声を上げ、パッと離れたメリッサにつられてオリバーもそちらを振り返った。先からは一人の騎士が歩いてくる。
短い栗色の髪に三白眼の男は、立ち話をする二人──主にメリッサを見るなり驚いたように目を見張ってから、気さくに右手を上げてみせた。
「おうマジか。久しぶりだなー」
メリッサにとってもこの騎士は良く知った相手だった。同じくメリッサの青い瞳もぐわっと見開かれる。
「バージルじゃないか! 派遣されてくる騎士ってお前だったんだな」
「今回は副隊長と俺の他二人な」
「そうなんだ。オリバー、こっちはバージルだ。今回の地方の現状報告会で……ええと、部隊は──」
「第九だ。そっちの奴は?」
バージルを紹介しようとして、そういえば部隊知らないや。なんてとんでもない初歩的なことに気が付いたメリッサの言葉を、当の本人が引き継いでくれた。慌てて今度はオリバーを紹介する。オリバーのことならよく知っているからまかせてほしい。
「第一のオリバーだ。同期の騎士で実力は折り紙付きだ」
「第一!? そりゃすげぇな」
聞くなりバージルが目を丸くした。確かに第一部隊といえば実力は折り紙付きかつ、国民(主に女性)からの人気も高い花形だ。つまりは騎士団内でもその立ち位置は特別なものになる。
そうだぞ、オリバーは凄いんだ。と、紹介したメリッサまでもなぜだか胸を張った。だが、バージルはオリバーよりもメリッサに視線を留めて口の端を上げる。
「メリッサに会うのも驚きだが、まさか第一のやつとツルんでるとはな。へぇー、なかなか頑張ってるじゃねぇか」
……なぜお前が得意気なんだと言いたくなるような上から目線と、満足そうな表情を浮かべて。かといって問う気にもならないので応えずにいたのだが、バージルは構うことなく尚も口を開く。
「ま。また時間あるときにでも話そうぜ」
「特に話すこともないけどな」
「可愛げねえなー」
ははは! と大きな笑い声とともにバージルは歩いて行ってしまった。
「……態度のデカい奴だな」
「オリバーは苦手なタイプかもな」
たった今、ほんの少し言葉を交わしただけでバージルとオリバーは合わないだろうな。とたやすく予想がついた。第一部隊のウェーイ! なノリとはまた違った方向性の、自信に満ちたぐいぐい加減だ。現にオリバーの口がわずかながらへの字に曲がっている。
「元々知り合いだったのか?」
「ああ。元彼だ」
答えた瞬間、オリバーの動きが石のように固まったので、メリッサは時が止まったのかと思った。
「…………はあ!?」
「つまり昔付き合っていた」
「それはわかる! あれか? 前に『なんの未練もない』と言っていた相手があれなのか?」
「そうそう。実際に会ったら本当になんの未練もなかったみたいで驚いた」
もう少し動揺というか、心がざわつくかと思ったがメリッサ自身驚くほど平常心で会話ができた。清々しい思いで笑うメリッサとは反対に、なぜかオリバーが不快の色を濃くする。
「なんでオリバーが目を吊り上げてるんだ? 普段に増して目つきが恐ろしいことになってるぞ」
「そっちこそなんでそんなに普通なんだ!?」
「だからもう過去の話だって。バージルだって気にしてないみたいだし、そもそも何年前の話だと……」
呆れたようにメリッサは肩をすくめるが、その反論を聞くなりオリバーの眉根はギュッと寄った。いまだ怒りを浮かべた瞳に首を傾げる。
「いや、だとしてもあいつは──」
「私が元彼に会ったとして、オリバーが怒る理由はないだろう?」
「それは……っ、ゆ、友人として心配するだろうが!」
「だから大丈夫だと言っているじゃないか」
「そ──っ、そう、だが……」
「オリバーこそ大丈夫か?」
右手で顔を抑えて俯いてしまったオリバーを心配して覗き込むが、うるさいとばかりにシッシと手を払われてしまった。かと思えば唐突に腕をとられる。
「お、なんだ!?」
「さっきムラムラしていると言っていただろう。俺の部屋の方が近いぞ」
聞くなりメリッサの瞳がキラリと輝いた。
「さすがだなオリバー。ああ、私は今とてもムラムラしている!」
馬鹿としか言いようのないセリフを堂々と言い放ち、手を引かれるまま廊下を進んでしまうメリッサだが、そもそもバージルに再会する直前まで性的欲求を散々訴えていたのだ。
正直やる気は満々だ。
そしてメリッサは当然ながら、なぜかこの日のオリバーも凄かった。
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