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25 たぶん入った瞬間に後悔した隊長

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 そうやって手を握り合っていたただ中に、飛び込んできた人物がいた。

「おい、クラウスいるか……って、はああぁっ!?」

 驚愕する叫び声に二人揃って入口を向く。
 
 そこには目玉が飛び出んばかりに大きく目を見開き、あんぐりと口を開けたライナルトが立っていた。
 我が帝国の皇子とは思えぬ顔だなぁと、なんだか呑気にそんなことを思う。

「待て待て、お前たちはなに急展開を迎えてるんだ!? いや、それよりエルダは起きたなら報告にこいよ! こんなところでいちゃつくな!」

 混乱した様子ながら怒涛の勢いで指摘してくるところは、さすが気苦労隊長である。
 ずかずかと近づくなりエルダの襟首を掴むとクラウスから引き剥がした。
 
 さすがではあるが、無遠慮もいいところである。

「それにお前、吹っ切ったんじゃなかったのか」

 なにを。とは、先日酔っぱらった際に愚痴ったクラウスへの気持ちだろう。

 あれだけ飲んだくれてライナルトの金で散々飲み食いして、兵舎まで背負って送ってもらい励まされたというのに、今のエルダはきっと周囲に花を飛ばすほど浮かれているに違いない。

「ご覧の通りになりました」

 へへへ、とにやける口元を抑えきれないまま報告すれば「気持ち悪い顔すんな」と一刀両断された。ひどい隊長だ。
 念願叶った部下を祝ってくれてもいいじゃないかと、なかなか都合のいい思考で口を尖らせる。

 そんなことを言い合っていたら、腕を引かれて尻餅をついた。とはいえ、痛くはない。
 お尻をついた先はクラウスの膝の上であったからだ。

「ライナルト隊長は俺になにか御用ですか?」

 耳元から唸るようなクラウスの声がした。

 後ろからしっかりと腰に腕を回されているので表情は見えないが、不機嫌を隠そうとしない声色を聞けばどんな鬼眼鏡な顔をしているかなど想像に難くない。
 案の定、ライナルトはとんでもないしかめっ面を浮かべた。

 だがエルダは耳元で聞こえたとんでもなくいい声に赤面してもじもじした。
 それを見てライナルトが余計に顔の皺を濃くする。

「やめろよ、そんなに警戒しなくてもいいだろう。俺は真面目な話をしに来たんだ。あとエルダはもう勝手にしてろ」

 放置である。

 だが言われてよくよく見てみれば、ライナルトの団服には数多くの戦闘の跡が見て取れた。
 浮かれすぎてすっかり頭から抜けていたが、現在厄災の真っただ中である。こんなところでクラウスとときめき合っている場合ではなかった。

 慌てて立ち上がろうとすれば、ライナルトには手で制されてクラウスにはがっしりと腰に回った腕に力を込められる。
 振り返れば、離れることは許さぬとばかりに険しく眉根を寄せて見据えてくるクラウスがいた。

 正直キュンとした。
 反対にライナルトの顔が般若になった。

「だからやめろ、そういうのは後でやれ。そのままでいいからせめて普通に会話をさせてくれ」
「……で、真面目な話とは?」

 クラウスが促せば、ライナルトがそのクラウスをビシッと指で差す。

「お前、第二実戦部隊の応援に入れ」
「え!」

 驚きの声を上げたのはエルダである。

「で、その代わりにエルダはまだしばらく休んでろ」
「そんな、やれます!」
「ダメだ。お前、完全に魔力尽きただろ? もう少し回復しろ。そうしたら回復薬を浴びるように飲んでまた働いてもらうからな。まあ、あとせめて二時間ってとこか」

 つまり、とクラウスが眼鏡をくいっと上げた。

「それまでの代打ってことですか?」
「そうだ。今は落ち着いてるが、また大きな波は来るだろうし、クラウスは回復薬飲めば魔力に余裕はあるだろ?」

 ライナルトは断定するように言うが、当のクラウスも当然のように頷いた。

「そうですね。俺もだいぶ休ませてもらいましたし」
「本っ当、お前……化け物並だな」
「でもクラウスは研究課です!」

 抗議の意を込めて手を上げる。
 そもそも彼は『転移魔術の実地検証をかねての同行』だと最初にライナルトが言っていた。

 それにエルダの魔力も多少は回復してきている。
 言われなくとも今すぐいくらでも回復薬を飲み干してやる所存である。

 いくら先ほどの活躍が凄まじかったとて、入団して以降実戦から離れているクラウスに無理はさせられない。

「いいですよ。やります」

 なのに、そんなエルダの心情を知ってか知らずかクラウスはあっさりと了承した。

「そうか。助かる」
「ええ!? クラウスいいの!?」
「いいんだ。研究課でやりたいことも別にもうないし」
「……ん?」
「言っただろう? エルダのために転移魔術を完成させたかったんだ。それもほぼ終わったし、第二実戦部隊の連携はいつもエルダを見てたからある程度わかる」
「俺はもうツッこまないぞ……」

 ライナルトの言葉は置いておいて。
 いや、確かにさっき研究課に入ったのは転移魔術が目的だったとは言っていたけれど。

 今の言い方ではまるで、あれだけ素晴らしい論文を数々発表しておいて研究課にはもう未練はないと言っているようではないか。

 振り向くと黒色の視線は真っすぐとエルダに注がれている。
 今の言葉がすべてあると言わんばかりに。

 すると、クラウスの視線はエルダを飛び越えてライナルトに向いた。
 まさに鬼眼鏡としか形容しようがない目つきで。

「ところでライナルト隊長はエルダのことをどのよう――」
「ただの部下! それ以上はないぞ!? 絶対にない! だからその目をやめろぉっ!」

 ライナルトはなんだか聞き覚えのある台詞を叫んでいた。
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