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16 クラウスside3

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 問われて、顔を見合わせながら頷いたものの、あからさまに警戒心剥き出しだったのだろう。
 目の前で上品な顔が笑顔のまま眉根を下げる。

「そんなに構なくていい。少し話を聞いてもらいたいだけだから」


 端的にいえば、生徒会長の話とは生徒会への勧誘だった。
 人手が欲しいらしく優秀な生徒に声をかけているらしい。

 だが正直なところ、クラウスには微塵も興味をそそられない話であった。元々この学園に入ったのも、クラウスの魔術の才能を活かした方がいいという両親の勧めがあったからでしかない。

 そして現に、思い入れのかけらもない学園の生徒会への勧誘など――喜ばしいどころか、エルダとの放課後を邪魔してきたことも相まって不快な感情しか湧いてこなかった。

 即断ってしまいたい。
 それが嘘偽りないクラウスの本心だった。

 しかしライナルトが言うとおり、エルダは男爵令嬢という身分を持つ貴族であった。本人から明確に身分を聞いたことはないが、周囲の反応を見れば貴族か平民かなどの判断は容易い。
 魔術学園は身分を問わず優秀な者を受け入れるが、だからといって身分差がないわけではない。

 エルダが第三皇子からの誘いを光栄だと受けることはあっても、断ることはないのだろうと考え、それなら自分も生徒会に入ろうか。そんなことを考えた瞬間だった。

「すみませんが、お断りします」

 予想外の言葉にクラウスだけでなくライナルトまでも固まった。

「私は自分の研究に没頭しているのが好きなだけで、生徒会で活躍できるようなタイプではありませんし……今は放課後にここで過ごすことが一番の楽しみなんです」

 なのですみません。と続けるエルダの横顔を見て、クラウスはどうしようもない優越感に包まれる。

「俺も同じです。生徒会で力になれるような資質はありませんので、お力にはなれないと思います。それに……俺は、この外見ですので」

 暗に異国人の見た目を指して言えば、ライナルトはきょとんとした顔でクラウスを見る。
 隣ではエルダも同じような表情を浮かべていた。
 
 あまりにも薄い反応に、クラウスの方が驚くほど。

「外見って、カルビークだよな? だからどうしたっていうんだ。そんなのお前の実力に関係ないだろう」

 皇族の口から出たまさかの言葉に虚を突かれた。

「外見と実力は切り離すべきだ。これからはそういう時代だろう?」

 なかなか思っていた人物像とは違った皇子のようである。
 だが言葉は立派だが、言っていることは綺麗すぎる理想にすぎない。

 現段階でエルダよりも優先するものにはなりえなかった。

「だとしても、俺は向いていないと思います」

 この機を逃すまいと、クラウスもエルダに倣って断ればライナルトは苦笑を浮かべた。
 
 皇族の誘いを断るなど、通常であれば拒否権はないのだろうが、表面上は身分を問わず平等を掲げる学園であるし、目の前の第三皇子はこれで怒るような人物ではないだろうとアタリをつける。

 これでも幼少期より散々周囲の悪意に晒されてきたのだ。人を見る目には多少自信がある。
 案の定、ライナルトはそれ以上食い下がってはこなかった。

「そうか、残念だが強制ではないからな。それでかまわない」
「こちらとしてはありがたいですが、先輩は大丈夫ですか? 会長に咎められたりしませんか?」

 突然のおかしな発言に、エルダ以外の二人がギョッと目を剥いた。
 咎めるもなにも、その会長本人が目の前にいるというのに。

 信じられないことに、どうやらエルダは第三皇子であり生徒会長を務めるライナルトから直接勧誘されたことに気が付いていなかったらしい。
 
 平民のクラウスでさえ顔を知っているというのに、貴族令嬢であるはずのエルダがこれでいいのだろうか。

 ――いや、間違いなくよくはないだろう。現にライナルトの口元が引きつっている。だが申し訳ないが堪えるのが辛いほど面白い。

「名乗らず申し訳なかった。俺は三年のライナルト・フォン・ディモスだ。これでも生徒会長をしている。心配してくれてありがとう」

 名乗られたエルダの顔は傑作だった。
 ライナルトもこの学園で今まで名乗る必要などなかったのだろう。まさか顔を知らない生徒がいるとは思いもしなかったはずだ。

 どこか胸のすく思いを感じたと同時に、このひとときは一生忘れることがないだろうほどに、クラウスの心に深く刻み込まれた。

 エルダにとって自分は、なによりも優先されるものとなりえていたことに。

「生徒会長の誘い、断っちゃったね」

 ライナルトが立ち去るのを見送ってから、エルダは照れたようにはにかんだ笑みを浮かべる。
 そうしてクラウスに向けられたアクアの瞳は、目が合うなり恥ずかしそうに細められた。

 その背後に、晴れ渡る青空が広がっているような錯覚を覚えるほど、このときの微笑みは眩かった。
 やはり彼女は空の天使であったのだ。

 彼女の存在はクラウス自身気がつかないうちに、無視できないものとなっていたことに、この瞬間気がついた。
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