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14 激レアの守り神様

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 ラウラと青年が外へ出ると、ちょうど洞窟内へ入ろうとしていたゲオルクと鉢合わせた。

「ゲオルク! 良かったわ、無事だったのね」
「当たり前だろう」

 安堵するラウラをよそに、当然だとばかりにのたまう姿は心配するだけ無駄であった。
 思わずジトリとした目に構わず、彼の視線はラウラが腕に抱くものに注がれる。

「やはりな。そっちには片割れがいたのか」

 そう言ってゲオルクが腕を掲げると、兎のように耳を掴まれて握られていたのは――額の赤い宝石が目を惹く小さな魔獣であった。



「さすがの俺も目にするのは初めてだ。とんでもない激レアが出てきたな!」

 浮かれたように笑うゲオルク。そして彼と向かい合ったラウラと狩人の青年が囲んでいるのは、なんとも可愛らしい二匹の魔獣であった。

 猫と狐が交じり合ったような外見と、首回りだけ白いフワフワの毛並みは黄金色だが、日の光が当たって透けると赤く輝くような、不思議だが美しい色合いである。

 そしてなによりも、額の赤い宝石だ。

 洞窟の奥にはこの魔獣が一頭、小さく丸まっていたのだ。
 足を怪我して動けない様子でブルブルと震えていた。
 その子を抱いて戻ったラウラと、同じ魔獣を手に掴んで洞窟に入ったゲオルクが鉢合わせたというわけである。

 現在ラウラが抱いていた子はいまだ怯えたようにブルブルしているし、ゲオルクが掴んでいた子は怪我をした方を守るように毛を逆立てて威嚇し、取り囲む三人をぐるりと見回している。
 おそらく番かなにかなのだろう。

「こいつがワイバーンに化けていた」
「ええ!? この可愛い子が!?」

 あの牙を剥き火を噴いていた恐ろしいワイバーンと、威嚇していても愛らしい小動物のごとき姿が結びつかない。
 魔獣とゲオルクを何度も交互に見やる。
 そんなラウラの隣では、狩人の青年がわなわなとした様子で魔獣を指差した。

「あの、あの……っ、この額の宝石、もしや――っ」

 呂律が回らないほど口を戦慄かせる青年に、ゲオルクは深く頷く。

「ああ。間違いない、カーバンクルだ」
「うおわああああああっ」

 とたんに、青年がおかしな叫び声をあげてひっくり返った。
 だがその名を聞けば、ラウラとて彼らがなにに興奮しているのかがようやくわかった。

「ほ、本当に実在していたのね……!」

 魔獣そのものよりも、額の鮮やかな赤い宝石が希少すぎて有名である。

 曰く、所有者には富と名声が手に入るだとか、どんな魔術も跳ね返すだとか身を守ってくれるだとか、どう考えても眉唾な内容ではあるが、この宝石ひとつで信じられない金額が動くのは確かだ。

 だが、それ以上に――。

「すごい、まさかお目にかかれるなんて……」

 狩人の青年は両手を合わせ、感涙の涙をこぼしそうなほど感極まった様子で拝み始める。

「この森を守ってくださっていると、小さな頃から言い伝えられていたんです。本当に存在していたとは!」

 何度も何度も手を擦り合わせて頭を下げる様子から見るに、それ以上に――おそらくあの村では守り神のように神聖化され、語り継がれていたのだろう。

「この宝石は魔除けの効果があると言われている。富と名声云々は怪しいが、この森を守っていたのは事実じゃないか?」
「ありがとうございます……ありがとうございます……!」

 もはやゲオルクの言葉も聞こえているのかわからないほど、青年がずっと拝んでいる。威嚇していたはずのカーバンクルが戸惑っていて少し可哀相だ。

「でも、カーバンクルがワイバーンに化けるなんて初めて聞いたわ」
「あまり有名な話ではないからな。俺も半信半疑だったがあのワイバーンの額にも宝石があったから、もしやと思った」
「……よく見えたわね」

 豆のような宝石を見分けたゲオルクの視力にも驚きである。
 当然のように言うがその言動がことごとく規格外なものだから、彼こそ人外なのではと疑いたくなってしまう。
 そのゲオルクが、視線を鋭くして怪我をしたカーバンクルを見やった。

「しかし、問題はこの怪我だ。明らかに武器によるものだろう」
「え、武器……!?」
「そんな! 守り神様を傷つけた者が!?」

 つい今しがたまで拝み倒していた青年が、クワッと血走るほど両目を剥いた。彼にしてみれば信じ難きことなのだろう。
 二匹の魔獣を見れば一匹の脚は一部が大きく抉れていて、こうして明るいところで改めて見てみると怪我は酷く大変痛々しいものだった。

「他の魔獣に襲われたとしても、警戒心の強いカーバンクルがここまで深手を負うほど接近を許すとも思えんし、となれば……」
「弓矢などの武器ですね。そのせいで肉が抉り取られたんでしょう」

 ギリッと悔しそうに唇を噛みながら、青年が言う。
 弓を手にする腕が震えている。同じ武器を扱う狩人としても許しがたいようだ。

「森に住みついた魔獣について、何度役人に言っても取り合ってもらえなかったと言っていたな」
「そうなんです。今は忙しいから小さな村に構っていられないと」
「その言い方もひどいものだわ」

 役人の対応には憤るものの、それより今は目の前で苦しんでいるこの子だ。
 いつからこの状態だったのかはわからないが、昨日今日ではないだろう。先ほど腕に抱いたときも、命の灯は今にも消えそうであったのだから。

「かなり傷が深いですね。俺の持ち合わせでは大した処置もできそうにありません」

 カーバンクルに手を合わせ、何度も頭を下げて崇めていた彼だ。苦しむ森の守り神様を前にして、顔には絶望が色濃く浮かんでいる。
 そもそも命が助かったとしても、このままでは足が腐り落ちるだろう。

 対して、目の前のゲオルクはなぜか大剣の柄に手をかけた。
 まさかだけれど、この空気で食べようなんて言わないわよね? いくらなんでも……いや、この人なら笑顔で言いそうでこわい。

 などとラウラが内心冷や汗を流したと同時。

「脚を落として傷口を焼けば――」
「よかった食べない! けどそうじゃないわ!」

 安堵したが安堵できなかった。

 だが、ゲオルクにも思いつく手段がそれしかないということだ。ラウラはゴクリと唾を呑みこむ。
 ――実のところ、この状況を自分ならなんとかできる。その手段を持っている。

 けれど……と、様々ことが頭を巡った。
 だが苦しんでいるカーバンクルと、その子を必死に守ろうとしている片割れ、そして悔しそうに膝を着く狩人の青年を前にしては、悩んだのも一瞬。

「あの、今からすることは……決して誰にも言わないでくださいね」

 心を決めて、おずおずと挙手して進み出た。
 そうしてラウラは、今にも目の前で潰えてしまいそうな小さな命に向かって手のひらを向けたのだ。
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