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12 こっちが奴隷です

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「実は、しばらく前からドラゴンのような魔獣が森の奥地に居座ってしまいまして……」
「ドラゴン!」
「気が立っているようで見境もなく……」
「見境なく!」
「近づくと火を噴いてくるのです」
「ほう! 火を!」

 心痛な表情で語る狩人の青年とは対照的に、聞けば聞くほどゲオルクの赤い瞳が輝きを増していく。
 同時にラウラの嫌な予感も増していく。

「なんと、それは凄そうだな! よし、見に行こう!」
「……そうね、そう言うと思ったわ……」

 予想通りの台詞が飛び出して、案の定な展開に放心して宙を見た。

 そんなラウラの様子に構うことなく、ゲオルクは背負っていた大剣を手に持ち直し、背負っていたリュックを投げてくる。そしてさっそく狩人の青年に道案内を頼んでいた。
 行動力がありすぎやしないか。

「え、行ってくれるのですか?」
「そのドラゴンとやらのところに案内してくれ」

 ドン! と大剣を地面に突き刺して仁王立ちのゲオルクは、それはもう堂々たる佇まいである。

「それはつまり、た、退治していただけるのですか……!?」
「ああ! ぜひ手合わせをしたいな! あ、だがこればかりはラウラに聞かねばならん」

 ここでようやくご主人様という存在を思い出してくれたらしい。
 この勢いのまま置いて行かれるのではと思っていたラウラは、ひとまず思い出してくれたことに安堵した。

「はぁ、この人に……?」

 対する青年のなんとも言えない相槌とともに、この場にいた村人全員の視線がラウラに向いた。その目は明らかに「なぜこの小娘に?」と語っている。ですよね。と当の本人もそう思う。
 そんな中でゲオルクは高々に言い放つ。

「なんといっても、俺はラウラの奴隷だからな!」

 はっはっは! と豪快な高笑いが響いた。
 一方で、村人たちの目は点になっている。そして、ゲオルクの首に輝く隷属の首輪に気付いたのか、何度もラウラの顔と魔道具を見比べている。

「あ、あんたの方が奴隷だったのか!?」

 そう叫びながら村人全員が一斉にゲオルクを指した。

「ええ、そうですけど!? 私がご主人様です! なんだかすみません!」
「だってこれでまさか――いや、だって……」

 どうやらラウラの方が奴隷だと思われていたようだ。

 しかし彼らの言い分もわかる。
 見えないわよね。わかる。と何度も内心頷いた。
 どちらが奴隷かわからないと、自分でも思う。

「いやはや、申し訳ない……」
「ごめんなさい、てっきり……」
「気になさらないでください。お気持ちもわかりますので」

 申し訳なさそうな村人たちと、いえいえ、いやいや、と応酬していたらすでにゲオルクは狩人の青年の襟首を掴んでいた。
 相変わらず遠慮もなにもない。

「行くぞラウラ、どうやら宿もあるらしい! 部屋を取ってから荷物を置いて発つ!」
「え、今日は宿に泊まれるの!? やったわ!」

 ドラゴン云々は置いておいて、野宿が続いていたラウラにはこれ以上ない吉報である。
 ウキウキした足取りで駆けだした二人は、このようなよくわからない流れで魔獣退治を引き受けたのだった。


 *****


 村の裏手に広がっていたのは、うっそうとしているがどこか澄んだ空気の流れる美しい森であった。

「……いい森だな」
「そうね。空気がとてもきれいだわ」

 思わずといったように呟いたゲオルクにラウラが応えれば、前を歩く青年が「ありがとうございます」と嬉しそうに笑った。

 現在、二人は弓を携えていた狩人の青年の案内で森を進んでいる。
 とはいっても、山道を歩いているのは青年とゲオルク二人だ。

 ラウラは相変わらず担がれている。
 この状態に段々と違和感を感じなくなっているのだから、慣れとは怖いものである。とはいえ、うっそうとした山道を慣れたこの二人と一緒のペースで歩くのは土台無理な話なので、担がれるしかないのが悲しい。
 最初はギョッとしていた青年も、もはや気にするのを諦めたようだ。

「で、その魔獣について詳しく教えてもらえるか?」
「はい。全身を赤い鱗に覆われていて、近づくと火を噴いてくるんです。ドラゴンのような顔と鋭い牙に爪なのですが、翼が前脚と一体になっていて……」
「翼と前脚が?」

 ゲオルクが聞けば、青年は深く頷いた。

「そうです。大きさは馬の倍はありますね」
「なるほど……ならそれはドラゴンとは少し違うな。おそらくワイバーンと呼ばれる魔獣だろう」
「ワイバーン?」
「そうだ。ドラゴンならもっと大きいだろうし、前脚と翼は別だ」

 思わず首を持ち上げて問うラウラに、ゲオルクは確信を持ったように断言する。
 しかし、わずかに首を捻った。

「ワイバーンは毒を持っている場合が多いはずだが、そいつは火を噴くだけか?」
「え? ああ、そうですね。毒を持っていたとか毒にやられたという話は聞いていないです。ただ鱗がとても頑丈で……俺の弓矢では歯が立ちませんでした」

 悔しそうに唇を噛む青年の肩をゲオルクがポンと叩く。

「それはそうだ。あの鱗は高額素材として売れるほどだからな。気に病むな」
「……ありがとうございます」

 真面目な青年なのだろう。
 思いつめていたようだが、わははと笑い飛ばすゲオルクを見て多少なりとも心を軽くしてくれたようだ。

 そうして森を進んだ先で、少しばかり開けた場所が見えてくる。
 そこには遠目からでも見間違いようがないほど、全身を鮮やかな赤い鱗に覆われた魔獣が鎮座していた。

 青年の説明通り、前脚と翼が一体化したワイバーンとやらは牙を剥き周囲を警戒していた。
 地面を揺らすような低い唸り声が響き、手足の先にはナイフのような鋭い爪が鋭利に光を反射している。周辺一帯の焼け焦げたあとは、明らかに火を噴いたせいだろう。

 木々の陰から覗き見て、ラウラは初めて見るワイバーンの迫力に身震いした。
 そのラウラを担ぐゲオルクも震えている。――だがこちらは明らかに反対の意味で。だ。

「さあて、どんなものか楽しみだなぁ!」

 案の定ゲオルクは瞳を輝かせながら、大剣を手に突っ込んでいったのだ。
 担いでいたラウラを放り投げて。

「うそでしょおおおぉぉっ!?」

 宙を舞うラウラの絶叫が響き渡った。
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