2 / 31
02 あっちもこっちも圧がすごい
しおりを挟む
店の奥には所狭しとたくさんの檻が並んでいた。
すえた匂いに思わず顔をしかめる。
檻の奥でうごめく影は、すべて人だった。息をひそめ虚ろで諦めたような、または怯えたような暗澹たる感情を向けてくる奴隷という商品たち。
こうして客として訪れたものの、奴隷制度には思うところがある。
だが、今は自分の身が最優先だった。刺すような視線に耐え切れず目を伏せたところで、店主の足が止まった。
いつの間にか店の奥も奥、一層薄暗い一角まで進んでいたらしい。暗がりの奥にひとつの大きな檻がうっすらと現れる。
他と比べて随分頑丈なつくりのようだが、中はよく見えない。
「……?」
目を凝らして覗き込もうと、檻に近づいた瞬間だった。
――ガアアァァンっ!
小さな店の建物全体が振動するほどの大きな音が鳴る。
重厚な鉄の檻が大きく揺れるほどの衝撃に、文字通り飛び上がった。内側から、なにかが鉄格子に向かって激しく体当たりをしてきたのだ。
「…………え」
ふと頭上へ落ちた影に顔を上げれば、鉄格子越しにシルエットだけで筋骨隆々とした体格がわかるほどの大きな人影。
そして伸び放題である橙色の髪の隙間から覗く、血走った赤い瞳と真正面から至近距離で向かい合ってしまった。
「ひぃ――っ!?」
思わず声を呑む。
格子に食い込むほど額を押し付けている。ギョロリと目が見開かれている。それが目の前にいる。
一拍置いてからそれらを理解したとたん、足元から一気に恐怖が込み上げた。
(……ひえええええぇぇっ!)
飛び出しそうになった悲鳴は口を押さえて必死に呑み込む。
この間も爛々とした瞳と目が合ったまま。怖すぎる。
「こいつがうちで一番強い奴隷になりますなぁ」
揉み手の店主がケヒケヒと声をあげながら二重顎で檻を指す。が、同時に殺気にも似た恐ろしいほどの気迫が檻の中から噴き出した。ぶわあぁっと全身の毛穴がすべて開くのがわかる。
よく見れば口元には猿轡がはめられているというのに、まるで真正面から獣の咆哮を浴びたようだった。
「ええ、そうでしょうとも……!」
わざわざ言わなくても見ればわかる。身体が硬直して動かない。
じっとりと冷や汗は溢れるし、呼吸は浅くなる。
血走る赤い瞳はぐるりと動いて店主を睨みつけた。
「うぐ……っ」
ケヒケヒ笑っていた店主も引きつった顔で声を詰まらせる。
(……怖いわ!)
このひとことに尽きる。
なんとか踏ん張って立ってはいるものの、震える膝は今にも崩れ落ちそうだった。
待って、これを私が買うの?
え? 本当に人間かしら? 猛獣の間違いではないかしら?
完全にこの一角だけ浮いていないかしら!?
悲鳴のような叫びが心の内で荒れ狂った。
現に、どんより沈んだ淀のような空気漂うこの店内で、明らかにここだけ空気が違う。なんというか、全身にのしかかる圧が凄まじい。
この場にいるだけでもはや泣きたい。
「あ、あの……」
「ご希望通りの一番強い奴隷だ」
「ええ、ええ。確かに強そうだとは思いますが……」
なんてったって、鉄製のひと際頑丈そうな檻が心もとなく見えるほどには。先ほどから壊れやしないかと気が気ではないのだから。
などと思っていたら、檻の中の奴隷が鉄格子を掴み、力の限り右側に向かって引っ張っている。おそらく鉄製の格子をへし曲げようとしてるのだろうが、いやいや、なにをしているんだこの奴隷は。
太い腕の表面にこれまた太い血管がメキメキと盛り上がるし、檻からはメリメリと不気味な音がした。
(恐ろしい音がしているけれど壊れないのかしら!? 本当に曲げたらどうしましょう大丈夫!?)
竦み上がりそうな恐怖にギリギリで踏みとどまっているものの、正直これでもかと腰は引けている。
「強ければいいんだろう?」
「それは確かにそうなのですが――っ」
「こいつ以上の強さとなっちゃ、なかなか出てこないと思うがねぇ」
店主のもみもみと動く揉み手がスピードを上げる。
よく見れば肉団子のような身体に大きな汗の粒がたくさん浮かんでいる。
「なぁに! 多少威勢はいいが気にするこたぁないさ」
(多少!? これは多少の範疇になるのかしら!?)
この間にも、今度は鉄格子を蹴りつけているだろう音がガンガンと響いている。だがあえて見ない。見たくない。
やはりあの檻の中にいるのは猛獣の間違いではなかろうか。
戸惑う客に構わず、店主の方こそ鬼気迫った勢いでここぞとばかりに畳みかけてくる。気のせいでなければ、ここで絶対に売ってやるという確固たる意志が窺えた。
「隷属の契約さえしちまえば、なんの問題もない! 主人を傷つけるこたぁ絶対にないし、命令には絶対服従だ! どうだ!」
「え!? ええぇ!?」
(どうだと言われましてもおぉ!)
のけ反った分だけ、ぐいぐいと肉団子が詰め寄ってくる。こちらも別の意味で圧がすごい。
しかし店主が言うことも間違いではなく、隷属契約を結んだ奴隷は主人に逆らうことはできないと聞く。つまり、この明らかに危ない気配がバシバシ伝わってくる奴隷だろうと、契約さえしてしまえば身の安全は保障されるのだ。
予想外に店主の勢いが強すぎる気はするが、それでも――。
「まあ……強いのならば」
「なら善は急げだ今すぐ隷属契約を!」
「今すぐ!?」
待ってましたとばかりに、店主は懐に手を突っ込んだ。
すえた匂いに思わず顔をしかめる。
檻の奥でうごめく影は、すべて人だった。息をひそめ虚ろで諦めたような、または怯えたような暗澹たる感情を向けてくる奴隷という商品たち。
こうして客として訪れたものの、奴隷制度には思うところがある。
だが、今は自分の身が最優先だった。刺すような視線に耐え切れず目を伏せたところで、店主の足が止まった。
いつの間にか店の奥も奥、一層薄暗い一角まで進んでいたらしい。暗がりの奥にひとつの大きな檻がうっすらと現れる。
他と比べて随分頑丈なつくりのようだが、中はよく見えない。
「……?」
目を凝らして覗き込もうと、檻に近づいた瞬間だった。
――ガアアァァンっ!
小さな店の建物全体が振動するほどの大きな音が鳴る。
重厚な鉄の檻が大きく揺れるほどの衝撃に、文字通り飛び上がった。内側から、なにかが鉄格子に向かって激しく体当たりをしてきたのだ。
「…………え」
ふと頭上へ落ちた影に顔を上げれば、鉄格子越しにシルエットだけで筋骨隆々とした体格がわかるほどの大きな人影。
そして伸び放題である橙色の髪の隙間から覗く、血走った赤い瞳と真正面から至近距離で向かい合ってしまった。
「ひぃ――っ!?」
思わず声を呑む。
格子に食い込むほど額を押し付けている。ギョロリと目が見開かれている。それが目の前にいる。
一拍置いてからそれらを理解したとたん、足元から一気に恐怖が込み上げた。
(……ひえええええぇぇっ!)
飛び出しそうになった悲鳴は口を押さえて必死に呑み込む。
この間も爛々とした瞳と目が合ったまま。怖すぎる。
「こいつがうちで一番強い奴隷になりますなぁ」
揉み手の店主がケヒケヒと声をあげながら二重顎で檻を指す。が、同時に殺気にも似た恐ろしいほどの気迫が檻の中から噴き出した。ぶわあぁっと全身の毛穴がすべて開くのがわかる。
よく見れば口元には猿轡がはめられているというのに、まるで真正面から獣の咆哮を浴びたようだった。
「ええ、そうでしょうとも……!」
わざわざ言わなくても見ればわかる。身体が硬直して動かない。
じっとりと冷や汗は溢れるし、呼吸は浅くなる。
血走る赤い瞳はぐるりと動いて店主を睨みつけた。
「うぐ……っ」
ケヒケヒ笑っていた店主も引きつった顔で声を詰まらせる。
(……怖いわ!)
このひとことに尽きる。
なんとか踏ん張って立ってはいるものの、震える膝は今にも崩れ落ちそうだった。
待って、これを私が買うの?
え? 本当に人間かしら? 猛獣の間違いではないかしら?
完全にこの一角だけ浮いていないかしら!?
悲鳴のような叫びが心の内で荒れ狂った。
現に、どんより沈んだ淀のような空気漂うこの店内で、明らかにここだけ空気が違う。なんというか、全身にのしかかる圧が凄まじい。
この場にいるだけでもはや泣きたい。
「あ、あの……」
「ご希望通りの一番強い奴隷だ」
「ええ、ええ。確かに強そうだとは思いますが……」
なんてったって、鉄製のひと際頑丈そうな檻が心もとなく見えるほどには。先ほどから壊れやしないかと気が気ではないのだから。
などと思っていたら、檻の中の奴隷が鉄格子を掴み、力の限り右側に向かって引っ張っている。おそらく鉄製の格子をへし曲げようとしてるのだろうが、いやいや、なにをしているんだこの奴隷は。
太い腕の表面にこれまた太い血管がメキメキと盛り上がるし、檻からはメリメリと不気味な音がした。
(恐ろしい音がしているけれど壊れないのかしら!? 本当に曲げたらどうしましょう大丈夫!?)
竦み上がりそうな恐怖にギリギリで踏みとどまっているものの、正直これでもかと腰は引けている。
「強ければいいんだろう?」
「それは確かにそうなのですが――っ」
「こいつ以上の強さとなっちゃ、なかなか出てこないと思うがねぇ」
店主のもみもみと動く揉み手がスピードを上げる。
よく見れば肉団子のような身体に大きな汗の粒がたくさん浮かんでいる。
「なぁに! 多少威勢はいいが気にするこたぁないさ」
(多少!? これは多少の範疇になるのかしら!?)
この間にも、今度は鉄格子を蹴りつけているだろう音がガンガンと響いている。だがあえて見ない。見たくない。
やはりあの檻の中にいるのは猛獣の間違いではなかろうか。
戸惑う客に構わず、店主の方こそ鬼気迫った勢いでここぞとばかりに畳みかけてくる。気のせいでなければ、ここで絶対に売ってやるという確固たる意志が窺えた。
「隷属の契約さえしちまえば、なんの問題もない! 主人を傷つけるこたぁ絶対にないし、命令には絶対服従だ! どうだ!」
「え!? ええぇ!?」
(どうだと言われましてもおぉ!)
のけ反った分だけ、ぐいぐいと肉団子が詰め寄ってくる。こちらも別の意味で圧がすごい。
しかし店主が言うことも間違いではなく、隷属契約を結んだ奴隷は主人に逆らうことはできないと聞く。つまり、この明らかに危ない気配がバシバシ伝わってくる奴隷だろうと、契約さえしてしまえば身の安全は保障されるのだ。
予想外に店主の勢いが強すぎる気はするが、それでも――。
「まあ……強いのならば」
「なら善は急げだ今すぐ隷属契約を!」
「今すぐ!?」
待ってましたとばかりに、店主は懐に手を突っ込んだ。
37
お気に入りに追加
179
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる