Money or Songs(仮)

SUNO

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第一章 美琴

9曲目 知ろうとしない 

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 美琴が参加した音楽交流会は近隣の高校数校と合同で行われる。もともと文化祭と交流会くらいしかイベントが無い部活なので美琴にとっては大切なイベントだ。
 また、中学の時の同級生と再開し、お互いの近況も語れる場だった。美琴が中学時代に合唱部で一緒だった友人も何人か参加している。
 神崎が戻ってきてくれなかったら、蒲川とふたりきりで出場することになっていたところだろう。神崎が戻ってきてくれて良かったと、美琴は思っていた。

 灰島には、せめて演奏を見に来てくれないかと頼んでみたが、頑なに断られた。


 美琴は交流会の前日まで放課後は毎日、神崎の練習に付き合った。
 交流会本番では最初の1曲だけ神崎に参加させたが、緊張しすぎたのか練習の成果が出せていなかった。ミスを気にしてか、演奏後は気を落としているようだった。
 蒲川の希望もあって、選曲の内一曲は、灰島と作った曲を演奏した。そして想像以上に、参加者からの反応が良かった。

 ただ美琴は納得できていなかった。美琴の声では、灰島のような透明感のある声は出ない。ただのモノ真似にしかならなかった。上手く歌おうとすればするほど灰島との実力差を感じてしまい虚しかった。
 しかし、作曲作業は順調に進んでいた。曲のアイディアが面白いくらいに膨らんでいた。神崎が戻ってきてくれたし、文化祭のステージに向けていろいろな曲調のものを試したいと美琴は思っていた。もちろん、灰島にももう暫く手伝ってもらうつもりであった。
 灰島の歌声の魅力をもっと引き出すにはどんな歌詞がいいか、どんな曲調がいいかと美琴の頭の中はそればかりだった。


 火曜の4限目の音楽の授業で、美琴はピアノの前に座っていた。
 音楽の担当教員は顧問の南だった。南は度々、ピアノ伴奏を美琴に依頼していた。その日も例のごとく美琴は南の使い走りで伴奏をしていた。第2音楽室を自由に使わせてもらっている恩があるので仕方ないが、せめて初めて弾く曲は前もって楽譜を渡しておいてほしいと美琴は思っていた。
 南の依頼はいつも急で、今回もその日の朝に渡されたばかりの楽譜を午前中に頭にたたきこみ、ぶっつけ本番で弾く羽目になったのだった。どうも南は、美琴は楽器のことなら何でもこなすと思い込んでいるらしい。

 南が生徒に向かい講義を行なっているが、クラスの女子たちが小声でおしゃべりしている。おしゃべりのネタは合同授業で一緒の八上のことだろう。いつものことだ。
 さらに、先日の他校との演奏交流会の時の八上達の演奏動画がSNSで出回っているらしく、学校中で話題になっていた。交流会の次の日から、美琴のクラスの女子達もその話題で持ちきりだった。何をやっても必要以上に目立つ男らしい。

 歌の練習で生徒たちが順に4人ずつ立ち上がり、1フレーズずつ歌っていく事になり、端から順にピアノの音に合わせて歌っていく。
 美琴がピアノの演奏で微妙に音を外してしまい、慌てて、南の様子をチラと見ると、視界の端に、八神がこっちを見て苦笑いを浮かべているのが見え、美琴は若干のムカつきを覚えた。

 八上の歌が始まると、女子達の黄色い歓声が小さく、しかしハッキリと聞こえる。「あれくらいの歌なら、私の方が上手く歌えるわ」と美琴は心の中で悪態をついた。

 しかし、それよりも遥かに美琴をイラつかせていた事があった。灰島のことだ。なぜ、灰島は音楽選択していないんだろう。歌以外に取り柄なんかないはずだ。交流会の時に感じた、灰島の歌と美琴の歌のレベルの違いにもどかしさを感じたのもあり、余計に美琴の神経を苛立たせていた。

 第1音楽室での授業後、美琴は一度教室に戻り、弁当を取りに行き、いつも部活の活動場所にしている第2音楽室まで行く必要があった。灰島と待ち合わせたら、まず、音楽選択しなかったことについてについて文句を言わないと、気が収まりそうにない。交流会で新曲がうまくいった事への礼をいう前に。

 美琴が譜面をしまい、音楽室の出口に向かおうとすると、八上と目があった。

「大国、お前さ。さっき、俺の歌の時、わざと伴奏の音外してただろ」
「そうだった? 歌い手の歌が酷すぎて、引っ張られたのかもね」
「うわ、ひでえ」

 というと、八上が、いつものように快活に笑う。何がそんなにおかしいのかと美琴は思ったが、八上は美琴の嫌味に対していつもこんな感じだ。八上の後ろから、八上のクラスメイトで、軽音部のベースギタリストでもある、菊池も来た。

「八上、負け惜しみはやめろって、大国さんはいつも完璧っしょ。まじで、この前の交流会の曲めっちゃ良かったて、大国サン。
あれ、最後の曲、創作っしょ?あんな曲作れんなんてマジ天才だよ。モーツァルトじゃね?」

 菊池は入れたばかりの鼻ピアスの入った鼻腔を膨らませると、顔にクシャッと笑い皺を作り興奮気味に言った。

「そう?」
「マジマジ。まあ、一番目立ってたのは俺ら軽音部の方だけど、フォークソング・オブ・ザ・ 大国部もやるじゃん!って思ったね」

 菊池は外見や言葉遣いは頭が悪そうだが、軽音部の中では、ベースの技術も音楽センスも群を抜いていると美琴は思っていたので、菊池の言葉は素直に嬉しかった。

「そっちの部も女子ウケだけはいつもいいよね」
「はいはい。でも、ほんとよかったよ。ギター部のあの曲。歌詞も曲調も耳に残るし」

 八上は少し、悔しそうな顔をしていった。交流会の直後にも、八上からは新曲がとても良かったと、ラインのメッセージをもらっていた。演奏していた時は、虚しさを感じていたが、改めて褒められると、嬉しかった。
 美琴も、あの曲は自分の作曲活動の中で、間違いなく最高傑作だと思っていた。そして、あの曲の魅力を最高に引き出せる、琥珀の歌声でみんなに聞かせられたら、どんなに良かっただろうと思った。

「あのさ、大国サン、俺らと組む気ない?」
「ない!」
「うわっ! 気持ちいいほどの即答」

 菊池が戯けて見せた。

「八上とも、話してたんだけど、今うちの新入部員の統率取れてなくてさ。大国サンみたいな才能あって、迫力ある人がいてくれたら、うちも助かるしさ」

「だから、ないっつてんじゃん。迫力ってなんだよ」

「いや、それはそのぉ」

 美琴が睨むと、菊池は困ったような表情を浮かべる。

「わかってる。廃部寸前のうちの部の事を心配してくれてんのはわかってる。でも、うちはうちで存続のために色々考えてるところだし」

 教室までの廊下を菊池と八上と美琴の3人で歩いた。3年になり、副部長になった菊池は、増えすぎた1年部員達の世話に本当に手を焼いているようだった。軽音部の部長ともあまりうまくいっていないようで、部内でも派閥ができてしまいつつあるようだ。八上からたびたび話には聞いていたが、美琴が思っていた以上に軽音部も問題を抱えているようだった。

 廊下を歩いていると、見覚えのある人影が目に入った。

「あ、コハ…灰島!」

 美琴は思わず、叫んでいた。急に呼び止められた、灰島は驚くでもなく、キョトンとした表情を浮かべている。灰島の間の抜けた表情を見ると、美琴は先ほどまで感じていた、怒りが沸々と腹の中で沸いていくのを感じた。

 菊池と八上があっけに取られた表情を受けべているが、美琴の意識には入っていなかった。

「菊池、八上、じゃあ、また。ちょっと、用事あるから」

 美琴は二人に声をかけると、返事を待たず、灰島のもとに向かった。

 灰島は、いつものように美琴の方に体を向けるが、視線は下を向く。美琴が話しかけている時でも、視線をあえて合わさないようにしているようだった。脇には大きなスケッチブックを抱えていた。どうやら、美術選択だったようだ。スケッチブックを抱える白く細い腕が、いつもより一層青白く見える。

「え、なに?」

 一瞬チラと、美琴の表情を見ると、また、視線を逸らす。美琴は、その態度に余計苛立ちを感じた。

「灰島、アンタさ、なんで音楽選択じゃないのよ」
「え、美術を選択したから」
「そんなの見ればわかるっつうの。じゃなくて、音楽選択にしなさいよ、なんでもっと人前で歌おうとしないのよ」
「それは、水彩画をやってみたかったし」
「アンタに絵なんて描けるわけないじゃない」

 美琴は口を尖らせていうと、灰島は少しムッとした顔をした。

「絵は…割と描くし。たまにだけど」

 何に対しても、いつも無関心そうな灰島が珍しく美琴に反論した。

「ちょっと見せなさいよ」

 美琴は半ば、無理やり灰島からスケッチブックを取り上げると、パラパラとめくった。
 スケッチブックは使い込まれていて、すでにページが残り少なくなっていた。その1ページ1ページに風景画や静物画が丁寧に描かれていた。描線はやや頼りないタッチだが、全体のバランスが絶妙で、何よりも色彩の使い方が美しかった。なるほど、素質はありそうだ。美琴はうっかり絵に見入ってしまいそうになっていること気がつくと、慌ててスケッチブックを灰島に突き返した。

「ま、悪くないんじゃない?」
「うん。たまに店に飾らせてもらってるんだ」
「店って、サンドリヨンに?自分が描いた絵を?」

 美琴の問いに対して、灰島ははにかんだ表情で小さく頷いた。歌を褒めてもそんな表情はしないのにと、美琴は少し、悔しい気持ちになった。

「わかった。もういいよ。選択授業のことは、音楽室で待ってるから、すぐ来てよね」

 美琴は、灰島に言い捨てると、早足で教室に向かった。その時、灰島が美琴に何か言いかけていたが、美琴の頭の中は、作曲の続きをすることでいっぱいで、意識に入っていなかった。


 第2音楽室に入り、昼ごはん急いで食べると、美琴はピアノに向かい、曲を書き始めた。自分でも絶好調なのを感じていた。次から次へとアイディアが浮かび、メモに止めるのが追いつかず、もどかしいくらいだった。
 作業が落ち着くと、美琴はペンを置いた。灰島はまだだろうか。授業は終わっているはずなのに、遅過ぎないだろうか。
 スマホが鳴ると、スクリーンに美海からのメッセージが表示された。

ーーーー美琴ちゃんすごい! すごく上手でかっこいい♡ ミヤに美琴ちゃんの動画見せたら、真似してずっと歌ってるんだよ♬

 美海に、交流会の話をすると、美琴が歌っている姿が見たいと言うので、動画を送ったのだ。メッセージに、美海の娘の美也が楽しそうに歌う動画が表示され、思わず笑みが溢れた。

「うわ。可愛すぎる!」

 美海とは、SNSで繋がっており、頻繁にメッセージのやりとりを行う仲になっていた。会ったばかりの時はここまで、親しくなるとは美琴も思っていなかったが、美海の暖かい人柄や美也との楽しそうな日常写真や動画に、美琴はいつもホッとさせられていた。

 その時、廊下に足音が聞こえ、ドアが開いた。しかし、現れたのは蒲川ほかわだった。

「あ、いた国さん」
「いたって何よ。」

 灰島でないことがわかると、美琴は少し、気持ちが落ち込むのを感じた。灰島は?美琴は不安になった。

「白さんなら、来られないみたいっすよ」
「は?なんであんたがそんなことわかるのよ」
「さっき、白さんから電話があって、国さんに伝えておいてくれって言われたんすよ」
「え・・・?」

 電話って何?灰島は携帯持っていなかったのでは?と美琴は思った。

「なんか、急に委員会で集まることになったとか。国さんに言おうと思ったけど、伝えられなかったって言ってました」
「何で? アイツ自分の携帯持ってないって言ってたのに」
「あー。なんか、自分のはないみたいすけど、バイト先で連絡用に持たされてる端末を持ち歩いてるらしいっす。こないだ白さんと飯食った時に教えてもらって」

 そう言うと、蒲川は音楽室のコンセントにスマホを繋げて充電を始め、荷物を枕にごろ寝を始めた。

「はあ? 蒲川には連絡先教えて、私には教えないってどういうことよ」

 美琴は不貞腐れて言った。美琴に連絡先を教えるのが面倒だったのだろうか。蒲川は頭をあげ、美琴をチラリと見ると、また、頭を荷物の上に置いた。

「んー、単にめんどかったのかもしんないっすね、国さんのことが」

 蒲川に自分が思っていたことを言われ、美琴は余計に腹が立った。

「何それ、ムカつく」
「国さんて、結局音楽のことばかりですよね」
「は?」

 蒲川は寝転がったまま、うつ伏せになると、スマホをいじりながら、面倒臭そうに話し始めた。

「言っとくけど、この間、白さんと昼飯一緒に食いにいったの、音楽の話するためじゃないっすよ。ギターも持ってってないし」
「はあ?何が言いたいの」
「ただ単に、仲良くなりたいなーって思っただけなんすよね。普通にいい人だし、生活費稼ぎながら、高校通うなんて自分にはできないし、すげーって思う。それに、仲良くなりたいって思ったら、どんな人か知りたくなりません?」

 美琴も、灰島が生活のために、バイトをしていることは何となく、聞いていた。しかし、実際にそれがどんなことか具体的に考えたことがなかった。
 少し前に、夜の店で働けていなかったら、高校に通えてなかったと、灰島が言っていたことを美琴は思い出した。

「白さん、小さい時にお父さん亡くしてるらしいっすよ。ずっと母子家庭だったって。あまり詳しくは聞けなかったけど」
「え・・・そう、なんだ。・・・そういう話はしたことないから」

 片親を亡くしているのか。そう思うと、美琴は心に大きな空洞ができたように感じた。

「そういう話をしなかったっていうか、知ろうとしなかったんじゃないっすか?」

 蒲川は責めるでもなく、いつもの平坦な口調で言った。美琴は何も言えなかった。

「国さん、白さんを自分の趣味に付き合わせてるけど、何となく、白さんのこと避けてるっていうか、距離置いてる事ありません?」

 避ける?私が灰島を?美琴は考えようとしたが、何から考えて良いのかわからなくなった。いや、灰島の方が、いつも周囲と距離を置いているではないか。しばらくして、美琴はそう思った。

 いつも美琴なりに、灰島と会話をしようとしていたが、灰島の方が、会話を避けていたのではないか?
 そう、美琴はいつも灰島に当たり障りのない会話をしようと努めていた。それは、美琴の創作活動のために灰島の協力が必要だったからだ。

 美琴は、蒲川との微妙な空気の中、昼休みの時間が残り少ないことに気がついた。そして、急いで、片付け、第2音楽室を後にした。


 午後の授業は理科室だった。いつものように自由席である。
 美琴は理科室に入ると、美琴は誰もいないテーブルに着き、教科書とノートを置いて、静かに座った。

「大国、今日はそっち座るんだ?」
「あ、まあ」

 及川がやってくると、当たり前のように、美琴の隣に荷物を置き、椅子にどかっと座ると、長い足を組んだ。
 及川は、昼に購買で買ったパンの具が小さかったとか、自販機の前で気になっている男子と会話した事について、美琴に話して聞かせた。

「えー、大国ちゃんも及川っちもそっち座るのー? 私もそっち行こうかなあ?ねえ、どうする?」

 内海が他の女子と、相談したが、またいつものように、クラスメイトや教師達の噂話に話題がうつり、話に夢中になっていた。

 あ、やっときた。美琴は思った。

 理科の授業開始数分前になって、やっと灰島が理科室に入ってくると、美琴と目があった。しかし、灰島はすぐに目を逸らすと、例の如く自分が座っても問題なさそうな、地味なグループが座っている、空いている席を探し始めた。

「マジでムカつくわ」
「ん?」

 美琴がぽつりと言うと、及川が少し不思議そうな顔で美琴を見た。
 そして次の瞬間には、美琴は叫んでいた。

「灰島! あんたどうせ、一緒に座る友達いないんでしょ? 面倒くさいから、こっちに座れば!?」

 灰島が驚いた顔で美琴を見た。

「ごめん、及川、灰島入れてやっていい?」
「え、マジで? 別にいいけど」

 及川は、意外そうな顔で美琴を見つめたが、承諾した。細かいことに拘らないところが及川のいいところだと美琴は思っていた。
 クラスメイトたちがこちらの様子を伺いながら、クスクス笑っている中、灰島はおずおずと美琴達のテーブルに来ると、テーブルを挟んだ反対側に気まずそうに座った。いつもより、さらに青白い顔に、まとまりのないふわふわした毛が小刻みに震えている気がした。見知らぬ場所にいきなり連れてこられた、子ウサギのようだった。
 
 内海達のグループが苦笑いを浮かべているのが、目の端に見えた気がしたが、美琴は気が付かないふりをした。

 美琴は、昼休みに渡せなかったコンビニ弁当を後で食べていいよとメモを書くと、灰島に手渡した。理科室に来る前に、渡せなかった弁当を灰島のロッカーに入れておいたのだ。灰島のロッカーは盗まれるものが何もないからか、いつも鍵がかけられていないようだった。

「あの、ありが」
「灰島、実験器具持って来てよ。黒板に準備しろって書いてあるやつ」
「おっ、しっかりやれよ。灰島ー」

 美琴が灰島に命じると、及川はカカカと笑いながら調子を合わせた。灰島は実験器具を取りに行くためにそそくさと席をたった。

「うわ、大国こえー、ゴミ島のことパシリにする気だ」
「ゴミ島、目えつけられてかわいそー」

 小声で喋る男子達の声が聞こえると、美琴はその方向を睨んだ。すると男子達は慌てて、目を逸らした。
 他の連中にどう思われようが、どうでもいい。とりあえず、後で無理矢理にでも灰島に連絡先を教えさせる、と美琴は思った。
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