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執事長、マコトの日常 前編

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『どうして、僕なんかを拾ったんですか?』
『なんだ? 構ってほしいのか。ガキ』
『違います。質問しているだけです。僕はスラムに……誰にも必要にされなかった落ちこぼれです。どうした拾ってくれたんですか?』
『ああ? ガキの癖に変な言葉ばっかり知ってやがるな。理由は単純だ。落ちていたから拾った。お前が必要だと、利用できる価値があるやつだと感じたからだ』
『理解できません。僕は文字も書けないし、力もない。魔法の才能もありません』
『そうだな。俺の娘の方が字も書けるし、計算もできる。力はないが魔法が使える』
『はい。ですので、僕は必要ないです』
『バカ野郎!』
『っ!?』
『お前はバカだ。うじうじ考えて何もできないバカだ。だが、そんなバカでもできることがある』
『できること……そんなものは……』
『ある。絶対にある。だから、それを見つけるために……そうだな。まずは僕って言うな。今からは俺に変えろ』
『俺?』
『そうだ。そしたら、俺が何かしたいのか考えろ。バカなことを思いつけ。そして、実行しろ。バカはバカらしく行動しやがれ』
『……俺はバカ』
『ああ、バカだ』
『ふふっ』
『おっ、ようやくバカらしく笑ったな』

 ……。
 …………。
 ………………。
 目を開けると日差しが目に入り、朝と言うことを思い知らされる。
「……夢か」
 懐かしい夢を見た。ゴブス王に拾われてひねくれていたころの夢だ。
 あの頃の俺が今の俺を見ることになったらどう思うだろうか……。
 いや、そんなバカなことを考えている時間は惜しい。今の俺はとにかく忙しいんだ。
 クローゼットを開き、手早く黒を基調とした燕尾服に身を包み、厨房に出かける。料理人が夜のうちに仕事を終わらせてくれた調理済みの朝食をかけ食い、流し込む。さあ、今日が始まる。
 夢の中に現れた王様に拾われた俺はあれから努力を重ね、気がつけば執事長と言う立ち位置についていた。がむしゃらに頑張った結果だった。
 同じく王様に拾われたメイドのユキが向こうから歩いてきた。
「マコト、寝室の掃除は済みました。次は大広間を掃除してきます」
「わかった。それが終わったら休んでくれ」
「了解しました」
 ぺこりっと事務的に会釈を済ませると一瞬にして姿を消した。
 さあ、今日も忙しい一日が始まるぞ! 
「執事長、すみません。少しいいですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「執事長、来客の予定ですが……」
「14時、17時に入っている。食事の内容とかは料理長に伝えているから確認しておいてくれ」
「執事長! カーペットの色って何色ですか?」
「黒と赤だ。もし、今後、行商人が訪ねて来たら緑を頼んでおいてくれ」
「執事長。料理長が呼んでいます」
「わかった。すぐに行く」
 マジで仕事の量が多い。一応、すべてのことには精通しているが部署で上司がいるんだからそっちにも聞いてほしい。
 まあ、頼られているっていうのは悪くない気分だ。
「と、そろそろ食べておいた方がいいか」
 調理場に向かうと残りはもう俺だけだと嫌みを言われる。今度から気を付けると毎回同じことを繰り返してサンドイッチを受け取った俺は誰にも見つからないように場内を歩いた。
 すでに13時は過ぎている。14時から来客予定が入っているため急がなければならない。遅い昼食を城壁の頂上で隠れて食べる。いつものお気に入りの場所だ。ここなら愚痴をこぼしても誰にもばれる心配はない。そして、なによりここが一番城下町を見渡すことができる一番景色のいい場所でもあった。
「はぁ、疲れる」
 と、サンドイッチを広げた瞬間、飲み物を取るのを忘れていた。
「しまったな……」
「お疲れ様」
 振り返るとメイドのカチューシャを外したユキが飲み物をもってきていた。幼い頃から一緒に育ってきたからなんでもお見通しらしい。
 レモネードを受け取り、一口飲むとユキも横でちょこんと座り込んだ。
「ユキ。休憩はとったのか?」
「充分、休んだ。マコトもそろそろ休んで」
「今、休んでいるだろ。心配するな、この後はよほどのことがない限りは……」
「マコトー!! どこにいるのー!!」
 このワイルド王国の元お姫様。現王の探す声が聞こえる。
「よほどのことがあったか」
「はぁ、姫様も困ったものですね」
 さて、今日は一旦どんな要件だろうか。


 昼食を流し込んだ俺は、身なりを整えてセレス様のもとへと向かった。
 厨房では料理長がオロオロとして、こっちを見ている。
「あなたねぇ!! これはどういうことよ!!」
「それは……」
 14時の来客に出す会食の料理に問題があったらしい。
 だが、これと言って問題はないと思う。
「私、言ったわよね! こういう刺激の強い野菜は苦手だって」
 ああなるほど、そういうことか。いつものことだ。俺が手配しておいた食事にセレス様が苦手をするものが入っている。この食事自体は相手側の好みに合わせている。味付けはセレス様の好みのものに変えてあるし、なによりもセレス様自身の健康にいいと思ったからお出しした。
「ですが、それは栄養もあり美容にもいいと聞きます。お嬢様に必要な食事でして」
「うるさい! 口答えしないの!!」
「っ!」
 手に持った扇子で頭を叩かれる。どうやら、今日は気分が悪いらしい。
「申し、わけありません。すぐに別のものを作らせます」
「もういいわ。それよりも支度をしなさい」
「支度ですか?」
「ええ、そうよ。今日は帝都に買い物に出かけるわ!!」
 とんでもないことを言い出した。セレス様も今日は来客の予定は入っていることを知っているはずだ。
 万が一、忘れていないかと確認のために叫んだ。
「お、お待ちください! 今日はこの後、会談の予定が……」
「全部キャンセルよ!!」
 こうなってしまったセレス様を止める方法を俺は知らない。いや、今は亡き王がいたならば止めることはできただろうか? そんなバカなことを考えている場合じゃない。こういう時にこそ、責任を取るのが俺の仕事だ。
「……わかりました」
「よし、10分後に部屋に来なさい」
 それだけを言い残し、セレス様は厨房を去っていった。
「執事長、よろしいのですか?」
「よくはない。後で頭を地面につけるつもりだ。先方には失礼が無いよう……はもう無理か。とにかく、できるだけの誠意を見せておいてほしい。後は、俺が何とかする」
「了解しました。お気をつけて」
 胃がキリキリするがいつものことだ。
 どうにか頑張るとしよう。
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