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異世界畜産10・ガウチョ?➂

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前回のあらすじ・クラのレベルは冒険者登録すらできなかった。



「ああ、分かった分かった、お前さんが牛が好きだっていうのはよーーーく分かった」

 まだまだ語り足りないというのに、手をパタパタと振ったギルマスに止められてしまった。
 これから、なんで僕が牛飼いを目指すようになったかの語りに入るところだったのに。
 でも、なんだか気分が上昇した。
 桃子や梅子のこともあるし、日本に帰れるものなら帰りたいけれど……もし全ての方法を試して駄目だったなら、こっちの世界で牛飼いになる道もあるのかもしれない。
 牛がいない人生なんて、もう僕には考えられないし。

「そんなら都合がいい。
 ここからな、数十キロ離れた町で年に数回の大きな牛の市がもうじき開かれるんだ。
 お前さんは農家に扮して、その町で子牛を売るって体で旅をしていけばいい。
 子牛を売りがてら、大きな町を妹にも見せてやりたい、そんな風に言やぁ子連れでもおかしかねぇやな。
 で、市が終わったなら、今度はそこから反対方向に市で買った子牛を連れて帰る体で旅をしていけばいい」

 なんだか疲れた様子でギルマスが言う。
 もう明け方に近い時間だし、眠くなってきたのかな?
 僕の牛談義が精神力を削ったなんて、断じてない。
 うん、ないったらない。

「ここは王都なんですよね?
 王都から、わざわざその町に子牛を売りに行くんですか?
 それに、結局、僕には身分証明書がありませんよ」

「確かにここは王都だ。
 王都に牛を持ってきても、肉になるしかねぇ。
 王都に牛飼いなんていねぇからな。
 ここから西に六十キロか、そこにあるギルって町の周辺が穀倉地帯でな。農家も多い。
 家畜の市もそこで開かれる」

 確かに、日本でだって東京で牛を飼っている人は少ない。
 共進会の全国大会だって、東京で開かれることはないと思う。
 東京で家畜の市を開くより、畜産農家の多い北海道とか北関東らへんで開くほうが理にかなっているだろう。

「それに、冒険者ギルドカードが市民証の代わりになるとは言ったが、市民証があるのは町住まいの人間だけだ。地方の農村なんかの住民にゃ市民証はない。
 なぜなら、農民への税金は農作物に課されるからだ。
 土地を持って逃げるわけにゃいかねぇし、国からしたら安定した収入源だな。
 その土地を耕すのに何人必要かなんて、国にしてみりゃあまったく興味ねぇわけだ」

 つまり、保険証とか、生活保護とかはないってことだよね。
 税金を1円も払ってない僕が、国の税金で何かしてもらおう、っていうのは間違ってるかもしれないけれど、社会保障的なものがある国ならよかったのに。自力でなんとかするしかないってことだ。
 でも、そういうのがないからこそ、戸籍も何もない僕らが紛れ込める余地があるってことで。
 ん?戸籍?

「この国に、戸籍ってないんですか?」

「戸籍っつぅのは?」

「えーっと、どこで誰が生まれたかの記録っていうか」

 自分が常識だと思っていることを、知らない人に説明するって難しい……

「そりゃあ教会の仕事だな。
 だが、この国は宗教の自由が一応認められてるから、教会に名のない人間も一割はいる。
 お前さんの名がどこにも記載がなくても心配するこたぁねぇよ」

 バチン、と片目をつむって見せるギルマスは、どこまで気付いているんだろう?
 ひょっとしたら、本当は全部知っていて、あえて知らないふりをしているのかもしれない。

「良かった。
 僕もフクちゃんも、遠い国から連れてこられたので……」

「おっと、そっから先は言わねぇほうがいい。
 もう朝まで間もねぇが、嬢ちゃんと一緒に少し眠るがいいや。
 俺はその間に、子牛の手配と野良着を用意しといてやるよ」

「それは、僕は助かりますけど、ギルマスが寝る暇ないですよね?」

 こんな時間にお邪魔しといて、いくら何でも申し訳なさすぎる。
 眉尻を下げた僕の背を、ギルマスがバシバシと叩いた。

「なーに、気にするこたぁねぇや。
 困ったときはお互いさま、人類みな兄弟だ。
 この先、誰かが困ってたときにお前さんが助けてやりゃあいい。
 それでフィフティだ」

 お国柄なんだろうか、僕が今まで会った人たちは、王城で下働きしていた人たちもみんな陽気で親切だった。
 あ、シルダール王子と第二王子は除く。
 わしわしとなでくりまわされて、フクちゃんとは別の長椅子に横になると、毛布をかけらけれてポンポン叩かれた。
 いったいこの人は、僕のことをいくつだと思っているんだろう?
 誰も頼れないと思っていた異国で、人の親切に触れるとこんなにも温かい気持ちになるんだ。
 急激な眠気に襲われながらも、僕の中のなけなしの警戒心が一応の警鐘を鳴らす。
 ギルマス・マルコさんとは初対面。
 ましてすぐそこには銀貨の袋を投げ出したまんま。
 寝ちゃダメだ、ダメ……



「クラちゃん、起きて! 起きるのよ!
 まったくクラちゃんは寝起きが悪いんだから!
 おいちゃん、おっぺしちゃって!」

「おっぺすっつーなぁ、こうか?」

 ぐぐぐっ、と背中に物凄い重量を感じで、僕はくっついたまぶたをなんとか押し開けた。
 その僕の顔を、白っぽいものがふぁさりと撫でる。
 つまりは、寝てる僕の背中にギルマスが乗っかってて、このフサフサしたものはギルマスのしっぽだってことだよね。
 フサフサ好きにはたまらないんだろうけれど、僕は猫も長毛より短毛派、フサフサよりもこもこが好きだ。

「おっ、起きてます……ぅ」

「クラちゃんてば、毎朝フクちゃんに起こされるんだよ。
 牛飼いは早起きが基本のキだよ、クラちゃん。
 おじいちゃんに言いつけちゃうんだから」

「や、やめてフクちゃ……ん」

 息が……吸い込めない……

「おっと、悪かったな」

 僕の上に座っていたらしいギルマスがよいしょとどいてくれて、僕はようやく深呼吸することができた。

「危うく、起きるどころか永眠するところでしたよ」

「スキルを使ったわけでなし、俺くらいの体重も持ち上げられんとは、お前さん本当に農家志望か?」

「……農家が全員、ムキムキマッチョだと思わないでください」

 とは言っても、この世界にトラクターやホイールローダーなんてないだろうし、何かやるとしたら人力か……あって馬力?
 ひょっとして、牛にすきとか付けて畑を耕していたりするんだろうか?
 この世界で、僕に農家がやれるかなぁ……?
 本職の農家からすればまだまだ未熟だけど、今まで紋次郎伯父さんのとこで培ってきた農業知識や技術、この世界では通じなかったり?
 子牛用の粉ミルクもペレットもないだろうし。
 なんだかだんだん不安になってきた。

「まあ、いいさ。
 王都の門の内にゃあ牛飼いはいないが、すぐ近くの村々で売る牛を集めてギルの町に連れてくらしくてな。
 その世話をする牧童ガウチョの一人にお前さんを潜り込ませる手筈が整ってる。
 牛飼い志望なんだ、さすがに騾馬らばくらいにゃ乗れるだろ?」

 当たり前のように言われて、思わず生唾を飲み込む。
 この国じゃ当たり前の技術なのかもしれないけど、現代日本の畜産農家にとっての必須スキルではない。
 僕は、というと……

「馬には乗れますけど、騾馬には乗ったことがないです」

 つい三ヶ月ほど前、高校最後の夏休みを利用して、北海道の牧場に実習に行った。
 とても広大な牧草地に乳牛を放牧している家で、搾乳のたびに牛を集めてくるのが実習生の仕事だった。
 とはいっても、大抵の牛は時間になると勝手に集まってくるから、それほど大変な仕事ではなくて、主に慣れていない初産牛を追ったりとか、何かの理由があって動けなくなってしまった牛を発見したりとかいうのが主な仕事だった。
 ……馬に乗って。
 牛が食べる牧草地を車やバイクで走り回るわけにはいかないし、車両が通れる場所なんて限られている。
 実習先の熊みたいな旦那さんに笑われながら必死で乗馬を教わったわけだけれども……こんなところで役に立とうとは。
 ちなみに、なんで普通高校の僕が酪農家に実習に行けたかは、実習先の旦那さんが紋次郎伯父さんの学友、ということによる。

「馬たぁ、随分とハイソだな。
 まぁ、馬に乗れるなら騾馬にも乗れるだろうよ」

 ガハハと笑ってギルマスは安請け合いしてくれたけど、乗るのは僕だ。
 しかも、フクちゃんを連れて。
 僕は、僕の運動神経とか融通を利かせる能力を全く信じていない。
 マラソン大会だって、いつも最後から二、三番目で、完走して拍手される位置取りだった。
 せめて裸馬じゃないといいけど。

「じゃあ、飯を食ったら王都の西のパリカって村に行くといい。
 そこで、『牧童ガウチョのアルバイトに来た』って言やぁ雇ってくれる手はずになってる」

 ちょっと不安になっていた僕は、恐る恐る聞いてみた。

「あの、やっぱり、僕は力もないですし、冒険者の人を雇って護衛してもらうわけには……?」

「ぷっ、ハハ、冒険者に護衛される牧童がどこにいるよ!?
 牧童じゃねぇにしても、護衛を連れてるってなぁどうしたって目立つ。
 俺だってギルドマスターだ、信頼のおける腕がいい冒険者なら何人か当てがあるが、その冒険者たちが俺の子飼いだっつぅのは暗黙の了解だ。
 そいつらに護衛されてるって時点で、俺が一枚かんでるっつぅのが丸わかりだな。
 つぅことは、お前さんたちが何か訳アリだって言いふらして回ってるようなもんだ」

 確かに、ギルマスの言うことはもっともなんだろうけど……。
 それは、安全より機密性をとった提案だ。
 もし、僕たちへの追手じゃなくても、西部劇みたいに、牛泥棒とか来て巻き添えで僕らが死んだりする可能性だってある。

「一応念を押しておくが、俺に隠れてコッソリ冒険者を雇ったりするなよ?
 ギルドを通せば必ず俺の耳に入るし、ギルドを通さず依頼を受けるような奴は、いわゆる『危ない』輩が多い。
 分かるな?」

 それってつまり、護衛のはずの冒険者に、かえって襲われたり、とか?

「心配しなくても、地元の牧童を襲うような奴は滅多にいねぇよ。
 だが、冒険者じゃなくても、なんとなく『黒い』奴には気をつけろ。
 薄汚れていて、着ているものも肌も何となく黒っぽい。タトゥーが多くて目つきが怪しい、何かブツブツ独り言を言ってたら完璧だな。
 まともな犯罪者ですらない可能性が高い」

 まともな犯罪者ですらないって?
 ひょっとして、怪しい薬で理性がなくなってるとか、そういう系!?
 南米って、マフィアとか聞くし、映画とかの話じゃなくて、本当にそういう人たちがいる世界ってこと!?
 悲鳴を飲み込んで顔色を悪くした僕を、ギルマスが満足そうに見る。

「この国ぁ『ジェイチーニョ』の国だ。
 いい意味でも悪い意味でもな。
 この国の全員が陽気で親切な善人、この国の全員が悪気のない悪人だ。
 例えば、飲む打つ買う、妻子を殴ると四拍子そろった最悪な男がいたとする。
 このままでは子が殺される、そう思った母親が夫を殺しちまった。
 お前さんの国じゃあどうなる?」

「そりゃあ、警察が来てお母さんは捕まりますよね?」

 それ以外の結末があるんだろうか?

「ケイサツってなぁ兵士か?
 この国じゃあ、大事にならねぇうちに近所のモンが寄ってたかって夫の死体を始末して蒸発したことにしてお終いだ。
 夫が悪いのは誰でも知ってるからな」

「そんな、そんなことが兵士にバレたらご近所の人たちも……!」

「金を握らせて終わりだな。
 第一、母親を投獄しちまったら、子どもはどうなる?
 近所のモンで育てるのか?
 そっちのほうがいい迷惑だろうが」

 確かに、確かにその場合悪いのは父親だし、母親が父親を殺したなんて知らないほうが子どもも幸せなんだろうけど……。
 難しい顔をしている僕に苦笑し、ギルマスは僕をハグすると背中をポンポン叩いた。

「ま、気を付けて行けってこった。
 ああそうだ、冒険者登録は出来なかったが、商業ギルドに行きゃあ商人でない一般人でも金を預けることが出来るぞ。
 そんな金袋なんぞ持って歩ったら、盗んでくださいと言っているようなもんだ。
 ただし、冒険者ギルドと違って結構な手数料をふんだくられるし、いつも長ぇ行列だ。
 早く済ませてぇなら、職員に銀貨の一枚もにぎらせりゃいい。
 冒険者ギルドのギルドマスターとしては、早めにレベルを上げて冒険者登録をすることをオススメする」

 ギルマスに厚くお礼を言って別れようとした僕は、思い出したように「手数料は夜間料金込みできっちり金袋からもらっといたぞ」と軽く言われた。。
 なるほど、これがジェイチーニョというやつか、と納得していると、こっそりギルマスが耳元でささやいた。

「ギルの町から北西へ進むと『フィーダ』って大きな町がある。
 どこの国にも属してない商人たちの自治区だ。
 俺がお前さんなら、そこを目指すねぇ」


 その後、商業ギルドというところに寄って、お金を預けてカードを作ってもらった。
 聞いていた通りの物凄い行列で、そのくせ職員の仕事はとてもゆっくりだ。並んでいる人たちもイライラしている様子はないから、きっとこれがいつも通りなんだろう。
 フクちゃんはすぐに飽きて他の子どもたちと遊び始めてしまったし、重い金袋を抱えて並んでいるのも危ないと思ったので、教えてもらった通り、お金を払って行列をすっ飛ばすことにした。
 自分でもルール違反なことをしていると思うのに、白い目で見てくる人は誰もいなかった。
 今更ながら、日本じゃないんだなぁ、と変なところで実感する。
 その後、道で『パリカ村』への道を聞くと、何人もが集まってきて親切に教えてくれた。
 ただ、そのうちの二、三人が間違っている道を言っている気がする。
 何か騙そうとしているのか、単に素で間違えているのか……?
 僕には区別がつかないので、多数の意見に従うことにする。
 他にいくつかの地名も覚えていたので、目くらましにそっちへの道も聞いて、僕とフクちゃんは『パリカ村』を目指した。

 

後書き
牛雑学・人間は頭から産まれるけれど、牛は前脚から生まれてくる。頭から産まれる牛は「足忘れ」と言われ、一度押し戻して前脚を持ってこないと産まれない。
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