上 下
3 / 11

異世界畜産03・畜産フェスティバル➁

しおりを挟む
「お散歩牛さーん♪」

 ヒーローショーの前に、ホルスタインの共進会に寄った。
 共進会というのは、いわゆる牛の美人コンテストだ。
 本当なら、ホルスタインなら牛乳の量や美味しさ、和牛ならお肉の美味しさとかで評価されるべきだと思うけれど、共進会で評価されるのは、牛の美しさ。
 人生賭けて凝っている人もいるし、付き合いで参加している人もいるし、農業高校の生徒もいる。
 地域予選もあって、『畜産フェスティバル』で行われるのは県大会、この上に関東大会も全国大会もあるけれど、大抵は県外なので僕は行ったことがない。
 県大会には、県内の大勢の畜産農家が集まるので、それを目当てにした畜産系のお店のブースがたくさんある。
 その中の一軒が、毎年、子どもには牛のキャラクター入りのヘリウム風船を無料で配り、さらに取引先の農家の子どもには、散歩させているように地面ギリギリに浮かぶ牛の形の風船を配ってくれる。
 紋次郎おじさんちはその取引先で、ふくちゃんは営業さんと顔見知りなので、毎年『お散歩牛さん風船』をもらうのを楽しみにしている。

「朝、雨っぽいから心配だったけど、何とか持ちそうで良かったねフクちゃん」

「クラちゃん雨男だもんねー」

「フクちゃんまで言わないでよ。
 それに、共進会は雨天決行だし」

「雨じゃお散歩牛さんが濡れちゃうよ。
 フクちゃんは晴れ女だから大丈夫ーー」

 実を言うと、僕は今日雨が降るんじゃないかと、とても心配していた。
 フクちゃんは楽しみにしているし、雨の日のヒーローショーは地面がびしょびしょになって、シートもドロドロになって悲惨なのを知っている。
 本降りなら中止もあるだろう。
 だって、僕は昔から晴れて欲しいときほど雨が降る、雨男なんだ。
 高校の友だちには、「アフリカに行ったら銅像が立つレベル」とかからかわれるほどの。
 一時期、伯父さんたちも本気で心配していた。
 何しろ、牛飼いというのは天候に作用される。
 雨男というのは致命的な欠陥だ。
 でも、そんなのは気のせい、迷信だと言い張って、なんとか牛飼いになりたいという熱意を認めてもらったんだ。
 今更、雨男を認めるわけにはいかない。

「ふわふわにも行きたいし、ヒヨコも見たい!」

「ついでにスタンプも集めちゃおう」

 県のマスコットを巨大にしたふわふわ(ぬいぐるみの体内で遊ぶ空気トランポリンみたいなやつ)は長蛇の列で、僕とふくちゃんは先にスタンプラリーのクイズを回ることにした。
 スタンプラリー、ヒヨコの孵化、獣医さん体験、トラクター試乗、牧草のロールへの落書き、子豚の写生大会、馬へのエサやり体験、と、意外と『畜産フェスティバル』は子供向けに企画されている。
 そのほとんどが無料か格安で、さらにチーズがもらえたりヨーグルトがもらえたり、クレヨンがもらえたりすることから、地元の幼稚園児や小学生に人気で、ふくちゃんの友だちにも何人か会った。
 あっちにスタンプがあったよ、とか、うちのママってば堆肥もらってるんだよ、とか、そんな話をしながら盛り上がっているところを見ると、いつも『クラちゃんクラちゃん』とついてきたフクちゃんにも、僕の知らない交友関係があるんだと、微笑ましいような、寂しいような気分になった。

「フクちゃん、ヒーローショー始まっちゃうよ!」

 僕らの横を走り抜けて行った友だちの声に、フクちゃんも慌てて僕の手をつかんで走り出した。
 ヒーローショーは、今までいた場所よりも一段低い場所に停められたトラックをステージにして行われる。
 メディア化していないご当地ヒーローだというのに、結構な人数が集まっていた。

『ホルスタインの力を搾りつくす、ストックホワイト!』

『和牛の旨み、ストックブラック!』

『豚さんの全てを活かす、ストックピンク!』

『ヒヨコの愛らしさ、ストックイエロー!』

『馬力なら誰にも負けない、ストックブラウン!』

『『『『『五人合わせて、畜産戦隊ライブストック!』』』』』

 ツッコミどころが色々あるけど、子どもたちが盛り上がってるから、まあ、いいか、な?

「ねぇねぇ、知ってる? フクちゃん。
 ライブストックはね、牛とかの力で戦うから、北海道とか栃木とか群馬だと強いけど、東京とかだとすっごい弱くなっちゃうんだって」

「へぇ、なんでトーキョー?だと弱いの?」

「牛とかが少ないからだよー」

 熱心な子に説明されて、フクちゃんもうんうん頷いて聞いている。
 なるほど、普段そんなに興味のなさそうなご当地ヒーローのショーに行きたい、とか言い出したのは、幼稚園の友だちとの付き合いだったのか。
 女の子ってのは大変だねぇ。

『大丈夫かっ、ピンク!
 ……きさまっ、ピンクをよくも!
 許さないぞ、トンコレラ怪人め!』

『ふぁーふぁーふぁー。
 この会場の中に、消毒マットを踏まずに来た子どもたちがたくさんいる。
 その足裏についた菌のすべてが、わしの力になるのだー』

『……大丈夫、あたしはこんなやつに、負けないんだからっ!』

『なにっ、わしの攻撃を受けて、なぜ動けるんだっ』

『ワクチン打ってたから、なんとか耐えられたのよっ!』

『ぬぬぬっ』

 その後も、会場の子どもが怪人に拉致されたり、力を合わせて怪人を倒したり、というお約束の流れがあって、ヒーローショーは終幕した。
 確かに、人が集まるだけあって、それなりに面白かった気がする。

『それでは、ショーの後は、ヒーローとの記念撮影とサイン色紙の販売を行いまーす!
 ライブストックのソーセージも売ってるよーー』

 司会のお姉さんのアナウンスに、子どもを連れた親がぞろぞろと並び始める。

「フクちゃんはどうする?
 写真撮りたい?」

「とってほしいけど……おしっこ」

「じゃあトイレ行ってからね」

 確か会場の隅に仮設トイレが並んでいたはず……と思って振り返れば、そちらにも結構な列が出来ていた。
 大人が二人以上いれば、一人がヒーローの列に並んで場所取りをして、その待ち時間にもう一人が子どもをトイレに連れて行く、とか出来るんだけれど、あいにく僕は一人だけだ。
 幼稚園児に、一人でトイレに行って来て、と言うわけにもいかない。
 僕はフクちゃんとトイレ待ちの列に並んだ。
 子ども連れが多いからか、結構な時間がかかった。
 ちょっと前なら、こういうとき、「おしっこ出ちゃうよ、早く、早くーー」とか叫んでいたふくちゃんが、今日はもじもじしながらも黙って待っていて、「さすが年長さんだね」と褒めたら、「もうすぐ一年生だもん」とどや顔が返って来た。
 ふくちゃんがトイレから出るのを待って、僕もついでに済ませて出ると、フクちゃんの姿がない。
 慌てて見回した先で、友だちのママさんにちゃっかりソフトクリームを買ってもらっているフクちゃんがいた。

「フクちゃんてば!
 あ、すみません、買ってもらったみたいで」

「あら、百合ちゃんと一緒じゃなかったんだ、フクちゃん」

「ママはこうちゃんと一緒だから。
 フクちゃんはクラちゃんと来たの」

 首をかしげて僕を見るママさんに、僕が代わりに説明する。

「百合姉は、赤ちゃんがいるので来られなくて。
 それでもフクちゃんが、どうしてもヒーローショーを見に来たいって言うんで、僕が代わりに連れて来たんです」

「あら、百合ちゃんの弟さん?
 いいねぇ、フクちゃん、優しそうなおじさんで」

「おじさんじゃないよ、クラちゃんだよ」

 口を尖らすフクちゃんは、それでもしっかりとソフトクリームを握っている。

「それよりフクちゃん、ちゃんとお礼言った?」

「ほのちゃんママ、ありがとー」

「ありがとうございます」

 そんなこんなをしていたら、すっかり遅くなり、写真撮影の列に並んだときには、僕たちが最後尾になってしまった。
 飽きっぽいふくちゃんだけれど、ママさんに買ってもらったソフトクリームがあるからか、ペロペロと舐めながらご機嫌で順番を待っていられた。

「ライブストックはね、牛とか豚とかの力で、怪人と戦うんだよ」

「ふーん」

「ブラウンはね、ニンジンをあげるとパワーアップするんだよ」

「へーえ」

「イエローはね、普段は弱いんだけど、敵の秘密基地に入ったときだけパワーアップできるんだよ」

「そうなの?」

 それって『どうぶ〇しょうぎ』のひよこ(歩)ネタなんじゃあ?
 とは思ったけど、フクちゃんに言っても多分分からない。

「はい、では次の方」

 ようやく、僕らの番になった。
 ヒーローたちとの撮影は、自分のカメラで撮ってもらう分には無料、運営側のカメラで撮ったのを印刷してもらうと有料、というよくあるパターンだ。
 五人のヒーローと、なぜか司会のお姉さんにも囲まれてカメラに向かう。

「はーい、じゃあカメラのほうを見てー。
 ヒヨコのお母さんは誰かな?
 せーのっ」

「「にわとりー」」

 パシャッ、とカメラのシャッターがおりた瞬間。
 フラッシュでは到底あり得ないほどの光が、僕たちを包んだ。

―――勇者たちよ――――

 耳慣れない声が脳ミソを揺さぶった次の瞬間。
 何だかよく分からない、ぞわぞわとした感覚と共に。
 僕たちと畜産戦隊の前には、見たことのない景色が広がっていた。


後書き
牛雑学・ホルスタインと和牛の間に産まれた交雑種。どこかで聞いたことがある?焼肉屋さんとかで聞いたことあるかも。「国産牛肉」は、多分、ホルスタイン雄。乳臭い牛肉は、出産経験のあるホルスタイン雌。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)
ファンタジー
旧副題:~ちなみに勇者さんは、レベル54で、獣の森をようやく踏破したところだそうです~  オイラはノア。  オイラの父ちゃんは、『神の鍛冶士』とまで言われた凄腕の鍛冶士……なんだけど、元冒険者の母ちゃんが死んでからというものの、鍛冶以外ダメダメの父ちゃんは、クズ同然の鉱石を高値でつかまされたり、伝説級の武器を飲み屋のツケに取られたり、と、すっかりダメ親父。  今では、いつも酔っぱらって、元・パーティメンバーからの依頼しか受けなくなっちゃった。    たまに依頼が入ったかと思うと、 「ノア!  オリハルコン持ってこい!」 「ないよ、そんなの!?」 「最果ての亀裂にでも行きゃ、ゴロゴロ落ちとるだろ!」 「どこだよ、そのムチャクチャ遠そうなトコ!?」  てなわけで、オイラの目下の仕事は、父ちゃんが使う鉱石拾いと素材集めってわけ。  そして、素材を集めるため、何度も強敵に挑み続けたオイラは、ついに気付いてしまった。  魔獣は、何も、殺さなくても素材をドロップしてくれること。  トドメさえささなければ、次に行くときまでに、勝手に回復して、素材を復活させてくれていることに!  かくして、オイラの地下倉庫には、伝説の勇者が、一生を通して数個しか入手できないような素材が、ゴロゴロ転がることとなる。 「父ちゃん、そろそろオイラにも、売り物の剣。打たせてくれよ」 「百年早いわ、バカモノ……ひっく」 「……じゃあしょうがない、ご近所さんに頼まれた草刈り鎌でも作るか。  マグマ石とアダマンタイトの合金に、火竜のウロコ、マンティコアの針を付与して。  出来た、ノア特製・雑草の燃える鎌!」 「……!?  お前、なんでそんなの持ってるんだ!?」 「え?普通に、火竜からプチッと」  最強鍛冶見習い・ノアの、常識外れの日常と冒険の物語。  三巻以降のストーリーを加筆修正中。今まで公開してきたお話を引き下げることがあります。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

処理中です...