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異世界畜産02・畜産フェスティバル①
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僕は、三国桜。十八歳の日本人だ。
僕は、牛が大好きだ。
これだけは、声を大にして言いたい。
僕は本当に、牛が大好きだ。
あれは、小学校三年生のときだったと思う。
クラス替えがあった一学期、なぜか僕のあだ名が『オクラ』や『イクラ』になった。
本名の「さくら」から来ているのは分かったけれど、女の子みたいな名前だとからかわれたことはあっても、そんないじられ方をしたことがなかった僕は、とてもびっくりした。
今思えば、当時のクラスのリーダー格だった子が好きだった女の子と僕が仲が良かったとか、そんなたわいもないきっかけだったと思う。
『オクラ』『イクラ』『マクラ』『ネクラ』……あだ名から始まったそれは、だんだんとイジメに変わっていき、ネバネバするから触るな、とか、潰れちゃうから触れないー、とか言われる頃には、すっかり僕は学校へ行くのが嫌になっていた。
理由も言わず、ただ「学校へ行きたくない」と言う僕を、母親は伯父夫婦の経営する牧場へと放り込んだ。
「勉強するのが子どもの仕事。勉強しないなら働きな」という母親の言葉は、傷ついた子どもに向けるにしてはだいぶキツいものだったと思うけれど、今となっては、そのことにとても感謝している。
「ねぇ、紋次郎おじさん。
なんでこの子牛は、こんなにちっちゃいの?」
僕が伯父の家に行った次の日の早朝。
伯父さんの家で、小さな黒い子牛が産まれた。
伯父の家に来たことは何度もあったけれど、子牛が産まれるところを見たのは初めてだった。
僕はまだ危ないから、とお産の手伝いはさせてもらえなかったけれど、拳を握りしめて、横で見守っていた。
初めてのお産だからか、血もいっぱい出て、お母さん牛は苦しそうだった。伯父さんたちが赤ちゃん牛の前足を引っ張って手伝って、ようやく産まれた赤ちゃん牛はぐっしょり濡れていて、体中から湯気が立っていた。
ぷしゅっ、ぷしゅっ、とくしゃみをして気管に入った羊水を出そうとするたびに、大きな耳がぷるぷると震えた。
伯母さんの持って来てくれたタオルで、僕も一生懸命に赤ちゃん牛を拭くお手伝いをした。
その間に、伯父さんは赤ちゃん牛のへその緒を短く切って消毒し、お母さん牛に味噌湯というぬるい味噌汁をあげていた。
お産で頑張った牛だけが飲めるご馳走なんだそうだ。
伯父さんちは酪農家で、白黒のホルスタインという牛をたくさん飼っている。
味噌湯を飲んでいるお母さん牛も白黒だ。
枠の中に何頭もいる子牛たちも、みんな白黒や黒白の牛ばかりで、全身黒い牛というのはそのとき産まれた子牛だけだった。
「んー、ちょっと込み入った話になるんだがな。
うちの子どもたちは、誰も酪農を継いでくれそうになくてなぁ。
繁殖和牛の農家になってもいいか、と思い始めてるんだ」
「酪農?
はんしょく?」
首をかしげる僕に、伯父さんが苦笑する。
拭き終わった子牛を、麻袋《またい》で包んで、伯母と二人でヨイショと一輪車に乗せると、子牛用の枠のほうへと連れて行った。
お産が近いことが分かっていたのか、枠の中には真新しい緑の牧草がふんわりと敷かれていて、赤ちゃん牛を待ち望んでいた伯父さんたちの気持ちが見えるようだった。
牛の赤ちゃんは、普通、生まれてすぐ母親と離して、人間の手で育てる。
いくら牛だって赤ちゃんを産まなければ牛乳を出してくれないから、必ず赤ちゃんは産まなくてはならない。
でも、その母牛にずっとくっついて赤ちゃんが牛乳を飲んでいたら、人間が飲む分の牛乳が搾れないし、母牛が出す牛乳は、赤ちゃんが飲む分よりずっと多いんだそうだ。
それで、搾った牛乳の内、決まった量を人間が赤ちゃん牛に飲ませる。
「酪農ってのは、今の、牛乳を搾って売る牛飼いだな。
繁殖和牛ってなぁ……こーいう黒い牛ばっかり飼って、子牛を売る牛飼いだ」
「えっ、じゃあ、伯父さんがそのはんしょく?っていうのになっちゃったら、ここにいる白黒の牛がいなくなっちゃうってこと?」
びっくりして周りを見回す僕に、伯父さんはくしゃりと笑った。
「そうだなぁ。
ちょっと寂しいな。
でも、そんなに急には変わらんさ。
こうやって、ホルスタインの産む子牛を和牛の子牛にしてって、徐々に、だな。
子どもが産めないホルスがうちから出ていくのはいつも通り、一気にいなくなるわけじゃあない。
この子は、その第一号だ。
繁殖農家になれば、トウモロコシも作らなくて良くなるし、搾乳がなくなるからその分楽になるし、牛の腹の下にもぐらなくて済むからケガも減る」
白黒の牛が、どうやったらまっ黒い和牛の子牛を産むようになるのか、当時の僕には分からなかったけれど、今いる牛たちが急にいなくなるわけじゃないと知って安心した。
その一方で、子牛用のヒーターを用意していた美津《みつ》伯母さんが渋い顔をした。
「うーん、でも、想像以上にちっちゃいわね。
ホルスから産まれてこの大きさなら、和牛から産まれたらもっとちっちゃいんでしょ?
ちゃんと育てられるか……ちょっと自信がないかも」
「だからこその、この子なんだろ?
頑張ってみてくれよ」
子牛を育てるのは、美津叔母さんの担当だ。
紋次郎伯父さんは、色々な仕事をしているけれど、ミルクをやっているところは見たことがない。
「どういうこと?」
伯父さんたちの説明によると、白黒のホルスタインよりも、まっ黒い和牛のほうが小柄で、もちろん子牛も小さい。
小さいということは、ホルスタインの子牛より一回に飲めるミルクも少なく、体力も少なく、育てるのに手間がかかる。
和牛の子牛を売る農家は、牛乳を搾る手間が減る分楽になるけれど、逆を言えば牛乳の分の収入がなくなるわけで、子牛が死んでしまうと収入そのものがなくなってしまう。
売る月齢までに、どれだけ大きく健康に育てられるかが腕の見せ所なんだそうだ。
「ああ、そうだ。
繫殖和牛のほうがいいことが、もう一つあるぞ」
僕が、なんとなく哀しい目でホルスタインのお母さん牛を見ているのに気づいたんだろう。紋次郎伯父さんが、僕の肩をポンと叩いた。
「いいこと?」
「そうだ。
繫殖和牛のほうが、寿命が長いんだ。
ホルスタインの寿命は五年ほどだが、繫殖和牛は、うまくいけば十五年は生きる」
「十五年!?」
「そうだ。
桜は九歳だったか?
今日産まれたこの子が、桜が二十四歳になるまでうちにいる、ってことだな」
「凄い!」
二十四歳。二十四歳になった僕は、何をしているんだろう?
九歳だった僕にとっては、想像も出来ないくらいの遠い未来だった。
目を輝かせる僕に、伯父さんは優しく笑った。
「そうだ、桜がこの子牛の名前をつけるか?」
「いいの!?
女の子?男の子?」
「男の子だったら売っちまうから、十五年もいられないさ。
女の子だよ」
そうか、女の子……
「じゃあ、桃子!
僕が桜だから、僕の妹ってことで!」
名前のせいでいじめられたりもしたけれど、僕は何気に自分の名前が好きだった。だから余計に、名前をからかわれたのが悲しかったのかもしれない。
「そうか、桃子か」
その後、僕は桃子のお世話係になった。
最初の頃は全然ミルクを飲んでくれなくて、伯母さんも四苦八苦していたけれど、立って自分で哺乳バケツに吸い付いてくれるようになってからは、僕がミルクをやることになった。
立てても、まだまだ小さい桃子は一度にたくさんの量が飲めないので、暇な僕が、一日に五回、八百ミリリットルずつミルクをやることになった。
ホルスタインの子牛は一日二回、二リットルずつだから、その手間に伯母さんはため息をついていたけれど、僕は楽しくて仕方がなかった。
僕が世話をしないと、死んでしまう命。
いくら牛の中では小さいとはいえ、僕と同じくらいの大きさはある生き物が、僕が顔を見せると嬉しそうに鳴いて立ち上がる。
ちゅっちゅと吸い付かれると結構痛くて、ザラザラの舌に舐められると顔がヒリヒリした。
伯母さんに教わって、元気なウンチ、お腹を壊しそうなウンチ、お腹を壊しちゃったときのウンチも見分けられるようになった。
桃子はじきに、僕の手から離乳食の粒々を喜んで食べるようになり、乾草もねだるようになった。
夏休みが終わるころには、僕よりもずっと大きくなって、少しだけ角も見えるようになっていた。
「オクラ。
お前、学校サボって何やってたんだよ」
新学期早々。
相変わらずのあだ名で呼んでくるクラスメイトに、僕は頑張ってにっこり笑った。
「牛の赤ちゃんを育ててたんだよ」
「は?
なにそれ、ゲーム?」
「違うよ、本物の牛」
呆気にとられたクラスメイトが何か言う前に、きゃああっ、と黄色い歓声が巻き起こった。
「桜くん、子牛を育ててたの!?」
「すごぉい」
動物好きの女子たちに取り囲まれ、僕はあっという間にクラスの除け者から『ちょっと変わった動物好き仲間』へと昇格してしまった。
その後、僕を『オクラ』と呼んでいたクラスメイトから、『牛』とか『牛太郎』とか呼ばれるようにはなったけれど、僕はもう、そんなことは気にならなくなっていた。
その年から、牛は僕のヒーローになった。
そして、九年が経ち、僕は十八歳になった。
紋次郎伯父さんの家はすっかり繁殖和牛農家になり、白黒の牛は姿を消していた。
伯父さんのところは四人兄弟で、上から茂勝兄、忠平兄、百合姉、照美姉と続くけれど、結局誰も農家を継がないそうだ。
僕はあれから、時間さえあれば伯父さんの家に入り浸り、牛舎に顔を出していた。
もちろん、あのときの子牛、桃子は今でも元気にしている。
毎年一頭ずつ子牛を産んで、今では六頭のお母さんになり、今現在もお腹の中に赤ちゃんがいる。
桃子の最初の子どもの梅子も、ちょうど夏休みに産まれたこともあり、僕がミルクをやることが出来た。その梅子も、今では四頭のお母さんだ。
覚えていてくれるのか、僕が牛舎に顔を出すと、走り寄ってきてくれてとてもかわいい。
ただ、服を舐めまわすのはべちゃべちゃになるからやめて欲しい。
伯父さんちの四兄弟は、「絶対に週休二日の仕事に就く」と言って公務員率が高いけれど、残業も多いのか、子どもたちは学校や幼稚園を終わると、いったん叔父さんのうちに帰ってくる。
そんなわけで、僕自身は二人兄弟だけれど、伯父さんの孫たちと兄弟同然に育ってきた。
厳密には従兄姉の子どもたちだけれど、便宜上、甥っ子姪っ子と呼んでいる。
そんな中でも、百合姉の娘であるふくちゃんは、僕によくなついてくれた。
「ねぇ、クラちゃん。
畜産フェスティバルの、ヒーローショーに連れてって」
「ヒーローショー?」
長年の説得が実って、今年、僕は晴れて伯父さんちの繁殖農家の後継者に内定した。
夏休みに運転免許証もとって、冬には大型特殊(トラクターの運転免許)もとりに行く予定だ。
高校を卒業したら、県内の農林大学校に進学予定で、大学校に通いながら、牽引免許もとる予定だ。
大型特殊には十万円、牽引には十五万円かかるけれど、トラクターに色々な機械をつけて公道を走るには、この免許が必要になる。
「畜産戦隊ライブストックのヒーローショーがあるって」
「畜産戦隊?
ご当地ヒーローみたいなやつ?
畜産フェスティバルってあれでしょ、牛の共進会がある。
フクちゃん、スライム戦隊プニキュイが好きなんじゃなかった?」
フクちゃんの本名は、伊藤ふくり。
6歳の幼稚園年長さんだ。
お父さんの直太郎さんは根っからの市役所職員で、「福利」という名にしようとして百合姉に泣かれた過去を持つ。ちなみに生まれたばかりの「厚生」という弟もいる。
「いいの、ヒーローショー行きたい。
パパもママも、こうちゃんがいるから、今年は行けないって言うの。
クラちゃん、車、運転できるようになったんでしょ?」
ふっくらした頬をぶすっとさせて言うふくちゃんに、僕は『ああ、そうか』と納得した。フクちゃんも、普段は産まれたばかりの弟を可愛がっているけれど、パパとママを取られたような気もしているんだろう。
「分かったよ、十月の最後の土日だっけ?
土曜日は和牛の共進会、日曜日はホルスタインの共進会だったと思うけど」
「日曜!
牛さんの風船がもらえるから」
後書き
牛雑学・白黒のホルスタインから産まれた子は当然ホルスタイン? いえいえ、和牛の種をつけた子は、F1(交雑種)という黒い牛が生まれます。
僕は、牛が大好きだ。
これだけは、声を大にして言いたい。
僕は本当に、牛が大好きだ。
あれは、小学校三年生のときだったと思う。
クラス替えがあった一学期、なぜか僕のあだ名が『オクラ』や『イクラ』になった。
本名の「さくら」から来ているのは分かったけれど、女の子みたいな名前だとからかわれたことはあっても、そんないじられ方をしたことがなかった僕は、とてもびっくりした。
今思えば、当時のクラスのリーダー格だった子が好きだった女の子と僕が仲が良かったとか、そんなたわいもないきっかけだったと思う。
『オクラ』『イクラ』『マクラ』『ネクラ』……あだ名から始まったそれは、だんだんとイジメに変わっていき、ネバネバするから触るな、とか、潰れちゃうから触れないー、とか言われる頃には、すっかり僕は学校へ行くのが嫌になっていた。
理由も言わず、ただ「学校へ行きたくない」と言う僕を、母親は伯父夫婦の経営する牧場へと放り込んだ。
「勉強するのが子どもの仕事。勉強しないなら働きな」という母親の言葉は、傷ついた子どもに向けるにしてはだいぶキツいものだったと思うけれど、今となっては、そのことにとても感謝している。
「ねぇ、紋次郎おじさん。
なんでこの子牛は、こんなにちっちゃいの?」
僕が伯父の家に行った次の日の早朝。
伯父さんの家で、小さな黒い子牛が産まれた。
伯父の家に来たことは何度もあったけれど、子牛が産まれるところを見たのは初めてだった。
僕はまだ危ないから、とお産の手伝いはさせてもらえなかったけれど、拳を握りしめて、横で見守っていた。
初めてのお産だからか、血もいっぱい出て、お母さん牛は苦しそうだった。伯父さんたちが赤ちゃん牛の前足を引っ張って手伝って、ようやく産まれた赤ちゃん牛はぐっしょり濡れていて、体中から湯気が立っていた。
ぷしゅっ、ぷしゅっ、とくしゃみをして気管に入った羊水を出そうとするたびに、大きな耳がぷるぷると震えた。
伯母さんの持って来てくれたタオルで、僕も一生懸命に赤ちゃん牛を拭くお手伝いをした。
その間に、伯父さんは赤ちゃん牛のへその緒を短く切って消毒し、お母さん牛に味噌湯というぬるい味噌汁をあげていた。
お産で頑張った牛だけが飲めるご馳走なんだそうだ。
伯父さんちは酪農家で、白黒のホルスタインという牛をたくさん飼っている。
味噌湯を飲んでいるお母さん牛も白黒だ。
枠の中に何頭もいる子牛たちも、みんな白黒や黒白の牛ばかりで、全身黒い牛というのはそのとき産まれた子牛だけだった。
「んー、ちょっと込み入った話になるんだがな。
うちの子どもたちは、誰も酪農を継いでくれそうになくてなぁ。
繁殖和牛の農家になってもいいか、と思い始めてるんだ」
「酪農?
はんしょく?」
首をかしげる僕に、伯父さんが苦笑する。
拭き終わった子牛を、麻袋《またい》で包んで、伯母と二人でヨイショと一輪車に乗せると、子牛用の枠のほうへと連れて行った。
お産が近いことが分かっていたのか、枠の中には真新しい緑の牧草がふんわりと敷かれていて、赤ちゃん牛を待ち望んでいた伯父さんたちの気持ちが見えるようだった。
牛の赤ちゃんは、普通、生まれてすぐ母親と離して、人間の手で育てる。
いくら牛だって赤ちゃんを産まなければ牛乳を出してくれないから、必ず赤ちゃんは産まなくてはならない。
でも、その母牛にずっとくっついて赤ちゃんが牛乳を飲んでいたら、人間が飲む分の牛乳が搾れないし、母牛が出す牛乳は、赤ちゃんが飲む分よりずっと多いんだそうだ。
それで、搾った牛乳の内、決まった量を人間が赤ちゃん牛に飲ませる。
「酪農ってのは、今の、牛乳を搾って売る牛飼いだな。
繁殖和牛ってなぁ……こーいう黒い牛ばっかり飼って、子牛を売る牛飼いだ」
「えっ、じゃあ、伯父さんがそのはんしょく?っていうのになっちゃったら、ここにいる白黒の牛がいなくなっちゃうってこと?」
びっくりして周りを見回す僕に、伯父さんはくしゃりと笑った。
「そうだなぁ。
ちょっと寂しいな。
でも、そんなに急には変わらんさ。
こうやって、ホルスタインの産む子牛を和牛の子牛にしてって、徐々に、だな。
子どもが産めないホルスがうちから出ていくのはいつも通り、一気にいなくなるわけじゃあない。
この子は、その第一号だ。
繁殖農家になれば、トウモロコシも作らなくて良くなるし、搾乳がなくなるからその分楽になるし、牛の腹の下にもぐらなくて済むからケガも減る」
白黒の牛が、どうやったらまっ黒い和牛の子牛を産むようになるのか、当時の僕には分からなかったけれど、今いる牛たちが急にいなくなるわけじゃないと知って安心した。
その一方で、子牛用のヒーターを用意していた美津《みつ》伯母さんが渋い顔をした。
「うーん、でも、想像以上にちっちゃいわね。
ホルスから産まれてこの大きさなら、和牛から産まれたらもっとちっちゃいんでしょ?
ちゃんと育てられるか……ちょっと自信がないかも」
「だからこその、この子なんだろ?
頑張ってみてくれよ」
子牛を育てるのは、美津叔母さんの担当だ。
紋次郎伯父さんは、色々な仕事をしているけれど、ミルクをやっているところは見たことがない。
「どういうこと?」
伯父さんたちの説明によると、白黒のホルスタインよりも、まっ黒い和牛のほうが小柄で、もちろん子牛も小さい。
小さいということは、ホルスタインの子牛より一回に飲めるミルクも少なく、体力も少なく、育てるのに手間がかかる。
和牛の子牛を売る農家は、牛乳を搾る手間が減る分楽になるけれど、逆を言えば牛乳の分の収入がなくなるわけで、子牛が死んでしまうと収入そのものがなくなってしまう。
売る月齢までに、どれだけ大きく健康に育てられるかが腕の見せ所なんだそうだ。
「ああ、そうだ。
繫殖和牛のほうがいいことが、もう一つあるぞ」
僕が、なんとなく哀しい目でホルスタインのお母さん牛を見ているのに気づいたんだろう。紋次郎伯父さんが、僕の肩をポンと叩いた。
「いいこと?」
「そうだ。
繫殖和牛のほうが、寿命が長いんだ。
ホルスタインの寿命は五年ほどだが、繫殖和牛は、うまくいけば十五年は生きる」
「十五年!?」
「そうだ。
桜は九歳だったか?
今日産まれたこの子が、桜が二十四歳になるまでうちにいる、ってことだな」
「凄い!」
二十四歳。二十四歳になった僕は、何をしているんだろう?
九歳だった僕にとっては、想像も出来ないくらいの遠い未来だった。
目を輝かせる僕に、伯父さんは優しく笑った。
「そうだ、桜がこの子牛の名前をつけるか?」
「いいの!?
女の子?男の子?」
「男の子だったら売っちまうから、十五年もいられないさ。
女の子だよ」
そうか、女の子……
「じゃあ、桃子!
僕が桜だから、僕の妹ってことで!」
名前のせいでいじめられたりもしたけれど、僕は何気に自分の名前が好きだった。だから余計に、名前をからかわれたのが悲しかったのかもしれない。
「そうか、桃子か」
その後、僕は桃子のお世話係になった。
最初の頃は全然ミルクを飲んでくれなくて、伯母さんも四苦八苦していたけれど、立って自分で哺乳バケツに吸い付いてくれるようになってからは、僕がミルクをやることになった。
立てても、まだまだ小さい桃子は一度にたくさんの量が飲めないので、暇な僕が、一日に五回、八百ミリリットルずつミルクをやることになった。
ホルスタインの子牛は一日二回、二リットルずつだから、その手間に伯母さんはため息をついていたけれど、僕は楽しくて仕方がなかった。
僕が世話をしないと、死んでしまう命。
いくら牛の中では小さいとはいえ、僕と同じくらいの大きさはある生き物が、僕が顔を見せると嬉しそうに鳴いて立ち上がる。
ちゅっちゅと吸い付かれると結構痛くて、ザラザラの舌に舐められると顔がヒリヒリした。
伯母さんに教わって、元気なウンチ、お腹を壊しそうなウンチ、お腹を壊しちゃったときのウンチも見分けられるようになった。
桃子はじきに、僕の手から離乳食の粒々を喜んで食べるようになり、乾草もねだるようになった。
夏休みが終わるころには、僕よりもずっと大きくなって、少しだけ角も見えるようになっていた。
「オクラ。
お前、学校サボって何やってたんだよ」
新学期早々。
相変わらずのあだ名で呼んでくるクラスメイトに、僕は頑張ってにっこり笑った。
「牛の赤ちゃんを育ててたんだよ」
「は?
なにそれ、ゲーム?」
「違うよ、本物の牛」
呆気にとられたクラスメイトが何か言う前に、きゃああっ、と黄色い歓声が巻き起こった。
「桜くん、子牛を育ててたの!?」
「すごぉい」
動物好きの女子たちに取り囲まれ、僕はあっという間にクラスの除け者から『ちょっと変わった動物好き仲間』へと昇格してしまった。
その後、僕を『オクラ』と呼んでいたクラスメイトから、『牛』とか『牛太郎』とか呼ばれるようにはなったけれど、僕はもう、そんなことは気にならなくなっていた。
その年から、牛は僕のヒーローになった。
そして、九年が経ち、僕は十八歳になった。
紋次郎伯父さんの家はすっかり繁殖和牛農家になり、白黒の牛は姿を消していた。
伯父さんのところは四人兄弟で、上から茂勝兄、忠平兄、百合姉、照美姉と続くけれど、結局誰も農家を継がないそうだ。
僕はあれから、時間さえあれば伯父さんの家に入り浸り、牛舎に顔を出していた。
もちろん、あのときの子牛、桃子は今でも元気にしている。
毎年一頭ずつ子牛を産んで、今では六頭のお母さんになり、今現在もお腹の中に赤ちゃんがいる。
桃子の最初の子どもの梅子も、ちょうど夏休みに産まれたこともあり、僕がミルクをやることが出来た。その梅子も、今では四頭のお母さんだ。
覚えていてくれるのか、僕が牛舎に顔を出すと、走り寄ってきてくれてとてもかわいい。
ただ、服を舐めまわすのはべちゃべちゃになるからやめて欲しい。
伯父さんちの四兄弟は、「絶対に週休二日の仕事に就く」と言って公務員率が高いけれど、残業も多いのか、子どもたちは学校や幼稚園を終わると、いったん叔父さんのうちに帰ってくる。
そんなわけで、僕自身は二人兄弟だけれど、伯父さんの孫たちと兄弟同然に育ってきた。
厳密には従兄姉の子どもたちだけれど、便宜上、甥っ子姪っ子と呼んでいる。
そんな中でも、百合姉の娘であるふくちゃんは、僕によくなついてくれた。
「ねぇ、クラちゃん。
畜産フェスティバルの、ヒーローショーに連れてって」
「ヒーローショー?」
長年の説得が実って、今年、僕は晴れて伯父さんちの繁殖農家の後継者に内定した。
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高校を卒業したら、県内の農林大学校に進学予定で、大学校に通いながら、牽引免許もとる予定だ。
大型特殊には十万円、牽引には十五万円かかるけれど、トラクターに色々な機械をつけて公道を走るには、この免許が必要になる。
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ご当地ヒーローみたいなやつ?
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フクちゃん、スライム戦隊プニキュイが好きなんじゃなかった?」
フクちゃんの本名は、伊藤ふくり。
6歳の幼稚園年長さんだ。
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クラちゃん、車、運転できるようになったんでしょ?」
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「分かったよ、十月の最後の土日だっけ?
土曜日は和牛の共進会、日曜日はホルスタインの共進会だったと思うけど」
「日曜!
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スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
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