上 下
193 / 360
08 ユジュール王国

175 ユジュール王国の勇者3

しおりを挟む

「「「「「魔王……」」」」」

 イロナがとんでもない殺気を放つものだからユジュール軍は後退あとずさり、口々に魔王と呟いている。

「ちょっ……ちょっと待った! ヤルモがやるんじゃないのか!?」

 ここでオスカリは初めて焦りを見せる。

「俺は……どちらかと言うとお前たち側だ。なんとか生き残ってくれ!」
「こんなのマジもんの殺し合いになるだろ! そいつを止めてくれ!!」
「俺じゃあ無理なんだ……諦めてくれ……満足したら止まるから……あと、手を抜いたら殺されるから、気を付けろ……」

 どんどん声の小さくなるヤルモを見て、話にならないと思ったオスカリはイロナに標的を移す。

「じょ、嬢ちゃん……俺の顔に免じて、ここは鞘を収めてくれないか?」
「ここまで来てそれはないだろぉぉぅぅ~? どうしてもと言うのならぁぁ、あいつを殺そうかぁぁぁぁ~??」
「こわっ!? てか、誰を殺そうとしてるんだ!!」

 イロナが剣を向けた先には、ユジュール王。国王殺害も意に介さないイロナでは、オスカリも覚悟を決めなくてはならない。

「こいつヤバイぞ! 俺にもしものことがあったら、全員でかかれ!!」
「「「「おう!!」」」」

 オスカリは仲間に声を掛けると、剣を構えて前に出た。

「クックックックッ……全員相手も面白そうだ……いやいや、まずは勇者から味見だな。どれほどうまいのやら……クックックックッ。主殿!!」
「はい! ……あ~。はいはい」

 いきなりイロナに呼ばれたヤルモは、何故呼ばれたのかわからずにいい返事。しかし、イロナがアゴをくいっとしたら審判役の男が腰を抜かしていたので理解し、オスカリとイロナの間に立った。

「はじめ! どわっ!? うおおぉぉ~!!」

 そして、始めの合図をしてから、審判を担いで逃げ回るヤルモであった。


 ヤルモの開始の合図で、イロナとオスカリは一瞬で前に出ての衝突。お互い一太刀を合わせてからは、素早く動いて斬り合いを続けている。

「おお~。イロナと互角に斬り合ってる……」

 辺りに剣と剣がぶつかる金属音が鳴り響くなか、ヤルモは十分距離を取ったら感嘆の声を出して見守っていた。

「ん、んん~……なんですの? この音……」

 気絶していたマルケッタもヤルモに抱えられて避難していたので、ヤルモの足元で目覚めた。

「起きたか……」
僭越せんえつながら、いったい何が起こっていますの?」
「イロナと勇者が斬り合っているんだよ」
「二人の姿が見えないのですけども……」

 マルケッタのレベルでは見えない速度で斬り合いが行われているので、ヤルモは嫌々教えてあげる。

「これが、本物の勇者の実力だ。お前が連れていた勇者は、名前だけのハリボテなのはよくわかるだろ?」
「……はい」

 マルケッタは奴隷魔法のせいでよけいなことは言えないので、ヤルモの問いに肯定しかできない。しかし、心の声も似たような感じだ。

(嘘でしょ。人間の動きじゃない……これでは、あの魔王のようですわ……)

 マルケッタは、魔王に一人ずつ殺された自分たちを思い出して体を震わせる。おそらく、何をされているかもわからずに殺されたのだろう。
 そんなマルケッタを嘲笑うように、イロナとオスカリが姿を現した。

「フハハハハ! なかなかやるな! 肝を冷やした場面もあったぞ!!」
「どこが……まだまだ余裕じゃねぇか。はぁはぁ……」

 これは一声掛けようとイロナが止まっただけ。オスカリはすでにズタボロなので、悔しそうにイロナに反論している。

「そろそろ本番と行こうではないか!」
「チッ……俺が派手に散るから、民やダチに手を出すなよ」

 オスカリは負けると思いつつも、ヤルモの助言を信じて剣を振り続けていた。人々を守る勇者として、自身の命を持ってイロナを満足させようとしたのだが……

「何を言っている。これからが楽しいところだ。仲間に傷を治してもらって全員でかかってこい!」
「マジかよ……」
「さっさとしろ!!」

 イロナに怒鳴られたオスカリはすごすご引き下がり、勇者パーティの賢者ヘンリクに傷を治してもらいながら愚痴っている。

「なんだあの化け物……俺たちが倒して来たラスボスが霞んで見えるぞ」
「失敗した……あんな化け物を陛下の前に連れて来るなんて……」

 ヘンリクは自分の策略が裏目に出たと嘆き、項垂れて下を向いた瞬間に顔に掛かった白髪まじりの長い髪を、うっとうしそうに掻き上げた。

「ありゃどこかの魔王だろ。てか、あいつがアルタニアに出た魔王じゃねぇか?」
「それだと世界が終わってしまうぞ」
「冗談だ……と、言いたいところだが、これ、どうすんだよ~~~」

 ユジュール王国、絶体絶命の大ピンチ。オスカリが泣き言を漏らすと、ヘンリクたちもため息を吐いていた。

「はぁ~。ま、どっちにしてもヤルモを信じるしかない。あの化け物を満足させれば引き下がってくれるはずだ。死ぬ気で行くぞ!」
「「「「おおっ!!」」」」

 オスカリが覚悟を決めると、仲間もさっきまでの情けない顔から引き締まった顔に変わる。そして、ラスボスにでも挑むような陣形でイロナに歩み寄った。

「待たせたな」
「クックックックッ……全員いい顔だ。さすが勇者パーティだ!」
「お褒めの言葉、ありがとよ。だが、俺たちが勝たせてもらうからな!」
「その意気もよし! かかってこい!!」
「「「「「うおおぉぉ~~~!!」」」」」

 斯くして、勇者パーティVSイロナの戦闘が激しさを増すのであった。

「僭越ながら……あのイロナさんとは、どこかの魔王ですの??」
「んなわきゃ……ない。たぶん……いや……」

 マルケッタの質問に自信のない返ししかできないヤルモに見守られながら……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

試される愛の果て

野村にれ
恋愛
一つの爵位の差も大きいとされるデュラート王国。 スノー・レリリス伯爵令嬢は、恵まれた家庭環境とは言えず、 8歳の頃から家族と離れて、祖父母と暮らしていた。 8年後、学園に入学しなくてはならず、生家に戻ることになった。 その後、思いがけない相手から婚約を申し込まれることになるが、 それは喜ぶべき縁談ではなかった。 断ることなったはずが、相手と関わることによって、 知りたくもない思惑が明らかになっていく。

【完結】言いたくてしかたない

野村にれ
恋愛
異世界に転生したご令嬢が、 婚約者が別の令嬢と親しくすることに悩むよりも、 婚約破棄されるかもしれないことに悩むよりも、 自身のどうにもならない事情に、悩まされる姿を描く。 『この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません』

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます

藤なごみ
ファンタジー
※コミカライズスタートしました! 2023年9月21日に第一巻、2024年3月21日に第二巻が発売されました 2024年8月中旬第三巻刊行予定です ある少年は、母親よりネグレクトを受けていた上に住んでいたアパートを追い出されてしまった。 高校進学も出来ずにいたとあるバイト帰りに、酔っ払いに駅のホームから突き飛ばされてしまい、電車にひかれて死んでしまった。 しかしながら再び目を覚ました少年は、見た事もない異世界で赤子として新たに生をうけていた。 だが、赤子ながらに周囲の話を聞く内に、この世界の自分も幼い内に追い出されてしまう事に気づいてしまった。 そんな中、突然見知らぬ金髪の幼女が連れてこられ、一緒に部屋で育てられる事に。 幼女の事を妹として接しながら、この子も一緒に追い出されてしまうことが分かった。 幼い二人で来たる追い出される日に備えます。 基本はお兄ちゃんと妹ちゃんを中心としたストーリーです カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しています 2023/08/30 題名を以下に変更しました 「転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきたいと思います」→「転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます」 書籍化が決定しました 2023/09/01 アルファポリス社様より9月中旬に刊行予定となります 2023/09/06 アルファポリス様より、9月19日に出荷されます 呱々唄七つ先生の素晴らしいイラストとなっております 2024/3/21 アルファポリス様より第二巻が発売されました 2024/4/24 コミカライズスタートしました 2024/8/12 アルファポリス様から第三巻が八月中旬に刊行予定です

【完結】会いたいあなたはどこにもいない

野村にれ
恋愛
私の家族は反乱で殺され、私も処刑された。 そして私は家族の罪を暴いた貴族の娘として再び生まれた。 これは足りない罪を償えという意味なのか。 私の会いたいあなたはもうどこにもいないのに。 それでも償いのために生きている。

前世の記憶を思い出した皇子だけど皇帝なんて興味ねえんで魔法陣学究めます

当意即妙
BL
ハーララ帝国第四皇子であるエルネスティ・トゥーレ・タルヴィッキ・ニコ・ハーララはある日、高熱を出して倒れた。数日間悪夢に魘され、目が覚めた彼が口にした言葉は…… 「皇帝なんて興味ねえ!俺は魔法陣究める!」 天使のような容姿に有るまじき口調で、これまでの人生を全否定するものだった。 * * * * * * * * * 母親である第二皇妃の傀儡だった皇子が前世を思い出して、我が道を行くようになるお話。主人公は研究者気質の変人皇子で、お相手は真面目な専属護衛騎士です。 ○注意◯ ・基本コメディ時折シリアス。 ・健全なBL(予定)なので、R-15は保険。 ・最初は恋愛要素が少なめ。 ・主人公を筆頭に登場人物が変人ばっかり。 ・本来の役割を見失ったルビ。 ・おおまかな話の構成はしているが、基本的に行き当たりばったり。 エロエロだったり切なかったりとBLには重い話が多いなと思ったので、ライトなBLを自家供給しようと突発的に書いたお話です。行き当たりばったりの展開が作者にもわからないお話ですが、よろしくお願いします。 2020/09/05 内容紹介及びタグを一部修正しました。

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

処理中です...