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25 激闘?
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しおりを挟む勇者が魔王の姿をしたキタシを抱き締めてダッシュで逃走すると、突然の事態にサシャは呆けていたが、そんな場合ではない。空を飛んで追い掛ける。
「だから離しなさい!!」
抱き締められたまま運ばれるキタシは、苛立ちながら勇者の腹をブスブスと刺している。
「ぐっ……大丈夫。大丈夫だ。絶対に俺が魔王を助けてやるからな」
こちらも意味不明。どうやっても助けられないとキタシは言ったのに、勇者はまったく聞かずに魔王を励まし続ける。
しかし体は正直だ。血を流し過ぎて、走るスピードが落ちている。
「「【癒しの風】」」
そんな勇者ならば、サシャとテレージアも助けないといけない。スピードの落ちた勇者の血を見て、すかさず治療魔法で治した。
「兄貴! 何してんだしぃ!!」
サシャは叫んで呼び止めるが、勇者は無視。スピードを上げて逃走する。
「あんのバカ兄貴~~~!!」
いつもの逆。ストーカー勇者を、怒りに任せてストーキングするサシャ。勇者が怪我を負っては追い付き、強化魔法と治療魔法を使っては離される。これは、勇者抜きではキタシを倒せないので、苦渋の選択だ。
その追いかけっこは海にまで及び、追い詰められた勇者は海に飛び込む。まぁ飛び込むと言っても、勇者は空気を蹴れるほどの脚力があるので、海を走っている。
「あんのバカ兄貴! なんでウチから逃げんだしぃ!!」
サシャ、激おこ。いつもは呼んでもいないのに寄って来る犬が来なければ、苛立つのだろう。その間も勇者は、この大陸を時計回りに走り続ける。
その時、サシャと違って冷静なテレージアは、何かに気付いたようだ。
「ひょっとして……勇者は、何か考えがあってやってるんじゃない?」
「あのバカに、考える頭なんてないしぃ!!」
「いや、ほら? 治療魔法の回数が減ってない? よく見ると、敵の攻撃が貫通しなくなったし」
「え??」
そう。この勇者の真骨頂は、攻撃ではない。
防御だ。
受けたダメージも、スキル【根性】の効果で防御力アップ。度重なるキタシの攻撃で傷付き、その都度テレージアに完全復活させられたのだ。レベルアップしないわけがない。
キタシが学習して攻撃力を上げられると言っても、勇者の成長速度より遅い。最初は勇者の防御力アップに合わせて軽々貫いていた刀も、勇者の腹筋で止められ、肌で止められ、刺さらなくなってしまったのだ。
「うっそ……マジだわ」
「ね? ひょっとしたら、勇者なら本当に魔王を助けられるかも……」
サシャが驚く中、テレージアは期待に満ち溢れた顔になる。
「でも、助けるって、どうやってやるしぃ?」
「う~ん……なんか叫んでるみたいだし、何してるかわかる距離まで近付けない?」
「ちょっと危険だけど……わかったしぃ!」
サシャはスピードを上げて、勇者の走る楕円の軌跡をショートカット。大きく回る位置を見定めて、大陸上空を飛行し、勇者達に追い付く。
そこで勇者の視線に入らないように追いかけ、テレージアとサシャは会議を開始する。
「ずっと魔王って叫んでいたわね……。こういう時って、普通、名前を呼ぶものじゃないの?」
「さあ? ウチも経験無いから……てか、兄貴って魔王の名前知ってんの?」
「確か最初に挨拶してたけど……あ! サシャ、サシャ叫んで、聞いてなかったかも??」
「兄貴なら有り得るしぃ……」
「いやいや、何度か人族の集まる場所でも、魔王は名前を言ってたわよ??」
「どうせ興味ないから聞いてなかったしぃ。とりあえず、教えてやるしぃ」
「そうね」
二人の会議が終わると、またショートカットできるチャンスに追い付く。そこでは、攻撃がまったく通じなくなってしまった抱かれるキタシと勇者が、ギャーギャー騒ぐ姿があった。
「魔王! 魔王! 起きろ!!」
「だからもう死んだと言ったでしょう!!」
「魔王! 魔王! 魔王~~~!!」
「いい加減、私から離れなさい!!」
そんな二人に、必死に飛ばしたサシャは並走する。
「あ~……取り込み中、ちょっといいしぃ?」
「サ、サシャ!? また魔王を殺そうとしているのか!?」
「待って! 魔王を助ける耳よりな情報持って来たしぃ!!」
スピードを上げてサシャを置き去りにした勇者であったが、魔王を助けると聞いて、スピードを落とした。すると追い付いて来たサシャに、勇者より先にキタシが苦情を口走る。
「あなたのお兄さん異常ですよ! 普通、敵が居たら戦うでしょ! あなたからも言ってください!!」
「あ~……兄貴は元々異常だから、しょうがないしぃ」
「いや……」
「それより! どうやって魔王を助けるんだ!!」
サシャに苦情を言っていたキタシを遮り、勇者が大声を出す。なので、今度はテレージアが答える。
「あんた、魔王の名前、知ってるの?」
「魔王の名前……そう言えば、聞いた事がないな」
「やっぱり……」
「マジか……」
「必死に助けようとしていた人物の名前を知らないって……確かに異常ですね……」
テレージアとサシャが生温い目で勇者を見ると、キタシまでもが呆れた目をする。
「ステファニエよ。ステファニエ。せめて名前で呼んであげなさいよ。そしたら、目覚めるかもよ?」
「そんな事で戻るわけないです……わ!」
「お! おお! いい名前じゃないか……ステファニエ~~~!!」
テレージアが魔王の名を伝えると、キタシは否定するが、勇者は別だ。名前を聞いてテンションが上がり、スピードまで上げて走り続ける。
そのせいで、サシャ達は置き去りにされてしまった。
「う~ん……もう、追いかけなくてもいっか?」
「だね。待ってたら、戻って来るでしょう」
余裕そうに見えた勇者に、サシャとテレージアは追う事をやめて、岸にてお茶にする。すると、早くも一周した勇者は通り過ぎた。
「どう思う?」
「勇者なら、なんとかしそうかな~?」
叫び声が通り過ぎ、まったりしていると、二周目の声が聞こえて来た。
「やっぱ、名前呼ぶだけじゃ無理なんじゃね?」
「勇者の声なら届くと思ったんだけどね~」
「てかさ、テレッちって、兄貴の事をずっと勇者って言ってるけど、名前知ってんの?」
「へ?」
「だから兄貴の名前だしぃ。そいや、クリクリもコリッちも、誰も兄貴の名前を呼んでるところを見た事がないんだけど……」
勇者の名前を知らなければ、勇者が魔王の名前を知らなかった事と同類となってしまう。その事に気付いたテレージアは、頭をフル回転させて答えを導き出す。
「誰も勇者の名前、聞いてなかった~~~!!」
「ないわ~~~」
「だってだって~!!」
こうして勇者の叫び声が響く中、テレージアの言い訳も響くのであったとさ。
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