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21 帝都攻め 2
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しおりを挟む「ほんっとバカだしぃ!」
サシャは空を舞い、勇者の仕出かした事態をボヤく。
それは何故か……
勇者はクラーチングスタンドの後、走ったからだ。普通ならその程度で怒る者はいないのだが、勇者がやったのであれば別だ。
常人離れした身体能力を持つ勇者が本気で走ったものだから、城壁は崩れるで無く、勇者大に開いた穴の端は溶けている。
それほどのスピードならば、周囲に与える影響は大きい。勇者の通り過ぎたあとには衝撃波が発生し、吹き飛ばされる帝国兵が続出。
幸い、勇者の通った場所には誰も立っていなかったから死者はいないのだが、当たっていたならば最悪蒸発していたので、サシャはボヤいていたのだ。
そうとは気付かず、勇者は反対まで走り抜けると反転。反対側の城壁にも穴を開け、城の庭を走っていた。先ほどの衝撃波で勇者の走る進路にほとんど帝国兵はいなかったのだが、残念ながらゼロではなかった。
倒れて勇者に気付いていない帝国兵がいる。
勇者は下を向いて走っていたので見えていない。
見えていたとしても、止める事も進路も変えられないだろう。
勇者がぶつかれば、真っ赤に飛び散るのは必至。
帝国兵は無情にも勇者に……
「こんのバカヤロー!!」
サシャの声が響いた刹那、勇者は頭を掴まれ、地面に押し付けられる。サシャは勇者の推進力を真下に向けたので地面に大きなクレータが作られ、その衝撃は近くに居た帝国兵を全て吹き飛ばす事となった。
「チッ……手間掛けさせやがって……」
サシャは舌打ちしながらフードを深く被り直し、吹っ飛んだ帝国兵を見る。怪我をしているようだが、命に別状はなかったようだ。
だが、地面に顔を押し付けられた勇者は、珍しく苛立ちながら立ち上がった。
「何をするんだ!」
勇者の問いに、サシャは声色を変えて答える。
「お前はバカか? そんなスピードで跳ねたら、人なんて簡単に死ぬだろう」
「死ぬ? あ……」
勇者は自分の走ったであろう道を見て、ようやく自分のやらかした事に気付いた。
「何を張り切っているかわからないが、魔王との約束を破っていいのか?」
どうやらサシャは、昨夜の勇者と魔王との会話を盗み聞きしていたようだ。
「いや……でも、どうやったら……」
「こないだの速度でいい。それで、人間なんて痛手を負う」
「そっか……わかった。ありがとう!」
勇者は礼を言いながら手を出すが、サシャは勇者に触れたくないので握手をせずに、周りを見る。
「囲まれてる。俺の言った事を忘れるな」
「ああ。それにしても最長老って、男だったのか? 女みたいな体にしか見えないのに……ん? サシャみたいな体だな」
「キモイ。見るな。死ね。どっか行け。早く死ね。俺は俺の仕事をする」
「えぇ~……」
サシャは勇者に言いたい事だけ言って、体をボリボリ掻きながら走って行った。残された勇者はと言うと……
「死ねって二度も言われた……ホント、サシャみたいな奴だな。ま、俺も俺の仕事をするか」
若干サシャの事を疑ったが、勇者は程よいスピードで走り出し、帝国兵を跳ねまくる。逃げる帝国兵もいるが勇者のほうが速いので、追い付いたそばから跳ね飛ばし、壁に到着すると穴を開け、そこからまた反転。
勇者は暴走したトラックの如く帝国兵を薙ぎ倒しながら、着実に城壁の穴を増やして行くのであった。
その頃サシャも、勇者と同じように走り、勇者とは違って帝国兵をスマートに倒す。刀の背を使い、風魔法を使い、帝国兵を吹き飛ばす。
城壁に着けば刀で丸く切り抜いたり、爆発魔法で大きく開けたり、今日は手加減が上手くいっているようだ。
ただし、勇者とスレ違う事が多いので、時々気分が悪くなったり、体を掻きむしったりしていた。
勇者とサシャの活躍で城壁に穴が増える中、帝都城を囲んだ兵士から報告を受けた姫騎士は、大声を出す。
『やや作戦と違うが、これだけ穴が開けば十分だろう。一気に攻め落とすぞ~~~!!』
「「「「「おおおお!!」」」」」
姫騎士の声に応え、二万の姫騎士軍は大声を出しながら前進。土魔法でコーティングした馬車を押し、ゆっくりと城壁に近付く。
城壁に立つ帝国兵は、姫騎士軍の前進に気付いたが、中の対応にも手を煩わせており、反撃する人数が少ない。弓矢や魔法で応戦するが、姫騎士軍の前進を止めきれないでいる。
そうしてジリジリ進む姫騎士軍は、ついに城壁に辿り着いた。
『私に続け~~~!!』
「「「「「おおおお!!」」」」」
姫騎士を先頭に、一気に雪崩れ込む姫騎士軍。城壁の穴に帝国兵はいるが、穴が多すぎて人の壁は薄い。
「奥義……【真空突き】!」
一番乗りは姫騎士。刀に真空を纏った姫騎士の突進に、帝国兵は吹き飛ばされ、あとから入って来た姫騎士軍に武器を向けられて、反撃もままならずに拘束されてしまった。
その他の穴からも雪崩れ込んだ姫騎士軍に、帝国兵は次々と拘束されていく。姫騎士もこの事態は簡単すぎると感じたのか、城壁内を見渡して理由に気付いた。
「勇者殿が倒してくれていたのか……」
偶然、勇者に跳ね飛ばされている帝国兵を見て、姫騎士は何やら感動している。だが、そんな暇はない。
「中より上だ! 壁の上を先に制圧するぞ!!」
すぐに頭を切り替え、城壁の制圧に取り掛かる。狭くて長い階段を上がる事になるが、反撃には冷静に対応し、またしても姫騎士が一番乗りで城壁の上に立つ。
そこで姫騎士は刀で弓矢を叩き落とし、峰打ちにて帝国兵を倒していると、遅れてやって来た姫騎士軍にて完全に制圧される。
城壁の一角を取ると、ここから姫騎士軍はふた手に分かれて帝国兵を倒し、他の階段から上がっている姫騎士軍を援護する。
姫騎士も皆の援護に向かおうと走り出したが、ヨハンネスに止められている姿があった。
「殿下! 突っ走り過ぎです! もう、あとは兵に任せてください!!」
「ハァハァ……そうだな」
肩で息をする姫騎士は、ヨハンネスの声に耳を傾け、止まる事となった。
「こちらの被害はわかるか?」
「完全にはわかりかねますが、いまのところ死者は出ていないもようです」
「そうか……」
被害状況を確認した姫騎士は、城壁の中に目をやる。
「勇者殿達が頑張ってくれているから、これほど楽に制圧できたのだな」
「そのようですね。しかし、サシャはわかるのですが、勇者殿は攻撃ができないと聞いていたのに、これほど活躍していたとは驚きです」
「何か心境に変化があったようだな。だが、あれを攻撃と呼ぶには、些か悩むところだ」
「確かにそうですね」
姫騎士達の目には、勇者は走って跳ね飛ばしているだけにしか見えず、攻撃とは受け取れないようだ。
「まぁこれなら敵兵も、死者を減らせそうだ。兵の半数を手当にあてるようにしてくれ。残り半数で城を囲むぞ」
「はっ!」
こうして帝国兵は姫騎士軍に簡単に拘束され、怪我が酷い者は魔王達の元へ運ばれて応急処置を受ける。
それらの仕事を受けていない者は、ヨハンネスやベティーナに集められ、ゆっくりと城へと、歩を進めるのであった。
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