上 下
159 / 187
21 帝都攻め 2

159

しおりを挟む

「ほんっとバカだしぃ!」

 サシャは空を舞い、勇者の仕出かした事態をボヤく。

 それは何故か……

 勇者はクラーチングスタンドの後、走ったからだ。普通ならその程度で怒る者はいないのだが、勇者がやったのであれば別だ。
 常人離れした身体能力を持つ勇者が本気で走ったものだから、城壁は崩れるで無く、勇者大に開いた穴の端は溶けている。
 それほどのスピードならば、周囲に与える影響は大きい。勇者の通り過ぎたあとには衝撃波が発生し、吹き飛ばされる帝国兵が続出。
 幸い、勇者の通った場所には誰も立っていなかったから死者はいないのだが、当たっていたならば最悪蒸発していたので、サシャはボヤいていたのだ。

 そうとは気付かず、勇者は反対まで走り抜けると反転。反対側の城壁にも穴を開け、城の庭を走っていた。先ほどの衝撃波で勇者の走る進路にほとんど帝国兵はいなかったのだが、残念ながらゼロではなかった。


 倒れて勇者に気付いていない帝国兵がいる。
 勇者は下を向いて走っていたので見えていない。
 見えていたとしても、止める事も進路も変えられないだろう。
 勇者がぶつかれば、真っ赤に飛び散るのは必至。
 帝国兵は無情にも勇者に……


「こんのバカヤロー!!」

 サシャの声が響いた刹那、勇者は頭を掴まれ、地面に押し付けられる。サシャは勇者の推進力を真下に向けたので地面に大きなクレータが作られ、その衝撃は近くに居た帝国兵を全て吹き飛ばす事となった。

「チッ……手間掛けさせやがって……」

 サシャは舌打ちしながらフードを深く被り直し、吹っ飛んだ帝国兵を見る。怪我をしているようだが、命に別状はなかったようだ。
 だが、地面に顔を押し付けられた勇者は、珍しく苛立ちながら立ち上がった。

「何をするんだ!」

 勇者の問いに、サシャは声色を変えて答える。

「お前はバカか? そんなスピードで跳ねたら、人なんて簡単に死ぬだろう」
「死ぬ? あ……」

 勇者は自分の走ったであろう道を見て、ようやく自分のやらかした事に気付いた。

「何を張り切っているかわからないが、魔王との約束を破っていいのか?」

 どうやらサシャは、昨夜の勇者と魔王との会話を盗み聞きしていたようだ。

「いや……でも、どうやったら……」
「こないだの速度でいい。それで、人間なんて痛手を負う」
「そっか……わかった。ありがとう!」

 勇者は礼を言いながら手を出すが、サシャは勇者に触れたくないので握手をせずに、周りを見る。

「囲まれてる。俺の言った事を忘れるな」
「ああ。それにしても最長老って、男だったのか? 女みたいな体にしか見えないのに……ん? サシャみたいな体だな」
「キモイ。見るな。死ね。どっか行け。早く死ね。俺は俺の仕事をする」
「えぇ~……」

 サシャは勇者に言いたい事だけ言って、体をボリボリ掻きながら走って行った。残された勇者はと言うと……

「死ねって二度も言われた……ホント、サシャみたいな奴だな。ま、俺も俺の仕事をするか」

 若干サシャの事を疑ったが、勇者は程よいスピードで走り出し、帝国兵を跳ねまくる。逃げる帝国兵もいるが勇者のほうが速いので、追い付いたそばから跳ね飛ばし、壁に到着すると穴を開け、そこからまた反転。
 勇者は暴走したトラックの如く帝国兵を薙ぎ倒しながら、着実に城壁の穴を増やして行くのであった。

 その頃サシャも、勇者と同じように走り、勇者とは違って帝国兵をスマートに倒す。刀の背を使い、風魔法を使い、帝国兵を吹き飛ばす。
 城壁に着けば刀で丸く切り抜いたり、爆発魔法で大きく開けたり、今日は手加減が上手くいっているようだ。
 ただし、勇者とスレ違う事が多いので、時々気分が悪くなったり、体を掻きむしったりしていた。


 勇者とサシャの活躍で城壁に穴が増える中、帝都城を囲んだ兵士から報告を受けた姫騎士は、大声を出す。

『やや作戦と違うが、これだけ穴が開けば十分だろう。一気に攻め落とすぞ~~~!!』
「「「「「おおおお!!」」」」」

 姫騎士の声に応え、二万の姫騎士軍は大声を出しながら前進。土魔法でコーティングした馬車を押し、ゆっくりと城壁に近付く。
 城壁に立つ帝国兵は、姫騎士軍の前進に気付いたが、中の対応にも手を煩わせており、反撃する人数が少ない。弓矢や魔法で応戦するが、姫騎士軍の前進を止めきれないでいる。

 そうしてジリジリ進む姫騎士軍は、ついに城壁に辿り着いた。

『私に続け~~~!!』
「「「「「おおおお!!」」」」」

 姫騎士を先頭に、一気に雪崩れ込む姫騎士軍。城壁の穴に帝国兵はいるが、穴が多すぎて人の壁は薄い。

「奥義……【真空突き】!」

 一番乗りは姫騎士。刀に真空をまとった姫騎士の突進に、帝国兵は吹き飛ばされ、あとから入って来た姫騎士軍に武器を向けられて、反撃もままならずに拘束されてしまった。
 その他の穴からも雪崩れ込んだ姫騎士軍に、帝国兵は次々と拘束されていく。姫騎士もこの事態は簡単すぎると感じたのか、城壁内を見渡して理由に気付いた。

「勇者殿が倒してくれていたのか……」

 偶然、勇者に跳ね飛ばされている帝国兵を見て、姫騎士は何やら感動している。だが、そんな暇はない。

「中より上だ! 壁の上を先に制圧するぞ!!」

 すぐに頭を切り替え、城壁の制圧に取り掛かる。狭くて長い階段を上がる事になるが、反撃には冷静に対応し、またしても姫騎士が一番乗りで城壁の上に立つ。
 そこで姫騎士は刀で弓矢を叩き落とし、峰打ちにて帝国兵を倒していると、遅れてやって来た姫騎士軍にて完全に制圧される。
 城壁の一角を取ると、ここから姫騎士軍はふた手に分かれて帝国兵を倒し、他の階段から上がっている姫騎士軍を援護する。

 姫騎士も皆の援護に向かおうと走り出したが、ヨハンネスに止められている姿があった。

「殿下! 突っ走り過ぎです! もう、あとは兵に任せてください!!」
「ハァハァ……そうだな」

 肩で息をする姫騎士は、ヨハンネスの声に耳を傾け、止まる事となった。

「こちらの被害はわかるか?」
「完全にはわかりかねますが、いまのところ死者は出ていないもようです」
「そうか……」

 被害状況を確認した姫騎士は、城壁の中に目をやる。

「勇者殿達が頑張ってくれているから、これほど楽に制圧できたのだな」
「そのようですね。しかし、サシャはわかるのですが、勇者殿は攻撃ができないと聞いていたのに、これほど活躍していたとは驚きです」
「何か心境に変化があったようだな。だが、あれを攻撃と呼ぶには、いささか悩むところだ」
「確かにそうですね」

 姫騎士達の目には、勇者は走って跳ね飛ばしているだけにしか見えず、攻撃とは受け取れないようだ。

「まぁこれなら敵兵も、死者を減らせそうだ。兵の半数を手当にあてるようにしてくれ。残り半数で城を囲むぞ」
「はっ!」

 こうして帝国兵は姫騎士軍に簡単に拘束され、怪我が酷い者は魔王達の元へ運ばれて応急処置を受ける。
 それらの仕事を受けていない者は、ヨハンネスやベティーナに集められ、ゆっくりと城へと、歩を進めるのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約していないのに婚約破棄された私のその後

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「アドリエンヌ・カントルーブ伯爵令嬢! 突然ですまないが、婚約を解消していただきたい! 何故なら俺は……男が好きなんだぁああああああ‼」  ルヴェシウス侯爵家のパーティーで、アドリーヌ・カンブリーヴ伯爵令嬢は、突然別人の名前で婚約破棄を宣言され、とんでもないカミングアウトをされた。  勘違いで婚約破棄を宣言してきたのは、ルヴェシウス侯爵家の嫡男フェヴァン。  そのあと、フェヴァンとルヴェシウス侯爵夫妻から丁重に詫びを受けてその日は家に帰ったものの、どうやら、パーティーでの婚約破棄騒動は瞬く間に社交界の噂になってしまったらしい。  一夜明けて、アドリーヌには「男に負けた伯爵令嬢」というとんでもない異名がくっついていた。  頭を抱えるものの、平平凡凡な伯爵家の次女に良縁が来るはずもなく……。  このままだったら嫁かず後家か修道女か、はたまた年の離れた男寡の後妻に収まるのが関の山だろうと諦めていたので、噂が鎮まるまで領地でのんびりと暮らそうかと荷物をまとめていたら、数日後、婚約破棄宣言をしてくれた元凶フェヴァンがやった来た。  そして「結婚してください」とプロポーズ。どうやら彼は、アドリーヌにおかしな噂が経ってしまったことへの責任を感じており、本当の婚約者との婚約破棄がまとまった直後にアドリーヌの元にやって来たらしい。 「わたし、責任と結婚はしません」  アドリーヌはきっぱりと断るも、フェヴァンは諦めてくれなくて……。  

異世界複利! 【1000万PV突破感謝致します】 ~日利1%で始める追放生活~

蒼き流星ボトムズ
ファンタジー
クラス転移で異世界に飛ばされた遠市厘(といち りん)が入手したスキルは【複利(日利1%)】だった。 中世レベルの文明度しかない異世界ナーロッパ人からはこのスキルの価値が理解されず、また県内屈指の低偏差値校からの転移であることも幸いして級友にもスキルの正体がバレずに済んでしまう。 役立たずとして追放された厘は、この最強スキルを駆使して異世界無双を開始する。

乙女ゲームで唯一悲惨な過去を持つモブ令嬢に転生しました

雨夜 零
恋愛
ある日...スファルニア公爵家で大事件が起きた スファルニア公爵家長女のシエル・スファルニア(0歳)が何者かに誘拐されたのだ この事は、王都でも話題となり公爵家が賞金を賭け大捜索が行われたが一向に見つからなかった... その12年後彼女は......転生した記憶を取り戻しゆったりスローライフをしていた!? たまたまその光景を見た兄に連れていかれ学園に入ったことで気づく ここが... 乙女ゲームの世界だと これは、乙女ゲームに転生したモブ令嬢と彼女に恋した攻略対象の話

異世界召喚されて捨てられた僕が邪神であることを誰も知らない……たぶん。

レオナール D
ファンタジー
異世界召喚。 おなじみのそれに巻き込まれてしまった主人公・花散ウータと四人の友人。 友人達が『勇者』や『聖女』といった職業に選ばれる中で、ウータだけが『無職』という何の力もないジョブだった。 ウータは金を渡されて城を出ることになるのだが……召喚主である国王に嵌められて、兵士に斬殺されてしまう。 だが、彼らは気がついていなかった。ウータは学生で無職ではあったが、とんでもない秘密を抱えていることに。 花散ウータ。彼は人間ではなく邪神だったのである。 

【毎日更新】元魔王様の2度目の人生

ゆーとちん
ファンタジー
 人族によって滅亡を辿る運命だった魔族を神々からの指名として救った魔王ジークルード・フィーデン。 しかし神々に与えられた恩恵が強力過ぎて神に近しい存在にまでなってしまった。  膨大に膨れ上がる魔力は自分が救った魔族まで傷付けてしまう恐れがあった。 なので魔王は魔力が漏れない様に自身が張った結界の中で一人過ごす事になったのだが、暇潰しに色々やっても尽きる気配の無い寿命を前にすると焼け石に水であった。  暇に耐えられなくなった魔王はその魔王生を終わらせるべく自分を殺そうと召喚魔法によって神を下界に召喚する。 神に自分を殺してくれと魔王は頼んだが条件を出された。  それは神域に至った魔王に神になるか人族として転生するかを選べと言うものだった。 神域に至る程の魂を完全に浄化するのは難しいので、そのまま神になるか人族として大きく力を減らした状態で転生するかしか選択肢が無いらしい。  魔王はもう退屈はうんざりだと言う事で神になって下界の管理をするだけになるのは嫌なので人族を選択した。 そして転生した魔王が今度は人族として2度目の人生を送っていく。  魔王時代に知り合った者達や転生してから出会った者達と共に、元魔王様がセカンドライフを送っていくストーリーです! 元魔王が人族として自由気ままに過ごしていく感じで書いていければと思ってます!  カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております!

森に捨てられた俺、転生特典【重力】で世界最強~森を出て自由に世界を旅しよう! 貴族とか王族とか絡んでくるけど暴力、脅しで解決です!~

WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
 事故で死んで異世界に転生した。 十年後に親によって俺、テオは奴隷商に売られた。  三年後、奴隷商で売れ残った俺は廃棄処分と称されて魔物がひしめく『魔の森』に捨てられてしまう。  強力な魔物が日夜縄張り争いをする中、俺も生き抜くために神様から貰った転生特典の【重力】を使って魔物を倒してレベルを上げる日々。  そして五年後、ラスボスらしき美女、エイシアスを仲間にして、レベルがカンスト俺たちは森を出ることに。  色々と不幸に遇った主人公が、自由気ままに世界を旅して貴族とか王族とか絡んでくるが暴力と脅しで解決してしまう! 「自由ってのは、力で手に入れるものだろ? だから俺は遠慮しない」  運命に裏切られた少年が、暴力と脅迫で世界をねじ伏せる! 不遇から始まる、最強無双の異世界冒険譚! ◇9/25 HOTランキング(男性向け)1位 ◇9/26 ファンタジー4位 ◇月間ファンタジー30位

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

処理中です...