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猫歴4年~14年
猫歴10年その1にゃ~
しおりを挟む我輩は猫である。名前はシラタマだ。王様の仕事はやりたくてやっていたわけではない。
ホウジツの市長から首相への鞍替えは、先を見越した戦略なのでなんとか王妃たちからも許可を取れた。なのでホウジツには落選者と共に、ソウの地下施設で新しい組織を作ってもらい、わしの仕事もほとんど丸投げしてやった。
「「やっぱり……」」
「本当に必要なことなんにゃ~。ゴロゴロ~」
まだ疑っている王妃2人には、また言い訳しつつスリスリごまスリ。夜のお仕事も頑張って機嫌を直してもらった。
「さて……行くにゃ……」
「「「「はい……」」」」
猫歴10年は、とても大事な年。建国から10年の節目という意味もあるが、とある行事をしなくてはならないのでわしの気持ちが重い。
リータ、メイバイ、コリス、オニヒメも心配して、わしの傍を離れようとしない。それほどわしから緊張が漏れているのだ。
わしたちが向かっていた場所は、ソウ市にある宮殿風の市役所のバルコニー。ここに壇上とマイクを設置し、下にはソウ市の住人が大勢集まっている。
今日の日のためにというわけではないが、街頭放送やラジオ事業も広めておいたので、ここからの言葉は一部の地域を除いて生放送で届けられるのだ。
その壇上に立ったのは、わしを含めた王族5人。わしからは重大発表としか聞かせていない2人のソウ市長。それと、司会役のホウジツだ。
「ゴホンッ……」
わしが咳払いしてホウジツに目配せすると、下に集まる住人に生放送の開始を告げ、数分後にはオンエアーとなった。
『国民の皆様こんにちは。私はソウ市の前市長ホウジツです。まずは、これまでの経緯を私のほうから説明させていただきます』
ホウジツから語られる重大発表……
この猫の国に住む猫耳族という人間に猫耳と尻尾のある種族は、帝国から奴隷として扱われ、筆舌に尽くし難い行為を行われていた。
そこに最強の猫のわしが現れ、共に帝国を破ったのだから、本来ならば立場が逆転していてもおかしくないのだが、わしがそれを禁止したのだ。
しかし、恨みを持つ者は多数いるので、どうしても許せない者だけを猫耳族から聞き取り調査をし、犯罪者として裁くことにした。その罰は、10年の強制労働。元帝国国民にはそう説明していたのだが……
『本来ならば、今年で解放となる予定でしたが、シラタマ陛下はどうしても許せないとおっしゃり、全員死刑となります』
それを覆した。
そこからは、ホウジツの声を掻き消すほどの大混乱。ここに集まる住人は犯罪者の親族も多く集まっているので、助けてと懇願する声、嘘つきと罵る声、騙されたと泣く声が入り乱れている。
これでは放送事故になってしまっているが、5分ほど好きなだけ叫ばせてから、わしはホウジツの隣に立った。
『黙れにゃ~~~!!』
最大音量でわしが叫ぶと、いきなりのことで住人は耳を塞いで静まり返った。
『いまからお前たちが選んだ市長が、お前たちの代わりにわしを非難してくれるにゃ。わしはその声を真摯に受け止め、返答するにゃ。まずはそのやり取りを聞いてくれにゃ』
静まり返る壇上に、わしは2人のソウ市長を呼び寄せた。すると年上の男、ヒショウがもう1人を制止して前に出た。
『な、何から質問していいか……』
『言葉にゃんて気にしにゃいから、市長の心内をわしにぶつけてくれにゃ。今日、わしはにゃにを言われようと、君を解任したりしにゃいから好きなように言ってくれにゃ』
『は、はあ……では!』
わしが解任しないと言うと、ヒショウは混乱した顔から鋭い目に変わった。
『10年も強制労働させておいて死罪とは酷すぎます。服役者はようやく解放されると思っていたところに死罪と聞かされたらどう思うかわかりますか? 絶望ですよ! 親族も同様に、地獄に落とされた気分になるのが猫陛下にはわからないのですか!?』
冷静に語っていたヒショウは徐々にボルテージが上がって来たが、わしのテンションは変わらない。
『それが狙いにゃ。だから答えは「わかっている」にゃ』
『なっ……』
『君たちは、それだけされてもおかしくないことをしていたと理解してくれにゃ』
『死罪にされる者が理解できるわけがありません!』
『だろうにゃ。いまから、猫耳族から聞き取った話を読み上げるにゃ』
わしは懐に忍ばせた書類を取り出して住人に聞かせる。
『Aは、食糧難のその年、私たち夫婦ににこう言いましたにゃ。お前の娘にやる食料はないにゃ。だからお前が殺せにゃ。私たちはできないと言いましたにゃ。どうしても殺せないと言うのにゃら、自分が甚振って殺してやるにゃと言われましたにゃ。
そんなことをされて殺されるぐらいにゃら、自分で殺したほうが娘が楽に死ねると思い、私は娘の首を締めましたにゃ。その間、Aはずっと笑っていましたにゃ。その声は一生忘れられませんにゃ。娘の首を絞めた感触は一生忘れられませんにゃ。私の顔を笑顔で見詰め、力が抜けて行く娘の顔は、一生忘れられませんにゃ。ぐずっ……』
わしは1人目の訴えを読み上げると、涙を堪えながら、これよりさらに酷い仕打ちをされた2人の訴えを読み上げた。その間、誰ひとり言葉を発せず、すすり泣くような声が聞こえていた。
『ぐずっ……これを聞かされて、わしは許せないと思ったにゃ。これが人間のすることにゃ? 君が、あたなが、誰がされても同じことを思うはずにゃ。よって、死罪は免れないにゃ。ぐずっ……』
わしはぐずぐず言いながらヒショウを見たら、数秒なにかを考えて反論する。
『確かに酷いです。しかしながら、その当時の猫耳族は……』
ヒショウは言葉を詰まらせたので、わしが続きを口にする。
『人間ではにゃかったと言いたいにゃ?』
わしの問いに一瞬怯んだヒショウであったが、覚悟を持って反論する。
『そうです! 帝国では人間ではないと教わりました。その教えがあったから、皆も家畜として扱っていたのです! 教育が悪かっただけなのです! その点を踏まえて、もう一度ご再考を!!』
『……お前は、家畜を甚振ったりするにゃ?』
『え??』
わしからの質問の内容は想定外だったのか、ヒショウはキョトンとした顔になった。
『だから、自分たちの食料となる家畜を甚振って殺したのに、食べずに廃棄するのかと聞いているんにゃ』
『家畜は……大事な食料なので……』
『にゃろ? 家畜とはわしたちの糧にゃ。大事に育てて、ありがたく命をいただくにゃ。にゃのに家畜と言った猫耳族は甚振るだけ甚振って殺していたにゃ。どうして食べなかったにゃ?』
『そ、それは……』
『見た目が人間だからにゃろ。だから食べられないんにゃ。それなのにお前たちは家畜と呼んで、人間として扱わなかっただけにゃ』
『ちがっ……』
『違うくないにゃろ? ただ、お前たちは、完璧にゃ人間じゃない猫耳族を差別していただけにゃ』
『……』
ヒショウが黙ってしまったので、わしは質問を変える。
『質問を変えるにゃ。犯罪者は少ない者で2人。多い者で50人以上を殺していた者もいるにゃ。お前たちは、この大量殺人鬼と共に生活できるのかにゃ?』
『そ、それは……罪を償ったのですから……』
『市長はできるんだにゃ?』
『は、はい……』
ヒショウは明らかに自信がなさそうに頷いた。
『わしは怖いにゃ。一人を間違って殺して反省しているにゃらまだしも、大量殺人鬼が隣に住んでいたら嫌にゃ。息子や娘に絶対に近付いてほしくないにゃ。近親者であったとしても、わしは野放しにしたくないにゃ。愉悦のために人殺しをしていたんだから、いつ誰に飛び火するかわからないからにゃ。これはわし個人の意見にゃけど、みんにゃはどうにゃろ?』
わしが民衆に問い掛けると、ざわざわしているだけ。その中に、死刑囚を擁護する声がチラホラ聞こえて来たが、その者は他の民衆に何かを言われてケンカになっていた。
なのでわしは、ケンカをやめるように怒鳴り、ヒショウに代弁させる。
『代弁者にゃんだから、にゃんとか言ったらどうにゃ?』
『そ、それでも……それでもこの仕打ちはやりすぎです! どうか……どうか! なにとぞ減刑を!!』
ヒショウは減刑しか言えなくなり、わしに向かって土下座をするしかなかった。
『どうしてもと言うのにゃら……』
わしがヒショウの訴えを受け入れるようなことを口走ると、ヒショウは目を輝かせて顔を上げた。
『猫の国に住む、元帝国人の命を全て差し出せにゃ』
『え……』
『ぶっちゃけそれだけやっても、猫耳族の受けた仕打ちに釣り合わないにゃ。でも、それで許してやるから、お前が全員殺されてくれと説得して来いにゃ。そしたら死刑囚全員助けてやるにゃ』
『む、無理に決まってる……』
『その無理を、わしは猫耳族にやらせてるんにゃ!』
ここまで冷静だったわしは、ついに怒鳴ってしまった。
『お前たちが生きてられるのは、猫耳族が涙を飲んで我慢しているからにゃ! 無意味に殴られた者、食事を抜かれた者、石を投げ付けられた者……些細にゃ恨みを上げたら数え切れないにゃ。積もり積もった怒りは、本来にゃらばこの程度で足りるわけがないんだからにゃ!!』
わしが猫耳族の恨みを代弁するように涙を流しながら喚き散らしていたら、リータたちが近付いて来てマイクを奪い取った。
『皆さん……この決定は、10年前から決まっていたことですので覆りません。その時も、シラタマ陛下は涙ながらに決断していました。シラタマ陛下も、こんなことはやりたくないってことだけは理解してください。
しかし、罪は罪です。国民の皆さんが安心して暮らせるように、シラタマ陛下が裁きを与えるのです。死刑となるご家族の心内は計り知れませんが、どうか、苦しんでいるのは自分だけだと考えないでください。お願いします』
リータが頭を下げると、メイバイ、コリス、オニヒメが続いた。そこに、少し冷静さの戻ったわしも頭を下げる。
『これは、国王であるわしの決断にゃ。裁いたのはわしにゃ。だから、猫耳族や王族、わしに味方をする人はまったく関係ないにゃ。恨むにゃら、わしだけを恨んでくれにゃ。もしもその恨みが他者に向いたにゃらば、わしは容赦なく裁くにゃ。どうか、助かった命をドブに捨てるようにゃ愚かな行為だけはしないでくれにゃ。お願いしにゃす』
『『『『お願いします』』』』
わしたちが頭を下げ続けると、どこからかパチパチと拍手が聞こえ、その音はまばらだが増え続け、会場にいる住人の半数まで膨らんだがそこで止まった。
ここでわしたちは頭を上げて、ヒショウに話を振る。
『まだ言いたいことがあるにゃら、にゃんでも言ってくれにゃ。しかし、決定事項は絶対に覆らないにゃ』
『で、では……』
ヒショウは無駄な努力と知りながら、およそ1時間の懇願を続けたが、わしはその全てに理由を付けて断り続け、この討論会は閉幕したのであった……
討論会が終わった市役所の廊下にて、憔悴し切ったヒショウをわしは呼び止めた。
「こんにゃ時期に市長になって、ご苦労だったにゃ」
「いえ……」
本来ならば、わしは忠臣であるホウジツとプロレスをする予定だったので、まったく前知識のないヒショウに同情している。
「でも、わしはこれでよかったと思っているにゃ。元帝国人の代弁者として、これほどの適任者はいなかったにゃ。ありがとうにゃ。これからも、ソウ市の住人のため、猫の国のため、心血注いで働いてくれにゃ。頼んだからにゃ」
「は……はっ!」
下を向いて悔しそうに返事をするヒショウの腰をわしはポンッと叩き、今日のところはソウ市を離れるのであった。
それから一週間後、処刑の日に、わしはまたヒショウと顔を合わせた。
「出席の打診はしたけど、嫌なら断ってよかったんにゃよ?」
「いえ……家族も看取れないのならば、私が看取るのがせめてもの慰めとなるでしょう……」
この処刑には、いちおう各市長や一部の猫耳族には出席したいなら来ても構わないと打診したが、二千人以上の人間を葬るので自由参加となっている。
その結果、およそ半数の市長と数十人の猫耳族が集まり、皆、険しい顔で刑の執行を待っている。
その中に、やつれたラサ市の女性市長、センジもいたのでわしは優しく声を掛ける。
「センジ……無理するにゃ。辛いにゃら離れているにゃ」
「いえ……私の家族が犯した罪です。止められなかった私にも非があります。その執行を見届けることが、私の罰となるはずです」
「センジ……」
「そんな顔をしないでください。家族の最後を見届けられるのですから、私はまだ幸せなほうですから……」
「……わかったにゃ」
作り笑いをするセンジに負けて、わしは見届けることを許可し、死刑囚の集まる場所へと移動する。
処刑場所は、ソウ市から少し離れた黒い森の前。地面を四角く掘り、そこに猫軍に死刑囚を運送してもらった。
この死刑囚は奴隷紋という魔法で縛られているので、これから処刑されると聞かされていても身動きが取れない。しかし、完璧に動きを抑制できてはいないので、うめき声のようなものがそこかしこから聞こえている。
「では、処刑を執行するにゃ。【青龍】……散にゃ~~~!!」
そこに、わしは大魔法の発動。4体の巨大な氷の龍が空を舞い、死刑囚の上空を4周回り、砕け散って冷気を撒き散らした。
「これにて、猫耳族の恨みも帝国の罪も帳消しにゃ! ここから、真の猫の国の歴史の始まりにゃ~~~!」
死刑囚の全身が凍り付くなか、わしは自分の肩に乗った重みを弾き返すように叫ぶ。
そうでもしないと今にも罪の意識で倒れそうだから叫ぶ。
これが、とある歴史書に載った「猫王様の大粛清」の全容であった……
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