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第十九章 冒険編其の一 北極圏探検にゃ~

547 冥福を祈る……

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「ふにゃ~~~」

 阿修羅との激闘の末、疲れて眠ったわしは、大きなあくびと共に目覚めた。

 知らない壁じゃ……って、なんだかこのセリフは前に言った気がするな。でも、ここはいったい……

 わしは体を起こし、寝惚け眼を擦りながら数歩進むと、体に掛けてあったおっかさんの毛皮がスルリと落ちた。

 たしか阿修羅を倒して、赤い宮殿に入ったから……建物の中じゃな。そうそう、まだボケておらん。
 しかし、強敵じゃった……。よくもまぁわしは勝てたもんじゃ。人体改造……猫体改造を行ってくれたツクヨミ様に感謝じゃな。

――そうで……ブチッ!――

 はやっ!? 一言も喋れない内にスサノオに切られたな。お礼の一言でも述べたかったんじゃが……聞いてるか。

「ツクヨミ様~~~! 有り難う御座いました~~~!!」

――……俺は?――

「あ、スサノオ様も感謝してます! きっと死んでいたら生き返らせてくれたでしょう! でも、その願いはキャンセルでお願いします!!」

――ようやく願いを叶える時が来たと思ったが、致し方ない。また、いつでも頼るように――

「はい! 有り難う御座いました!!」

――私も……ブチッ!――

「えっと……アマテラス様も感謝してま~す」

 関係ないアマテラスまで出て来てスサノオに通信を切られたが、感謝しておかないと夢の中で暴れる可能性もあるので、いちおう感謝の言葉を送るわしであったとさ。


 さてと~……三柱にも感謝したし、リータ達の元に戻るとするか。その前に……

 わしはおっかさんの毛皮をしまって赤い宮殿から出ると、猫の姿のまま白い森を駆け回る。これは、わしの縄張りを主張するマーキング。
 隠蔽魔法を解いてぐるぐる回っていれば、わしの匂いが残るらしいので、自分の縄張りに出来る。ただ、わしはそんな事は知らないので、チョロチョロ立ちションもしておいた。
 これで、この文化遺産はある程度守られるだろうから、時々様子を見に来る予定だ。


 マーキングが終わると、さっそく転移。チェクチ族の集落の近くにも魔力のマーキングをしておいたが、移動するのは面倒だったので、キャットハウスのお風呂に直接転移した。

「にゃ~ん」

 いきなりわしが現れたら皆もビックリするかと思い、お風呂から出て一声掛けてみたが、誰も寄って来ない。
 なのでダイニンクに入ってみたら、オニヒメ以外の全員がテーブルに突っ伏して寝ていた。

 あれ? みんな寝ておる……。たしか、太陽は真上辺りにあったんじゃけど、寝坊しておるのか??
 しかし、こんな所で寝てると風邪を引くぞ。起こそうか……わしもまだ眠いし、もう少し眠るとするか。

 わしは人型に戻ると、四人をせっせと四畳半に運び、オニヒメの眠る布団に並べたら、リータとメイバイとイサベレにはぬいぐるみを抱かせ、コリスのモフモフに埋もれて眠るのであった。




 それから数時間後……オニヒメから目を覚まし、次にリータが目覚めた。

「うっ……うぅぅ。お母さ~ん。うぅぅ」
「大丈夫。大丈夫よ。私がそばにいるからね」

 リータはオニヒメを抱き締めて、背中をポンポンと叩きながらも、自分はいつの間に寝室で寝ていたのかと疑問に思う。

「シラタマ殿!? ……ぬいぐるみニャ」

 次に目を覚ましたのはメイバイ。ぬいぐるみをわしと勘違いしたらしく、目覚めた瞬間に落胆の表情を見せる。

「私も一瞬そう思いました……」
「リータも抱いて寝てたんニャ」
「はい。でも、いつの間に、ぬいぐるみを抱いて寝ていたのでしょう? メイバイさんが寝室に運んでくれたのですか?」
「私? 私は……まったく覚えてないニャー」

 二人が不思議に思って話し合っていると、コリスが目覚める。

「ん、んん~……モフモフかえってきた~?」
「ううん……まだよ」
「なんかモフモフのにおいがしたのに……」
「ぬいぐるみのせいかニャー?」

 コリスとメイバイは匂いに敏感なので、寝ているわしの匂いに気付いていたが、コリスの毛の中に埋もれて寝ているわしには気付かなかったようだ。

「わ! もう夕方です……」

 そんな中、リータは腕時計を見て食事にしようと提案し、オニヒメを抱いたまま移動する。皆も食欲はないものの、リータに続いてダイニングキッチンに移動した。

「あ……食材があまりありません……」

 リータは何か作ろうと備え付けの冷蔵庫を開けるが、昨日、晩ごはんに使った食材はほぼ尽きており、あとは非常食で収納袋に入っていた干し肉と乾パンしかないようだ。

「これじゃあコリスちゃんには足りないね。族長さんに分けてもらいに行って来ます」
「にゃんで~?」
「それじゃあ私も付き合うから、コリスちゃんはオニヒメちゃんを見ててニャー」
「だからにゃんで~?」
「うん……でも、あんまりおなかすいてない……」
「コリスが食欲ないにゃんて、珍しいにゃ~」
「本当……いつもはシラタマさんのごはんまで食べるのに……」
「コリスちゃん……シラタマ殿は必ず戻って来るから、いっぱい食べて待とうニャー?」
「うん……」
「もう待つ必要ないにゃ~」

 リータとメイバイとコリスは、わしが話し掛けているのに何故か無視する。

「なんかさっきから、シラタマさんの声が聞こえる気がするんですけど……」
「奇遇だニャ。私もニャー。聞こえるはずないのに……」
「モフモフはぜったいかえってくるもん!!」

 リータとメイバイが暗い顔をすると、コリスは大きな声を出した。

「にゃんで無視するんにゃ~~~!!」
「「「……へ?」」」

 皆に無視されて、さすがに悲しくなったわしが大声を出すと、三人の視線がコリスの後ろに立つ人物に集中する。

「イサベレさんの物マネですか?」
「違う。起きたら転がってた」

 最後に起きたイサベレは、コリスから転がり落ちて寝ていたわしをギュッと抱き締め、モフってから寝室を出ると、ニヤニヤしながらわしの首根っこを掴んでリータ達に見せた。

「ぬいぐるみ……」
「猫だにゃ~」

 リータは何故かわしをぬいぐるみ扱いするので、いつものように訂正してみたら、驚愕の表情を浮かべる。

「動いた!!」
「うんニャ……喋ったニャー!!」
「生きてるんだから、動くし喋るにゃ~」
「モフモフ~~~!!」
「ゴフッ……」

 わしが反論したら、リータとメイバイは涙目になって抱きつこうとしたが、コリスに先を越される。ただし、コリスは手加減を忘れて殺猫タックル。
 イサベレは危険を感じ、よけながらわしをパッと手放すもんだから、浮いた状態でコリスのタックルを無防備に受けてしまった。
 そのせいでキャットハウスの壁を突き破る。コリスが蹴躓けつまづいてコロコロ転がり、100メートル以上進んだところでなんとか止まった。

「うわ~~~ん! モフモフモフモフ~~~!!」

 コリス、大号泣。モフモフ言っているだけかと思えるが、わしのことを連呼しているようだ。

「心配かけちゃったにゃ。でも、倒して戻るって言ったにゃろ~?」
「そうだけど~……うわ~~~ん」

 コリスがわんわん泣く中、リータ達も追い付いて来たようで、リータとメイバイはコリスのモフモフに飛び込む。

「シラタマさ~~~ん!」
「シラタマ殿~~~!」
「ダーリン……よかった。本当によかった」
「………」

 リータとメイバイもわんわんと泣き、オニヒメの手を引くイサベレも空いてる手で涙を拭う。
 ただ、オニヒメはどう反応していいかわからずに、ずっとわし達を無言で見続けている。
 ちなみにわしはと言うと……

「くっ……苦しいにゃ。離れて……パタッ」
「「「うわ~~~ん」」」

 皆の怪力で抱き締められて息が出来ずに、今度こそ死後の世界に旅立つのであった。


 というのは冗談で、数秒ほど気絶したわしは、なんとか息が出来るだけの空間を顔の周りに作り、皆が落ち着くのを待つ。
 体感時間およそ三十分ほど経つと皆の体に雪が積もり、「へくちんっ!」という誰かのかわいらしいくしゃみと共にようやく涙が止まった。
 それからコリスの大きな腹の音で、皆はお腹がへっている事に気付いて、キャットハウスに戻る。

 壁を直し、皆が席に着いたらヤマタノオロチフルコースの大宴会だ。

「え~……みにゃ様には、多大にゃ心配をお掛けした事を、ここにお詫びしにゃす。無事、五体満足で帰って来ましたにゃ~。これからも心配掛ける事があるかもしれにゃいけど、いつまでもよろしくにゃ。かんぱいにゃ~!」
「「「「かんぱいにゃ~!!」」」」

 わしの挨拶で始まる宴。酒を一気に飲み干すと、皆は腹がへり過ぎていたのか、ヤマタノオロチ料理をむさぼり食う。当然わしも、昨日から何も食べていなかったので、コリスとイサベレと競うように食いまくった。
 そうして皆のお腹がパンパンになった頃に、食休みのわしの戦闘談。さすがに死に掛けたと言うと心配を掛けそうなので、互角の戦いを繰り広げ、終わったのが朝方だったと嘘をついた。

 短い話が終わる頃には、皆は目をこすり始めたので何故かと聞いたら、オニヒメ以外、お昼近くまで起きていたようだ。
 なので、さっさとお風呂に入って就寝。わしも疲れが取れていなかったので、すぐに眠ってしまった。


 翌朝は早くに起きて、キャットハウスから赤い宮殿前に転移した。皆は一昨日チラッと見たらしいが、オニヒメを追っていてそれどころではなかったので、いまになって赤い宮殿を見て感動しているようだ。

 そんな中、わしはオニヒメの目の前で膝を折り、土下座をしている。

「何してるの?」
「謝罪にゃ……。わしは、オニヒメに謝らないといけない事があるんにゃ」
「謝る??」
「オニヒメはどこまで記憶が戻ったにゃ? お母さんと叫んでいたにゃろ? 自分の名前は思い出せたにゃ? お父さんの事も思い出したのかにゃ?」

 わしの質問にオニヒメは深く考え、わしは土下座をしながらオニヒメの答えを静かに待つ。

「私の名前はオニヒメじゃない。フェオドーラ。お母さんはナディヂザ。お父さんはグリゴリー。お母さんはあいつの元へ残った……」

 記憶を整理するように英語で喋っていたオニヒメだったが、母親の最後を思い出して言葉が詰まる。

「聞いてくれにゃ……その出来事は、おそらく三百年前の出来事にゃ。その間、君は、ここより遥か南の地で眠っていたにゃ」
「三百年も……」
「それを起こしたのがわしにゃ。わしの顔と名前はわかるかにゃ?」
「うん……シラタマ……」
「いま、君が使っている言葉は英語にゃ。目覚めておよそ半年……その記憶を持っている事が、君が三百年の眠りから目覚めた証拠にゃ」

 オニヒメはこの半年の記憶を思い出し、事実を受け入れようとしているが、すぐには受け入れられないようだ。

「おそらく、君の母親は、こいつに殺されたんだと思うにゃ」

 わしは次元倉庫から阿修羅の体を取り出して寝かせ、その隣にみっつの頭がひとつとなった大きな頭を並べる。

「こいつ! あの時、こいつにお母さんが襲われた!!」
「それで……こっちが君の父親にゃ……」

 オニヒメが怒りの表情で怒鳴り始める中、阿修羅の逆側に野人を寝かせる。

「お父さん……死んでるの??」
「そうにゃ。わしが殺したにゃ」
「な、なんで……なんで殺したのよ!!」

 オニヒメは野人を見て取り乱し、わしに食って掛かるが、土下座をして謝り続けるしかない。

「本当に申し訳ないにゃ。すまなかったにゃ。君はわしを殺したいと思うにゃら、好きにゃようにしてくれにゃ。反撃もしないにゃ。ただ、わしも死ぬわけにはいかないにゃ。にゃんでもしてくれていいし、にゃんでも支払うにゃ。だから、許してくれなくていいから、謝罪だけは受け取ってくれにゃ」
「そんな事は聞いてない! どうして殺したのよ!!」

 わしは自分の都合のいい事ばかりを口走ったので、オニヒメはますますヒートアップしてしまった。
 そこに、リータとメイバイが駆け寄り、わしの隣で正座して両手を地面につける。

「オニヒメちゃん……信じられるかどうかわからないけど、私達から説明するね」
「たぶんシラタマ殿は、加害者の口から何を言っても信じてもらえないと思っているから、説明を避けていたんニャー」

 わしの代わりに、二人は野人の最後を説明する。


 百年前にエルフの里を襲った悲劇。
 数十人もの命を奪った野人。
 その野人退治をわしが引き受け、殺してしまったこと。
 そして、野人の最後の言葉まで……


 二人の話を神妙な顔で聞いていたオニヒメは、ボソッと呟く。

「お父さん……最後までお母さんの命令を守ってくれたんだ……」

 その呟きは、どこか変に感じたリータは質問する。

「命令って?」
「お母さんはお父さんを見る時、いつも悲しそうな顔をするの……」

 オニヒメは昔を思い出すように語る。
 どうやら野人はオニヒメの父親で間違いないのだが、母親の命令でしか動かない操り人形のような存在だったらしい。
 本当は愛し合っていたかったのに、自分で改造した事を悔やんでいた母親は、野人に愚痴っていたところをオニヒメに聞かれ、騙し通せないと思い、全てを教えていたようだ。

「それでも、お父さんはお父さん……」
「そうね。でも、お父さんも同じように罪を犯した」
「オニヒメちゃんと同じように、悲しむ人をたくさん作ったニャー」
「リータ! メイバイ! それは違うにゃ!!」

 二人は説得に野人の罪を持ち出したので聞いてられず、わしは怒鳴る。

「どんにゃに極悪非道の者でも、その者を愛する者からしたら同じにゃ。恨まれてもしかたないんにゃ。わしは何をされても文句は言えないんにゃ。ただし、他の者には怒りをぶつけないでくれにゃ~。頼むにゃ~」

 わしは地面に頭をつけたまま、オニヒメに懇願する。するとオニヒメは、わしの前でしゃがみ込んだ。

「シラタマが皆に慕われてるのは知ってる……シラタマが殺されたら皆が怒るのは知ってる……だから殺さない……でも、フェオドーラとしては許す事ができない」
「それでいいにゃ。わしの顔が見たくないにゃら、他の国で幸せに暮らせるように手配するにゃ」
「猫の国を出るつもりもない……責任とってもらう」
「うんにゃ。にゃんでもするにゃ~」

 わしが顔を上げると、怒っていると思っていたオニヒメの笑顔がそこにあった。

「私のお父さんになって。お母さんも欲しい」
「にゃ? それって今までと変わらないんにゃけど……」
「それでいい……フェオドーラはあの時、お母さんとお父さんと一緒に死んだ。目覚めてからは、オニヒメ。パパとママの子供」
「にゃ……オニヒメは強い子…にゃ……にゃ~~~」

 オニヒメの優しい言葉に、わしは涙する。遠回しの言葉だったが許してくれたのだ。号泣しても仕方がない。リータとメイバイも同じように泣き、オニヒメと一緒にわしを抱き締める。
 コリスはいまいちよくわかっていなかったが、わし達が泣いているから同じように涙を流し、包み込むように抱き締めてくれた。
 そのせいで、イサベレが号泣している顔を見れなかった。コリスの背に顔を埋めて泣いていたようだから、どちらにしても見れなかっただろう。


 それからどれぐらい経ったであろう……


 雪がチラチラと降り出したので、わし達は赤い宮殿に入った。皆でグスグス言いながらも宮殿内が気になっていたので、わし達はウロウロしていたら、骨が多くある部屋に辿り着いた。

「凄い数ですね……」
「ここはあいつの、ゴ……遺体を供養する場所だったのかもにゃ。……ちょっと待ってるにゃ」

 リータ達が大量の骨に驚いていたので、阿修羅が食べた獣のゴミ捨て場と言おうとしたわしは、人間の頭蓋骨が目に入って言い直す。
 そして、一番奥に飾ってあるような頭蓋骨があったので、わしは骨を掻き分けて奥まで進んだ。

 これは……額からオニヒメのような角が一本生えておる。まさかとは思うけど……

 頭蓋骨を大蚕の布に包んだわしは、皆の元まで戻って布を開く。

「……どう思うにゃ?」
「お母さんかも……」
「そうにゃんだ……」

 オニヒメに意見を求めると、涙をこぼしながら頭蓋骨を撫でる。わしは、もしかしたら阿修羅が大切に保管していたのではないかと予想するが、阿修羅亡きいま、その答えはわからない。

 ただ、手を合わせ続けるしかなかった……

 それから赤い宮殿を出ると、お葬式。野人も長い保管からようやく荼毘だびに付す。火葬した際に、どちらも頭蓋骨から角が落ちたので、二人の角は遺品としてオニヒメに預ける事にした。


 こうして、赤い宮殿の裏に建てたお墓の前で皆で手を合わせ、冥福を祈るのであった。


 いつか平和な世界で二人が出会い、結ばれますようにと……
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