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第十九章 冒険編其の一 北極圏探検にゃ~

543 オニヒメの単独行動

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 時は少しさかのぼり、シラタマが空洞の正体の予想をリータ達に述べた直後、オニヒメは何か不思議な感じを抱いてキョロキョロしていた。

「どうしたの? たべないの?」

 オニヒメの様子がいつもと違っているので、お菓子を食べていたコリスは気になって質問する。

「うん……あげる」

 コリスの質問はお菓子の事だと思ったオニヒメは、お菓子をコリスに差し出す。

「ありがっ! ……それはヒメのだから、ヒメがたべるの」

 一瞬、めちゃくちゃ嬉しそうにしたコリスだったが、お姉ちゃん設定があるせいか、妹から貰えないと突っぱねた。

「おなかいっぱい」
「じゃあ、しかたないね。お姉ちゃんがたべてあげる! ホロッホロッ」

 それも一瞬で、オニヒメが食べないのならばと、頬袋に入れるコリスであった。ただし、オニヒメから物を貰ったせいでバツが悪くなったのか、コリスは猫耳マントの懐を開けて入って温まるように言っていた。

 オニヒメはコリスのマントに入ったのも束の間、何かを感じ取ってそろりと抜け出した。そして、リータ達に気付かれないように、シラタマのあとを追って白い木の群生地に入った。

 なにかしってるにおいがする……

 どうやらオニヒメは、嗅いだ事のある匂いが気になって駆け出したようだ。白い木の群生地に入る事はシラタマには止められていたので、リータ達を巻き込まないように、一人で息を殺して進んでいる。
 一度脳死を体験したオニヒメは、変わった能力を身に付けており、生体反応を完全に遮断する事が出来る。これを知っている者は誰も居ない。
 本人ですら気配を消しているぐらいにしか思っていないので、イサベレより優れた能力は、本日初めてリータ達に認識された。
 しかし、シラタマの探知魔法なら、体の形の反響があるので見付ける事は容易。物陰にさえ隠れられていなければ、コリスにだって見付けられるだろう。現に、オニヒメの耳に不協和音が聞こえていた。

 その音のすぐあとに、オニヒメは赤い宮殿のある場所に辿り着いた。

 つっ……なに? ここ、しってる……

 赤い宮殿を目の当たりにしたオニヒメは頭に痛みが走り、おぼろげだが昔の記憶を取り戻す。

 はじめてなのに、みたことがある……

 辺りを見渡しても全ての記憶が戻るわけでもなく、どうしようかと悩んだオニヒメは、匂いの元へ駆け出した。


 そうしてしばらく走ると、グシャッと何かが潰れた音が聞こえ、その少しあとに不協和音も聞こえたが、それよりも目の前の光景を見たオニヒメに、様々な記憶が蘇る事となった。

 あいつは……お母さんを襲ったヤツ……

「うわ~~~!! お母さんを返せ~~~!!」

 白アムールトラを食べている阿修羅を見たオニヒメは、完全に記憶を取り戻すのであった。


  *   *   *   *   *   *   *   *   *


 遠い昔、ロシアの西側では大きな戦争が行われていた。しかし長く続くわけでもなく、突如黒い森があふれて西の地と分断される事で、戦争の終息となった。
 その黒い森から逃げるように人々は東へ東へと移動し、長い年月を掛けて強くなりつつある獣の脅威におびえていた。
 人々は自分を守る為にひとつにまとまり、新しい国を築き、数を持って獣に対抗する。だが、獣はさらに勢いを増し、強者から倒れ、人々はこの土地では暮らしていけないと命を諦めた。

 その時、一人の男が対抗する術を作り上げ、人々の暮らしを守ったのだ。

 その方法とは、魔道具の移植手術。獣の尻尾は無理でも、角なら骨に固定すればくっ付くと気付いた男は人工的にオーガを作り出し、獣と戦わせたのだ。
 もちろん当初のオーガは弱く、強さは人間の1.5倍。寿命は数年しか持たず、多くの死者を出した。しかし、魔力濃度の高い場所では寿命は延び、それどころか、強さの上限を忘れたように強くなっていった。

 こうして人工オーガは完成し、男は初代皇帝として君臨する事となった。

 その後は魔力濃度が高い場所に国を移転し、オーガの力によって平和が訪れるが、オーガの手によって平和が崩される事となった。

 オーガとなった人間は好戦的になり、戦闘を求めて近くに居る人間を襲い出したのだ。

 国の周りはすでに獣は狩り尽くしていたので、遠くに敵を求めなくてはならなくなった帝国は、そのついでに見付けた部族を片っ端から潰し始めた。
 これは、オーガの息抜きを兼ねての処置。当初はその部族の強者だけを倒して部族から食料を徴収しようとしていたのだが、オーガによっては上手くいったり、勝手に皆殺しにしたりとまちまちの結果が出る。

 この事から、帝国は新たなオーガ製作に着手した。

 命令を聞かないオーガでは、いつか帝国が滅ぼされる懸念もあるので、主人の命令を必ず聞くような魔道具を完成させ、それを頭を開いて直接頭蓋骨とくっつける。
 さらには、もっと強いオーガを作れないかと角を増やし、王冠のような角を生やしたオーガ。オーガどうしの腕や頭などを繋げる非人道的な研究が繰り返された。

 帝国がオーガの研究に固執していた理由は、獣に対抗する為だけではなく、オーガには生殖機能が無かった為。本当はあるのだが、性交為を行ったオーガは興奮して、そのまま女性を殺してしまうので子孫を残せない。
 それならば女のオーガを作ろうとするが、どうしても女のオーガは作れず、被害者が増える一方。オーガは長寿になったとはいえ、いつ寿命が尽きるかはわからないので、早急に原因を突き止めようとしていた。

 そんなある日、オーガの少女を連れ帰ったと報告があった。

 その少女の発見に浮かれた皇帝は、チェクチ族の集落を見逃す事をあっさり認め、少女が子供を産める年齢まで大切に育て上げる。
 少女も最初は戸惑っていたものの、集落より豪華な暮らし、仲間が居る事で安心し、いつも一緒にいたオーガの男と恋仲となった。

 皇帝には、オーガの男は少女と一緒に居ると、いつもより落ち着いているように見えたのだが、少女の体が弱いままでは性交にはに耐えられないと考え、戦闘の英才教育も施した。
 その結果、少女はメキメキと力を付け、男のオーガよりも強くなった。これは皇帝の予想外の結果であったが、それよりもその力があれば、オーガの子を確実に産めると大いに喜んだ。

 時は満ち、愛し合う二人……。少女はついに母となった。

 しかし、産まれて数年が経った頃に娘は取り上げられ、会わせてくれと言っても通じず、男に言っても空返事しか返って来ない。ここで母は、ようやくおかしいと気付いて帝国を調べ始めた。

 いつも優しい夫は、そうしろと命じられたオーガ。
 その夫は自分とは違う人工物。
 オーガに至るまでの非道の数々。
 他所の部族の末路。
 自分の娘への実験……

 このままでは娘を殺されてしまうと感じた母は、帝国の脱出を考える。しかし、自分が逃げてしまえば、チェクチ族の集落に帝国の手が伸びてしまう。
 そこで母は、人工オーガの性質を逆手に取った。

 夫の命令を、娘を溺愛する父に上書きし、当時最強のオーガ……いや、阿修羅への命令を母が行えるように改造しようとした。
 しかし、阿修羅の三つある内のひとつの頭が作業中に目覚め、中途半端な状態のまま攻撃を受ける事となってしまった。この時は辛うじて逃げ出し、娘を救い出した夫と合流して、森に隠れる事に成功する。

 それから潜伏先を転々とし、家族で仲睦まじく幸せに過ごしていた。その幸せの時間の中、母は疑問に思っていた事もあった。一向に帝国からの追っ手が来ない事だ。
 そうして疑問に思いつつも二年が過ぎた頃、ついに見付かってしまった。

 母達を見付けた者は、阿修羅ただ一人……

 事実は、母が中途半端な処置をしてしまったせいで阿修羅が暴走し、その日の内に帝国は半壊。一週間もしない内に、オーガを含めて皆殺しにあっていたのだ。

 母達は、阿修羅に見付かってしまっては逃げる事も難しい。一瞬にして、娘が殴られて気を失う。母は夫を向かわせて、自分は娘を担いで逃げようとしたが、夫も一発で吹き飛ばされてしまった。
 娘を担いだところで回り込まれてしまい、母はここまでかと覚悟を決めたが、阿修羅の様子がおかしい。そこで下腹部が盛り上がっている事に気付いた母は、まだ息のあった夫に最後の命令を下した。

 娘を担いで逃げろ!
 娘を一生守り抜け!

 母が阿修羅を誘うように離れると、阿修羅はゆっくりと追い、覆い被さった。その瞬間に夫は娘を担ぎ、南に向けて駆け出した。

 その時、阿修羅に襲われる母の姿を最後に娘は長い眠りに就き、夫は長い年月の末、最後の命令以外の記憶を忘れてしまうのであった。


  *   *   *   *   *   *   *   *   *


 オニヒメが聞いた事のない言葉で阿修羅に向かって叫び続け、いまにも走り出そうとするのでわしは抱きかかえて止める。しかし、オニヒメの言葉がわらかないので、念話を繋いで内容を知る。

「お母さんを返せ~~~!!」

 念話を繋いだ瞬間、聞こえて来たオニヒメの言葉に、わしは何も返せず、力がフッと抜けた。

 お、お母さんじゃと……記憶が戻ったのか?? アカン! いまはそんな事を考えている場合じゃない!!

 わしの腕からスルリと抜けたオニヒメを再び掴まえ、わしは語気の強い念話で質問する。

「落ち着けにゃ! にゃにか知らにゃいけど、リータ達はどうしたにゃ!!」
「お母さ~~~ん!!」

 ダメじゃ。オニヒメにいったいぜんたい何が起こっていると言うんじゃ……

 阿修羅がゆっくり迫る中、後方からザザザザッと足音が聞こえて来たので、わしは後ろを見ないまま声を掛ける。

「オニヒメがおかしいにゃ! すぐに連れて離れてくれにゃ!!」
「は、はい! オニヒメちゃん!!」

 リータが駆け寄り、オニヒメを抱き締めたところで、おぞましい声と、とてつもない威圧感がわし達を襲う。

「ニンゲン……コロス……オンナ……オカス……」

 阿修羅の声だ。阿修羅は全身をまとっていた吸収魔法の膜を取り払い、念話を繋いで来たのだ。その声に、リータ達は一瞬で恐怖に呑み込まれ、動きが止まってしまった。

「コリス~~~! わしを置いて逃げろにゃ~~~!!」
「で、でも……」

 猫パーティで二番目に強いコリスに大声で指示を出すと、なんとか反応してくれたので、その後方に戦闘機を出してもう一度叫ぶ。

「いいから行けにゃ! わしはこいつを始末して戻るにゃ~~~!!」
「う、うん……」

 わしに本気で怒鳴られたコリスは渋々動き出し、それと同時に阿修羅も動こうとした。

「コロス……オカス……」
「【四獣】にゃ~!!」

 緊張感、集中力マックスのわしは、阿修羅の動き出しをビビビッと感じ取り、いきなりの大魔法で応戦。その間に、コリスは戦闘機の上に皆を放り投げ、持ち上げてダッシュで逃げて行った。
 わしはそれを確認せずに、次なる攻撃。【御雷みかずち】を放ち、【玄武】の後方から穴を開け、雷の通り道に入る。その光の速度の中、刀を抜いての突き。

「どにゃ~~~!!」

 わしと阿修羅は高速で飛び、西に向かって離れて行くのであった。
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