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第十六章 日ノ本編其の二 天下分け目の関ケ原にゃ~
447 女侍にゃ~
しおりを挟むわしは服部半荘をオクタゴンに連れて帰ると、エルフ組を集めて護衛の一員として紹介する。この四人の指示を聞くように言っておけば、あとは楽チン。元々夜勤もあったので、人数が増える事は、リンリー達は楽が出来て助かるようだ。
ただ、玉藻がくれくれうるさかったので、関ヶ原が終わってからなら考えると言っておいた。別にわしも、無理に縛っておくつもりもないので、関ヶ原が終わってから服部の処置は考える予定だ。
忍術はちょっと気になるから、それだけは教えてもらうつもりじゃけど……
そうして夜も遅くなったので、日課の三ツ鳥居補給を少しだけして、軽く夜食と酒を入れたら、リータとメイバイの眠る布団に潜り込んで夜を明かす。
翌朝……
朝食と作戦会議、準備を済ますと、イサベレと玉藻と共にオクタゴンを出る。三人で走って控え室に入ったら、ここでも簡単な会議だ。
今日の朝一の競技は剣道対決。防具を付けず、竹刀のみで闘うらしい。会議の結果、西軍の出場者は、先鋒キツネ侍、次鋒タヌキ侍、中堅は人間のおっさん侍、副将にイサベレ、大将にわしだ。
若干、おっさん侍と揉めたが、玉藻が女を差別するなとゴリ押しして黙らせてくれた。
控え室を出ると、観客から様々な声が聞こえ、わし達が舞台に上がったあとに、東軍が控え室から出て来た。
出場者は四人が精悍だと思われるタヌキ侍。最後尾に何故か一人だけいる人間侍。たぶんタヌキ侍達は凛々しい顔で歩いているのだが、そんなタヌキ侍達よりも、観客は後ろを歩く巨大な白タヌキに目を奪われている。
元将軍、徳川家康だ。出場者は五人揃っているのに、その後ろに続いて歩いているので、観客は釘付けになっているようだ。この事態には玉藻も黙っているわけにはいかないからか、家康が舞台に立つと、走って来てわしの隣に立った。
舞台では、わしと玉藻の目の前に5メートルを超える白タヌキ家康が立ち、わしをつぶらな瞳で見ている。なので、わしから声を掛けてあげる。
「ご老公が出るには、人数が多すぎにゃい?」
この問いに、家康はニヤリと笑って答える。
「特等席で見ようと思ってのう。儂はただの見物人じゃ」
「にゃんだ~。ご老公と戦えるのは楽しみだったのににゃ~」
「競技が悪い。儂は竹刀より実践じゃからな。十本刀の五人のほうが、この競技に向いておるんじゃ」
十本刀? 五人しか居ないんじゃけど……
「残りの五人は、この五人より劣るにゃ?」
「そんなわけがなかろう。次の競技に控えておる。要は、競技ごとの達人じゃ」
「ふ~ん……じゃあ、次の競技もご老公は出ないんにゃ」
「この戦いを見てから考えようと思っておる。せいぜい、儂を引き出せるように頑張るんじゃぞ」
「にゃはは。それにゃら頑張らないとにゃ~」
問答を終えると、わし達は控え席の長椅子に移動する。その席に着いたら、わしは玉藻に話し掛ける。
「にゃんでわざわざ出て来たんにゃろ?」
「さあな~? 妾もてっきり出場すると思っておった」
「てか、玉藻もにゃにしに来たにゃ?」
「家康が出るならば、審判役を買って出ようと思ってな。いまの審判では、目が追い付かんじゃろう?」
「あ~。たしかに、わし達の闘いにはついて来れないにゃ~」
わし達が喋っている間に、行司の掛け声が響き、剣道対決が始まった。
先鋒のキツネ侍は、先鋒タヌキ侍にジリジリ近付くが、あっけなく面を決められ、一本を取られる。三本勝負なので、元の位置に戻れば「はっけよい」。
今度は先鋒タヌキ侍が前に出て、キツネ侍の間合いに入った瞬間、胴を払い、早くも西軍に黒星が付いてしまった。
そして勝ち抜き戦の二戦目。東軍先鋒と西軍次鋒、タヌキ侍どうしの試合が始まったのだが、あっと言う間に西軍は一本取られてしまった。
「どうしてあんなに遅いのに、こちらは避けられないの?」
試合が進むと、イサベレは疑問を口にする。
「あれが侍にゃ。わしも一度闘ったけど、にゃにもさせてもらえず、斬られまくったにゃ」
「ダーリンが!?」
「イサベレもよく見ておくんにゃぞ? 先の先、後の先と言ってにゃ……」
わしがイサベレに侍の特徴を説明していると、二戦目も西軍の負け。次のおっさん侍は、イサベレに文句を言って来たから期待をしていたが、一本も取れず仕舞いで帰って来た。
「わかっているにゃ? スピードを遅くして闘うにゃら、間合いに気を付けるにゃ~」
「ん。任せて」
わしの応援に、イサベレは力強く頷いて舞台に上がる。そこで、イサベレは先鋒タヌキ侍に何かを言われていたが、何も返さず「はっけよい」。行司の掛け声で試合が始まった。
イサベレは竹刀を片手に持ち、レイピアのように突き出すように構え、動きを見せない。先鋒タヌキも動きを見せずに、中段に竹刀を構えたままイサベレの様子を見ている。
そこで行司からまた「はっけよい」と声が掛かると、イサベレはジリジリ前進。そして、先鋒タヌキの間合いだと思われる場所の少し手前で停止した。
すると、先鋒タヌキは少し前進。ここでイサベレはピクリと動いたのだが、竹刀を打つ前に、先鋒タヌキが胴を薙ぎ払って、一本取られてしまった。
「おい?」
呆気なく一本取られたイサベレを見た玉藻は、わしに声を掛ける。
「にゃに?」
「やはりイサベレには無理だったんじゃないか?」
「う~ん……間合い外から攻撃したら楽勝にゃんだけどにゃ~。その事も伝えたから、わかってやってるんじゃないかにゃ?」
「そうじゃといいんじゃが……そちも、完璧に侍の剣を使えるわけじゃないんじゃから、取り零されても困るぞ」
「わしは……にゃ!!」
玉藻と喋っていたら、一本が決まった。
「いまのは、侍の剣じゃ……」
そう。玉藻の言う通り、イサベレは先の先を制した。先鋒タヌキの動き出しを完全に捉え、それより先に、面を入れたのだ。
「やっぱり、さっきのは様子見だったんだにゃ~」
「そちは、イサベレなら侍の剣を模倣できると思っていたのか?」
「まぁにゃ。前に、イサベレは変にゃ能力を持ってると言ったにゃろ? たぶんそれで、タヌキの攻撃に気付いたと思うにゃ」
「ほう……それならば、五人抜きも容易いじゃろうな」
わしと玉藻が喋っている間も試合は開始していたが、お互いもう一本が出ない。どちらも先の先を取ろうとフェイントを入れているのか、前に出たり後ろに飛んだりと、竹刀を振る事も少ない。
しかし、決着は一瞬。先の先を制したイサベレが、先鋒タヌキの胴を薙ぎ払って、ぶっ飛ばしたのであった。
竹刀でそんな事をしたからには、場は騒然。吹っ飛んだ先鋒タヌキはピクリとも動かず、玉藻がすっ飛んで行って治療にあたる。観客も騒ぎ声が凄く、「馬鹿力」など、とても褒め言葉とは思えない声が聞こえている。
そんな中、イサベレは舞台の端に下がって来たので、わしも舞台に近付く。
「ゴメン。つい、力が入った」
「いいにゃいいにゃ。毛皮と脂肪があるから、あれぐらいじゃ死なないにゃろ。それより、どうやって先の先を取ったか教えてにゃ~」
「ん。ビビビッと来たら、ペシッてする」
「ちゃんと文章にしてくれにゃ~」
天才イサベレの説明はまったくわからずじまいで、玉藻が戻って来たら試合の再開。わしと玉藻はイサベレの闘いを見ながら喋り合う。
「さっきのタヌキは大丈夫だったにゃ?」
「大事ない。気絶しただけじゃ。しかし、細っこいイサベレがあれほど力を持っておったとは驚きじゃ」
「東の国一の剣士だからにゃ」
「なるほどのう。それならば、メイバイも小刀の使い手だったじゃろう。どうして連れて来なかったのじゃ?」
「メイバイだとあの闘い方では、たぶん勝てないにゃろ。女の子が一方的に打たれる姿は見たくないにゃ~」
「あんな風にか?」
「にゃ~~~?」
わし達が喋っていたら、副将どうしの闘いになっていた。それも一方的に、イサベレが竹刀を受けている。副将タヌキの動きは特におかしな点はなく、イサベレもギリギリ竹刀でガードしていたのだが、小手を打たれた直後、面を喰らって一本。
次も一方的に受けて、引き面を入れられ、ストレートで負けてしまうのであった。
わし達が不思議に思っているとイサベレは控え席に戻り、申し訳なさそうに謝る。
「はぁはぁ……負けちゃった。テヘペロ」
「わざと負けたにゃ~!!」
いや、ふざけながら謝った。
「にゃんでわざと負けたんにゃ~」
「ダーリンの勇姿が見たかったから? はぁはぁ……」
「そんにゃ事で負けにゃくてもよかったにゃ~」
「はぁはぁ……」
わしが文句を言っている横では、玉藻がイサベレの顔を注視している。
「おい……本当にわざと負けたのか?」
「本人がそう言ってるにゃ~」
「そのわりには汗も酷いし、息切れも酷いぞ」
「にゃ~?」
そう言えば、ずっと「はぁはぁ」言っておるな。汗もたしかに滴っておる……
「イサベレ……にゃにがあったにゃ?」
「わざと負けたのは本当。でも、あの戦い方は神経がすり減る。それで疲れた」
「あ~。にゃるほど」
「それに……」
どうやらイサベレは、集中力を使い過ぎて疲れたようだ。わしも倒れた事があるし、そのあとはボーっとしていたからわからなくもない。
ついでに、タヌキが代わる度に、精度、速度ともに上がって行く事も疲れる要因になったらしい。
「ま、それにゃら仕方にゃいか。お疲れさんにゃ~」
「シラタマ。あとが無いからな!」
「はいにゃ~」
イサベレに労いの言葉を掛けるとわしは立ち上がるのだが、玉藻が激励を飛ばして来たので適当に答える。そうして竹刀を持って舞台に上がると、副将タヌキと睨み合う。
こいつも肩で息をしておるな。侍の闘いとは、こうも疲れるものなのか。わしも注意して闘わんとな。
わしと副将タヌキが竹刀を構えると「はっけよい」。試合が始まる。
まずは小手調べに、わしは摺り足で前進。そして副将タヌキの間合いだと思われる場所まで進むと後ろに飛び退く。すると副将タヌキは動きを見せなかったので、またジリジリと前進して、さっきより2センチほど深く間合いに入る。
今度も飛び退くと、副将タヌキは竹刀を振り切ったので、そこにカウンター。しかし、カウンターのカウンターを取られて、胴を入れられてしまった。
「出来ないなら普通に闘え!!」
もちろん一本取られたからには、玉藻がうるさい。そんな声は無視して、次もジリジリ前進してみたら、わしもビビビッと来て、胴を薙ぎ払って一本取ってやった。
やった! と、言いたいところじゃが、スタミナ切れじゃな。
次の一本は、わしは回るように動いて、副将タヌキが無理な体勢で竹刀を振ったところで、合わせて竹刀に攻撃。疲れて握力の下がったところにわしの馬鹿力で弾かれたからには、竹刀は場外ホームランとなった。
「勝者! 猫の王~。猫の~王~~」
行司の勝ち名乗りはいつも通りわしは納得いかないが、わしの勝利が告げられると、西軍から歓声があがった。
そうして大将戦。東軍、唯一の人間の男が立ち上がる。その男は無精髭で眼光鋭く、大小二本の竹刀を携えて舞台に上がった。
「ひが~し~。天下無双二天一流、宮本武志~。宮本~武志~」
いま、行司は宮本と言ったか? 竹刀も二本持っているし、まさか宮本武蔵の子孫か!?
「に~し~。猫の王~。猫の~王~」
いや、宮本武志はフルネームで、なんでわしは四股名なんじゃ!!
容姿と宮本の姓に驚いたのも束の間で、行司のボケに、わしは心の中でツッコムのであったとさ。
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