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第十五章 日ノ本編其の一 異文化交流にゃ~
426 夜遊びにゃ~
しおりを挟む徳川将軍秀忠との会談を終えたわし達はバスに乗り込み、玉藻の運転でノロノロと道を行く。もうすでに日が暮れ掛けているので、江戸で一泊。天皇陛下のお屋敷に向かうようだ。
城下町外れまでバスが進むと、お堀のある屋敷が見えて来た。どうやら徳川のタヌキ侍がお堀の外を固めて、警備してくれるらしい。
だが、どちらかと言うと、わし達を……いや、玉藻を見張っているタヌキ侍だとのこと。玉藻もいつもの事なので、気にしていないようだ。
屋敷に入ったら、さっそく夕餉。常駐の天皇家の使用人が用意してくれていた。
料理は美味しくて大量なので無理してないかと聞くと、コリスが大食いだと聞いていたから安い食材で作ったとのこと。まぁそれでも満足してないので、高給串焼きを支給する。
玉藻は吸収魔法が使えるんだから、食べなくてもいいじゃろ? 黒い獣肉は気に入ったんですか。白い獣肉も食べたいんですか。そうですか。
どうやら玉藻は、食べ慣れない高級肉の虜になっているようだ。なので、白い獣肉を交換材料として、わしは念話を使って交渉に乗り出す。
「リータ達を引き付けておけじゃと? 一人でどこに行くつもりじゃ?」
「ちょ~っと……吉原へにゃ」
「なんじゃと!?」
「シーーーにゃ!!」
玉藻がいきなり叫ぶものだから、わしは慌てて口を塞ぐ。リータ達はわし達を見たが、元の世界の話をして驚かせたと言っておいた。
「そちは、妻が二人もいるのに盛んじゃのう」
「違うにゃ~。わしの世界では、消えた文化だから見に行きたいだけにゃ~」
「ほう……男が居る限り無くならないと思っておったが、そちの世界には無いのか」
「いや、形を変えて、商売は残っているにゃ。ただ、豪華にゃ花魁の姿形は変わっているから見てみたいんにゃ。玉藻だって、わしの世界の花魁を見たいと思うにゃろ?」
「たしかに……じゃが、そちにぞっこんの二人を引き付けておられるかは、妾も自信がないぞ」
「わしが抜け出すまででいいにゃ。玉藻が元の姿に戻ったら、それぐらい楽勝にゃ~」
「あ……」
玉藻は皆にモフモフ撫でられた事を思い出し、何やら困っている。天皇の名代という偉い職業に就いている手前、人に撫でられる事は滅多にないのだろう。
まぁちびっこ天皇に胸を揉まれるよりマシなんだから、白い獣肉の串焼き三本で手を打ってもらった。
夕餉が終われば、お風呂に入ってから玉藻の九尾のキツネ化。一瞬でリータとメイバイが虜になった。巨大キツネのモフモフに埋もれて幸せそうだ。
コリスも両親のモフモフを思い出して嬉しそうだ。オニヒメも玉藻にくっつけたらモフモフ言っているから嬉しいようだ。
この隙に、わしは屋敷を脱出。見張りのタヌキ侍にも見付からないように、闇夜に紛れてお堀を飛び越えた。そうして屋根を飛び交い吉原に向かうのだが、なにぶん地理も場所も知らないので、屋根の上で途方に暮れてしまった。
「まったく手間の掛かる奴じゃな」
「玉藻にゃ!?」
玉藻の声が聞こえたと思ったら、着流しの袖からミニ玉藻が出て来た。
「にゃんでついて来てるんにゃ~」
「見張りじゃ。そちが何かやらかさんかとな」
「わしがいつやらかしたんにゃ~」
「京を歩いた日の事を覚えておらんのか?」
京? 別に何もやらかしていない。ちょっとヤクザをのして、ちょっと奉行を痛め付けて、ちょっと玉藻と喧嘩して、ちょっと城主に嫌がらせしただけじゃ。うん。やらかしてないと思われる。
「昔の事は、忘れたにゃ~」
やっぱりやらかしたと思い直し、とぼけてしまうわし。そんなわしに、ミニ玉藻はため息を吐く。
「はぁ……それで吉原じゃったな。あっちじゃ」
「へへ~。有り難う御座いますにゃ~」
「はぁ……」
わしのやらかし談を追及せずに、道案内までしてくれるから感謝したのに、ため息が止まらない玉藻であったとさ。
屋根をびょんぴょん飛び交い、かつ、迅速に、吉原の大門に着いたわしは、目の前のきらびやかな光景に感嘆の声をあげる。
「にゃ~~~」
夜だというのに街並みは明るく、何百と吊るされた提灯は桃色に輝き、道行く人を照らしている。
その光景に見惚れ、道の真ん中で立ち止まって感動していたら、酔っ払いタヌキにぶつかられて、田舎者と罵られてしまった。まぁわしが悪いので丁重に謝るが、それでもからんで来る酔っ払いタヌキ。
玉藻の目があるから手を出せないので何度も勘弁してくれと謝っていたら、大門の前に立つ、信楽焼みたいな大きなタヌキが助けてくれた。
それでも酔っ払いタヌキはまだからんで来るで、信楽焼タヌキに小銭を渡したら、ボコボコにされていた。
これでわしが手を出していないので、わしのトラブルではないはずだ。
「いち、やらかしじゃな」
だが、ミニ玉藻の裁定が厳しい。ミニの癖に、どこで売っているかもわからない小さなメモと筆まで持ってるし……
「アレはわしのせいじゃないにゃろ~」
「からまれるような素振りをしていたそちが悪い」
「わしは暴力も使わずに解決したんにゃから、そこは評価してくれにゃ~」
「金も暴力じゃ」
「そんにゃ~」
大門を潜り、「にゃ~にゃ~」ミニ玉藻と喋っていると、道行く人に指を差されて笑われてしまった。どうやら肩に乗っているミニ玉藻に気付かず、デッカイ独り言だと思われたみたいだ。そのせいで、ミニ玉藻がメモを開いて線を書き足す。
それは玉藻のやらかしポイントじゃろ! 勝手について来て、勝手にわしを評価するのはやめてくださ~い。
独り言だけでポイントが増えるので、このあとの玉藻との会話は全て念話でする事を、わしは固く心に誓った。
喧嘩する為に吉原へ来たわけではないわしは、鼻の下を伸ばしながら道を行く。だが、鼻の下はすぐに元に戻った。
「またタヌキにゃ~」
そう。道に並ぶ家の格子の先から、着物を着崩して色っぽい姿だと思われるタヌキが、わしを手招きしている。
「江戸はタヌキ族が多いからのう」
「てか、タヌキ族は、武家の者じゃにゃいの? にゃんでこんにゃ所で働いているにゃ?」
「まぁいろいろあったからのう。明治維新で徳川に楯突いた者は処刑され、親戚なんかは、とばっちりで身分を落とされたりな」
「別に身分を落とされたぐらいにゃら、京に行けばいいんじゃにゃい?」
「多くの者はそうしたぞ。じゃが、それまでに借金があった者は一気に取り立てが厳しくなってな。抜け出すにも抜け出せなかったみたいじゃ」
あ~。武士は借金しても偉そうで、首が回らなくなったらお上の指示で借金を無くしたりして、札差(高利貸し)を悩ましていたもんな。その恨みを買ったのなら、致し方ない事だったんじゃな。
「男は鉱山、女は遊郭。その名残で、タヌキ族の遊女がいまも残っておるんじゃ」
「じゃあ、いまの遊女は望んでしているのかにゃ?」
「いちおうは、天皇家が望まぬ者を遊郭で働かせるなと御触れは出したが、徳川の地じゃからな。どこまで守っているかわからん」
やはり玉藻は人権意識が高いんじゃな。いや、玉藻じゃなく、天皇家がそうなのか。二代続けて純愛を貫いていたもんな。ただ、ちびっこ天皇がハーレムを作りそうじゃし、その意識が無くなるのは是非とも止めてもらいたいもんじゃ。
そうして玉藻と念話しながら歩いていると、ようやくタヌキ耳ゾーンに入ったが、思ったより人が少ない。なので玉藻に聞いたところ、吉原に来る者はタヌキ侍が多いので、タヌキ花魁が人気なのではないかと予想を述べる。
玉藻もそれほど吉原に足を運んでいないから、詳しくは知らないようだ。まぁ玉藻は男ではないし、高貴な者なのだから、近付く機会が少ないのだろう。
次の通りは人族の遊女の通りで、綺麗所も多いのだが、やはり人通りが少ない。歩く男も人族ばかりで、あまり羽振りがよさそうに見えない。
一通りの通りを見学したわしは、タヌキ耳通りに戻って、高級そうなお店の前でうろうろする。
「ここに決めたのなら、さっさと入らんか」
「ちょ、ちょっと心の準備が……」
「そちはへたれじゃのう」
そりゃ、わしには妻が二人もいるし、バレた場合の事もあるから、二の足を踏むに決まっておる。病気の心配もあるから高級店に入りたいが、値段も書いてないから超怖いんじゃ。
別にそんな事をするつもりはないけど、念の為じゃ。……って、わしは誰に言い訳してるんだか。
よし! 入るぞ!!
わしは決心して、暖簾を潜る。すると、タヌキ耳の熟女がわしの前にやって来た。
「お一人様ですか?」
「そうにゃ。ただ、こんにゃところ初めてでにゃ。値段や何をしたらいいかもわからないんにゃ。先に教えてくれないかにゃ?」
「何をするって……まさか、わからずにこんな所まで来たのですか」
「それぐらいわかるにゃ~。どこまでしていいかがわからにゃいから聞いているんにゃ~」
「あ、そういう事でしたか。それは、花魁に気に入られるかどうかですね。何度も足を運べば、奉仕の仕方が変わるってものですよ」
トップの花魁は、させずに帰すって聞いた事はあるけど、事実だったんじゃな。しかし花魁のパラメーターを上げないと、望むような事はしてくれないのか。まぁわしには関係ない事じゃし、ちゃっちゃと決めてしまおう。
わしは料金を聞くと、いま空いていて、位が一番高い二人を指名する。タヌキ耳熟女には「有り余っていますね」と冷やかされたが、苦笑いで返してあとに続く。
二階に上がり、部屋に通され、ここで待っていろと言われて、座椅子があったのでそこに座る。
そうして緊張して待っていると、二人の美人タヌキ耳花魁が入室し、揃って三つ指をつく。
「「ご指名、有り難う御座います」」
花魁は軽く自己紹介する。一人はこの店のトップ太夫。もう一人は、三番手の花魁だとのこと。どうやらわしの注文の仕方が金持ちっぽいから、タヌキ耳熟女が奮発したっぽい。
「それで、お初と聞きましたが、どう遊ぶでありんす?」
タヌキ耳太夫は、隣に座って色っぽく尋ねるので、わしは生唾を呑み込む。
「それを教えて欲しいんにゃけど、まずは酒をくれるかにゃ?」
「へえ。では、取りに行かせますから、その間、うちがお相手さしあげるでありんす」
タヌキ耳花魁が部屋を出ると、タヌキ耳太夫がわしの太ももを触るので、手を握って太ももから離す。
「こういうのは嫌いでありんすか?」
「別に嫌いというわけじゃないにゃ。それより、お姉さんの身の上話を聞かせてくれにゃい?」
「そんなのでいいんでありんすか?」
「頼むにゃ~」
わしのお願いを聞いたタヌキ耳太夫は、花魁になった経緯を語る。
その話はどこにでもあるようなお話。お家が潰れて、一家離散。悪い男にホレて、借金のカタに売り飛ばされる。そんな悲惨な過去を笑って話す気丈なタヌキ耳太夫に、わしとミニ玉藻は涙する。
途中で入って来た酒を持ったタヌキ耳花魁も、酒を注ぎつつ、不幸自慢をするようにケラケラ笑う。将来は吉原のトップになり、金持ちの男に身請けしてもらって幸せに暮らす夢を語るので、わしとミニ玉藻は涙が止まらなくなった。
「にゃ~~~。お姉さん達は苦労したんだにゃ~。でも、生きていれば、きっといい事があるから、頑張るんにゃよ~。にゃ~~~」
「あ、えっと……」
わしが号泣しながらタヌキ耳太夫の手を握って励ますが、タヌキ耳太夫はなんとも言えない顔で、爆弾発言をする。
「いまのは嘘! 本当は、男に抱いてもらうのが大好きでここに居るんです! それでお金が貰えるなら、一石二鳥みたいな?」
「にゃ……さっきの話は……」
「女将から習った男をホレされる技術みたいな? でも、そんなのみんな聞き飽きているから、泣いたのなんて、お侍さんが初めてですよ」
「へ? そっちのお姉さんもにゃ?」
「早くやりましょうよ~? もう我慢できない~」
服をはだけて近付く花魁二人に、わしは恐怖する。
つまり、お姉さん二人は、ドエロイお姉さんで、好んでここに居るってこと!? さっきのわしの涙を返せ~~~!!
「「ねえ~? 早く~。ハァハァ」」
「ちょ、ちょっと待つにゃ! いにゃ~~~ん!!」
わしのタンマは聞く耳持たず。二人の獣にわしは襲われ、着の身着のまま遊女屋を脱出するのであったとさ。
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