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第十章 王様編其の一 猫の王様誕生
259 涙
しおりを挟む「にゃ~~~」
「シラタマさん……グズッ」
「グズッ……シラタマ殿~」
「にゃ~~~」
玉座の間で、わしの泣き声が響く。リータとメイバイは、わしを力強く抱き締め、一緒に泣いてくれている。その涙は長く続き、わしが疲れ果てて眠るまで続いたそうだ……
しばらくして目覚めたわしは、泣き腫した目で二人の顔を見つめる。
「……アレから、どれぐらい時間が経ったにゃ?」
「たぶん一時間ぐらいです」
「そんにゃに……」
「もう大丈夫ニャ? 辛く無いニャ?」
「辛いにゃ……苦しいにゃ……」
わしは人を殺めた罪に押し潰されそうになっている。二人はわしの辛さを理解しているのか、ずっと強く抱き締めてくれている。
人を殺したなんて、あのとき以来じゃ。戦争で銃を人に向けたとき以来……
あのときは、周りの仲間が銃弾で倒れて行く姿を横目に、自分と仲間の為に引き金を引いておった。わしの放った弾丸は、それほど多くは当たらなかったが、それでも命を絶った感覚は覚えている。
頭を撃ち抜かれた者はそのまま動かなくなり、胸を貫かれた者は苦しみながらわしを睨んで死んでいった。
たとえ命令であっても、わしが命を奪った事に違いない。帰国後、その事で苦しみ、立ち直るには何年も掛かってしまった。
今回は自分の命令で、自分の意志で、この手で、人を殺めた。動物を何千と殺めて、人間も変わり無いと心に言い聞かせておったのに……
「シラタマ殿……ありがとうニャ。ありがとうニャー」
「そうですよ! シラタマさんは猫耳族の人達をいっぱい救ったじゃないですか! 誇っていいんですよ!!」
「そう、割り切れたら楽にゃんだけど……わしの心が、それを許さないんにゃ」
「シラタマ殿~。私のせいでごめんニャー」
「メイバイ……」
「シラタマさん……自分を責めないでください! シラタマさんは王様になったんでしょ! 通らなきゃ行けない道だったんでしょ! いまは泣いている暇なんてないはずです! みんなシラタマさんの命令を聞いて働いていますよ。シラタマさんも働いてください!!」
「リータ……」
そうじゃったな。泣いている暇なんてなかった。もう、一時間も過ぎているんじゃ。帝都の者も集まって来ているじゃろう。
尻を叩かれてやっと動き出すとは、王様失格じゃな。じゃが、リータの叱責のおかげで立ち上がれる。メイバイの感謝で気持ちが軽くなる。
よし! 戦おう。わしにしか出来ない仕事をするんじゃ!!
「リータ、メイバイ。ありがとにゃ。二人がそばに居てくれて、本当によかったにゃ。さあ、働くにゃ~!」
「「にゃ~~~!」」
わしの気合いを入れる声に、二人は気の抜ける掛け声で応える。いつもの事なので、ずっこける事はない。
そうして玉座の間から出ると、ノエミとケンフが心配する言葉を掛けてくれたが、大丈夫と笑って応えられた。
その後、コウウン達と合流し、報告を聞いて話し合う。
どうやら食べ物を欲しがる帝都民が多く集まっているらしく、人族兵に奴隷紋を掛けながら、わしが戻るのを待っていたとのこと。わしは労いと謝罪をし、食糧を大量に取り出すと、配布するように指示を出す。
次に奴隷商を捕らえて来た者が居るので、褒美をどうするかの話し合い。ひとまず奴隷商達は地下牢に閉じ込めているみたいなので、魔法使いを走らせて聞き取りと、売った奴隷の売却リストを入手するように指示を出す。
皆が一斉に動き出すと、わしは宝物庫に走り、金銀財宝を全て次元倉庫に仕舞って、奴隷商を捕らえて来た者の前に立つ。皆、驚いて何か言いたげだったが、猫の事じゃないはずだ。
褒美に何を払えばいいかわからないので素直に聞くと、食べ物が欲しいと言われた。なので、帝都民に支給している食べ物とは別途に、保存に適した食べ物を包んで渡す。
これほど多くの食糧を貰えるとは思っていなかったみたいで、皆、終始驚いて帰って行った。始めは猫で驚いていたと認めよう。
次の問題は、帝都をまとめる人材の任命。コウウンから十人ほど集まっていると聞いていたので会いに行く。後回しにしたから、かなり待たせてしまったみたいだが、皆、揉み手でわしに笑顔を見せる。
う~ん……胡散臭い奴らじゃな。わしを見ても驚くどころか、褒め称えるとは、こいつらの思考はどうなっておる? 猫、猫と騒がれるのも嫌じゃが、この出迎えられ方も気持ち悪いな。
とりあえず、自己紹介させて職業を聞いてみるか。それで、話を進めよう。
わしは右から順番に名前と職業を聞いて行くが、全員聞き終えてこう思う……
全員、商人かよ!
どうやら金の匂いを嗅ぎ付けて、大商人から中小商人が集まって来たみたいだ。
さて、どうしたものか……。この街をまとめるなら、顔の広い大商人に任せるのがてっとり早いんじゃけど、あの胡散臭い顔がな~。
それに、この国で商売を大成功するなら、帝国の中枢とずぶずぶだったはずじゃろうし……よくそんな奴が、わしの前に顔を出せたな。それにもビックリじゃ。
悩んでいても仕方ない。ここは……
「えっと……。ホウジツ君だったかにゃ?」
「は、はい!」
「一番若くて商人歴も短い君に、この街を任せたいにゃ」
「え……僕に……本当ですか!?」
「本当にゃ」
「「「「「なっ……」」」」」
わしの発言で、ホウジツ以外の商人が、いきり立って口々に叫ぶ。
「あ~。うるさいにゃ。わしの決定に異議があるみたいだけど、死にたいって事でいいにゃ?」
「「「「「え……」」」」」
どうやら皆、わしの見た目でナメて掛かっていたみたいだ。わしが刀を抜くと、顔を青くして土下座をして来た。
「そんにゃに謝らなくていいにゃ。トップはホウジツ君にゃけど、みにゃさんには、ちゃんといいポストを用意してやるにゃ~」
わしが笑顔を見せると、今度は目を輝かせて感謝とおべっかをして来るので、黙らせて会話を再開する。
「みにゃさんには、全員、ホウジツ君の補佐に回ってもらうにゃ。もちろん逆らえないように魔法で縛ってしまうにゃ。奴隷紋では、解除される可能性があるから別の魔法にゃ」
「「「「「……へ?」」」」」
「シェンメイ、ノエミ。頼むにゃ~」
「はっ!」
「わかったわ」
ホウジツ以外の商人は、剣を持った猫耳族を率いるシェンメイに別室に連れて行かれ、全てノエミの契約魔法で縛ってしまう。
これで有能な人材の頭を握ったので、その下に居る者までも使いやすくなった。
「さ~て……。ホウジツ君はどうしよっかにゃ~?」
「え? え? ええぇぇ!?」
「そんにゃにビビるにゃ。これでもわしは、ホウジツ君を買っているにゃ。その若さでお店を持って、さらに街を統べようという向上心……有望な若者にゃ~」
「お、王様にお褒めいただき、恐悦至極で御座います」
「畏まるのもいらないにゃ。それでホウジツ君には、偉大にゃる先輩が下にいるんだから、この街の切り盛りにゃんて楽勝にゃろ?」
「は、はい!」
「では、最初のミッションにゃ。この街の者を、誰一人飢えさせるにゃ」
わしに命令に、ホウジツは難しい顔をする。
「え? この飢饉の中をですか?」
「そうにゃ」
「それは……どうやってですか?」
「そこを考えるのが君の仕事にゃろ?」
「え……む、無理です!」
「無理でもやってもらうにゃ。ホウジツ君には魔法で縛らない代わりに、お目付け役を付けるにゃ。つい最近まで将軍を務めた人だから、逃げる事も出来ないだろうにゃ~」
「そ、そんな……」
ホウジツは、わしの発言で項垂れる。
「死ぬ覚悟もなく、ここに来たみたいだにゃ……。いいかにゃ? わしはこの国を豊かにする為に、身を削って働くにゃ。わしはその行為を王だから当然だと思うにゃ。にゃのに、街を統べる者は甘い汁だけ吸って、ぶくぶく太ろうとする気にゃの?」
「い、いえ……」
「敗戦国を建て直すのに、苦労は無いと思ったにゃ?」
「……いえ」
「じゃあやれにゃ! 王の命令にゃ! お前を任命したわしに恥をかかすにゃ!!」
「は、はい!」
わしが語気を強めて発言ですると、ホウジツは背筋を正して返事をする。
「よし! それじゃあ、今後の方針を話し合うにゃ。まずは税にゃ……」
税は一年間は無し。この間に、街を立て直してもらう。問題の食糧だが、街の収益で買ってもらう。話を聞く限り、元々生産業が集約されているのだから、金には困らないはずだ。
それに国で貯め込んだ食糧があるので、粗食にしていれば数ヵ月は持つので、その間に食糧を生産できれば買う事が可能になる。
その食糧の生産も、わしに秘策があるので、その方法を教えるとようやくホウジツにも希望が見えて来たみたいだ。
「にゃ~? にゃんとかなりそうにゃろ?」
「はい! これなら餓死者を出さずに乗り切れます!」
「にゃ! 城の食糧には手を出していにゃいけど、宝物庫は戦利品としてわしが貰って行くからにゃ?」
「え……いえ。大丈夫です。問題ありません」
「策があるにゃ?」
「大商人が僕の下にいますからね~」
「にゃはは。お主も悪よの~」
「いえいえ。王様には敵いません。これを見越して、魔法で縛ってくれたのでしょう?」
「さすがわしの見込んだ男にゃ。すぐに見破られたにゃ~。にゃ~はっはっはっは」
「わ~はっはっはっは」
わし達がお代官ごっこで笑っていると、冷やかな目でわしを見ている者が居た。リータとメイバイだ。
「何を遊んでいるんですか!」
「真面目にやるニャー!」
たしかに遊んでいたけど……は~い。すいませ~ん。心の声で謝ったんだから、家臣の前で怒らないでくださ~い。王の威厳もあるんで~す。
「ゴホン! あ~。あとは街の防衛だにゃ。ひとまず、千人の奴隷兵を君に預けるにゃ。それと、しばらくしたら戦争で出ていた者が戻って来るにゃ。兵士は本人しだいでどれだけここに来るかわからにゃいけど、魔法使いは各街に三分の一は配分するから、再雇用してくれにゃ」
「わかりました」
「そんでにゃ。この街は人族専門で使ってくれにゃ」
「……よろしいのですか?」
「他の街では一緒に同じ暮らしをするから、摩擦が生まれるにゃろ? 逃げ場は必要にゃ」
「たしかに……」
わしの案を聞いたホウジツは、座った姿勢のまま深く頭を下げる。
「猫耳族は長い間虐げられていたにも関わらず、そのような配慮までしていただき、人族代表として感謝致します」
「にゃははは。もういっぱしの長気取りかにゃ?」
「あははは。まずは形から入らせてもらいました」
「それじゃあわし達は、明日には引き上げるから、そのあとは任せるにゃ。おっと、街の名前を決めないといけないにゃ。これも次回までの宿題だにゃ」
「はい! 王様に相応しい名前を考えて置きます。失礼します」
ホウジツは深くお辞儀をすると、待機させていた猫耳族の案内で、大商人達の元へ向かう。
そうして残されたわし達は、とある議題が浮かんだようだ。
「街に新しい名前が必要なら、国の名前も考えなくてはいけませんね」
「リ、リータさん? ちょっと待ってくださいにゃ。わしに決めさせてくださいにゃ~」
「帝国から、新しい名前ニャ……やっぱり、シラタマ殿に相応しい名前だニャー」
「メ、メイバイさん? それはわしが考えるから、そっとしておいてくださいにゃ~」
「「やっぱり……」」
「にゃ!? 二人して、にゃんでわしを見るにゃ? にゃ! その名前はやめて欲しいにゃ~。お願いにゃ~」
わしはどんな国名になるか野生の勘……いや、ハッキリとわかったので、二人にスリスリと擦り寄り、潤んだ目で懇願する。だが、無情にも国名が告げられる。
「「『猫の国』!!」」
「にゃ~~~~~~」
わしは泣いた。さっきより大きな声で泣いた。そのせいで、嬉しくて泣いていると強引に受け取られ、東の国の山向こうの国名は『猫の国』と決まったのであっ……
それでも諦めの悪いわしは、説得を繰り返すのであったとさ。
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