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第八章 戦争編其の一 忍び寄る足音にゃ~
217 フェンリルの最後……
しおりを挟むわしを先頭にフェンリルに向かって三人で駆け、わしがフェンリルの右前脚の爪を変形トンファーで受けると、リータとメイバイはフェンリルの左後方に駆けて行く。
うん。思った通り、ダックスフンドじゃ長い胴体が邪魔をして、リータ達に前脚は届かないな。長い三本の尻尾は危険じゃが、リータの盾でも受けきれておる。
それにリータの猫の手グローブに仕込ん白魔鉱も、メイバイの黒魔鉱のナイフも、バカ並みに効いているみたいじゃ。これなら蓄積されて、脚が使い物にならなくなるのも時間の問題じゃろう。
わしはフェンリルに【白猫刀】で斬り付け、【鎌鼬】を放ち、注意を常に集める。フェンリルは時々避けて爪や牙をわしに向けるが、そこを片手に持った変形トンファーで受け止める。
すると、リータが指示を出しているのか、動きの止まったフェンリルの後ろ脚に的確に攻撃を積み重ねる。
「ねこさ~~~ん!」
わし達がフェンリルと戦い、ダメージを蓄積していると、大きな声で呼ばれた。その声に、フェンリルの相手をしながら、わしも大声で応える。
「マリーにゃ~~~?」
「は~~~い!」
そこにはアイを除く、アイパーティが揃っていた。
「どうしたにゃ~~~?」
「伝令で~~~す! そろそろザコが減って応援に行けるみたいで~~~す! アイさんに何か伝える事は、ありますか~~~?」
「黒魔鉱の武器を装備してる人を集めるにゃ~~~! それ以外、攻撃は通らないにゃ~~~!」
「わかりました~~~!」
わしの言伝を聞いて、マリー達は走ってアイの元へ向かう。その後ろ姿を見ると、まだ犬達は少なからず居るので、仲間で協力しながら、わしの元まで来たみたいだ。
その後、フェンリルのダメージが溜まり、脚を痛めたフェンリルはお座り姿になり、リータとメイバイが疲れて戻って来た。
「「はぁはぁ」」
「お疲れ様にゃ~」
「いえ……」
「あそこまで痛めらつけたら十分にゃ。二人のミッションは完了にゃ~」
「これからどうするニャ?」
「じきにハンター達が応援に来るにゃ。それにバカも復活……」
「ハーハッハッハー」
「したみたいにゃ。ハンター達が揃うまで、バカの仲間を守ってやってくれにゃ」
「「はい(ニャ)!」」
バーカリアンが前に出ると、リータ達は下がる。そしてバーカリアンはそのまま突っ込もうとするので、わしはマントを掴んで止める。
「ちょっと待つにゃ」
「何をする!!」
「まぁ話を聞くにゃ」
「はなし?」
「これからハンター達が集まって来るにゃ。ハンター達が来るまで時間稼ぎをしてから、一気に仕掛けようにゃ」
「う~~~ん……」
そこ悩むとこ? 一人では無理だと、まだわからんのか……
「これは参謀の助言にゃ。出来れば聞いて欲しいにゃ~」
「……わかった。だが、トドメを刺すのは俺様だ!」
「一斉攻撃だから、どうにゃるかわからないにゃ。でも、バカさんにゃら出来ると信じているにゃ」
「そうだろうな。では、行くぞ!」
「はいにゃ!」
わしとバーカリアンは左右に分かれて、攻撃を再開する。と言っても、無理をせず、お座りをしているフェンリルの前脚を避けてはカウンターの攻撃で、少しずつ傷を付けるだけ。
そうこうしていると、アイや他のハンターがフェンリル周辺に集まって来る。わしは頃合いと見て、リータとメイバイを呼び寄せ、少しの間、役目を変わってもらう。
そうしてハンターが集合している場所で、副大将のトーケルに声を掛ける。
「あんちゃんも、一斉攻撃に参加するにゃ?」
「ああ。黒魔鉱の剣なんて持ってる奴は、多くはいないからな」
「ザコは大丈夫にゃ?」
「もう残りわずかだ。軽く指示を出しておいたから大丈夫だ」
「わかったにゃ。じゃあ、現状を説明するにゃ」
「頼む」
わしはフェンリルの後ろ脚を一本、使い物にならないようにした事を伝え、バーカリアンは自由にさせ、四肢から狙うように指示を出す。
「これでバカさんの指示は全部にゃ」
「バーカリアンの指示じゃなくて、猫ちゃんの指示でしょ?」
わしの説明が終わると、アイが小声で質問して来た。
「ここは大将の指示にしておいてくれにゃ。そっちのほうが、士気が上がるにゃ」
「猫ちゃんがそれでいいなら……」
「アイもモリーも気を付けてにゃ。無理はするにゃ」
「ええ」
「わかっている」
一斉攻撃に参加する二人との話を終えると、わしはトーケルを見る。
「あんちゃん。みんにゃを頼むにゃ」
「猫はどうするんだ?」
「ちょっと気になる事があるから、ここを離れるにゃ」
「そうか……ここまで来たら俺達だけで大丈夫だ。気にせず行って来い」
「ありがとにゃ~」
わしはお礼を言って、リータ達の元へ走り出す。その後方では、トーケルがハンター達を鼓舞している。
『これより、フェンリルに総攻撃を行う。完全勝利まであと少しだ。バーカリアンさんに続け~~~!』
「「「「「おおおお!」」」」」
トーケルの言葉に、黒魔鉱の装備を持ったハンター達は、フェンリルに向けて走り出す。それと同時に、わしはリータとメイバイを抱え、前線を離脱するのであった。
「疲れました~」
「私もニャー」
「無理させて悪かったにゃ」
「いえ。シラタマさんの役に立ててよかったです」
「本当ニャー。それより何処に向かっているニャ?」
「空にうっすらと光の線があるんにゃけど、二人は見えてないかにゃ?」
「線ですか?」
「何も見えないニャー」
「そうにゃんだ……」
わししか見えていないのか……猫の目のせいか? あ! エンマが魔道具で魔力を見る物があると言っていたな。宝石もうっすら気付いたし、やはりわしの目が魔力に敏感なんじゃな。
「わしには見えてるにゃ。とりあえず、線を辿って走っているにゃ」
「そうなんですか」
「シラタマ殿が言うなら、確実にあるんだろうニャー」
「まぁ無駄足になるかもしれにゃいけどにゃ」
わしは二人を抱えて走っていたが、もう降りても大丈夫と言ってみた。だけど、二人は降りてくれなかった。
二人は疲れて歩けないと言っていたが、わしの顔や頭に頬擦りしているから、きっと違う理由だろう。ぶっちゃけ、それが理由じゃろ?
仕方なく、二人を担いで走り続けるわしであった。
* * * * * * * * *
シラタマがフェンリルとの戦闘から離れると、黒魔鉱の武器を持ったハンターはトーケルの指示の元、盾を持ったハンターに守られながらフェンリルの脚に攻撃を繰り返す。
さらに、魔法使いも一カ所に固まり、フェンリルの顔周辺に魔法を放ち続け、視界を奪っているので、効率的にダメージの蓄積に成功しているようだ。
『よし! フェンリルの脚は全て潰れたぞ! 尻尾と牙に気を付けて、一気に片を付けるぞ~~~!!』
「「「「「おおおお!!」」」」」
脚に傷を負ったフェンリルは、お座りから伏せの状態になる。文字通り手も足も出ないが、牙と三本の尻尾は別だ。フェンリルは最後の抵抗とばかりに、尻尾を振り回し、顔を振って噛み付こうとする。
トーケルがその点も注意していたので、功を焦らず、常に横からの攻撃を意識して、長い胴体に剣や槍を突き刺す。
しかし、フェンリルの毛皮は血で滲むが、決定打が足りないようだ。
「はぁはぁ……トーケルさん。なかなか死なないわ。どうする?」
ハンター達の疲労を見て、アイはトーケルに合流する。
「ホワイトトリプルとは、こんなにも生命力が強いのか……だが、あれだけ傷を負わせたんだ。いつか死ぬだろう。こうなったら持久戦だ!」
「そうよね……やってやるわ!!」
二人が持久戦に覚悟を持って挑もうとしたその時、あの声が聞こえて来た。
「ハーハッハッハー」
バーカリアンだ。空を駆け、一人でハンター達とは違う場所を攻撃していたあのバーカリアンだ。二人が声の方向に視線を向けると、ふわりと着地した。
「バーカリアンさんも、持久戦を覚悟してください」
「持久戦? そんな悠長な事はせず、一気に決めるぞ!」
「しかし、俺達では火力が足りないんですよ」
「見ろ!」
トーケルがバーカリアンを説得するが、バーカリアンはフェンリルを指差す。トーケルとアイがフェンリルを見ると、脚に力を込めて立ち上がろうとしていた。
「うそ……」
「あれだけ痛め付けたのに……」
アイとトーケルは信じられないものを見る目で、フェンリルを見る。
「傷の治りが早いのかもしれないな」
「そんな……猫ちゃんを呼び戻しましょう!!」
「そうだ! 猫ならもしかしたら……」
「猫の力などいらん! 王都ナンバーワンハンター、バーカリアン様に任せろ!!」
「でも……」
「作戦もある! 必ず俺様がフェンリルにトドメを刺してやる!!」
二人が弱腰になると、バーカリアンは大声で言葉を遮る。そして作戦の概要を早口で説明し終えると、風魔法を使って空高く飛ぶ。トーケルとアイは勝手に動くバーカリアンの援護をするしか出来ず、二手に分かれる。
トーケルは攻撃中のハンターに指示を出し、準備が整うまでフェンリルの動きを止め、アイは魔法使いの集団に走り寄り、バーカリアンの作戦を伝える。
その作戦を聞いたバーカリアンのパーティメンバーはすぐに理解し、援護の準備を整える。アイは準備を見ているわけにはいかず、走ってフェンリルに向かい剣を振り下ろす。
そして作戦が開始される。
魔法使いから、目視でギリギリ確認できる上空にいるバーカリアンに、バーカリアンパーティが援護魔法。炎の付加魔法、肉体強化魔法、空中に風の足場を作る。するとバーカリアンは下向きに足場を蹴って、凄い速度で落下する。
バーカリアンパーティはそれを見て、魔法使いに合図を出し続ける。次々にバーカリアンの上空から起こる風魔法。途切れる事のない風に乗ったバーカリアンは、落下のエネルギーと相俟って、音速に近付く。
「ぐっ……ううぅぅ」
生身の肉体では音速に耐えられないが、幸い速度は音速に届かず、バーカリアンは苦しむ声をあげながら落下する。そしてフェンリルに近付くと、突きの構えをとる。
「喰らえ! バーカリアンファイナルエターナル……」
バーカリアンが長い技名を言い終わる前に、フェンリルの頭頂部に剣が突き刺さる。その剣は音速に近い速度と、バーカリアンの突きの威力によって、剣の鍔どころか肘まで埋まる事となった。
「わ! 俺様の剣が……」
『グギャァァ~~~~~!!』
当然深々と突き刺さったので、痛みにフェンリルは頭を振ってもがくが、脳まで届いた剣が傷を付け、断末魔の後、倒れる事となった。
その後、なんとか剣を引っこ抜いたバーカリアンは、フェンリルの頭部を踏み締めて叫ぶ。
『見たかぁ! 王都一……いや、世界一のハンター、バーカリアン様の雄姿を~~~!!』
「「「「「うおおおぉぉ!!」」」」」
ハンター達は、剣を高々と掲げるバーカリアンに称賛の声をあげ、バーカリアンコールは長く続く事となった。
ちなみにアイパーティは、バーカリアンの事を、少し見直したらしい。
* * * * * * * * *
わしがリータとメイバイを抱えて走っていると、後方から大きな叫び声が聞こえ、何事かと足を止める。
「凄い声だったニャー!」
「皆さん、フェンリルを倒したのでしょうか?」
「そうみたいにゃ。探知魔法では、フェンリルは動いてないにゃ」
「「やった~(ニャー)!」」
「にゃ!?」
「どうしたのですか?」
「光の線が切れたにゃ!」
どうなっておる? さっきまではっきり見えておったのに、ぷつりと切れた……
「見るニャー!」
「え? 雲が……」
わしとリータは、メイバイが指差す空を見上げる。空には雪雲があったが、雪雲は目に見えてわかる速度で、北に向かって移動する。
雲が引いて行く……。やはりあの吹雪は、フェンリルの特異魔法だったのか。攻撃魔法を全然使って来ないと思っておったが、特異魔法のせいで使えなかったのかもしれんな。
フェンリルの断末魔のあとに、雪雲が北に向かって動いている。それと同時に光の線が消えた。と言う事は、光の線もフェンリルの死に関係しているんじゃな。
……何か胸騒ぎがする。
「シラタマさん?」
「どうしたニャ?」
「急ぐにゃ!」
わしの不穏な空気を感じ取ったのか、リータとメイバイはわしに疑問を投げ掛ける。わしはその問いに答えずに走り出し、速度を上げる。
その判断は正解だったが、不正解でもあった。
「イヤーーーー!!」
突如、メイバイは泣き叫ぶ。
「リータ! メイバイを連れて離れるにゃ! いますぐににゃ!!」
「は、はい!」
リータはわしの焦りながらの指示を聞き、泣き叫ぶメイバイを引っ張って、この場を離れる。何故、その様な事態になったのか……
わしの眼前に……
メイバイの一族が数十人……
命を消していたからだ……
しまった! わしはなんてことをしてしまったんじゃ……くそっ! 二人を連れて来るんじゃなかった。なんでわしは……なんでわしは……
「にゃ~~~~」
わしは自分の過ちを泣いて悔いる。何度もメイバイに謝りながら……
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