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第五章 ハンター編其の三 旅に出るにゃ~
121 おっかさんの最後
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わしとイサベレを乗せた車はひた走り、ベネエラの外れ、見晴らしの良い丘の付近に停車する。丘を登り、大パノラマの景色の中、ピクニックセットを取り出し、イサベレに座るように促す。
「どうかにゃ?」
「ん。キレイ」
「それはよかったにゃ」
表情が読めないから、聞かないとわからないな。月をキレイと言っておったから連れて来てみたけど、正解みたいじゃ。
「あそこに見える街は?」
「ベネエラにゃ」
「さっきまで王都にいたのに……」
「女王や王女達と来た事あるにゃ?」
「何度もある。でも、ここは知らなかった。ありがとう」
笑顔が出たけど、また一瞬……
「もっと長く笑顔を見たいにゃ~」
「シラタマがそうして欲しいなら善処する」
おっと、口に出てしまった。顔を引っ張っても、本当の笑顔ではないんじゃが、努力は認めよう。
「わしもイサベレが笑えるように頑張るにゃ」
「ん。がんばれ」
なんで上から? イサベレの事じゃろう?
昼にはいい時間となったので、露店で買い込んだ食料を広げ、二人で食事にする。しかし、わしがサンドイッチを口に運んでいる間に食料が消えて行くので呆気にとられていたら、あっと言う間に無くなってしまった。
どうやらイサベレは、見た目と違い、かなりの大食いのようだ。
わしのお昼……まだちょっとしか食べておらんのに……。致し方ない。
わしはバーベキューセットを取り出し、その場で調理を始める。野菜が無いので、ただの肉の串焼きになってしまった。
「いい匂い」
「まだ食べるにゃ? 無理して食べなくてもいいんにゃよ?」
「まだまだ入る」
マジか……この細い体のどこに入るんじゃ。
わしは次々に串焼きを焼くが、イサベレの腹に吸い込まれて行った。わしはイサベレに負けじと焼きまくるが、イサベレは満足したのか、ピタリと手を止めた。
ストップを掛けてくれなかったので、大量の串焼が目の前に残る事となってしまった。
やっと落ち着いて食べられる。じゃが、焼き過ぎた。残った分はお持ち帰りじゃな。
「お腹いっぱいになったかにゃ?」
「ん。もう食べれない」
「お粗末様にゃ。はい。お茶にゃ」
「ありがとう。温かい」
「ちょっと寒いかにゃ?」
「大丈夫。耐えられる」
「寒いにゃら言うにゃ」
わしは次元倉庫からおっかさんの毛皮を取り出し、イサベレを包み込む。
「これは……」
イサベレの顔が少し曇ったが、わしは無言で毛皮とイサベレの間に潜り込む。わしをイサベレが、後ろから抱いたほうが暖かくなれると思っての措置だ。
そうして二人で湖を眺めていると、イサベレはわしを強く抱き締めながら口を開く。
「ごめんなさい」
イサベレはわしの耳元で謝罪を述べる。わしは返事をしない。ただイサベレの手を握り締めるだけだった。
どれぐらいの時間が流れたか、イサベレの抱き締める手が優しくなった頃を見計らって、わしは口を開く。
「おっかさんの最後……聞かせてくれるかにゃ?」
「ん。あなたのお母さんは……」
イサベレは、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。
* * * * * * * * *
「前回の探索では発見できなかったが、今回こそ白い猫を見つけて帰るぞ!」
「「「はっ!」」」
東の森、入口に集められた騎士達に向かい、この国の王、アンブロワーズは高らかに宣言する。
このひと月、アンブロワーズ王一行は、王の溺愛する第三王女サンドリーヌが誕生日に猫が欲しいと聞き、東の森の実地調査を兼ねた白い猫探しを行っている。
危険な東の森を探索するにあたって集められた騎士は、王国最強の守護者イサベレ、No.2のオンニ、五人の精鋭騎士、四人の魔法使い。これに加え、荷物を運ぶ十人の輜重兵。総勢二十一人が森の入口に居る。
輜重兵を残し、王を加えた十二人は森に入り、前回調査した黒い狼の縄張りまで二日歩き、ここをベースに探索を開始する。
夜、ベースキャンプでは会議を執り行うにあたり、イサベレ、オンニ、魔法部隊副隊長の女が、王のテントに集合した。
「王殿下。これより先はキョリスがいつ出て来るかわかりません。あまり深く入らないように進言いたします」
「イサベレ。百年動きが無いのであろう? もう死んだのではないか?」
「いえ、キョリスは必ず生きています。私の勘がそう言っています」
「勘か……」
イサベレの感と聞いてアンブロワーズは考え込むが、オンニが威勢のいい言葉で割って入る。
「例え出会っても、俺もイサベレもいる。この精鋭部隊なら、キョリスも倒す事が出来るだろう」
「無理。私は見た事が無いが、お婆様は直に見たと言っている。キョリスは天災。決して手出ししてはいけない」
「わかった。もう半日の距離まで足を延ばしてみて、調査を打ち切ろう。それでいいか?」
「はっ!」
翌朝、調査隊はベースキャンプを出発し、東へ向かう。たまに出会う獣は、調査隊の敵では無く、狩られるか、逃げるかとなり、調査隊は順調に歩を進める。
「止まれ!」
突然、イサベレが隊の歩を止める。イサベレの強い物言いを、不思議に思ったオンニが尋ねる。
「どうした?」
「強い獣がまっすぐ私達に近付いて来ている。数は三匹。一匹はおそらく私より強い」
「本当か!?」
獣がイサベレより強いと聞いたオンニは驚くが、アンブロワーズは冷静に現状を質問する。
「何故、真っ直ぐ近付いて来ているんだ?」
「わかりません。王殿下、退却を進言します」
「待て。このメンバーでも勝てないのか?」
「勝てるでしょうが、甚大な被害が出るでしょう……あ!」
「どうした!?」
「来ます!!」
イサベレの言葉のあとに、草むらから二匹の白い猫が現れた。
「ホワイト……やっと見つけた」
「ダメ! 臨戦態勢を取れ!!」
続いてガサガサと音を立て、3メートルはある大きな白い猫が現れた。その猫を見た隊は驚きを隠せず、緊張感に包まれる。
「デカイ……」
「逃げ切れない。やるしかない」
「イサベレ。なんとかサンドリーヌのために子猫?を持ち帰れないか?」
「命令ですか?」
「いや、頼みだ」
「……では、私が親猫を引き付けます。どれぐらい持つかわかりませんが、その間に捕らえてください」
「わかった。もしもの時は私の事はいい。イサベレだけでも逃げろ。これは命令だ」
「王殿下……」
イサベレがアンブロワーズを見つめる中、アンブロワーズは隊に指示を出す。
「聞け! イサベレが親猫を引き付ける。その間に私達は子猫の捕縛を迅速に行う。収納魔法使い、檻を準備しろ。その他魔法部隊は、私と共に子猫の牽制。騎士は壁に徹しろ! オンニ、捕縛は頼んだぞ」
「「「「「はっ!!」」」」」
「行きます!」
王の指示が兵に行き届くと、イサベレが親猫に突撃する。
イサベレは剣を抜き、親猫に斬り掛かるが、親猫は素早い動きで避ける。そして、カウンターに爪を振るう。イサベレはからくも爪を避けて、親猫から距離を取る。
その一瞬のやり取りで、親猫とイサベレはお互いの実力を確認する。
「強い……」
親猫はニヤリと笑い、イサベレは冷や汗を浮かべる。
「【エアブレード】」
「ニャー!」
イサベレは風魔法、【エアブレード】を放つ。その刹那、親猫も風魔法を使う。息子のシラタマが教えた【鎌鼬】だ。【エアブレード】を斬り裂き【鎌鼬】はイサベレを襲う。
イサベレは驚いて反応が僅かに遅れるが、速度の落ちた【鎌鼬】なら避けられる。イサベレがさっと避けた後ろでは、【鎌鼬】は木々を数本斬り倒して霧散した。
驚くイサベレ。笑みを浮かべる親猫。二人は睨み合うが、すぐに親猫が動く。子供を助けるためだ。
親猫は【鎌鼬】を放ち、爪を使い、イサベレに襲い掛かる。イサベレも【エアブレード】で親猫を牽制し、魔力の込めたレイピアで爪をいなす。
その戦いは熾烈を極め、木々は薙ぎ倒され、地面に亀裂を生じさせる。
イサベレと親猫の力の差は僅かに親猫に軍配が上がり、イサベレは防戦一方に追い込まれる。しかし、これでいい。イサベレは無理な攻勢に出ず、耐え続けるのであった。
二人の戦いが数十分が過ぎた頃、後方から複数の炎の玉が放たれ、親猫を襲った。
「イサベレ! 遅くなった」
二匹の子猫を捕縛したアンブロワーズ達が、イサベレの戦闘に加わる。ここで初めて、親猫に焦りが生まれる。
「王殿下。そちらの状況は?」
「強かった。半数が戦闘不能だ。だが命に別状は無い」
「そうですか……」
「しかし、どうなっている? 強力な魔法を使うは、火にも動揺する素振りを見せないぞ」
「わかりません。親猫はまだ何か隠し持っているかもしれません。気を付けてください」
「わかった。オンニを筆頭に騎士は前衛、私と魔法使いは援護射撃。イサベレは遊撃を頼む。我々には守護者がいる! 必ず勝てる! 行くぞ!!」
「「「「「おおおお!!」」」」」
アンブロワーズの鼓舞する声に隊は応え、戦闘が再開する。
隊はジリジリと前進し、親猫との距離を詰める。親猫は【鎌鼬】を何発も放つが魔法使いの風魔法で威力が削がれ、騎士の盾に阻まれる。親猫は前に出ようとするが多角的に飛ぶイサベレの攻撃にあい、なかなか前に出れない。
イサベレに標的を移すと、今度は火魔法が飛んで来る。防戦一方となった親猫は、ジリジリと体力を削られる。
だが、親猫は笑う。
「何か来ます!!」
「集まれ! 防御陣形!!」
親猫は追い込まれながら、子猫が自分の攻撃にさらされない角度に移動していた。少し前に、二人の子供を殺しかけた経験が活きている。
そこで親猫は口に魔力を集める。
「魔法部隊! 最大魔力で【ウォールシールド】だ。倒れるギリギリまで魔力を出せ!! オンニと騎士は【肉体強化】で【ウォールシールド】を支えろ。イサベレ! 少しでもいい。攻撃魔法で弱めてくれ!!」
アンブロワーズの指示で防御が固まったその時……
「にゃ~~~ご~~~!!!」
親猫の最大攻撃魔法【咆哮】が放出された。
イサベレは五発の【エアブレード】を放つが【咆哮】に呑み込まれ、【ウォールシールド】で守られた隊までも呑み込まれる。
「「「ぐあ~!!」」」
「耐えろ! もう少し……もう少しだ!!」
【咆哮】に呑み込まれた隊は圧され、【ウォールシールド】にもヒビが入る。たった数秒の出来事。隊には長い時間に感じたが【咆哮】にも終わりが来る。
「「「はぁはぁ……」」」
「大丈夫か!?」
アンブロワーズは兵達に声を掛けるが、兵達は疲弊し、戦える者はイサベレとオンニを残すのみとなっていた。
「イサベレ、オンニ。あとは頼めるか?」
「「はっ!」」
「私達は邪魔にならないように下がるぞ! 動けない者は言え。私も肩を貸す。二人とも、頼んだぞ!」
アンブロワーズ達は下がり、二人の無事を祈る事しか出来ない中、イサベレとオンニは親猫に向けて走り出し、攻撃を繰り出す。
オンニは親猫の速さについて行くのにやっとで、親猫のかっこうの的になり、防戦を繰り広げる。だが、オンニに攻撃が集中する事によって、親猫に隙が生まれ、イサベレの攻撃が決まる。
少しずつ親猫にダメージが蓄積していき、ついに終わりが来る。
「ニャ~……」
親猫のわずかな隙をついて、イサベレのレイピアが喉元を斬り裂いた。そのすぐ後に、親猫は土埃を上げ、地に倒れ伏すのであった。
「はぁはぁ……」
「やったか?」
「ええ。立てる? 肩を貸す」
「大丈夫だ。一人で歩ける」
イサベレの手を強がって拒んだオンニは、大剣を杖の代わりにして歩き、アンブロワーズの元へ戻る。イサベレもあとを追うが、何かを感じて振り返る。
「……楽しい?」
イサベレは頭に過った言葉を声に出す。声の主を探し、親猫を見ると安らかな顔をしていた。
そして、親猫から光る何かが飛び出て、去って行くのを見届けたイサベレは、アンブロワーズ達の集まる場所へと向かうのであった。
「イサベレ、オンニ。大義であった」
「「はっ!」」
「皆もよくやってくれた。今日はここに陣を張って休もう」
親猫を倒した二人を褒め称えたアンブロワーズは、他の騎士にも労いの言葉を掛けて休息を言い渡すが、イサベレが止めに入る。
「いえ、早急に離れるべきです」
「何故だ?」
「あの猫はおそらく子猫の親。親なら番がいるかもしれません。いま、襲われたら全滅します」
「たしかに……休憩と解体が終わった後、ただちにこの場を離脱する」
イサベレの進言にあっさりと応えたアンブロワーズに、騎士からも報告があがる。
「殿下。収納魔法使いも疲弊しており、収納袋も破損しています。あまり多くは持ち帰れません」
「そうか。では、毛皮と爪、牙を持ち帰ろう。親猫が追って来れないように、臭い玉の設置を忘れるな!」
「「「「「はっ!」」」」」
隊は休憩の後、解体を済ませると、二匹の子猫を入れた檻を担ぎ、その場をあとにする。森の中を夜通し歩き、一日で森を脱出。森を出ると、すぐに馬車を走らせた。
こうして探索隊は、第三王女サンドリーヌの喜ぶ顔を想像し、王都への帰路に就くのであった。
「どうかにゃ?」
「ん。キレイ」
「それはよかったにゃ」
表情が読めないから、聞かないとわからないな。月をキレイと言っておったから連れて来てみたけど、正解みたいじゃ。
「あそこに見える街は?」
「ベネエラにゃ」
「さっきまで王都にいたのに……」
「女王や王女達と来た事あるにゃ?」
「何度もある。でも、ここは知らなかった。ありがとう」
笑顔が出たけど、また一瞬……
「もっと長く笑顔を見たいにゃ~」
「シラタマがそうして欲しいなら善処する」
おっと、口に出てしまった。顔を引っ張っても、本当の笑顔ではないんじゃが、努力は認めよう。
「わしもイサベレが笑えるように頑張るにゃ」
「ん。がんばれ」
なんで上から? イサベレの事じゃろう?
昼にはいい時間となったので、露店で買い込んだ食料を広げ、二人で食事にする。しかし、わしがサンドイッチを口に運んでいる間に食料が消えて行くので呆気にとられていたら、あっと言う間に無くなってしまった。
どうやらイサベレは、見た目と違い、かなりの大食いのようだ。
わしのお昼……まだちょっとしか食べておらんのに……。致し方ない。
わしはバーベキューセットを取り出し、その場で調理を始める。野菜が無いので、ただの肉の串焼きになってしまった。
「いい匂い」
「まだ食べるにゃ? 無理して食べなくてもいいんにゃよ?」
「まだまだ入る」
マジか……この細い体のどこに入るんじゃ。
わしは次々に串焼きを焼くが、イサベレの腹に吸い込まれて行った。わしはイサベレに負けじと焼きまくるが、イサベレは満足したのか、ピタリと手を止めた。
ストップを掛けてくれなかったので、大量の串焼が目の前に残る事となってしまった。
やっと落ち着いて食べられる。じゃが、焼き過ぎた。残った分はお持ち帰りじゃな。
「お腹いっぱいになったかにゃ?」
「ん。もう食べれない」
「お粗末様にゃ。はい。お茶にゃ」
「ありがとう。温かい」
「ちょっと寒いかにゃ?」
「大丈夫。耐えられる」
「寒いにゃら言うにゃ」
わしは次元倉庫からおっかさんの毛皮を取り出し、イサベレを包み込む。
「これは……」
イサベレの顔が少し曇ったが、わしは無言で毛皮とイサベレの間に潜り込む。わしをイサベレが、後ろから抱いたほうが暖かくなれると思っての措置だ。
そうして二人で湖を眺めていると、イサベレはわしを強く抱き締めながら口を開く。
「ごめんなさい」
イサベレはわしの耳元で謝罪を述べる。わしは返事をしない。ただイサベレの手を握り締めるだけだった。
どれぐらいの時間が流れたか、イサベレの抱き締める手が優しくなった頃を見計らって、わしは口を開く。
「おっかさんの最後……聞かせてくれるかにゃ?」
「ん。あなたのお母さんは……」
イサベレは、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。
* * * * * * * * *
「前回の探索では発見できなかったが、今回こそ白い猫を見つけて帰るぞ!」
「「「はっ!」」」
東の森、入口に集められた騎士達に向かい、この国の王、アンブロワーズは高らかに宣言する。
このひと月、アンブロワーズ王一行は、王の溺愛する第三王女サンドリーヌが誕生日に猫が欲しいと聞き、東の森の実地調査を兼ねた白い猫探しを行っている。
危険な東の森を探索するにあたって集められた騎士は、王国最強の守護者イサベレ、No.2のオンニ、五人の精鋭騎士、四人の魔法使い。これに加え、荷物を運ぶ十人の輜重兵。総勢二十一人が森の入口に居る。
輜重兵を残し、王を加えた十二人は森に入り、前回調査した黒い狼の縄張りまで二日歩き、ここをベースに探索を開始する。
夜、ベースキャンプでは会議を執り行うにあたり、イサベレ、オンニ、魔法部隊副隊長の女が、王のテントに集合した。
「王殿下。これより先はキョリスがいつ出て来るかわかりません。あまり深く入らないように進言いたします」
「イサベレ。百年動きが無いのであろう? もう死んだのではないか?」
「いえ、キョリスは必ず生きています。私の勘がそう言っています」
「勘か……」
イサベレの感と聞いてアンブロワーズは考え込むが、オンニが威勢のいい言葉で割って入る。
「例え出会っても、俺もイサベレもいる。この精鋭部隊なら、キョリスも倒す事が出来るだろう」
「無理。私は見た事が無いが、お婆様は直に見たと言っている。キョリスは天災。決して手出ししてはいけない」
「わかった。もう半日の距離まで足を延ばしてみて、調査を打ち切ろう。それでいいか?」
「はっ!」
翌朝、調査隊はベースキャンプを出発し、東へ向かう。たまに出会う獣は、調査隊の敵では無く、狩られるか、逃げるかとなり、調査隊は順調に歩を進める。
「止まれ!」
突然、イサベレが隊の歩を止める。イサベレの強い物言いを、不思議に思ったオンニが尋ねる。
「どうした?」
「強い獣がまっすぐ私達に近付いて来ている。数は三匹。一匹はおそらく私より強い」
「本当か!?」
獣がイサベレより強いと聞いたオンニは驚くが、アンブロワーズは冷静に現状を質問する。
「何故、真っ直ぐ近付いて来ているんだ?」
「わかりません。王殿下、退却を進言します」
「待て。このメンバーでも勝てないのか?」
「勝てるでしょうが、甚大な被害が出るでしょう……あ!」
「どうした!?」
「来ます!!」
イサベレの言葉のあとに、草むらから二匹の白い猫が現れた。
「ホワイト……やっと見つけた」
「ダメ! 臨戦態勢を取れ!!」
続いてガサガサと音を立て、3メートルはある大きな白い猫が現れた。その猫を見た隊は驚きを隠せず、緊張感に包まれる。
「デカイ……」
「逃げ切れない。やるしかない」
「イサベレ。なんとかサンドリーヌのために子猫?を持ち帰れないか?」
「命令ですか?」
「いや、頼みだ」
「……では、私が親猫を引き付けます。どれぐらい持つかわかりませんが、その間に捕らえてください」
「わかった。もしもの時は私の事はいい。イサベレだけでも逃げろ。これは命令だ」
「王殿下……」
イサベレがアンブロワーズを見つめる中、アンブロワーズは隊に指示を出す。
「聞け! イサベレが親猫を引き付ける。その間に私達は子猫の捕縛を迅速に行う。収納魔法使い、檻を準備しろ。その他魔法部隊は、私と共に子猫の牽制。騎士は壁に徹しろ! オンニ、捕縛は頼んだぞ」
「「「「「はっ!!」」」」」
「行きます!」
王の指示が兵に行き届くと、イサベレが親猫に突撃する。
イサベレは剣を抜き、親猫に斬り掛かるが、親猫は素早い動きで避ける。そして、カウンターに爪を振るう。イサベレはからくも爪を避けて、親猫から距離を取る。
その一瞬のやり取りで、親猫とイサベレはお互いの実力を確認する。
「強い……」
親猫はニヤリと笑い、イサベレは冷や汗を浮かべる。
「【エアブレード】」
「ニャー!」
イサベレは風魔法、【エアブレード】を放つ。その刹那、親猫も風魔法を使う。息子のシラタマが教えた【鎌鼬】だ。【エアブレード】を斬り裂き【鎌鼬】はイサベレを襲う。
イサベレは驚いて反応が僅かに遅れるが、速度の落ちた【鎌鼬】なら避けられる。イサベレがさっと避けた後ろでは、【鎌鼬】は木々を数本斬り倒して霧散した。
驚くイサベレ。笑みを浮かべる親猫。二人は睨み合うが、すぐに親猫が動く。子供を助けるためだ。
親猫は【鎌鼬】を放ち、爪を使い、イサベレに襲い掛かる。イサベレも【エアブレード】で親猫を牽制し、魔力の込めたレイピアで爪をいなす。
その戦いは熾烈を極め、木々は薙ぎ倒され、地面に亀裂を生じさせる。
イサベレと親猫の力の差は僅かに親猫に軍配が上がり、イサベレは防戦一方に追い込まれる。しかし、これでいい。イサベレは無理な攻勢に出ず、耐え続けるのであった。
二人の戦いが数十分が過ぎた頃、後方から複数の炎の玉が放たれ、親猫を襲った。
「イサベレ! 遅くなった」
二匹の子猫を捕縛したアンブロワーズ達が、イサベレの戦闘に加わる。ここで初めて、親猫に焦りが生まれる。
「王殿下。そちらの状況は?」
「強かった。半数が戦闘不能だ。だが命に別状は無い」
「そうですか……」
「しかし、どうなっている? 強力な魔法を使うは、火にも動揺する素振りを見せないぞ」
「わかりません。親猫はまだ何か隠し持っているかもしれません。気を付けてください」
「わかった。オンニを筆頭に騎士は前衛、私と魔法使いは援護射撃。イサベレは遊撃を頼む。我々には守護者がいる! 必ず勝てる! 行くぞ!!」
「「「「「おおおお!!」」」」」
アンブロワーズの鼓舞する声に隊は応え、戦闘が再開する。
隊はジリジリと前進し、親猫との距離を詰める。親猫は【鎌鼬】を何発も放つが魔法使いの風魔法で威力が削がれ、騎士の盾に阻まれる。親猫は前に出ようとするが多角的に飛ぶイサベレの攻撃にあい、なかなか前に出れない。
イサベレに標的を移すと、今度は火魔法が飛んで来る。防戦一方となった親猫は、ジリジリと体力を削られる。
だが、親猫は笑う。
「何か来ます!!」
「集まれ! 防御陣形!!」
親猫は追い込まれながら、子猫が自分の攻撃にさらされない角度に移動していた。少し前に、二人の子供を殺しかけた経験が活きている。
そこで親猫は口に魔力を集める。
「魔法部隊! 最大魔力で【ウォールシールド】だ。倒れるギリギリまで魔力を出せ!! オンニと騎士は【肉体強化】で【ウォールシールド】を支えろ。イサベレ! 少しでもいい。攻撃魔法で弱めてくれ!!」
アンブロワーズの指示で防御が固まったその時……
「にゃ~~~ご~~~!!!」
親猫の最大攻撃魔法【咆哮】が放出された。
イサベレは五発の【エアブレード】を放つが【咆哮】に呑み込まれ、【ウォールシールド】で守られた隊までも呑み込まれる。
「「「ぐあ~!!」」」
「耐えろ! もう少し……もう少しだ!!」
【咆哮】に呑み込まれた隊は圧され、【ウォールシールド】にもヒビが入る。たった数秒の出来事。隊には長い時間に感じたが【咆哮】にも終わりが来る。
「「「はぁはぁ……」」」
「大丈夫か!?」
アンブロワーズは兵達に声を掛けるが、兵達は疲弊し、戦える者はイサベレとオンニを残すのみとなっていた。
「イサベレ、オンニ。あとは頼めるか?」
「「はっ!」」
「私達は邪魔にならないように下がるぞ! 動けない者は言え。私も肩を貸す。二人とも、頼んだぞ!」
アンブロワーズ達は下がり、二人の無事を祈る事しか出来ない中、イサベレとオンニは親猫に向けて走り出し、攻撃を繰り出す。
オンニは親猫の速さについて行くのにやっとで、親猫のかっこうの的になり、防戦を繰り広げる。だが、オンニに攻撃が集中する事によって、親猫に隙が生まれ、イサベレの攻撃が決まる。
少しずつ親猫にダメージが蓄積していき、ついに終わりが来る。
「ニャ~……」
親猫のわずかな隙をついて、イサベレのレイピアが喉元を斬り裂いた。そのすぐ後に、親猫は土埃を上げ、地に倒れ伏すのであった。
「はぁはぁ……」
「やったか?」
「ええ。立てる? 肩を貸す」
「大丈夫だ。一人で歩ける」
イサベレの手を強がって拒んだオンニは、大剣を杖の代わりにして歩き、アンブロワーズの元へ戻る。イサベレもあとを追うが、何かを感じて振り返る。
「……楽しい?」
イサベレは頭に過った言葉を声に出す。声の主を探し、親猫を見ると安らかな顔をしていた。
そして、親猫から光る何かが飛び出て、去って行くのを見届けたイサベレは、アンブロワーズ達の集まる場所へと向かうのであった。
「イサベレ、オンニ。大義であった」
「「はっ!」」
「皆もよくやってくれた。今日はここに陣を張って休もう」
親猫を倒した二人を褒め称えたアンブロワーズは、他の騎士にも労いの言葉を掛けて休息を言い渡すが、イサベレが止めに入る。
「いえ、早急に離れるべきです」
「何故だ?」
「あの猫はおそらく子猫の親。親なら番がいるかもしれません。いま、襲われたら全滅します」
「たしかに……休憩と解体が終わった後、ただちにこの場を離脱する」
イサベレの進言にあっさりと応えたアンブロワーズに、騎士からも報告があがる。
「殿下。収納魔法使いも疲弊しており、収納袋も破損しています。あまり多くは持ち帰れません」
「そうか。では、毛皮と爪、牙を持ち帰ろう。親猫が追って来れないように、臭い玉の設置を忘れるな!」
「「「「「はっ!」」」」」
隊は休憩の後、解体を済ませると、二匹の子猫を入れた檻を担ぎ、その場をあとにする。森の中を夜通し歩き、一日で森を脱出。森を出ると、すぐに馬車を走らせた。
こうして探索隊は、第三王女サンドリーヌの喜ぶ顔を想像し、王都への帰路に就くのであった。
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