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第四章 ハンター編其の二 怖い思いをするにゃ~
094 わしは結婚するのかにゃ~?
しおりを挟む「ん、んん……ふにゃ~~~」
車の中に温かな光が差し込み、わしはあくびと共に目を開く。
ここは……ああ、イナゴを駆除した後、眠たかったから車の中でちょっと寝たんじゃったな。何時じゃろう? 日の入り具合から見て……朝っぽい? 寝過ぎた~!
わしは慌てて体を起こそうとする。だが、違和感を感じて止まった。
腕に何か乗っておる……リータ!? 寝ておるのか。しまったな~。リータが来るなら猫型に戻っておけばよかった。女の子と人型で寝るのはバツが悪い。家でも一緒に寝る時は猫型じゃったのに……
あの後、リータに任せたから疲れてしまったのかな? 頑張って黒イナゴと戦っておったしな。顔が近くて照れ臭いが、もう少しこのまま寝かせてやるかのう。
わしは天井を眺め、リータの頭をそっと撫で、目を覚ますのを待つ。穏やかな時間が流れ、しばらくすると、リータは目を開ける。
「起きたかにゃ?」
「ん……猫さん」
「そろそろ、起きるにゃ」
「え……もう少しこのままいても、いいですか?」
「にゃんでにゃ?」
「このままでいたいのです」
なんで幸せそうな顔をして、わしの胸に顔を埋める? まさか……記憶に無いけど、ヤッたのか? こんな子供と……嘘じゃろ? 服は……着ておる。パンツは……着流しじゃから、元から履いて無い。怖いけど聞くしかないか。
「リ、リータさん? その……いつから一緒に寝てたにゃ?」
「一晩中ですよ」
言い方が意味深……
「それでわしは、ずっと寝てたにゃ? 起きたりしにゃかったにゃ?」
「たぶん……私も猫さん抱きついたところまでしか記憶に無いので……どうしたのですか?」
「にゃ、にゃんでもないにゃ」
セーフ! 何もしておらん。警察が来ても捕まる事がない! 元の世界のわしなら、世間一般的に見たらアウトじゃろうけど、わしの姿は、ほぼぬいぐるみじゃ。
リータはぬいぐるみを抱いて寝ていたにすぎん! 自分で言っていて悲しくなるが、今日だけはぬいぐるみでかまわん!
「あの……猫さん。ごめんなさい!」
いや、いきなり謝られても、この状況じゃ怖いだけじゃ。うっすら涙も浮かべておるし……聞くのが怖い。
「ど、どうしたにゃ?」
「猫盾ちゃん……猫さんに貰った盾を壊してしまいました……」
そんな事か~!
「いいにゃいいにゃ。気にするにゃ。新しい盾を作るにゃ。いや、どこかで作ってもらおうにゃ」
「出来れば猫さんに作って欲しいです」
「わしは職人じゃないからにゃ~。お店を見てから考えるにゃ」
「そうですか……それと、これ……」
メリケンサック? 4本あったトゲが一本取れてるな。あれだけ凄まじいパンチを打ったんじゃから、取れても仕方ないんじゃが……何故に泣く?
「婚約指輪、壊しちゃいました~~~!」
は? パニックじゃ。婚約指輪? わしの胸で大泣きするリータ? パニックじゃ。メリケンサックじゃぞ? 攻撃に使う物じゃ。この世界では、婚約指輪にメリケンサックを贈るのか? 嘘じゃろう??
女王の指は……メリケンサックは付いておらんかった。たしか薬指に指輪をしていた記憶がある。自信は無いけど……
「リ、リータさん? それはメリケンサックと言って、武器ですにゃ」
「え?」
「けっして婚約指輪じゃないですにゃ」
「ええぇぇ~~~~!」
「それも直すか、買うかすればいいにゃ」
「どうしましょう……」
「だから、直せば……」
「私、みんなに猫さんのこと、婚約者って言っちゃいました~~~!」
なんでじゃ! 外堀から埋める策略か? いや、リータはそんな事する子じゃない。さっちゃんならあり得るけど……現在進行中でやってそう……いまはリータじゃ!
「いまから否定すればいいにゃ。まだ間に合うにゃ……にゃんでそんにゃに悲しそうな顔をするにゃ!」
「だって……」
「誰に言ったにゃ!」
「家族と……村長?」
「行くにゃ~~~~!!」
わしはリータをお姫様抱っこして、一直線に広場に走る! ……が、村長、リータ家族、村人達に、笑顔で出迎えられてしまった。
「これは御使い様。準備は整っております」
「リータ。おめでとう」
「俺はまだ……」
「「「「おねえちゃんおめでと~う」」」」
「違うにゃ~~~!!」
わしは結婚式が整った広場の中心で否定を叫ぶ! それはもう大きな声で……
その後、わしは必死で誤解を解いた。それはもう必死で。幸いリータに渡したメリケンサックを見せたら、すぐに誤解は解けた。
ただ、リータの落ち込み方が凄かったので、宥めるのにも気を使い過ぎた。イナゴの群れの駆除よりも、こっちのほうがよっぽど疲れる事となった。
ひとまず結婚は白紙となったので、トボトボと歩くリータの後ろ姿を見送っていたら、リータの父親がまたからんで来た。
「いくら猫様でもリータはやらん!」
「まだ言ってるにゃ? いい加減にするにゃ~」
「あんなもんで、言い足りるか! リータは俺達のために、王都で危険な仕事をしているんだ。あんな良い子を悲しませやがって……一発殴らせろ!」
結婚はダメ。悲しませるのもダメ。どうすればいいんじゃ……。娘の事を大事に思っておるのは結構な事じゃが、度が過ぎる。わしが娘を嫁に出す時なんか、冷静なもんじゃったぞ。ホ、ホントじゃ!
「もうどうにでもするにゃ。ほれ、殴るにゃ」
「ぐっ……御使い様を殴るわけには……」
「ああ、そうそう。リータから預かっていたお金を少し渡しておくにゃ」
「お金を? リータから、昨日、受け取ったぞ。少ないが娘の頑張って稼いだお金だ。大事に使うさ」
「それは一部にゃ。リータはちゃんと受け取ってくれにゃいから、わしがリータの取り分を分けておいたにゃ。勝手に全部は渡せにゃいから半分にゃ。これも大事に使うにゃ~」
わしはリータの父親に、お金の入った革袋をドサリと渡す。父親は少し前によろけてから、中身を確認する。何度もわしの顔と袋の中を確認すると、一言だけ発する。
「娘をよろしくお願いします!」
「にゃんでそうなるにゃ~~~!」
わしがリータの父親にリータの稼いだお金を渡すと、それまでの態度を変えて、小躍りしながら家の修繕に帰って行った。リータは結婚騒動が恥ずかしかったのか実家に帰っている。きっと修繕を手伝っているのだろう。
村の中も酷い有り様で、ほとんどの家が全壊、もしくは半壊となっている。村では木造の家が大半だから、わしが魔法で直すより、家を建てたほうが早い。
わしは御使い様じゃなく、通りすがりのハンターだ。そこまでしてやる義理もないだろう。
だが、袖触り合うも他生の縁。避難所の修繕と氷室は作ってあげた。百体以上のイナゴがあるのだから、加工するにしても間に合わない可能性がある。これで日持ちするので、食べ物には困らないだろう。
わしは食べる気は無いが……少し食べさせられたが、やはり嫌いな物は嫌いだ。生まれてすぐに、泣く泣く食べた、生の虫の感触を思い出すので食べたくない。
「御使い様。いま、よろしいですか?」
わしが修繕と氷室を作り終わり、休憩していると村長がやって来た。
「いいにゃ。どうかしたかにゃ?」
「リータに頼まれていた依頼完了書です。確認をお願いします」
黒イナゴ三匹に、普通の(大きさは普通ではない)イナゴが百十七匹。氷室は作ったけど、食べ切れるのかな?
「イナゴがこんなにゃにあって、大丈夫なのかにゃ?」
「それでご相談なのですが、加工した物を他の村に売り歩いてもよろしいでしょうか? もちろん価格は、移動と加工に掛かる費用のみを受け取るつもりです」
「別にいいにゃ。でも、高過ぎなければ、もう少し取ってもいいんにゃけど……」
「いえ、どこの村も食糧難で困っているでしょう。それに御使い様から、こんなに多くの恩恵を受け取っては、他の村に悪いです」
この村長……馬鹿じゃな。これだけの被害が出たんじゃから、復興費の足しにすればいいのに……でも、そんな馬鹿は嫌いじゃない。
「好きにするといいにゃ」
「はは~。有り難う御座います」
この畏まった態度は嫌いじゃけどな! 何度も言ったのに直してくれないから、もう諦めた。
「ところで、ハンターギルドからの連絡で、すぐに戻るようにと伝えたはずなのですが、こんなにゆっくりしていて宜しいのですか?」
「あ~。いいにゃ。明日に行くにゃ」
「明日? ここから王都まで、早馬でも三日は掛かりますよ? いや、御使い様なら可能なのでしょう」
「それじゃあ、もう少し村の修繕を手伝って来るにゃ」
「有り難う御座います」
わしは村の中を歩くと、住める家の少なさに驚き、仕方なく土魔法で雨風が凌げる簡素な家を何軒か建てて回った。
しばらくは何世帯か一緒で窮屈な思いをするだろうが、新しい家が建つまでは困る事は無いだろう。わしが拝まれて困っているけど……
わしが家を建てて回っていたら、子供がどんどん集まって、最終的には村の子供が全員集まってしまった。
仕方がないので、滑り台とブランコを村の広場に作って遊んであげた。子供達を風魔法で打ち上げていたら、親御さんに怒られたのは、わしのお茶目な一面だ。
しばらく遊んでいたら日がだいぶ傾いて来たので、残念がる子供から逃げ出して、リータの家に向かう。
「リータ。わしは帰るけど、もう少し残るかにゃ?」
「わ、私も帰ります。置いていかないでください!」
「そうよ。娘には玉の輿……ゴホンゴホン! 猫様のお供として、一生そばに仕えてもらわないと」
リータのお母さん……いま、玉の輿って言ったじゃろ? 言い直しても遅い!
そもそもリータの家に来たら、家族で「玉の輿! 玉の輿!」って、ぐるぐると踊っておったじゃろう。
この家族に大金を渡すのは怖い。今度からは少なく、こまめに渡そうか……
「久し振りの家族の団欒にゃ。何日かしたら、すぐに迎えに来るにゃよ?」
「いいんです。私ももう大人ですから、寂しくありません」
「そうよ。もう大人の女性だから結婚だって出来るわね」
「いや、まだ一年は足りないにゃ!」
「一年なんてすぐよ。お母さん、早く孫の顔が見たいわ~」
「お、お母さん! もう……」
リータはまんざらでも無さそうじゃが、孫の顔って……もし、わしとリータがそんな事になったら、猫と人間のハーフじゃぞ。驚くぞ? そんな子供が生まれて来る可能性を考えんのか? この家族は本当に大丈夫じゃろうか?
「それじゃあ行くにゃ~」
「いまからですか? もう日が暮れますよ」
「なんにも無いけど泊まっていってください」
「申し出は嬉しいんにゃけど、急ぎの用があるから行かないといけないんにゃ」
わしの言葉にリータは頷き、家族に別れの挨拶をする。
「お母さん、お父さん、みんな。行って来ます!」
「猫様。リータをお願いします」
「リータ。頑張るのよ」
「「「ねこさま、ありがと~」」」
わしとリータはいつまでも手を振る家族をあとにして、村の入口にある車に乗り込む。
「車で帰るのですか?」
「いや、違うにゃ」
「飛行機ですか……アレ、怖かったんですから!!」
「落とした事は謝ったにゃ~。ポコポコ叩くにゃ~」
リータのポコポコはドスドスじゃから重い。わしじゃなかったら、骨が折れてるぞ?
「それも違うにゃ」
「じゃあ、どうやって帰るのですか?」
「飛行機より安全で、早く帰れる方法があるにゃ。どこか人が来ない場所に移動するにゃ」
「それでしたら、いい場所があります」
わしはリータの案内で車を発車させる。来る途中に見かけた森の入口まで車を走らせると、そこから徒歩で移動するとの事で、車は次元倉庫に仕舞う。そこから森を歩くこと数十分、森が切れ、小さな泉が姿を現した。
おお。綺麗な場所じゃ。夕日が射し込み、反射が美しい。
「綺麗です」
「ああ、綺麗にゃ~」
「狩りをする村の人達に連れて来てもらった、私のお気に入りの場所です。でも、危ないから一人では来れないんですよね。久し振りに来たので、もう少し見て行きませんか?」
「わかったにゃ。ちょっと待ってるにゃ」
わしは次元倉庫から布を取り出し、リータと一緒に座る。リータの横顔は夕陽に映え、一段と綺麗に見え、少しドキっとしてしまった。
そんなわしに気付かずに、リータはとうとうと語り出すのであった……
「猫さんは、転生って信じますか?」
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